近江八景
3行でわかるあらすじ
松島の遊女紅梅に入れ揚げた男が、友達と易者の所へ行き来年所帯を持つ約束が本気かどうか占ってもらう。
易者は近江八景を詠み込んだ紅梅からの恋文を、地名の洒落を使って皮肉に解釈し諦めるよう告げる。
最後に見料を請求されると、男は「近江八景に膳所(銭)はいりまへん」と言って払わずに帰るオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
松島の遊女紅梅に入れ揚げている男が、友達に付き合ってもらい易者の所へ占いに行く。
来年3月に年季が明けたら所帯を持つ紅梅との約束が本気かどうか占ってもらいたいと言う。
友達は騙すのが商売の女に本気はないとクールだが、男は紅梅だけは違うと信じている。
易者の占いは最初良い卦が出るが、裏を見ると女に間夫がいて一時の足だまりにされているという結果。
男は紅梅からもらった近江八景を詠み込んだ文を易者に読んでもらう。
易者はその文を近江八景の地名を使って皮肉に解釈し、道楽雁の強い女で世帯は持ちかねると告げる。
男は「あ、さよか。おおきありがと。さいなら」と帰ろうとする。
易者が「見料を置いて行かんか」と請求すると、男は振り返る。
「アホらしい。近江八景に膳所(ぜぜ・銭)はいりまへんのじゃ」と答える。
膳所という近江八景の地名を「銭」と掛けた言葉遊びで見料を払わずに帰るオチ。
解説
この噺は近江八景の地名を巧みに使った言葉遊びが最大の見どころです。
近江八景とは琵琶湖周辺の八つの名所(三井晩鐘、矢橋帰帆、堅田落雁、唐崎夜雨、比良暮雪、瀬田夕照、石山秋月、粟津晴嵐)のことで、これらの地名が文中に自然に織り込まれています。
易者が紅梅の恋文を解釈する場面では、これらの地名を使って皮肉たっぷりに男の片思いを分析します。
特に「見い(三井)」「矢ばせ(矢橋)」「かただ(堅田)」「さき(唐崎)」「会わず(粟津)」などの掛詞が効果的に使われています。
最後のオチでは「膳所」という地名を「銭」と掛けて、「近江八景に銭はいりません」と言って見料を払わない男の機転が描かれています。
この噺は地理的知識と言葉遊びの技巧を組み合わせた上方落語の特色を存分に発揮した作品で、易者の毒舌と男の間抜けさの対比も絶妙です。
遊郭を舞台にした恋愛の虚実を、古典的な風景の美しさと対比させることで、より一層の滑稽さを演出しています。
あらすじ
松島の紅梅に入れ揚げている男が、友達の所へ八卦を見てもらうので付き合ってくれとやって来た。
来年の三月に年季(ねん)が明けたら所帯を持つ約束をしているが、それが本気かどうか占ってもらうと言う。
友達は騙(だま)すのが商売の女に本気なんかあるはずもないとクールだが、逆上せている男は紅梅だけは違うとしぶとい。
友達は紅梅にはホンマの間夫がいて、これが役者顔負けの色男で、とても勝負にはならないからあきらめろと言うが男は信じない。
そんなこと喋りながら易者の所へやって来た。
易者の占いには、「易の表には”沢火革”(たっかかく)、タクは沢(さわ)、カは火(ひ)、カクは革(あらたまる)。
沢辺に燃ゆる火が、新たに燃ゆる物を得て勢い盛んに立ち昇るという、これは良い卦じゃ。女は間違いなしにお前の所へ来ると出た」で、男は大喜びだ。
しかし易者は「ちょっと待て、易は変卦(裏)というものを見なければいかん。 四爻(しこう)を変爻をすると”水火既済”(すいかきせい)と出たなぁ、これも良い卦なんじゃが、この場合はあまり面白うないな。
察するところ、女に間夫があって、その元へ行きたいのじゃが、今は事情があってそこへは行けんので、一時の足だまりとしてお前の所を選んだに違いない。
隙を見てその間夫の所へ走ろうというのに違いない。なるほど騙され面しとる」と非情な宣告だ。
往生際の悪い男は易者に紅梅からもらった文を差し出し、読んでくれと粘る。
「恋しき君の面影を、しばしがほどは見い(三井)もせで、文の矢ばせ(矢橋)の通い路や。心かただ(堅田)の雁ならで、我れからさき(唐崎)に夜の雨、濡れて乾かぬ比良の雪、瀬田の夕べと打ちとけて、堅き心は石山の、月も隠るる恋の闇、会わず(粟津)に暮らす我が思い、不憫と察しあるならば、また来る春に近江路や、八つの景色に戯れて、書き送り参らせそろ、かしく」。
近江八景を詠み込んだ、なかなかの名文と易者は感心するが、「待てまて、この文の表において判断をすればじゃ・・・・・ 最初、さきの女が比良の暮雪ほど白粉(おしろい)を塗り立てたのを、お前が一目見い(三井)寺より、我が持ち物にせんものと、心矢ばせ(橋)に早って唐崎の夜の雨と濡れかかっても、さきの女は石山のあき(秋)の月じゃゆえ、文の便りも片便り(堅田より)。 それにお前の気がそわそわと浮御堂。
その女も根が道楽(落)雁の強い女じゃゆえ、とても世帯(瀬田い)は持ちかねる。
こりゃいっそ会わず(粟津)の晴嵐としなさい。
男 「あ、さよか。
おおきありがと。さいなら」
易者 「こりゃ、見料を置いて行かんか」
男 「アホらしい。近江八景に膳所(ぜぜ・銭)はいりまへんのじゃ」
落語用語解説
近江八景(おうみはっけい)
琵琶湖周辺の八つの景勝地を指す言葉。三井晩鐘(みいのばんしょう)、矢橋帰帆(やばせのきはん)、堅田落雁(かたたのらくがん)、唐崎夜雨(からさきのやう)、比良暮雪(ひらのぼせつ)、瀬田夕照(せたのせきしょう)、石山秋月(いしやまのしゅうげつ)、粟津晴嵐(あわづのせいらん)の八景。中国の瀟湘八景になぞらえて選ばれた日本の景勝地で、江戸時代には浮世絵や文学作品の題材として広く親しまれました。この噺では、これらの地名が恋文に詠み込まれ、さらに易者が掛詞として皮肉な解釈をする言葉遊びの素材となっています。
入れ揚げる(いれあげる)
遊女に夢中になって大金を使い込むこと。理性を失って遊郭に入り浸り、財産を使い果たすような状態を指します。江戸時代の遊郭では、遊女が客を虜にする技術が発達しており、入れ揚げた客は破産することも珍しくありませんでした。この噺の男も松島の遊女紅梅に入れ揚げており、年季が明けたら所帯を持つという約束を本気で信じている状態です。
年季(ねんき)
遊女が遊郭に身を売る際の契約期間。通常は3年から10年程度で、この期間が終われば自由の身になることができました。しかし実際には借金が増やされたり、新たな契約を結ばされたりして、年季が明けても自由になれないケースが多くありました。この噺では、紅梅が来年3月に年季が明けるという設定で、男はその時に所帯を持てると期待しています。
易(えき)
古代中国から伝わる占いの一種。易経に基づいて六十四卦を用いて吉凶を判断します。「沢火革」「水火既済」など、この噺で出てくる卦は実際の易の用語です。江戸時代には易者が街頭や店を構えて占いを行い、庶民の間で広く利用されていました。この噺の易者は占いの技術だけでなく、人間の心理や世間の常識を巧みに使って男の片思いを断ち切ろうとしています。
間夫(まぶ)
遊女が本当に愛している男性。客ではなく、遊女が私的に恋愛関係にある相手を指します。間夫は遊郭の外にいることが多く、遊女は年季が明けたら間夫と一緒になることを夢見ていました。この噺では、友達が「紅梅にはホンマの間夫がいて、役者顔負けの色男」と忠告していますが、男は信じようとしません。易者の占いでも「女に間夫があって、一時の足だまりとしてお前の所を選んだ」と告げられます。
見料(けんりょう)
占いの料金。易者に占ってもらった対価として支払う金銭を指します。江戸時代の易者は見料で生計を立てており、占いの内容や客の身分によって料金が異なりました。この噺のオチでは、男が「近江八景に膳所(ぜぜ・銭)はいりまへん」と言って見料を払わずに帰ろうとします。「膳所」という近江八景の地名を「銭」と掛けた洒落で、易者の言葉遊びに言葉遊びで返した形です。
膳所(ぜぜ)
近江八景には含まれませんが、琵琶湖南岸にある地名。「ぜぜ」という音が「銭(ぜに)」に似ていることから、この噺のオチで「近江八景に膳所(銭)はいりません」という言葉遊びに使われています。実際の近江八景は上記の八景であり、膳所は含まれていませんが、近江八景に関連する地名として当時の聴衆にはよく知られていました。このオチは、易者が近江八景の地名を使って皮肉を言ったのに対し、男も近江八景に関連する地名で言い返したという巧妙な構造になっています。
よくある質問
近江八景の地名の掛詞をすべて教えてください
この噺で使われる近江八景の地名の掛詞は非常に巧妙です。まず紅梅の恋文では「見い(三井)」「矢ばせ(矢橋)」「かただ(堅田)」「さき(唐崎)」「会わず(粟津)」などが使われています。「見いもせで」は「会いもせず」、「矢ばせ」は「矢を放つ」、「かただ」は「堅い」、「さき」は「先」、「会わず」は「会わずに」という意味と地名が重ねられています。易者の解釈ではさらに掛詞が増え、「見い(三井)寺」は「一目見た」、「矢ばせ(橋)に早って」は「気が急いて」、「あき(秋)の月」は「飽きの月」、「片便り(堅田より)」は「片方からの便り」、「浮御堂」は「気が浮つく」、「道楽(落)雁」は「道楽者」、「世帯(瀬田い)」は「所帯を持つ」、「会わず(粟津)の晴嵐」は「会わずにさっぱり諦める」という意味に変換されています。これらの掛詞が重層的に使われることで、言葉遊びの妙が最大限に引き出されています。
なぜ易者は男を諦めさせようとするのですか?
易者が男を諦めさせようとする理由は、まず第一に易の結果が悪かったからです。「水火既済」の卦で「女に間夫があって、一時の足だまりとしてお前の所を選んだ」という結果が出ています。易者は職業的な占い師として、この結果を正直に伝えています。しかし同時に、易者は世間の常識や人情に通じた人物として、遊女に入れ揚げた男の哀れさを見抜いています。遊女が客に本気の恋をすることはまずなく、年季が明けたら所帯を持つという約束も社交辞令である可能性が高いのです。易者は男のためを思って、現実を受け入れさせようとしているのです。紅梅の恋文を近江八景の地名を使って皮肉に解釈する場面は、易者の毒舌ながらも愛情深い忠告と言えます。男の目を覚まさせて、無駄な金と時間を使わせないようにする親切心があるのです。
オチの「近江八景に膳所(銭)はいりません」の意味を詳しく教えてください
このオチは多層的な言葉遊びになっています。まず「膳所(ぜぜ)」は琵琶湖南岸にある実在の地名で、近江八景には含まれませんが、近江八景に関連する地名として知られています。「ぜぜ」という音が「銭(ぜに)」に似ていることから、「近江八景に膳所(銭)はいりません」は「近江八景には膳所という地名は含まれていない」という表面的な意味と、「近江八景の話をするのに銭(見料)は必要ない」という二重の意味を持ちます。易者は近江八景の地名を使って男の片思いを皮肉に解釈し、諦めるよう忠告しました。しかし男は易者の忠告を聞き入れたふりをして、最後に近江八景に関連する地名「膳所」を使って見料を払わずに逃げたのです。これは易者の言葉遊びに言葉遊びで返した形で、男の機転の良さと往生際の悪さを同時に表現した絶妙なオチとなっています。
この噺は上方落語ですか、江戸落語ですか?
「近江八景」は上方落語の演目です。近江八景は琵琶湖周辺の景勝地であり、京都・大阪から近い関西の地名であることから、上方落語として発展しました。また、言葉遣いや登場人物の性格も上方的です。易者や男の会話は関西弁で、「おおきありがと」「いりまへん」などの表現が使われています。さらに、地名を使った掛詞の巧妙さは上方落語の特徴の一つです。江戸落語でも地名を使った噺はありますが、近江八景のように琵琶湖周辺の詳細な地理知識を前提とした言葉遊びは、関西の聴衆にとってより身近で理解しやすいものでした。ただし、この噺は東京の落語家も演じることがあり、その場合も上方の雰囲気を残して演じられることが多いです。
実際に遊女が年季明けに所帯を持つことはあったのですか?
江戸時代、遊女が年季明けに客と所帯を持つことは稀ではありましたが、全くなかったわけではありません。裕福な商人や武士が気に入った遊女を身請けして妻や妾にするケースは実際にありました。しかし大多数の遊女にとって、年季明けは夢に過ぎませんでした。遊郭側は遊女を手放したくないため、借金を増やしたり、新たな契約を結ばせたりして、事実上遊女を縛り続けました。また、遊女が客に「年季が明けたら所帯を持ちましょう」と約束するのは、客を繋ぎ止めるための常套句であり、本気で考えていることは少なかったのです。この噺の男は、そうした遊郭の現実を知らず、紅梅の社交辞令を本気に受け取っている純朴な人物として描かれています。友達や易者が男を諦めさせようとするのは、こうした遊郭の現実を知っているからです。
名演者による口演
桂米朝「近江八景」
上方落語の人間国宝・桂米朝師匠による「近江八景」は、近江八景の地名と掛詞の巧妙さを最大限に引き出した名演です。米朝師匠は紅梅の恋文を美しく朗読し、近江八景の風景が目に浮かぶような情景描写を行います。その後、易者が同じ文を皮肉に解釈する場面では、一転して毒舌と諧謔味を込めた語りで、言葉遊びの面白さを強調します。特に「道楽(落)雁」「世帯(瀬田い)」などの掛詞を、聴衆が理解しやすいように間を取りながら語る技術は見事です。オチの「近江八景に膳所(銭)はいりまへん」も、男の機転の良さと往生際の悪さを巧みに表現しています。
三遊亭圓生「近江八景」
六代目三遊亭圓生師匠の「近江八景」は、易者の人物描写と男の哀れさを丁寧に描いた名演です。圓生師匠は易者を単なる占い師ではなく、世間の常識に通じた知恵者として演じます。易の説明も詳しく行い、「沢火革」「水火既済」などの卦の意味を聴衆に分かりやすく伝えます。男については、遊女に入れ揚げた愚かさと同時に、純粋に恋を信じる純朴さも表現します。友達とのやり取りでも、友達の冷静さと男の逆上せた様子を対比させ、人間ドラマとしての厚みを持たせています。圓生師匠の重厚な語り口が、この噺に深みを与えています。
古今亭志ん生「近江八景」
五代目古今亭志ん生師匠の「近江八景」は、軽妙な語り口と人間臭さが魅力です。志ん生師匠は男の入れ揚げた状態を、どこか憎めない滑稽さで演じます。易者の毒舌も、志ん生師匠が演じると嫌味ではなく、むしろユーモラスに聞こえます。紅梅の恋文を読む場面と、易者がそれを皮肉に解釈する場面の対比も、志ん生師匠の巧みな演技で際立ちます。オチの「近江八景に膳所(銭)はいりまへん」も、男のずる賢さとどこか諦めきれない様子を同時に表現し、笑いの中にも哀愁を感じさせます。
関連する落語演目
遊郭や遊女を題材にした噺
「品川心中」は、遊女との心中を巡る噺。遊女と客の関係を描いた点で、「近江八景」と共通するテーマがあります。
「紺屋高尾」は、職人が高尾太夫に恋する噺。身分違いの恋という点で、「近江八景」の遊女への片思いと通じる要素があります。
占いや易を題材にした噺
「死神」は、運命や宿命を題材にした噺。占いによって人の運命を予見する点で、「近江八景」と共通するテーマがあります。
言葉遊びが巧妙な噺
「寿限無」は、長い名前の繰り返しによる言葉遊びの代表作。「近江八景」の地名を使った掛詞と同様に、言葉の面白さを活かした演目です。
「天竺徳兵衛」は、地口や掛詞を駆使した言葉遊びの噺。「近江八景」と同様に、同音異義語を活用した笑いが特徴です。
「ちりとてちん」は、食べ物の名前を使った言葉遊びが特徴。「近江八景」の地名の掛詞と同様に、言葉の巧妙さで笑いを生みます。
この噺の魅力と現代への示唆
「近江八景」の最大の魅力は、地名を使った掛詞の巧妙さにあります。近江八景という美しい景勝地の名前が、恋文では情緒的に使われ、易者の解釈では皮肉に変換される、この言葉の多義性と変換の妙が、日本語の豊かさを示しています。現代でも、一つの言葉に複数の意味を持たせる技法は、広告やキャッチコピー、SNSの投稿などで広く使われており、言葉遊びの伝統は今も生きています。
遊女に入れ揚げた男の姿は、現代でいえば詐欺や悪質商法に引っかかる人に通じます。男は遊女の社交辞令を本気に受け取り、年季が明けたら所帯を持てると信じています。友達や易者がどれだけ忠告しても聞き入れない頑固さは、騙されている人の典型的な心理です。現代でも、詐欺師の甘い言葉を信じて大金を失う人は後を絶ちません。この噺は、冷静な第三者の忠告に耳を傾けることの重要性を教えてくれます。
易者の占いは、単なる迷信ではなく、世間の常識や人間心理を巧みに利用したカウンセリングとも言えます。易者は卦の結果だけでなく、男の話し方や態度、紅梅の恋文の内容から、真実を見抜いています。現代のカウンセリングやコーチングでも、クライアントの言葉の裏にある本音を読み取ることが重要です。易者の洞察力と人間理解は、現代のコミュニケーション技術にも通じるものがあります。
オチの「近江八景に膳所(銭)はいりまへん」は、言葉遊びで言い返す機転の良さを表現しています。易者が近江八景の地名を使って皮肉を言ったのに対し、男も近江八景に関連する地名で言い返した形です。これは現代でいえば、相手の論理を逆手に取って反論する技術に通じます。ディベートやビジネス交渉でも、相手の言葉を巧みに利用して自分の主張を通すことは重要です。ただし、男の場合は見料を払わずに逃げるという不誠実な行為であり、機転の良さと道徳性は別問題であることも示唆しています。
さらに、この噺は「現実を受け入れることの難しさ」を描いています。男は易者の忠告を聞いた後、「あ、さよか。おおきありがと」と言って帰ろうとしますが、本当に諦めたのかは疑問です。人間は自分に都合の悪い現実を受け入れることが難しく、希望的観測にすがりたくなるものです。現代社会でも、不都合な真実から目を背け、願望だけで行動する人は少なくありません。この噺は、現実を直視することの重要性と、それがいかに難しいかを教えてくれます。
最後に、紅梅の恋文に詠み込まれた近江八景の美しさは、江戸時代の教養と風流の文化を示しています。遊女が近江八景を詠み込んだ恋文を書けるということは、当時の遊女が高い教養を持っていたことを表しています。遊郭は単なる性産業の場ではなく、文化や芸術が花開く場でもありました。現代では失われつつある教養や風流の精神を、この噺は思い出させてくれます。








