権助提灯
3行でわかるあらすじ
大家の旦那が本妻と妾を持っているが、両者とも物分りが良く家内円満。
ある夜、本妻と妾の両方から気遣われ、結果的に本宅と妾宅を何度も往復する羽目になる。
権助に提灯を持たせて一晩中歩き回り、気がつくと夜が明けてしまっていた。
10行でわかるあらすじとオチ
大家の旦那は本妻と妾を持っているが、両者とも物分りが良く家内円満。
ある夜、旦那が本宅に帰ると本妻が火の元が心配だから妾宅に行けと言う。
旦那は権助に提灯を持たせて妾宅を訪れる。
妾は本妻に甘えるようで申し訳ないから今夜は帰れと言う。
本宅に戻ると本妻がまた妾宅に行けと言う。
こうして旦那は本宅と妾宅を何度も往復することになる。
一晩中歩き回っているうちに提灯の火が消えてしまう。
旦那が権助に提灯に火を入れろと言う。
権助は「それには及ばねえ」と答える。
「もう夜が明けちまっただ」というオチで一晩の往復劇が判明する。
解説
この演目の真の面白さは、表面的には旦那の滑稽な往復劇に見えるが、実際には旦那を巡る本妻と妾の心理描写にある。本妻の「心の広さ」が物語の土台となっているが、果たして本当に嫉妬心を抱いていないのか、その微妙な心情の読み取りが見どころとなっている。妾もまた本妻への配慮を見せることで、女性同士の駆け引きが巧妙に描かれている。
時間の経過を表現するオチも秀逸で、一晩中の往復により夜が明けてしまうという時間オチは、古典落語の典型的な手法として親しまれている。権助という第三者の視点から状況を客観視させることで、旦那の板挟み状況をより際立たせている。
歴史的には1940年に禁演落語53演目に含まれた経緯があり、テレビドラマ『タイガー&ドラゴン』でも取り上げられるなど、現代でも愛され続ける名作として知られている。
あらすじ
「悋気は女の慎む所、疝気は男の苦しむ所」なんて言いますが、ある大家の旦那は近所の横丁に妾(めかけ)を囲っているが、本妻が物分りがよく、お妾も本妻を立てるので、旦那は本宅と妾宅に交互にお泊りでも家内は円満という羨ましい身の上だ。
ある夜、旦那が本宅に帰ると、本妻が今夜は風が強くて火の元が心配だから、あちらに行って泊っておやりなさいと言う。
旦那はその言葉に甘えて、飯炊きの権助に提灯を持たせて供をさせ妾宅を訪ねる。
するとお妾の方でも、本妻の言葉を嬉しがり、ここまま泊めてはおかみさんに甘えるようで済まないから今夜は帰ってくれと言う。
本宅へ引き返すと、今度は本妻さんが承知せず再び妾宅へ。
こうして何度も本宅と妾宅を行ったり来たりしているうちに提灯の火が消えた。
旦那 「おい、権助、提灯に火を入れな」
権助 「それには及ばねえ。もう夜が明けちまっただ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 悋気(りんき) – 嫉妬心、やきもちのこと。特に女性の嫉妬を指す言葉として使われました。
- 疝気(せんき) – 腹痛や下腹部の痛みを伴う病気の総称。男性特有の苦しみとして表現されました。
- 妾(めかけ) – 正妻以外に囲われた女性。江戸時代には比較的一般的な慣習でした。
- 大家(おおや) – 江戸時代の商家の主人や資産家を指します。このような立場の人物が妾を囲うことは珍しくありませんでした。
- 提灯(ちょうちん) – 和紙と竹で作られた携帯用の照明器具。夜道を歩く際の必需品でした。
- 飯炊き(めしたき) – 商家で炊事を担当する下働きの使用人。権助のような単純な性格として描かれることが多い職種です。
- 横丁(よこちょう) – 大通りから入った小さな通り。江戸では妾宅が横丁の奥に設けられることが多かったようです。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ本妻は旦那を妾宅に行かせたのですか?
A: 表面的には「火の元が心配」という理由ですが、本妻の複雑な心理が隠されています。嫉妬心を表に出さない「物分りの良い妻」を演じつつ、実は旦那を困らせているとも解釈できます。落語の聴き手がこの微妙な心理を読み取ることが、この噺の深い味わいとなっています。
Q: 妾はなぜ旦那を本宅に帰したのですか?
A: 妾の立場としては、本妻の機嫌を損ねないよう気を遣う必要がありました。「本妻に甘えるようで済まない」という言葉には、妾としての控えめな姿勢と、本妻への配慮が込められています。ただし、これも本妻と同様に建前であり、実際には旦那を困らせる結果になっています。
Q: この噺は実際に起こりうる話ですか?
A: 極端に誇張されていますが、本妻と妾の間で板挟みになる男性の苦労は、江戸時代の実情を反映しています。ただし一晩中往復するという展開は落語ならではの誇張表現で、時間の経過を劇的に表現する演出技法です。
Q: 「権助提灯」という題名の意味は?
A: 権助が持つ提灯が、一晩中の往復劇の証人となっています。提灯の火が消えて「夜が明けた」というオチへの伏線でもあり、題名として非常に効果的です。権助という使用人の視点から旦那の滑稽な姿を描く構造も、この題名に込められています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の大名人。本妻と妾の心理描写を巧みに表現し、旦那の板挟みの苦労を絶妙に演じました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 父・志ん生の芸を継承し、より洗練された語り口でこの噺を演じました。往復の場面のテンポの良さが特徴です。
- 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。丁寧な人物描写で、三者三様の思惑を繊細に表現します。
- 立川談志 – 独特の解釈で、この噺を現代的に演じました。特に女性心理の複雑さを強調した演出が印象的でした。
関連する落語演目
同じく「妾話」を扱った古典落語
板挟み・往復がテーマの古典落語
夫婦関係を描いた古典落語
使用人の視点から描いた古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「権助提灯」は、一見すると旦那の滑稽な往復劇を描いた単純な噺に見えますが、実は人間関係の複雑さを巧みに表現した深い作品です。
現代でも「板挟み」という状況は様々な場面で経験されます。職場での上司と部下の間、家庭での親と配偶者の間など、両方を立てようとして結局どちらもうまくいかない状況は、この噺の旦那の姿に重なります。
特に注目すべきは、本妻と妾の「物分りの良さ」が実は旦那を最も困らせているという皮肉です。表面的には円満に見える関係も、実際には微妙なパワーバランスの上に成り立っていることを、この噺は示唆しています。
また、権助という第三者の視点が重要です。当事者である旦那は必死ですが、権助から見れば滑稽な往復劇です。この客観的な視点が、聴衆に冷静に状況を見る余裕を与え、笑いを生み出しています。
最後の「もう夜が明けちまっただ」というオチは、時間の経過を劇的に表現する見事な技法です。一晩中の往復が一瞬で明らかになる瞬間は、落語ならではの爽快感があります。
なお、この噺は1940年に「禁演落語」の一つに指定された歴史があります。戦時中の倫理観から妾を扱う内容が不適切とされましたが、戦後は再び演じられるようになり、現代でも人気の演目として愛されています。
実際の高座では、往復の回数や本妻・妾のセリフの表現、権助の反応など、演者によって大きく異なります。ぜひ複数の演者の口演を聴き比べて、それぞれの解釈の違いを楽しんでください。







