権兵衛狸
3行でわかるあらすじ
山里に住む権兵衛さんが、夜中にいたずらをする狸を捕まえて吊るした。
翌朝、村人は狸汁にしようと言ったが、権兵衛さんは父の祥月命日を理由に狸の頭を刈って逃がしてやった。
その夜、狸が恩返しに現れて「今晩は髭を剃っとくなはれ」と忠告した。
10行でわかるあらすじとオチ
山里の村外れに住む60歳前後の権兵衛さんは、妻を亡くした一人暮らしで村の若者たちに慕われている。
ある夜、寝酒の後に狸が戸を叩いてきて、権兵衛さんは狸を捕まえて囲炉裏の梁に吊るした。
翌朝、近所の村人たちが来て、いたずら狸を狸汁にして食べようと提案した。
しかし権兵衛さんは、その日が父親の祥月命日であることを理由に殺生を断った。
村人を帰した後、震えている狸に優しく語りかけ、頭をきれいに刈って逃がしてやった。
狸は何度も頭を下げながら感謝して山に帰っていった。
その夜、命を助けてもらった満足感でくつろいでいた権兵衛さんの元に、また狸が現れた。
今度は戸を叩くのではなく、ひょいと首を出して現れた狸。
権兵衛さんが驚いていると、狸は恩返しとして忠告をした。
「権兵衛はん、今晩は髭を剃っとくなはれ」と、自分が頭を刈ってもらったお礼に身だしなみのアドバイスをしたのだった。
解説
「権兵衛狸」は、古典落語の中でも心温まる人情噺として親しまれている演目です。もとは江戸落語として生まれ、後に上方落語にも移入されました。上方では「とんとん権兵衛」として知られ、原話は正徳2年(1715年)出版の笑話本『笑眉』にあります。
この作品の最大の魅力は、人間と狸との心の交流を描いた温かみにあります。権兵衛さんが狸を殺さずに逃がしてやる優しさと、それに対する狸の感謝の気持ちが、微笑ましいオチとして表現されています。「髭を剃っとくなはれ」という忠告は、自分が頭を刈ってもらったお礼として、権兵衛さんの身だしなみを気遣う狸の恩返しの心を表しており、聴き手の心を和ませます。
三遊亭金馬や立川談志などの名人たちが得意とした演目でもあり、民話のような郷愁に満ちた語り口で、古き良き日本の山里の風景を思い起こさせる名作です。動物と人間の不思議な交流を通じて、優しさが優しさを呼ぶという普遍的なテーマを描いた、古典落語の代表作の一つといえるでしょう。
あらすじ
ある山里の村外れに住んでいる権兵衛さん。
年の頃は六十前後、若い時分には極道でならしたが、おかみさんをもらってからは極道も直り、十年ほど前におかみさんを亡くしてからは、気楽な一人暮らしで若い者のめんどう見がよく、「権兵衛はん、権兵衛はん」と慕われ、連中もよく家に遊びに来る。
今日もわいわい、がやがやと夜遅くまで話していた若い連中も帰り、権兵衛さんは寝酒をあおって、布団にくるまってうとうとし出した。
すると表の戸を、ドンドン叩き、「権兵衛はん、権兵衛はん」と呼ぶ声。
若い者が戻って来たのかと戸を開けると誰もいない。
空耳か、夢でも見たのかとまた布団に入るとまた、「権兵衛はん、権兵衛はん」で、戸を開けると誰もいない。
これは山に棲む狸のワルサだと見抜いた権兵衛さん、戸のそばに身をひそめ、狸が「権兵衛はん、権兵衛はん」、後ろ向きで頭をドンドンと叩きつけるのを見計らって戸をガラッと開けると、狸がゴロッと転がり込んだ。
大格闘の末、権兵衛さんは狸を組み伏せ、囲炉裏の上の梁(はり)から吊るしてしまった。
権兵衛さんはもう一杯ひっかけ、思わぬ格闘の疲れから朝までグッスリとなった。
翌朝、近所の者がお早うとやって来た。
囲炉裏の上の吊るされた狸を見てびっくり。
村人にしょっちゅうワルサをする狸で、皆えらい目に遭っていると言う。
狸汁にして、村人全員で食おうなんて言い出した。
権兵衛さんそんなことはできないと村人を帰し、狸汁と聞いて震えている狸に話しかけた。「今日は死んだ父っさまの祥月命日で、殺生などでけんわい。逃がしてやるから心配すな」と、狸を下し、ワルサをしないようにと、狸の頭をきれいに刈って逃がしてやった。 さすがに狸も嬉しかったとみえ、あとを振り返
り、何べんもペコペコ、ペコペコ頭を下げながら姿を消した。
今日も一日が終り、今日は生き物の命を助けたといい気分でくつろいだ権兵衛さん。
寝酒をあおって布団に入ろうとすると、ドンドン「権兵衛はん、権兵衛はん」、あれだけ言ったのに性懲りもなくまた来よった。
今度捕らまえたらどうするか見ておれと、権兵衛さん、ガラッと戸を開けると、ヒョイと首を出した狸が、
「権兵衛はん、今晩は髭(ひげ)を剃っとく なはれ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 山里(やまざと) – 山間部の集落。江戸時代、このような場所には狸や狐などの野生動物が身近に生息していました。
- 祥月命日(しょうつきめいにち) – 亡くなった人の命日と同じ月日のこと。毎年巡ってくる命日を指し、仏教では殺生を慎む日とされていました。
- 囲炉裏(いろり) – 室内の床を四角く切って作った炉。暖房や調理に使われ、日本の伝統的な家屋の中心的存在でした。
- 梁(はり) – 天井を支える横木。囲炉裏の上の梁は煙で燻されて丈夫になり、物を吊るすのにも使われました。
- 狸汁(たぬきじる) – 狸の肉を使った汁物。江戸時代には山間部で食べられており、滋養強壮に良いとされていました。
- 寝酒(ねざけ) – 寝る前に飲む酒。権兵衛さんの日課として描かれており、一人暮らしの楽しみでした。
よくある質問(FAQ)
Q: 狸が頭を刈られたのはなぜですか?
A: 権兵衛さんが「二度といたずらをするな」という印として、また村人に分かるように狸の頭を刈りました。これは狸にとっては恥ずかしい姿ですが、命を助けてもらえたことへの感謝の方が大きかったのです。この「頭を刈る」という行為が、後の「髭を剃れ」というオチへの伏線になっています。
Q: なぜ狸は恩返しに「髭を剃れ」と言ったのですか?
A: 自分が頭を刈ってもらったお礼として、権兵衛さんの身だしなみを気遣ったのです。このオチの秀逸さは、人間が狸の頭を刈ったことと、狸が権兵衛さんに髭を剃れと勧めることの対比にあります。恩返しとしては地味ですが、だからこそ温かく微笑ましい結末になっています。
Q: この噺は実際にあった話ですか?
A: 原話は正徳2年(1715年)出版の笑話本『笑眉』に収録されており、民話や伝承を基にした創作と考えられます。江戸時代には動物と人間の不思議な交流を描いた話が多く、この噺もそうした伝統的なテーマを落語に仕立てたものです。
Q: 江戸落語と上方落語で違いはありますか?
A: 江戸では「権兵衛狸」、上方では「とんとん権兵衛」として演じられます。基本的なストーリーは同じですが、言葉遣いや演出に違いがあります。上方版では関西弁で語られ、狸の描写がより愛嬌たっぷりになる傾向があります。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三遊亭金馬(三代目) – この噺を十八番としていた名人。民話のような温かみのある語り口で、権兵衛さんの優しさと狸の純朴さを見事に表現しました。
- 立川談志 – 独特の解釈で、権兵衛さんの人生観や一人暮らしの寂しさを織り交ぜながら、深みのある人情噺として演じました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 美しい語り口で、山里の情景描写と狸との心の交流を繊細に表現しました。
- 桂米朝(三代目) – 上方版「とんとん権兵衛」として、人間国宝らしい品格ある語り口で演じました。
関連する落語演目
同じく「動物との交流」を描いた古典落語
恩返し・善行が報われる人情噺
一人暮らしの老人を描いた古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「権兵衛狸」は、優しさの連鎖を描いた心温まる作品です。現代社会でも「情けは人のためならず」という言葉がありますが、この噺はまさにその精神を体現しています。
権兵衛さんが狸を助けた理由は、父親の命日という仏教的な理由でした。しかし本当の理由は、権兵衛さん自身の優しい人柄にあります。若い頃は極道だったという設定も、人は変われることを示唆しています。
狸の恩返しが「髭を剃れ」という小さなアドバイスである点も秀逸です。大げさな恩返しではなく、身だしなみを気遣うという日常的なアドバイスだからこそ、狸と権兵衛さんの心の距離が縮まったことが伝わってきます。
現代では野生動物と人間の距離が遠くなり、こうした交流は想像しにくくなりました。しかし、異なる立場の者同士が思いやりを持って接することの大切さは、今も変わりません。この噺は、優しさや思いやりが巡り巡って自分に返ってくるという、人間関係の本質を教えてくれます。
また、一人暮らしの老人である権兵衛さんが、若者たちに慕われ、動物にも優しくする姿は、孤独ではあっても孤立していない理想的な暮らし方を示しています。現代の高齢化社会においても、示唆に富んだ物語といえるでしょう。
実際の高座では、狸の動作や鳴き声の表現、権兵衛さんの優しい語り口、山里の情景描写など、演者によって大きく異なります。ぜひ複数の演者の口演を聴き比べて、それぞれの解釈の違いを楽しんでください。






