ざこ八(雑穀八)
3行でわかるあらすじ
十年前に婚礼の日に逃げた鶴吉が、雑穀屋「ざこ八」の娘お絹のもとに戻る。
必死に働いて大成功を収め、夫婦円満で商売も繁盛する。
しかし精進日の魚を巡って夫婦喧嘩となり、丁稚の言葉遊びでオチがつく。
10行でわかるあらすじとオチ
十年前に婚礼の日に逃げた眼鏡屋の弟・鶴吉が東京から戻ってくる。
雑穀屋「ざこ八」の店はつぶれ、娘のお絹は貧しい暮らしをしていた。
鶴吉が逃げた後、お絹は似た男性を養子に迎えたが遊び回って店をつぶした。
鶴吉は再びお絹の婿養子となり、朝から晩まで必死に働く。
米屋から始めて堂島の米相場で大当たりし、大きな店を構える。
お絹も美しさを取り戻し、夫婦円満で子どもも授かる。
ある日、精進日なのに鶴吉が大きな鯛を買おうとして夫婦喧嘩になる。
魚料理と精進料理の対抗戦で、店の者たちが満腹になるまで食べる。
来月の帯の祝い(妊娠祝い)の話題が出る。
丁稚が「帯の祝いと聞いただけでお腹が大きゅうなった」と言ってオチ。
解説
「ざこ八」は人情噺の傑作として知られる長編落語です。
物語は三部構成で、前半は鶴吉の逃亡とその後の悲劇、中盤は再会と再起、後半は成功後の夫婦喧嘩という展開になっています。
「ざこ八」とは雑穀屋八兵衛の略称で、当時の商家の呼び方を表しています。
鶴吉の勤労ぶりが詳細に描かれており、江戸時代の商売の様子がよくわかる作品でもあります。
オチの「帯の祝いと聞いただけでお腹が大きゅうなった」は、妊娠による「お腹が大きくなる」ことと、食べ過ぎによる「お腹が大きくなる」ことを掛けた巧妙な言葉遊びで、丁稚の純朴さと機転を表現した秀逸な結びとなっています。
あらすじ
桝屋新兵衛の家へ、もと町内に店があった眼鏡屋の弟の鶴吉がやって来た。
鶴吉は十年前、周辺四町きっての金持と言われた雑穀屋八兵衛「ざこ八」の一人娘、今小町といわれたお絹との婚礼の日に逐電した男だ。
東京へ行って魚河岸で働いていたという。
そのざこ八の店が見当たらない。
新兵衛は「ざこ八の店はつぶれた。つぶれたのはお前のせいだ」、「十年も東京へ行っていた俺が何でざこ八をつぶしたんだ」と怒る鶴吉に、新兵衛はその後の顛末を話す。
鶴吉が逐電した後、お絹さんは「鶴吉さんは私を捨てて逃げた。もう死んでしまおう」とまで悲しんだが、ある日、天王寺さんに参詣した時、一心寺の前の甘酒屋で鶴吉そっくりの百姓を見かけた。
お供の者に後をつけさせると猪飼野の大百姓の次男坊だった。
人を介して話を進め、お絹さんの養子に迎えた。
養子は始めのうちは真面目によく働いたが、そのうちに悪い友達ができて、茶屋酒の味を覚え、昨日は難波新地、今日は北の新地、明日は堀江、新町、松島と、店のことなどそっちのけで遊びまわり、金を湯水のように使った。
それを苦にしてざこ八はころりと死に、かみさんも後を追うように死んでしまった。
養子は心を入れ替えるどころか、もう恐いものなしで遊びまくり、身代を使い果たし、悪い病気をもらってころっと死んでしまった。
お絹さんも悪い病気を引き受け髪の毛は抜け落ちて矮鶏(ちゃぼ)のケツのような頭、あばただらけの醜い面相になってしまった。
今は裏長屋の端の二畳敷きの納屋同然のところで雨露をしのいでいる。「だから、ざこ八をつぶしたたのは鶴吉、お前だ」と、新兵衛は厳しい口調で因縁話を結んだ。
鶴吉 「けっしてお絹さんのことが嫌いだったとか、ほかに女がいたなどということではありません。
あの時は、友達から”小糠三合あったら養子に行くな”と言われました。ざこ八の身代を増やしても当たり前、減らしたりしようものなら養子のせいと言われるのが落ちと嫌気がさして、東京へ走りました」。
さらに鶴吉は「今一度、お絹さんのところへ養子に世話してください」と頼む。
新兵衛がこの話をお絹さんにすると、むろん嫌というはずもなく、こんな有様でよろしければということで、鶴吉の婿入り養子が決まった。
東京で蓄えた三百円を新兵衛に預け、お絹さんの婿となった鶴吉の働くこと。
朝は暗いうちから紙くず、縄拾い、豆腐売り、昼は漬物と昆布巻き、「焼き栗、焼き栗、丹波の栗でクリクリクリ」と売り歩く。
夕には刺身、夜になると夜泣きうどんだ。
夜中には町内の夜番をして、みなが寝静まった頃に出刃包丁を持って押し込み強盗に・・・。
まあ、それほどよく働いたということ。
すぐに小金が溜まって小さな米屋を始めた。
そのうちに堂島の米相場へ手を出し、相場を読むのがどんぴしゃりと当たって買って、売って大儲け。
すぐに表通りに五戸前の蔵持ちの大きな店を建ててしまった。
これと同時進行で、お絹さんの体の毒が抜けて行き、みるみるうちに以前よりも綺麗になって行った。
人も羨む夫婦仲でお腹には子どもまでいる。
店には出入りの商人もひっきりなしで、お絹さんも使用人任せにせずてきぱき、丁寧に応対するので店の評判はさらに上がる。
ある日、鶴吉が魚喜が持ってきた大きな鯛を買った。
魚喜が奥へ運ぶのを見たお絹さんが「今日は先の仏の精進日や、持って帰り」、魚喜が持ち帰ろうとすると鶴吉が、「先の仏?・・・うちのやつが何と言おうとかめへん。俺が食うのやさかい、持って入れ」で、鯛を持った魚喜を間にして夫婦喧嘩が勃発した。
口ではかなわない鶴吉はお絹さんに手を上げそうになる。
魚喜がまあまあと割って入って最悪の展開は免れたが、鶴吉「今日は休みや、番頭、表を閉めてしまえ。おい、魚喜、浜にある魚、みな買うてこい」、お絹さんも負けてなく「お竹、八百亀に来てもろうて、精進料理百人前こしらえさせとくれ」で、台所で魚喜と八百亀の代理戦争も始まった。
さて、料理ができると店の者は集められて、魚料理と精進料理を仰山と振舞われ満腹の状態となった。
丁稚(亀吉) 「わて、もう食べられへんわ」
丁稚(定吉) 「今からそんなこと言うてどうするねん。来月はご寮人さんの腹帯の祝いで、また食べなならんで」
丁稚(亀吉) 「あぁ、わては、帯の祝いと聞いただけでお腹が大きゅうなった」
落語用語解説
ざこ八(ざこはち): 雑穀屋八兵衛の略称。江戸時代から明治時代にかけて、商家は「屋号+主人の名前」で呼ばれることが多かった。雑穀屋は米、麦、豆などを扱う商売で、庶民の生活に欠かせない存在だった。
逐電(ちくでん): 姿をくらまして逃げること。特に江戸時代は、借金や不都合な縁談から逃げるために夜逃げする人も多かった。この噺では鶴吉が婚礼の日に逐電するという、極めて重大な行為として描かれている。
堂島の米相場(どうじまのこめそうば): 大阪・堂島にあった世界初の公設先物取引市場。江戸時代から明治時代まで、日本の米価格の基準となった重要な市場。ここで成功すれば大きな財を築けたが、失敗すれば破産する危険もあった。
帯の祝い(おびのいわい): 妊娠5ヶ月目に行う安産祈願の儀式。腹帯を巻いて安産を祈る習慣で、親族や親しい人を招いて祝宴を開くことが多かった。この噺のオチに関わる重要な言葉。
精進日(しょうじんび): 仏教の影響で、肉や魚を食べず野菜だけで過ごす日。命日や法事など、先祖を供養する日に設けられることが多かった。この噺では、この日に鯛を買おうとする鶴吉と、それを止めるお絹の対立が描かれている。
よくある質問(FAQ)
Q: 鶴吉はなぜ婚礼の日に逃げたのですか?
A: 友人から「小糠三合あったら養子に行くな」という諺を聞いて、養子として婿入りすることに不安を感じたためです。商家の養子は、店を繁盛させて当たり前、失敗すれば養子のせいにされるという重圧があり、それを恐れて逐電しました。
Q: このオチ「帯の祝いと聞いただけでお腹が大きゅうなった」の意味は?
A: 妊娠による「お腹が大きくなる」ことと、食べ過ぎによる「お腹が大きくなる」ことを掛けた言葉遊びです。魚料理と精進料理を大量に食べさせられた丁稚が、来月の帯の祝い(妊娠祝い)でまた食べなければならないと聞いて、「もう満腹で食べられない」という意味で言った機転の効いたセリフです。
Q: 鶴吉はどうやって大成功を収めたのですか?
A: 東京で貯めた300円を元手に、朝から晩まで様々な商売をして小金を貯め、小さな米屋を開業しました。その後、堂島の米相場に手を出し、相場を読む才能が開花して大当たりし、大きな店を構えるまでになりました。
Q: お絹の病気が治ったのはなぜですか?
A: 鶴吉との再婚と、商売の成功による生活の改善で、心身ともに健康を取り戻したという設定です。前の養子との生活で病気になり容姿が崩れましたが、鶴吉の献身的な働きぶりと愛情によって、みるみる以前より美しくなったと描かれています。
Q: この噺は実話ですか?
A: 落語の創作ですが、江戸時代から明治時代の大阪商人の生活や、堂島米市場の実態、養子制度など、当時の社会背景を反映した内容になっています。人間の再起と夫婦愛をテーマにした、普遍的な物語です。
名演者による口演
この噺は上方落語の長編人情噺として、多くの名人によって演じられてきました。
桂米朝: 上方落語の人間国宝として、この噺の人情の機微を丁寧に描きました。鶴吉の勤勉さ、お絹の悲しみと喜び、そして夫婦の絆を、深い人間理解で表現しました。
桂枝雀: エネルギッシュな演出で、鶴吉の必死の働きぶりを躍動感あふれる語り口で表現。特に様々な商売を次々と行う場面は圧巻でした。
桂ざこば: 大阪商人の生活感覚を知り尽くした語り口で、堂島の米相場や商売の様子をリアルに描きました。夫婦喧嘩の場面も迫力がありました。
桂南光: 人間の弱さと強さを同時に描く演出が特徴。鶴吉の逃亡という過ちと、それを乗り越える努力を、観客の共感を呼ぶ形で表現しました。
関連する落語演目
商売人の成功を描いた噺:
夫婦愛を描いた人情噺:
再起と逆転を描いた噺:

この噺の魅力と現代への示唆
「ざこ八」は、人間の過ちと再起、そして愛の力を描いた壮大な人情噺です。婚礼の日に逃げるという最悪の過ちを犯した鶴吉が、十年後に戻ってきて献身的に働き、お絹と幸せをつかむという物語は、「やり直しは可能である」という希望を与えてくれます。
特に印象的なのは、鶴吉の圧倒的な勤労ぶりです。朝から晩まで、昼も夜も様々な商売をして働き続ける姿は、過去の過ちを償おうとする強い意志を表しています。現代社会でも、失敗から立ち直るには並外れた努力が必要であることを示唆しています。
また、お絹の姿も感動的です。一度は絶望的な状況に陥りますが、鶴吉が戻ってきたことで美しさと健康を取り戻します。これは、愛する人との絆が人を生き返らせる力を持つことを象徴しています。
成功後の夫婦喧嘩の場面は、人間臭さを感じさせます。どんなに成功しても、夫婦の意見の対立はあるという現実的な描写です。しかし最後は丁稚の機転の効いた言葉で笑いに転換され、全体として温かい雰囲気で終わります。
この噺は、失敗しても努力すれば再起できること、愛する人のためなら人は変われること、そして夫婦の絆の強さという、時代を超えた普遍的なテーマを描いています。長編ながら飽きさせない構成と、感動と笑いのバランスが絶妙な、上方人情噺の傑作です。






