幽女買い
3行でわかるあらすじ
太助が冥土で3か月前に死んだ源さんと再会し、閻魔様の裁決待ちの間に「死吉原」で遊ぶことになる。
あの世版の吉原では町名が死にちなんだ名前に変わり、幽女が「恨めしい〜」と言いながら客を取り、坊主がお経を唱える。
太助は幽女に娑婆の話をせがまれ、最後は「冥土ありがとうございます」「お迎え、お迎え」という言葉遊びで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
太助がどこか暗い所を歩いていると、3か月前に死んだはずの源さんに出会い、自分も死んでいることを知らされる。
太助は女房と医者に毒殺されたことを悟り、源さんと共に冥土で閻魔様の裁決を待つ身となる。
源さんの提案で二人は「死吉原」で遊ぶことにし、あの世版の吉原に向かう。
死吉原では町名が不思議町(伏見町)、冥土町(江戸町)、あの世町(揚屋町)など死にちなんだ名前に変わっている。
幽女が「新亡者」と呼びかけ、「あたしで成仏しな」と粋なことを言って太助を誘う。
店では芸者の代わりに首から数珠をぶら下げた者が、幇間の代わりに袈裟を着た坊主がお経を唱える。
太助は幽女に娑婆の話をせがまれ、「いっそのこと二人で生き返りたいね」と言われる。
太助は「生きて花実が咲くものか」と意見してご機嫌になる。
二人は末期の水を飲んで店を出ると、若い衆が「冥土ありがとうございます」と挨拶する。
表に出ると向こうから「お迎え、お迎え」という声が聞こえてくるオチ。
解説
「幽女買い」は江戸落語の中でも極めて異色な作品で、死後の世界を舞台にした廓噺という前代未聞の設定が特徴です。
作品全体が地口(駄洒落)の連続で構成されており、新吉原が「死吉原」、江戸町が「冥土町」、揚屋町が「あの世町」など、実在の吉原の地名を死にまつわる言葉に置き換える言葉遊びが巧妙に織り込まれています。
太助の死因が女房と医者による毒殺という設定や、幽女が「恨めしい〜」と言いながら客を取る場面など、怪談的な要素と廓噺の要素が絶妙に組み合わされています。
最後の「冥土ありがとうございます」(ご愛好ありがとうございます)、「お迎え、お迎え」(迎え火)という言葉遊びも秀逸で、死後の世界という非日常的な設定を江戸っ子らしい洒脱さで描いた、落語ならではの発想の自由さを示す傑作です。
あらすじ
太助がどこか分からない暗い所を歩いていると、3か月前に死んだはずの源さんに出会う。
太助が通夜で、「・・・こんな助兵衛で女郎買いの好きな奴はいねぇ・・・かみさんは子どもを連れて逃げ出しちまうし、引っ張り込んだ女に騙され、捨てられ、みっともない病気を引き受けて鼻は落ち、目は見えなくなり、この始末・・・、どっちみちこういう奴は地獄行きですから、弔いはいい加減にして、どっかで焼いて粉々にして屁で飛ばしちまおう・・・・」と、源さんの悪口をさんざん言ったのを責められる。
源さんは死んでも身体がそこにあるうちは聞こえると言う。
太助が、「死んだお前が何でここに居るんだ」と聞くと、源さんは「お前も死んだからだ」という。
そう言えば太助は枕元で、医者と女房が"ご臨終です"、"ほんとに死にましたか?"、"薬でちゃんと始末しましたから"、なんてひそひそ話が確かに聞えた。「売女(ばいた)め、間男野郎、ふざけたことをやりゃあがって」と怒る太助に、源さんは「お前だって散々遊んだんだから文句を言えた義理じゃねえだろが」で、太助はすっかり納得、諦めも早い。
源さんが言うには、ここは冥土で、地獄・極楽行きの閻魔様の裁決を待っているが、このところ亡者が多くて順番待ちでぶらついている。
浄玻璃の鏡も磨く暇もないようで曇ったままだから、そのうちに閻魔を誤魔化して極楽へ行っちまおうと思っているなんて元気で呑気だ。
意気投合した二人、何処かで一杯やってから、幽女買いに繰り出そうということになった。
六道銭を三途の川で取られ、空っ尻(けつ)の太助の勘定も、なぜか金回りのいい源さんが持つという。
太助は飲みながら、新吉原が死(しに)吉原、四宿が死宿で、新宿は死ん宿、品川は死に川、板橋は死んだ橋、千住は心中、なんぞと幽閣のイロハを教わる。
さて日も暮れて、死吉原の大門をくぐると、左に不思議町(伏見町)、冥土町(江戸町一丁目、二丁目)、仲之町は仲之町で変えようがない。
右にあの世町(揚屋町)、末期屋(松葉屋)、魂屋(玉屋)、終わり屋(尾張屋)、恨み屋(三浦屋)、首つる屋(鶴屋)とひやかして行くと、小見世の格子から幽女が、「ねぇ、ちょいと上がってといでよ、新亡者」と、額に新しい三角の布を貼った太助に声が掛かった。
太助「ちょいとこれから一廻りするんだ」、幽女「廻ったって誰もお前さんなんぞ、看取ってくれやしないよ。
あたしが往生さしてやるから上がんなよ。あたしで成仏しな」、乙なことを言いやがると気に入った二人の"仏様"はこの店に登楼する。"半通夜"で"陰気に一つ"、首から数珠をぶら下げた芸者、幇間ならぬ袈裟衣を着た坊主が"かっぽれ"の代わりに、お経を唱え始める。
陰気に盛り下がって、お引けとなって部屋で待っていると、幽女が「恨めしい~」と入って来て、手だの足?だのをからめて・・・・、烏カァーで夜が明けた。
源さん 「お早ぉ、どうだった」
太助 「幽女の奴ぁ、娑婆(しゃば)の話を聞きたいって言うんで、いろいろ話したら"いっそのこと二人で生き返りたいね"だと、"生きて花実が咲くものか"と意見してやった」と、ご機嫌だ。
二人は末期の水を飲んで、「じゃあ、世話になった。また来るよ」
若い衆 「冥土ありがとうございます」、表へ出ると向こうから「お迎え、お迎え」
落語用語解説
幽女(ゆうじょ)
この噺で使われる言葉で、あの世の遊女のこと。「遊女」と「幽女」を掛けた言葉遊び。
死吉原(しによしわら)
あの世版の新吉原。「新」と「死に」を掛けた地口で、この噺の舞台となる冥土の遊郭。
六道銭(ろくどうせん)
死者があの世に持っていくお金。三途の川の渡し賃として棺に入れられた。
三途の川(さんずのかわ)
この世とあの世の境にあるとされる川。死者はこの川を渡ってあの世に行くとされている。
浄玻璃の鏡(じょうはりのかがみ)
閻魔大王が死者の生前の行いを映し出すとされる鏡。この噺では「曇ったまま」と描写されている。
末期の水(まつごのみず)
臨終の際に口を湿らせる水。この噺では店を出る際の「お茶」の代わりとして使われている。
よくある質問(FAQ)
Q: オチの「冥土ありがとうございます」「お迎え、お迎え」の意味は?
A: 「冥土ありがとうございます」は「ご愛顧ありがとうございます」の言い換え、「お迎え、お迎え」は吉原で客を呼び込む「お送り、お送り」を死後の「お迎え」に掛けた言葉遊びです。
Q: なぜ太助は冥土にいるのですか?
A: 太助は女房と医者に毒殺されたためです。枕元で「薬でちゃんと始末しました」というひそひそ話が聞こえたことからそれを悟りました。
Q: 死吉原の町名はどのような言葉遊びになっていますか?
A: 伏見町→不思議町、江戸町→冥土町、揚屋町→あの世町、松葉屋→末期屋、玉屋→魂屋、尾張屋→終わり屋、三浦屋→恨み屋、鶴屋→首つる屋など、実在の吉原の地名を死にまつわる言葉に置き換えています。
Q: 源さんはなぜ冥土で元気なのですか?
A: 源さんは生前助兵衛で女郎買いが好きだったため、死後も冥土で遊び回っています。閻魔様の裁決待ちという設定で、浄玻璃の鏡が曇っているうちに極楽に行こうと企んでいます。
Q: この噺の特徴は何ですか?
A: 死後の世界を舞台にした廓噺という極めて珍しい設定です。全体が地口(駄洒落)の連続で構成されており、怪談的な要素と廓噺の要素が組み合わされた異色作です。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
冥土の世界を生き生きと描き、次々と繰り出す地口で客席を笑いの渦に巻き込んだ名演で知られる。
六代目 三遊亭円生
死吉原の町名を丁寧に語り、言葉遊びの面白さを格調高く伝えた。
八代目 桂文楽
太助と源さんの掛け合いを軽妙に演じ、怪談風の雰囲気と笑いを見事に両立させた。
関連する演目
同じく「あの世」が舞台の古典落語


同じく「廓」が舞台の古典落語


同じく「地口・洒落」が特徴の古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「幽女買い」の魅力は、死後の世界という非日常的な設定を使いながら、全編を言葉遊びで埋め尽くした発想の自由さにあります。新吉原が「死吉原」、江戸町が「冥土町」など、実在の地名を死にまつわる言葉に置き換える地口の連続は、江戸っ子の洒落好きを存分に発揮した作品です。
太助が女房と医者に毒殺されるという設定は怪談的ですが、それを恨むでもなく「お前だって散々遊んだんだから」と諭されてあっさり諦めるところに、江戸の庶民の達観した人生観が表れています。
現代ではあまり演じられることのない珍しい演目ですが、落語の自由な発想力を示す好例として価値があります。落語会でこの噺がかかった際には、次々と繰り出される地口の数々と、演者がいかに冥土の世界を生き生きと描くかに注目してみてください。


