夢の酒
3行でわかるあらすじ
大黒屋の若旦那が昼寝中に向島の美しいご新造さんと酒を酌み交わす色っぽい夢を見て、女房のお花が嫉妬で大騒ぎ。
義父の大旦那がお花に頼まれて夢の中に入って女に小言を言いに行くが、同じ美女に酒を勧められて夢中になる。
「燗がつくまで待つ」と冷や酒を断ったところでお花に起こされ、「冷やでもよかった」と本音を漏らすオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
梅雨の昼間、大黒屋の若旦那が昼寝をしてニタニタ笑っているのを女房のお花が起こして夢の内容を問い詰める。
若旦那は向島で夕立に遭い、雨宿りで入った家の色白美人のご新造さんに酒を勧められたと語る。
普段酒を飲まない若旦那が美女の色っぽいお酌で酔い、三味線に小唄と都々逸まで披露され、離れの四畳半で休む。
ご新造さんが長襦袢姿で布団に入ってきたところで起こされたと話すと、お花は嫉妬で泣き出して大騒ぎ。
義父の大旦那が止めに入るが、お花は「夢に出るのは日頃からそう思っているから」と引き下がらない。
お花は大旦那に夢の中に入って女に小言を言ってくれと頼み、淡島様の上の句で無理やり寝かせてしまう。
夢の中に入った大旦那は同じ美女に招かれ、三度の飯より好きな酒を勧められて小言のことは忘れてしまう。
火が落ちて燗がつかないため、女は冷や酒をと差し出すが、大旦那は冷や酒でしくじっているので断る。
「燗がつくまで冷やで」「冷やはいけません」とやり取りしているうちにお花に起こされる。
「お小言をおっしゃろうと思ったところを起こしましたか?」「いや、冷やでもよかった」の絶妙なオチ。
解説
「夢の酒」は八代目桂文楽が昭和10年(1935)前後に手を加えて完成させた古典落語の名作です。
「夢の瀬川(橋場の雪)」という噺と古い江戸小咄を組み合わせて作られ、さらに「夢の瀬川」は「松葉屋瀬川」という人情噺の一場面を膨らませたものという複雑な成り立ちを持っています。
この噺の最大の魅力は夢ならではのファンタジーな雰囲気で、現実と夢の境界が曖昧になる幻想的な世界観が特徴です。
若旦那の浮気夢に嫉妬する女房の心理、それに巻き込まれる義父の困惑、そして最後に自分も同じ美女の魅力に屈してしまう人間的な弱さが見事に描かれています。
上方落語では「夢の悋気」として演じられ、現在でも金原亭伯楽、柳家さん喬、入船亭扇遊、柳家喬太郎といった一流の落語家によって愛され続けています。

あらすじ
うっとうしい梅雨の昼間、大黒屋の若旦那がうたたねをして夢を見てニタニタ。
女房のお花が起してどんな夢かと聞く。
若旦那曰く、向島に用事の途中で夕立にあった。
雨宿りで軒下を借りた家で、年の頃25、6、色白の美人のご新造さんから家に入るように勧められ上がって、差し向かいで世間話をしているうちに御膳と酒が出てきた。
酒は飲めない若旦那だが、勧め上手な色白な手でお酌をされ一杯が二杯。
そのうちにご新造さんは三味線で小唄に都々逸で、「これほど思うにもし添われずば、わたしゃ出雲へ暴れ込む~」なんてその色っぽいこと。
つい飲み過ぎて頭が痛くなり、離れの四畳半に敷いてくれた床に入る。
ご新造さんの介抱で良くなったが、今度はご新造が気分が悪くなったと言って、布団の裾から、長襦袢姿ですーっと入って来た。
ここでお前に起こされたんだ。
聞いていたお花の目はつり上り、やきもちで金きり声で泣き出した。
この騒ぎを店にいた大旦那が聞きつけ、昼間から何事かと顔を出す。
お花は泣きながら若旦那の”浮気話”を暴露する。
大旦那はなるほど、お花が怒るのはもっともと、若旦那を叱る。
これは夢の話だと笑いながら若旦那。
夢の話なら泣いて騒ぐこともなかろうと、あきれて大旦那はお花に言うが、お花は「日頃からそうしたいと思っているから夢に出るんです」と、引き下がらず、大旦那に、その向島の家に行って「なぜ、せがれにふしだらなまねをした」と、女に小言を言って来てくれとごねる始末だ。
向島の女の家と言っても、所詮夢の話、あきれて困って、開いた口がふさがらない大旦那に、お花はさらに追い打ちをかける。「昔から、淡島さまの上の句を詠みあげて寝れば、人の夢の中に入れるという」と言って、その場に布団を敷き、大旦那は無理やり寝かされてしまった。
夢で向島の家に来た大旦那、なるほどいい女から招き入れられ、早速、三度の飯より好きな酒を勧められ、お花から頼まれた小言などとうに忘れてしまった。
あいにく火を落としてしまってなかなか酒の燗(かん)がつかない。
女はそれまで冷や(酒)をと差し出すが、大旦那は冷や酒でしくじっているので手を出さない。「燗がつくまで冷やで・・・」、「冷やはいけません」なんてやりとりをしているうちに、お花から揺り起された。
大旦那 「う~ん、惜しいことをしたな」
お花 「お小言をおっしゃろうというところを、お起こし申しましたか?」
大旦那 「いや、冷やでもよかった」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 淡島様の上の句(あわしまさまのかみのく) – 淡島願人が唱えた呪文の一種。人の夢に入ることができるという迷信がありました。実際には「頼みましては淡島様よ」という祈願の文句。
- 燗(かん) – 日本酒を温めること。江戸時代は湯煎で温めることが一般的でした。温度によって「ぬる燗」「熱燗」などの種類があります。
- 冷や酒(ひやざけ) – 常温のお酒のこと。現代の「冷酒」とは異なり、冷蔵していない室温のお酒を指します。
- ご新造(ごしんぞう) – 商家や武家の若い奥様を指す言葉。身分のある家の若奥様への敬称として使われました。
- 長襦袢(ながじゅばん) – 和服の下に着る長い下着。この噺では女性の色気を表現する小道具として重要な役割を果たしています。
- 離れ(はなれ) – 母屋から独立した別棟の建物。プライバシーが保たれる空間として、色恋話の舞台によく使われました。
よくある質問(FAQ)
Q: 夢の酒はいつ頃作られた噺ですか?
A: 八代目桂文楽が昭和10年(1935年)前後に現在の形に完成させたとされています。元は「夢の瀬川」という噺と古い江戸小咄を組み合わせて作られました。
Q: なぜお花は夢の話でそこまで嫉妬するのですか?
A: 江戸時代の考えでは「夢に出るのは日頃からそう思っているから」という迷信がありました。お花はその理屈で、若旦那が普段から浮気心を持っていると疑っているのです。
Q: 淡島様の上の句で本当に人の夢に入れるのですか?
A: もちろん迷信です。しかし、この噺では落語特有のファンタジー要素として、実際に大旦那が若旦那の夢に入ることができる設定になっています。
Q: 「冷やでしくじっている」とはどういう意味ですか?
A: 冷や酒を飲み過ぎて失敗した経験があるという意味です。冷や酒は飲みやすいため、つい飲み過ぎて後で酔いが回りやすいと言われていました。
Q: この噺は江戸落語と上方落語で違いはありますか?
A: 上方落語では「夢の悋気(ゆめのりんき)」として演じられ、細部の演出や言葉遣いが異なりますが、基本的な筋書きは同じです。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 八代目桂文楽 – この噺を現在の形に完成させた名人。品格ある語り口で、夢の幻想的な雰囲気と現実のドタバタを見事に表現。
- 五代目柳家小さん – 人間国宝。軽妙な語り口で、若旦那の困惑と大旦那の人間味あふれる姿を愛嬌たっぷりに演じました。
- 金原亭伯楽 – 現代の名手。独特の間と表現力で、夢と現実の境界を巧みに描きます。
- 柳家さん喬 – 緻密な人物描写と、夢の場面の幻想的な表現が特徴。
- 柳家喬太郎 – 現代的な解釈を加えながらも、古典の良さを残した演出で若い世代にも人気。
関連する落語演目
同じく「夢」がテーマの古典落語
夫婦の嫉妬を描いた古典落語
酒にまつわる古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「夢の酒」のオチ「冷やでもよかった」という言葉は、理性と欲望の間で揺れ動く人間の本音を見事に表現しています。
最初は女房のために夢の中の女に小言を言いに行くはずだった大旦那が、いざ美女と酒を前にすると、すっかり本来の目的を忘れてしまう。この人間的な弱さこそが、時代を超えて共感を呼ぶ理由でしょう。
また、夢という非現実的な設定を使いながら、夫婦の機微や人間関係の複雑さを描いている点も秀逸です。現代でも、SNSでの「いいね」やコメントで嫉妬する心理と通じるものがあるかもしれません。
実際の高座では、演者によって夢の場面の幻想的な雰囲気の表現や、お花の嫉妬の激しさ、大旦那の困惑と本音の表し方が異なり、それぞれの個性が光る噺でもあります。
落語は単なる笑い話ではなく、人間の本質を優しく、時に鋭く描く芸能です。機会があれば、ぜひ寄席や動画配信で実際の高座をお楽しみください。









