雪てん(雑俳)
3行でわかるあらすじ
横町の隠居と熊さんが俳句について語り合い、隠居が俳句の作り方を教えながら熊さんが拙い句を作ろうとする。
根岸の如月庵から客が獣詠みの狂歌を持参し、隠居が次々と「天にはならない」と評価し続ける。
最後に熊さんが「大鼬の行く末は何になるか」と詠むと、隠居が「これなら天(貂)になるだろう」と答える言葉遊びオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
横町の隠居のところに熊さんがやって来て、退屈しのぎに句を詠んでいる隠居と俳句について語り始める。
隠居は「初雪や何が何して何とやら」と見たままを言えば句になると教え、熊さんが拙い句作りに挑戦する。
二人の俳句のやりとりが続く中、熊さんは「初雪やこれが砂糖なら大儲け」など俗っぽい句ばかり作る。
そこに根岸の如月庵という俳句仲間が訪れ、獣詠みの狂歌を持参して隠居に見せる。
隠居は客の持参した狂歌を一つずつ見て「結構ですが天にはなりませんな」と評価していく。
熊さんは客との会話の合間に「えぇー、初雪や…」と割り込もうとするが、隠居に制止される。
客が次々と狂歌を披露するが、隠居は全て「天にはなりませんな」と同じ評価を繰り返す。
最後に熊さんが「初雪や二尺余りの大鼬、この行く末は何になるらん」と詠む。
すると隠居が「うん、これなら天(貂=鼬)になるだろう」と答える。
俳句評価の「天」(最高評価)と動物の「貂(てん)」(イタチ科の動物)を掛けた絶妙な言葉遊びオチ。
解説
雪てんは、俳句をテーマにした古典落語で、最後の言葉遊びオチが秀逸な作品です。
物語の前半は隠居と熊さんの俳句問答で、教養のある隠居と庶民の熊さんの対比が微笑ましく描かれています。
隠居の俳句指導と熊さんの拙い句作りのやりとりは、江戸時代の俳句文化の普及を背景にした文化的な側面も含んでいます。
後半に登場する根岸の如月庵という客は俳句仲間で、獣詠みの狂歌を持参しますが、隠居が全て「天にはならない」と評価するのは、オチへの伏線となっています。
最終的なオチは「天」という言葉の二重性を利用したもので、俳句評価の最高位である「天」と、大きなイタチ(大鼬)が成長すると貂(てん)になるという動物の知識を組み合わせた巧妙な構成となっています。
あらすじ
横町の隠居の所へやって来た熊さん、「ご隠居は毎日何もしないで退屈でしょうね」、
隠居 「退屈しのぎに句を詠んでいる。初雪や・・・」
熊さん 「ああ、あれですか。"初雪やきゅうり転んで河童の屁"ってやつ」
隠居 「そんな句があるかい。"初雪や何が何して何とやら"と、見たとおりのことを言えば、それで句になるんだ」
熊さん 「じゃあ、"初雪や方々の屋根が白くなる"てえのはどうです」
隠居 「見たさま過ぎるね、少し色気をつけて、"初雪や瓦の鬼も薄化粧"」とか、雪を言わずに雪を連想させる、"猿飛んで一枝青し峰の松"」とな。
また手近で一句やろうと思ったら"初雪や狭き庭にも風情あり"と」
熊さん 「あっしのとこは庭はねえから、"初雪や他人(ひと)の庭ではつまらない"」
隠居 「初雪や犬の足跡梅の花」
熊さん 「初雪や馬の足跡お椀四つかな」
隠居 「"初雪や"と言ったら後へ"かな"とは言えないんだ。"初雪や(雪の朝)二の字二の字の下駄の跡"、これはすて女という女の子が六歳の時に詠んだ句だ」
熊さん 「"初雪や一の字一の字一本歯の下駄の跡"、これは行者の歩いた跡だ」
隠居 「そんなのは駄目だ。"雪の日に坊主転んで手毬(てまり)かな"」
熊さん 「雪の日に大坊主小坊主一緒に転んで頭の足跡お供え餅かな」
隠居 「頭の足跡ってのは駄目だ。初雪は積もるほどは降らないから"初雪やせめて雀の三里まで"、"初雪や子供の持って遊ぶほど"」
熊さん 「"初雪や塩屋転んであっち舐めこっち舐め"、"初雪やこれが砂糖なら大儲け"、"初雪やこれが塩なら・・・"」
隠居 「金儲けなんてのは俗でいけない。"雪の日やあれも人の子樽拾い"」
熊さん 「あっしのは"雪の夜やせめて玉だけ届けたい"」、「何だいそれは」、「大雪で吉原の女のとこへ行かれない。閑(ひま)でお茶を挽いているだろうからせめて玉代だけ届けてえ、情があるでしょう」
客 「ええ、御免ください。根岸の如月庵から参りました者で、先日頂戴した獣詠みの狂歌ができましたので、不出来ではございますがご覧くださりますように」
隠居 「わざわざ恐れ入ります。では早速拝見いたしましょう。"子鼠が阿漕にかじる網戸棚たび重なりて猫に挟まれ"」、なるほど結構ですが、ちと天にはなりませんな」、「"ぽんぽんが痛いと嘘を月の夜に鼓の稽古休む小狸"、面白いですが天にはなりませんな」
熊さん 「えぇー、初雪や・・・・」
隠居 「熊さん、ちょっと待ってておくれ」、「ええと、お次は"深山路は人も行かねば徒(いたずら)に憂し年月を送る狼" なかなかですが天にはなりかねますな」
熊さん 「えぇー、初雪や・・・・」
隠居 「待っておくれよ熊さん、今すぐだから。お次は"狩人が鉄砲置いて月を見ん今宵は鹿(確)と熊(隈)もなければ"、よくできておりますが天にはなりませんな」
客 「恐れ入りました。ではこれをどうぞ」
隠居 「"狐をば野干(薬缶)というは茂林寺の分福茶釜狸なりけり"、"飼う人の恩を魚の骨にまでよく噛み分けて門(かど)守る犬"、うぅーん、これも天にはなりませんな」
熊さん 「初雪や二尺余りの大鼬(おおいたち)この行く末は何になるらん」
隠居 「うん、これなら天(貂=鼬)になるだろう」
落語用語解説
雑俳(ざっぱい)
俳諧の一種で、付け句や狂句など、正式な俳句よりも自由な形式の短詩。江戸時代には庶民の間で広く親しまれた。
天(てん)
俳句や狂歌の評価で最高位を表す言葉。天・地・人の順で評価され、天が一番優れた作品に与えられる。
貂(てん)
イタチ科の動物で、大きなイタチが成長すると貂になるとされていた。毛皮が高級品として珍重された。
大鼬(おおいたち)
大きなイタチのこと。成長すると貂になるという民間伝承があり、この噺のオチに使われている。
如月庵(きさらぎあん)
根岸に住む俳句仲間の名前。「如月」は旧暦2月を指し、俳号としてふさわしい雅な名前。
獣詠み(けものよみ)
動物を題材にした狂歌のジャンル。この噺では客が持参した狂歌がすべて動物を詠んだものになっている。
よくある質問(FAQ)
Q: オチの「天(貂)になる」の意味は?
A: 俳句評価の最高位「天」と、大きなイタチが成長して「貂(てん)」になるという動物の知識を掛けた言葉遊びです。熊さんの句が「大鼬の行く末は何になるか」と詠んだので、「天(貂)になるだろう」と答えています。
Q: なぜ客の狂歌は全て「天にならない」と評価されたのですか?
A: これはオチへの伏線です。客の狂歌は動物を詠んでいますが、どれも「天」という言葉と掛け合わせられる動物ではありませんでした。最後に熊さんが「大鼬」を詠むことで、初めて「天(貂)」という言葉遊びが成立しました。
Q: 熊さんはなぜ俳句を作ろうとしたのですか?
A: 隠居が「見たままを言えば句になる」と教えたことで、熊さんも俳句に挑戦しようとしました。しかし「初雪やこれが砂糖なら大儲け」など、俗っぽい句ばかり作っています。
Q: 「初雪や二の字二の字の下駄の跡」は有名な句ですか?
A: はい、この句は捨女(すてじょ)という女性が6歳の時に詠んだとされる有名な句です。雪の上についた下駄の跡が「二」の字に見えることを詠んでいます。
Q: この噺の教訓は何ですか?
A: 教養のある隠居と庶民の熊さんの対比を通じて、俳句という文化の奥深さと、最後に庶民的な発想が「天」を取るという逆転劇を描いています。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
隠居と熊さんの掛け合いを軽妙に演じ、最後のオチまでテンポよく聴かせた名演で知られる。
六代目 三遊亭円生
俳句の教養を活かした解説的な語り口で「雪てん」を演じ、聴衆に俳句文化への理解を促した。
三代目 三遊亭金馬
熊さんの拙い句作りを愛嬌たっぷりに演じ、客の狂歌と熊さんの対比を面白おかしく描いた。
関連する演目
同じく「俳句・狂歌」がテーマの古典落語


同じく「隠居と熊さん」が登場する古典落語


同じく「言葉遊び」がオチの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「雪てん」の魅力は、俳句という高尚な文化と庶民的なユーモアを見事に融合させている点にあります。隠居が「初雪や何が何して何とやら」と俳句の作り方を教える場面は、誰でも俳句を楽しめるという江戸時代の俳句文化の大衆性を表しています。
現代でも、俳句や短歌は多くの人に親しまれています。この噺は、教養がなくても自分なりの発想で詩を作る楽しさを教えてくれます。熊さんの「初雪やこれが砂糖なら大儲け」という句は俗っぽいですが、庶民の正直な気持ちが表れています。
最後のオチは「大鼬が貂になる」という動物トリビアと俳句評価の「天」を掛け合わせた絶妙な言葉遊びです。客の持参した狂歌がすべて「天にならない」と評価される中、素人の熊さんの句が「天になる」という逆転劇は、権威への皮肉も込められています。
実際の高座では、隠居と熊さんの俳句問答のテンポと、最後のオチへの伏線の張り方が見どころです。落語会で「雪てん」がかかった際には、演者がどのように俳句の教養と笑いを両立させるかに注目してみてください。


