柳の馬場
3行でわかるあらすじ
口達者で大言壮語な按摩の富の市が、武家に武芸の達人と嘘をついて暴れ馬に乗せられる。
馬が暴れて柳の枝にぶら下がり、武家から深い谷の上だと騙されて必死に助けを求める。
手を離すと地面にポンと立ち、実は足の下わずか3寸の高さだったことが判明する。
10行でわかるあらすじとオチ
按摩の富の市は療治より口が達者で、舌先三寸で知ったかぶりの大言壮語をする男。
ある武家の屋敷で武芸に達者かと問われ、柔術・馬術・弓術・剣術すべて免許皆伝と大嘘をつく。
武家が癖馬を乗りこなしてくれと頼むと、富の市は他の急用を理由に断ろうとする。
武家は馬を貸すからその馬で急用先に行けと言い、家来に無理やり富の市を馬に乗せる。
家来が鞭で馬の尻を叩くと馬は暴れ出し、富の市は「人殺し、助けてくれ」と絶叫する。
必死に柳の枝にしがみついてぶら下がった富の市に、武家は「下は深い谷だぞ」と騙す。
富の市が必死に助けを求めると、武家は嘘をやめるかと約束させ、さらに脅し続ける。
腕が限界になった富の市が母親のことを託して「南無阿弥陀仏」と手を離す。
すると地面にポンと立ってしまい、足の下はわずか3寸の高さだったことが判明。
嘘つきが自分の嘘で墓穴を掘り、滑稽な恥をかかされるという教訓的なオチで終わる。
解説
「柳の馬場」は、嘘つきに対する痛快な仕返しを描いた勧善懲悪型の古典落語です。主人公の按摩富の市は「舌先三寸」という言葉通り、口先だけで大嘘をつく典型的なほら吹きキャラクターとして描かれています。
この噺の巧妙な構成は、富の市の嘘が段階的にエスカレートしていく点にあります。柔術から始まり、馬術、弓術、剣術と次々に武芸の達人ぶりを語り、ついには実際にその技量を試される羽目になります。武家の主人も富の市の嘘を見抜いており、意図的に追い詰めていく展開が痛快です。
最後のオチは「3寸」という具体的な数値を使った視覚的な滑稽さが秀逸です。富の市が「何百丈の深い谷」と信じ込んで必死になっていたのが、実は手を伸ばせば地面に届く高さだったという落差が、聞き手の笑いを誘います。これは嘘つきの自業自得を示すと同時に、見栄や虚栄の空虚さを表現した教訓的な結末となっています。
あらすじ
按摩の富の市は療治より口が達者で、舌先三寸、口から出まかせ、知ったかぶりで大言壮語だが客も多くついている。
ある日、さる武家の屋敷で、
主人 「その方、たいそう武芸に達者と申していたが、それはまことか?」
富の市 「表町の真楊流の柔術の斎藤先生の道場へ療治に上がっておりましたところ、先生からひとつ柔術をやってみないかと言われました。療治の後に稽古に励みましたところ、五年ばかりで目録をいただき、つい先日に免許ということになりました」
主人 「ほほお、恐れ入ったな。これで、もう一芸、馬の稽古でもいたしておれば武士として取り立てても恥ずかしくないな」
富の市 「へえ、馬の方も少々、大坪流でこれも免許まででございます」
主人 「たいしたものじゃな。だが、目が見えなくては弓などはできまい」
富の市 「いいえ、顔にあるだけが目ではございません。心の目、心眼を働かせて感で的が分るのです」
主人 「なるほど、では剣術はどうじゃ。相手の太刀をどうして受けるのだ」
富の市 「相手の風を切って来る太刀風を感じて、右や左に体をかわしながら打ち込みます。北辰一刀流の免許でございます」
主人 「どれも見事な腕前じゃな。
当家には立派な馬場があるが、長いこと使われていなかった。
先日、親戚筋から仔馬を譲られたが、これがなかなかの癖馬、じゃじゃ馬で乗りこなすことができん。是非、そなたの腕前で一鞍攻めて見てくれ」
富の市 「・・・それは造作もないことで・・・実はさるお屋敷の奥方が急な癪を起こしまして私の鍼を待っておりますので、それを済ませてからということで・・・」
主人 「ほほう、さようか。
それは急がねばならぬ。馬を貸すからそれに乗って行け」、家来に馬を引かせて来る。
富の市 「いえ、結構で、こんな駄馬に乗りましては免許の手前・・・」、ごちゃごちゃ言っているが、富の市を無理やり馬にまたがらさせ、
主人 「駄馬で悪かったな。これ、かまわぬから一鞭あててやれ!」、家来が馬の尻を鞭でビシッと一発。
馬は棒立ちに立ち上がったと思うと、馬場を無茶苦茶に走り出した。
富の市 「人殺しィ~、助けてくれ~」、泣きっ面をして馬にしがみついている富の市は、柳の枝が頭に触るのを感じて必死に枝に飛びついてぶら下がった。
みなは面白がって笑っているが、
富の市 「どうか、早く助けてください~」
主人 「待っていろ、今助けてやる。
絶対に枝から手を放すなよ。下は何百丈という深い谷だぞ」
富の市 「ああぁ~、早くお助けを!もう腕が抜けそうで我慢できません」
主人 「助けてやるが、以後、舌先三寸、口から出まかせの嘘をつくのをやめるか」
富の市 「へぇ、もうけっして嘘などは申しませんから、早くお助け~」
主人 「よし、これから人足を呼んで谷の上に足場を組んで・・・」
富の市 「そんな、もう持ちこたえられません。あたしが死にますと六十八になる母親が路頭に迷ってしまいます」
主人 「心配無用じゃ、その方が谷へ落ちて死ねば母親はこの屋敷に引き取って、生涯安楽に暮らさせてやるぞ。その方が母親も喜ぶであろうから早く手を放してしまえ」
富の市 「情けないことになりました。
腕が抜けそうでもう駄目です。それではおふくろのことはよろしくお頼み申します」
主人 「自らの口から出た災難じゃ。諦めて早く手を放せ!」
富の市 「・・・それでは、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、・・・エイッ・・・」
手を放すと地面へポンと立ってしまった。
立つわけで足の下、わずか三寸。
落語用語解説
按摩(あんま)
マッサージや指圧を行う施術者。江戸時代には盲人の職業として認められており、視覚に頼らず指先の感覚で療治を行った。この噺の富の市も盲目の設定。
舌先三寸(したさきさんずん)
口先だけで巧みに人を言いくるめること。三寸は約9センチで、舌の短さから転じて口先だけの意味になった。富の市の特徴を表す言葉。
免許皆伝(めんきょかいでん)
武芸や芸道で師匠から全ての技を習得したと認められること。富の市は柔術、馬術、弓術、剣術すべて免許皆伝と嘘をつく。
馬場(ばば)
馬の調教や乗馬の練習を行う場所。武家屋敷には専用の馬場が設けられていることが多かった。
癖馬(くせうま)・じゃじゃ馬
性格が荒く扱いにくい馬のこと。乗りこなすには相当の技量が必要とされた。
三寸(さんずん)
約9センチ。この噺では富の市が「何百丈の深い谷」と思い込んでいた高さが実はわずか三寸だったというオチに使われる。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ富の市は武芸の達人と嘘をついたのですか?
A: 富の市は療治より口が達者で、知ったかぶりと大言壮語が癖になっていました。武家の主人から武芸について聞かれた際も、見栄を張って次々と嘘を重ねてしまいました。
Q: 武家の主人は最初から嘘だと見抜いていたのですか?
A: 主人は富の市の大言壮語を見抜いており、意図的に追い詰めて嘘つきに恥をかかせようと計画していました。癖馬に乗せるという提案も仕返しの一環です。
Q: オチの「三寸」にはどのような意味がありますか?
A: 富の市が「舌先三寸」で大嘘をついていたことと、実際の高さが「わずか三寸」だったことを掛けています。嘘つきが自分の「三寸」で墓穴を掘るという皮肉な構成になっています。
Q: 柳の枝にぶら下がる場面はなぜ重要ですか?
A: この場面は富の市の恐怖と武家の仕返しの駆け引きを描いています。目が見えない富の市は状況を把握できず、武家の言葉を信じるしかありません。これが嘘つきへの教訓となっています。
Q: この噺の教訓は何ですか?
A: 口から出まかせの嘘は必ず自分に返ってくるという教訓です。富の市は自分の嘘で窮地に追い込まれ、滑稽な恥をかかされます。「嘘つきは泥棒の始まり」という諺にも通じる勧善懲悪の物語です。
名演者による口演
五代目 古今亭志ん生
富の市の大言壮語と恐怖に震える様子の対比を絶妙に演じ分けた。按摩が柳にぶら下がる場面の臨場感は聴く者を引き込む。
三代目 三遊亭金馬
武家の主人の冷静な仕返しと富の市の滑稽さを対照的に描き、教訓的な側面を強調した口演で知られる。
六代目 三遊亭円生
富の市の見栄っ張りな性格を愛嬌たっぷりに演じ、最後のオチまで聴衆を飽きさせない話術を見せた。
関連する演目
同じく「嘘つき」がテーマの古典落語


同じく「武士」が登場する古典落語


同じく「仕返し・教訓」がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「柳の馬場」の魅力は、嘘つきへの痛快な仕返しが描かれている点にあります。富の市は療治より口が達者で、知ったかぶりと大言壮語で生きてきた人物です。しかし、その嘘がついに暴かれる時が来ます。
現代社会でも、口先だけで実力を誇張する人は少なくありません。SNS上での自己アピールや、就職面接での過剰な自己PR など、「盛る」文化は形を変えて続いています。この噺は、そうした見栄や虚栄の空虚さを、笑いを通じて教えてくれます。
また、富の市が「舌先三寸」で嘘をつき、最後に「わずか三寸」の高さで恥をかくという言葉遊びも秀逸です。「三寸」という数字が噺の冒頭と結末を結びつけ、嘘つきの自業自得を象徴的に表現しています。
実際の高座では、富の市が柳の枝にぶら下がって必死に助けを求める場面と、手を離したらポンと立ってしまう滑稽なオチの対比が見どころです。落語会で「柳の馬場」がかかった際には、演者がどのように恐怖と滑稽さを演じ分けるかに注目してみてください。


