宿屋仇
3行でわかるあらすじ
静かな部屋を求めて宿に泊まった侍万事世話九郎が、隣の騒がしい三人客に安眠を妨害され続ける。
源兵衛が高山彦九郎の妻を殺したと自慢話をすると、侍が実は高山彦九郎本人だと名乗り仇討ちを宣言。
翌朝、侍は「あれは座興(冗談)だった、静かにさせるためだった」と種明かしをして出立する。
10行でわかるあらすじとオチ
赤穂明石藩の万事世話九郎という侍が、静かな部屋を求めて日本橋の河内屋太郎兵衛という宿に泊まる。
隣の部屋に伊勢参りの帰りの兵庫の三人客が入り、風呂で大騒ぎ、酒盛り、芸者遊びで騒ぎまくる。
侍が苦情を言うと芸者を帰すが、今度は相撲の話で熱中し、実際に相撲を取り始めて更に騒がしくなる。
再び苦情を言われた三人は、今度は色事の話を始め、源兵衛が自慢話として殺人事件の告白をする。
源兵衛が3年前に高槻藩の高山彦九郎の妻と密通し、現場に現れた弟と奥方を殺し百両盗んだと語る。
これを聞いた侍が、実は自分が高山彦九郎本人で、仇を探していたと名乗り、明朝仇討ちをすると宣言。
驚いた宿屋の伊八が源兵衛に事情を話すと、源兵衛は三十石船で聞いた嘘話だったと白状する。
侍は嘘でも承知せず、三人を縛って一晚見張らせ、明朝日本橋で出会いを決めて高いびきで眠る。
翌朝、侍がぐっすり眠って早起きし、宿賃を払って出立しようとすると、伊八が仇討ちの件を尋ねる。
侍は大声で笑い「あれは座興(冗談)じゃ、そう言わないとまた夜通し寝かせてもらえないからだ」と種明かし。
解説
「宿屋仇」は、旅の宿での騒音トラブルを題材にした古典落語で、侍の機転を描いたユーモラスな作品です。前半は典型的な騒音被害の描写で、風呂、酒盛り、相撲取りと段階的にエスカレートする騒動が巧みに描かれています。
この噺の巧妙さは、源兵衛の自慢話(実は嘘話)を侍が即座に利用して、騒音を止めるための「仇討ち」という大芝居を打つ点にあります。江戸時代の仇討ちは神聖な行為とされていたため、その重みを利用して相手を黙らせる手法が非常に効果的に描かれています。
最後のオチは「座興」という言葉で表現される、侍の茶目っ気と機転を示しています。真面目な仇討ちではなく、単に静かに眠るための方便だったという種明かしは、落語らしい軽妙さと同時に、侍という身分の人でも機転を利かせて騒音問題を解決するという庶民的な親しみやすさを表現した秀作です。
あらすじ
日本橋の河内屋太郎兵衛という宿屋の前に立った一人の立派な侍、赤穂明石藩の万事世話九郎と名のる。
昨日は泉州岸和田の浪花屋という宿で、巡礼やら相撲取りやら夫婦者と部屋を一緒にされ、騒がしくて一睡もできなかったので、今夜は静かな部屋を頼むといい、宿屋の伊八に銀一朱を渡す。
伊八が侍を二階の部屋に通すと、あとから来たのが兵庫の若い三人連れ、伊勢参りの帰りというやかましい連中。
伊八は連中をうっかり侍の隣の部屋に入れてしまう。
伊勢参りを無事に済ませて気も緩んで、三人連れは風呂で大騒ぎをした後、酒、さかな、芸者をあげてのドンチャン騒ぎだ。
侍が伊八を呼んで怒ると、連中は侍と聞いて芸者を帰し寝床につく。
三人の頭を合わせて寝る、巴寝というやつだ。
三人はすぐに寝床で相撲の話を始めて熱中し、起き上がって相撲を取り始める始末だ。「ハッケヨイ、ハッケヨイ、残った、残った」、ドスンバタン、痛い!、その騒がしいこと。
侍が伊八を呼んでまた怒ると、連中は今度は力の入らない女の話、色事の話を始める。
源兵衛という男が、自分は3年前、高槻藩の高山彦九郎という武士の奥方と密通し、現場に現れた弟と奥方を殺し百両盗んで今だに捕まらないと言い出す。
これを聞いたあとの二人はすっかり感心し、「源さんの色事師、色事師は源さん」なんて大声で囃し立てるからたまらない。
またもや侍は伊八を呼ぶ。
実は、自分は3年前に妻と弟を殺されて、仇を探している高槻藩の高山彦九郎という者だ。
隣の部屋にいる源兵衛がその仇と分かったので、今ここで仇を討つという。
びっくりした伊八が隣の部屋に飛び込んで源兵衛にこのことを話すと、源兵衛はさっきの話は嘘で、三十石船の中で聞いた話だと白状する。
伊八から嘘と聞いてもむろん侍は承知せず、源兵衛を一晩伊八に預け、明朝、日本橋で出会い仇ということにし源兵衛と助太刀の二人も討つといい高いびきで寝てしまう。
床の間に縛られ、伊八たち宿の者に見張られ、一睡もできずに夜が明けた三人組、生きた心地もしない。
一方、侍はぐっすり眠り早起きし、宿賃を払うと出立だ。
伊八が仇討ちの件を問うと、
侍(大声で笑い) 「伊八許せ、あれは座興じゃ、嘘じゃ」
伊八 「嘘!? 一人でも逃がしたらあかんと、皆寝ずの番をしとりましたのに、なんであんな嘘をおつきになりましたので」
侍 「ああ申さんと、また夜通し寝かしおらんわい」
落語用語解説
宿屋(やどや)
江戸時代の旅人向けの宿泊施設。街道沿いの宿場町や都市部に多く存在した。現代のホテルや旅館に相当するが、相部屋が基本で、一人部屋は追加料金が必要だった。
仇討ち(あだうち)
江戸時代に認められていた復讐の制度。主君や親兄弟を殺された者が、幕府の許可を得て仇を討つことができた。曾我兄弟の仇討ち、忠臣蔵などが有名。神聖な行為とされ、周囲も協力する義務があった。
座興(ざきょう)
その場の興として行う遊びや冗談のこと。宴席などで行われる余興に近い意味。この噺では侍が「冗談だった」という意味で使っている。
銀一朱(ぎんいっしゅ)
江戸時代の貨幣単位。一両の16分の1に相当し、現在の価値で約2000円から3000円程度。宿屋で静かな部屋を頼むための心付けとしては妥当な額。
三十石船(さんじっこくぶね)
大阪と京都の間を淀川で結んだ定期船。米30石を積載できる大きさから名付けられた。旅人が乗り合い、船中で様々な話を聞くことができた。
巴寝(ともえね)
三人が頭を中心に向けて放射状に寝る寝方。狭い場所で複数人が寝る際の工夫だが、この噺では騒動の元となる。
伊勢参り(いせまいり)
伊勢神宮への参拝のこと。江戸時代には「お伊勢参り」として庶民の間で大流行し、一生に一度は伊勢参りをすることが夢とされた。
よくある質問(FAQ)
Q: 侍の名前「万事世話九郎」には意味がありますか?
A: 「万事世話九郎」は「何でも世話を焼く」という意味の洒落名前で、本名ではありません。落語では登場人物に洒落た名前を付けることが多く、この侍が機転を利かせて騒音問題を「世話焼いて」解決することを暗示しています。
Q: なぜ侍は嘘と分かっても仇討ちを主張したのですか?
A: 侍は最初から源兵衛の話が嘘だと見抜いていた可能性があります。それでも仇討ちを主張したのは、相手を黙らせるための作戦でした。江戸時代において仇討ちは絶対的な重みがあり、嘘でも仇討ちを宣言されれば誰も反論できませんでした。
Q: この噺の時代設定はいつ頃ですか?
A: 江戸時代中期から後期が舞台と考えられます。仇討ち制度が機能していた時代であり、庶民の伊勢参りが盛んだった時期に相当します。明治以降は仇討ちが禁止されたため、この噺は成立しません。
Q: 宿屋の相部屋はなぜ当たり前だったのですか?
A: 江戸時代の宿屋は、現代のホテルのような個室制ではなく、大部屋に複数の旅人が泊まるのが基本でした。一人部屋を希望する場合は追加料金が必要で、それでも隣の部屋との仕切りは襖一枚程度でした。この噺の騒音問題は、当時としてはよくある出来事だったのです。
Q: オチの面白さはどこにありますか?
A: オチの面白さは、仇討ちという重大事が実は単なる「安眠のための方便」だったという意外性にあります。侍らしい威厳ある態度で仇討ちを宣言したのに、実は「静かに寝たかっただけ」という拍子抜けするような理由が、落語らしい軽妙さを生んでいます。
名演者による口演
三代目 桂米朝
人間国宝として上方落語の復興に尽力した名人。「宿屋仇」では侍の威厳と茶目っ気を絶妙に演じ分け、騒がしい三人組との対比を見事に表現した。特に最後の種明かしの場面での笑い声は聴く者を引き込む名演だった。
二代目 桂枝雀
破天荒な芸風で知られる上方落語の巨匠。三人組の騒ぎっぷりを大げさに演じ、観客を爆笑の渦に巻き込んだ。侍の「座興じゃ」という台詞を絶妙な間で演じ、独自の解釈を加えた。
六代目 笑福亭松鶴
上方落語の重鎮。「宿屋仇」では宿屋の伊八の困惑ぶりを巧みに演じ、騒動に巻き込まれる庶民の視点を強調した演出で知られた。
関連する演目
同じく「宿屋」が舞台の古典落語



同じく「侍」が登場する古典落語



同じく「機転」がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「宿屋仇」の魅力は、誰もが経験したことのある「騒音被害」を題材にしている点です。旅先のホテルや隣室の騒音に悩まされた経験は、現代人にも共感できる普遍的なテーマです。
この噺が教えてくれるのは、正面から文句を言っても解決しない問題には、機転を利かせた対応が有効だということ。侍は何度も苦情を言いましたが効果がなく、最終的に「仇討ち」という大芝居を打つことで一夜の静寂を手に入れました。
現代社会でも、クレーマー的に怒鳴りつけるより、相手の弱みを突くような機転が功を奏することがあります。ただし、侍の方法は嘘をついて相手を脅すという道徳的に問題のある行為でもあり、「やりすぎ」の教訓としても読めます。
実際の高座では、三人組の騒ぎっぷりを演じる場面が見どころです。風呂、酒盛り、相撲、自慢話とエスカレートしていく様子を、演者がどう演じ分けるかに注目してみてください。


