和歌三神
3行でわかるあらすじ
雪の日に風流人の隠居が権助と一緒に向島へ雪見に出かけ、三囲神社で三人のお菰さんと出会う。
お菰さんたちは「糞屋の康秀」「垣根の本の人丸」「なりんぼうの平吉」と名乗り、それぞれ古典和歌をホームレス生活に置き換えたパロディ歌を詠む。
隠居が「和歌三神ですな」と褒めると、彼らが「いいえ、馬鹿三人でございます」と答える音の類似性を使った地口オチ。
10行でわかるあらすじとオチ
雪の積もった冬の朝、風流人の隠居が権助に雪かきを頼むが、権助は鍬を売って酒代にしてしまったと白状する。
隠居は権助に向島への雪見に同行させ、三囲神社から隅田川対岸の雪景色を楽しむ。
土手の下で三人のお菰さんが酒を飲んでいるのを見つけ、物好きな隠居は酒を足してやって話しかける。
一人目は「糞屋の康秀」と名乗り、在原業平の和歌を「肘を枕に我はやすひで」とパロディにして詠む。
二人目は「垣根の本の人丸」で、柿本人麻呂の和歌を「ちぢみちぢみて人丸く寝る」とアレンジする。
三人目は「なりんぼうの平吉」で、在原行平の和歌を「かかる姿に我はなり平」と自分の境遇に合わせて詠む。
三人それぞれが古典和歌を自分たちの惨めな生活状況に巧妙に置き換えたパロディを披露する。
隠居は感心して「お前さん方は実に雲の上人、和歌三神ですな」と褒め称える。
すると三人のお菰さんは「いいえ、馬鹿三人でございます」と謙遜して答える。
「和歌三神(わかさんじん)」と「馬鹿三人(ばかさんじん)」の音の類似性を利用した絶妙な地口オチで幕となる。
解説
「和歌三神」は古典和歌のパロディと巧妙な言葉遊びを組み合わせた古典落語の傑作です。この演目の最大の魅力は、在原業平、柿本人麻呂、在原行平という平安時代の三大歌人の代表的な和歌を、ホームレスの生活実態に見事に置き換えたパロディ性と、最後の「和歌三神」と「馬鹿三人」の音韻的類似性を利用した秀逸な地口オチにあります。
物語の構成も巧妙で、まず権助の鍬盗み事件で庶民のいい加減さを描き、次に風雅な雪見という上流階級の娯楽、そして最後にホームレスたちの高尚な教養という社会的階層の逆転を提示しています。特に三人のお菰さんが詠む和歌は、原歌の格調高い内容を自分たちの境遇に合わせて改変しながらも、韻律や修辞技法を巧妙に保持している点で文学的な完成度が高く、聞き手に古典教養への親しみを感じさせる効果があります。
この落語は単なる言葉遊びを超えて、江戸時代の教養と庶民文化の関係、社会的階層を越えた人間の尊厳、そして古典文学の庶民への浸透という文化的背景を反映した、古典落語の中でも特に知的で洗練された名作として現代でも愛され続けています。
あらすじ
ある冬の日の朝、やけに冷えるなと思ったら庭に雪が積もっている。
風流人の隠居が権助にどれくらい積もったか聞くと、「そうだねえ、五寸ぐれえ積もったかねえ。横幅は分かんねえ」
隠居 「玄関のとこ滑ると危ないから雪かきしときなよ」
権助 「この家に雪かきはねえよ」
隠居 「そんなら鍬(くわ)でおやりよ」
権助 「鍬あ、こないだ友達が来た時、売っ払って飲んじまった」
隠居 「駄目だよ。
主人の物、勝手に売ったりしたら。勘弁ならないよ」
権助 「おめえさま、風流人だから歌詠むから勘弁してくだせえ」
隠居 「歌なんか詠めるのか。やって見な」
権助 「俳諧の家にいりゃこそ鍬盗む 隙があったらまた盗もう」、呆れた隠居だが、
隠居 「向島あたりに雪見と洒落ようじゃないか。権助、酒持ってついておいで」、雪見も洒落もどうでもいいが、酒があるので権助はお供をして向島へ。
三囲神社から隅田川対岸の待乳山聖天の森の雪景色を楽しんでいると、土手の下でもお菰さんが三人で酒を酌み交わしている。
物好きな隠居は下りて行って乏しくなった酒を足してやって、「おまえさん方、何と呼び合っているんだい。あだ名なんかはあるのかい」と聞くと、一人が、もとは康といったが今は秀と名乗っているという。
お茶屋や料理屋の前の犬の糞(ふん)を掃除お金をもらっているので、「糞屋の康秀」で、
「吹くからに秋の草夜はさむしろの 肘を枕に我はやすひで」と詠んだ。
隣の男は垣根の下で丸くなって寝てばかりいるので、「垣根の本の人丸」と言うあだ名で、
「ほのぼのと明かし兼ねたる冬の夜は ちぢみちぢみて人丸く寝る」。
三人目は鼻から息をもらしながら、「なりんぼうの平吉で"なりひら"と名乗り、
「千早ふる神や仏に見放され かかる姿に我はなり平」と詠んだ。
すっかり感心した隠居、「お前さん方は実に雲の上人(うえびと)、和歌三神ですな」
お菰さん 「いいえ、馬鹿三人でございます」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- お菰さん – 菰(こも)をまとって暮らす路上生活者。江戸時代のホームレス。
- 三囲神社(みめぐりじんじゃ) – 墨田区向島にある神社。隅田川沿いの名所。
- 和歌三神 – 衣通姫(そとおりひめ)、住吉明神、柿本人麻呂を指す和歌の守護神。
- 在原業平(ありわらのなりひら) – 平安時代の歌人。「伊勢物語」の主人公とされる。
- 柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) – 万葉集を代表する歌人。歌聖と呼ばれる。
- 在原行平(ありわらのゆきひら) – 業平の兄。「立ち別れ」の歌で知られる。
よくある質問(FAQ)
Q: 「和歌三神」と「馬鹿三人」のオチの意味は?
A: 「わかさんじん」と「ばかさんじん」の音の類似性を利用した地口オチです。隠居が彼らを和歌の神様に例えて褒めたのに対し、謙遜して「馬鹿三人」と答えることで笑いを生んでいます。
Q: お菰さんたちが詠んだ和歌の元歌は何ですか?
A: 糞屋の康秀は在原業平の歌、垣根の本の人丸は柿本人麻呂の歌、なりんぼうの平吉は在原行平の「立ち別れいなばの山の峰に生ふる」の歌をそれぞれパロディにしています。
Q: なぜホームレスが古典和歌を知っているのですか?
A: 江戸時代は身分に関わらず寺子屋などで教育を受ける機会があり、古典和歌は庶民にも広く知られていました。落語では知識人が落ちぶれた設定もよく使われます。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三代目 桂米朝 – 人間国宝。和歌のパロディを格調高く演じながら、庶民的な笑いに昇華させる名演で知られます。
- 六代目 三遊亭圓生 – 昭和の名人。古典の教養を活かした知的な語り口で評判でした。
- 五代目 柳家小さん – 人間国宝。お菰さんたちの人物描写が巧みでした。
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この噺の魅力と現代への示唆
「和歌三神」は、古典和歌のパロディと巧妙な地口オチを組み合わせた知的な落語です。ホームレスたちが平安時代の歌人になぞらえて自らの境遇を詠むという設定は、社会の底辺にいる人々にも教養と誇りがあることを示しています。
最後の「和歌三神」と「馬鹿三人」の掛け言葉は、謙遜の美徳と言葉遊びの妙が見事に融合したオチです。隠居の物好きな性格と、お菰さんたちの飄々とした態度の対比も味わい深く、江戸時代の身分を超えた人間交流を描いた作品として現代にも通じる普遍性があります。


