牛の嫁入り
3行でわかるあらすじ
亀戸の質屋主人善兵衛が娘お花の良縁を天神様に祈っていると、屑屋の与太郎が天神に化けて自分を婿にせよと偽のお告げをする。
善兵衛は神託と信じ込んで縁談を進めるが、忠実な番頭が嫁入り途中でお花を救出し、代わりに仔牛を長持に入れる。
与太郎が暗闇で長持を開けて中を探ると牛の尻尾を引っ張ってしまい、牛が「モー」と鳴いて飛び出す。
10行でわかるあらすじとオチ
亀戸の質屋伊勢屋の善兵衛は神仏を盲信し、一人娘お花の良縁を天神様に毎夜祈願している。
これに目をつけた本所緑町の屑屋与太郎が、黒布を被って天神様に化け、自分を婿にせよとお告げする。
善兵衛は完全に信じ込み、番頭に与太郎の素行調査をさせるが、悪評だらけの報告も聞き入れない。
与太郎は婿養子を断り、お花を嫁入りさせ、長持に入れて運べ、当座の金五十両も持参せよと要求する。
お花は店と親のために渋々縁談を承知し、長持に入って駕籠で与太郎の長屋へ向かう。
途中で番頭が駕籠屋を屋台に向かわせ、その隙にお花を救出して代わりに仔牛を長持に入れる。
何も知らない駕籠屋は長持を与太郎の家まで運び入れ、与太郎は嫁を迎える準備をして待つ。
薄暗い中で与太郎が長持の蓋を開けて「お花さん、出ておいで」と中に手を入れると、温かい毛の感触がある。
帯のような長いものを引っ張ると、それは牛の尻尾で、牛が「モー」と鳴いて立ち上がり飛び出してくる。
驚いて裸足で外に飛び出した与太郎が家主に会い「暗闇から牛を引っ張り出しました」と答える言葉遊びのオチ。
解説
「牛の嫁入り」は、騙しと仕返しの構造が巧妙に組み立てられた古典落語の傑作です。前半では与太郎が善兵衛を騙し、後半では番頭が与太郎に仕返しをするという、騙す者が騙されるという痛快な展開になっています。
この噺の面白さは、宗教的な盲信を利用した詐欺と、それに対する機転の利いた対策という、善悪がはっきりした勧善懲悪の構造にあります。忠実な番頭が主人の娘を救うために取った手段は、与太郎の悪知恵に対する見事な逆転劇として描かれています。
最後のオチは「嫁(よめ)」と牛の鳴き声「モー」を掛けた言葉遊びと、「暗闇から牛を引っ張り出した」という状況の滑稽さを組み合わせた二重構造になっています。与太郎の期待と現実のギャップが生み出す驚きと、言葉遊びの洒落が絶妙に融合した、落語ならではの巧妙なオチです。
あらすじ
亀戸の質屋、伊勢屋の主人の善兵衛は、神仏を深く信じているというか盲信している。
一人娘のお花によい婿を授けてくださるようにと、毎夜、亀戸の天神さんへ日参している。
これに目をつけたのが本所緑町に住む屑屋の与太郎だ。
この与太郎はそんじょそこらの与太郎さんと違って悪知恵も働かそうという格上の兄貴分だ。
与太郎は亀戸小町とも呼ばれているお花さんをなんとか物にしようと悪算段をする。
屑の中から黒い布を引っ張り出して被り、頭にお椀を乗せ、笏(しゃく)の代わりにしゃもじを持って天神様になりすまし、お参りに来た善兵衛の前に現れて、「本所緑町の屑屋の与太郎を婿にせよ。
さすれば店は繁盛、一家安泰、子孫繁栄は間違いなし。夢々疑うことなかれ」と、宣(のたも)うた。
すっかり信心のお蔭と真に受けた善兵衛さん、「あ~りがぁたや、あ~りがぁたや~」と踊りながら店に帰った。
早速、番頭を与太郎のところへ使いにやる。
番頭はどこの馬の骨かも分からず、お花さんの気持ちも確かめないで事を進めるのは気が進まなかったが、そこは忠実一路の奉公人だ。
まずは与太郎がどんな男か確かめようと、緑町に行って与太郎の長屋を探しながら近所の評判を聞くとこれがひどい。
ぐずで、だらしなく、アホ面で、喧嘩っ早く、貧乏、ケチ、助兵衛、意地汚く、とにかくどうしょうもない男、・・・と果てがない。
いざ、与太郎の家に行くとこれがまた悪評以上の男だ。
番頭が婿入りの話を切り出すと、
与太郎 「急にそんな大店の養子になるのは御免こうむるってもんだ。
どうしてもと言うんならお花さんをここへ嫁入りさせてくださいよ。
汚ねえ長屋の路地なんぞ通って来たらお花さんびっくりしちまうといけねえから、長持に入れて運んで来てくださいな。当座の暮らしの金の五十両も一緒によろしく願いたいね」と、どこまでも図々しい。
番頭は帰って善兵衛に報告する。
番頭 「とてもお嬢様の婿になどになる相手ではありません。神様だって間違えることや、旦那さんの聞き違いということも・・・」
善兵衛 「馬鹿を言うものじゃない。
天神様に間違えなどあるはずがない。
わしの聞き間違いとはなんだ、わしを老いぼれ扱いしよって・・・。わしからお花に話すからもうお前は引っ込んでいろ」と、カンカンだ。
善兵衛から話を聞いたお花さん、店のため親のためと渋々とこの縁談を承知した。
さあ、今夜は晴れの嫁入りで、与太郎は朝からそわそわニヤニヤ。
一方のお花さんは長持に入って駕籠に揺られて与太郎の長屋へ向かう。
そばには番頭が一人で付き添っている。
途中まで来ると、
番頭 「おい、駕籠屋さん、長持は重くて大変だろ。ここいらでちょっと休んでくれ」と小銭を渡して駕籠屋を近くの屋台にやる。
すぐに頼んであった知り合いの百姓が仔牛を引いてやって来る。
長持からお花さんを救出して代わりに仔牛を入れる。
何も知らない駕籠屋は長持を与太郎の家に運び入れた。
灯りもろくに灯っていない薄暗い中で与太郎は長持の蓋を開けて、「お花さん、早く出ておいでよ」と、中に手を入れてまさぐった。
すると生温かいふかふかの毛ざわりのような感じで、あちこちさわって行くと何か長い帯のような物を引っ張った。
とたんに尻尾を引っ張られた牛が立ち上がって、「モォ~」、びっくりして飛び出すと家主と鉢合わせ、「どうしたんだ、こんな夜更けに裸足で・・・」
与太郎 「くらやみから牛を引っ張り出しました」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 亀戸天神 – 東京都江東区にある菅原道真を祀る神社。学問の神様として信仰された。
- 長持 – 衣類や道具を入れる長方形の木製容器。嫁入り道具を運ぶのにも使われた。
- 質屋 – 品物を担保にお金を貸す商売。江戸時代の庶民の金融機関として重要な役割を果たした。
- 笏(しゃく) – 神官や貴人が持つ細長い板。天神様の装束の一部。
- 屑屋 – 古紙や古着などを買い集める商売。リサイクル業の原型。
- 家主 – 長屋の大家。店子(借家人)を管理する役割を持っていた。
よくある質問(FAQ)
Q: 「暗闘から牛を引っ張り出しました」というオチの意味は?
A: 与太郎は嫁(よめ)のお花さんを期待していたのに、暗い部屋で長持を開けたら牛が出てきたという状況の滑稽さと、「牛を引っ張り出した」という言葉のおかしさが笑いを生みます。
Q: なぜ番頭は娘の代わりに牛を入れたのですか?
A: 番頭は主人の娘を詐欺師の与太郎から救うために、嫁入りの途中で娘を救出し、代わりに仔牛を長持に入れて与太郎を騙し返しました。騙す者が騙されるという痛快な仕返しです。
Q: 与太郎は本当に天神様に見えたのですか?
A: 黒い布を被り、お椀を頭に乗せ、しゃもじを笏の代わりにするという粗末な変装でしたが、善兵衛は神仏を盲信していたため完全に信じ込んでしまいました。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 五代目 古今亭志ん生 – 昭和の名人。与太郎の悪知恵と間抜けさを絶妙に演じました。
- 八代目 桂文楽 – 昭和の名人。善兵衛の盲信ぶりを滑稽に描きました。
- 六代目 三遊亭圓生 – 昭和の名人。番頭の忠義心を格調高く演じました。
関連する落語演目
同じく「騙し・仕返し」がテーマの古典落語


同じく「牛」が登場する古典落語


与太郎が主人公の古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「牛の嫁入り」は、騙す者が騙されるという痛快な勧善懲悪の構造を持つ古典落語の傑作です。前半では与太郎が善兵衛を騙し、後半では番頭が与太郎に仕返しをするという二重構造になっています。
忠実な番頭が主人の娘を救うために取った機転は、悪知恵に対する見事な逆転劇として描かれています。最後の「暗闘から牛を引っ張り出した」というオチは、与太郎の期待と現実のギャップが生み出す驚きと滑稽さが絶妙に融合した、落語ならではの巧妙な締めくくりです。


