卯の日詣り
3行でわかるあらすじ
背中の曲がった旦那と髪結いの磯七が住吉大社へ卯の日詣りに出かけ、道中で人々の視線を浴びる奇妙なコンビとなる。
磯七は糊や梅干しで醜い顔を作って茶屋の女お梅に冷遇されるが、顔を洗って美男に戻ると手のひらを返したような態度に豹変する。
お梅が磯七の顔が「こしらえもん(作り物)」だったと気づき、旦那に「背中のいかき(笊)も出しなはれ」と曲がった背中も作り物と勘違いしてオチとなる。
10行でわかるあらすじとオチ
船場の大店の旦那は年を取って背中が住吉の反り橋のように曲がり、そこに髪結いで愛嬌者の磯七がやって来る。
磯七が住吉大社の卯の日詣りに誘うが、旦那は磯七ばかりが女にもてて自分は放ったらかしで勘定だけ払わされると不満を漏らす。
磯七は女中のお清から糊や梅干し、砂糖、綿などを借りて顔に塗りたくり、醜い「かったい」顔を作って女に近寄られないようにする。
せむし(背中の曲がった人)とかったい(醜い顔)の奇妙な二人連れが住吉詣りに向かい、道行く人々に注目され乞食の子どもにも怖がられる。
住吉大社で参詣を済ませた後、裏手の茶屋街で客引きをする女たちの中からお梅の店に上がることになる。
お梅は旦那にだけ酌をして丁寧に接客するが、磯七には見向きもせず「刻み昆布か麩でももろて」と差別的に扱う。
さらに「お四国さんへでも回って来はったら」と説教され、むっとした磯七が腕を引くとお梅に割り箸で顔を引っ掻かれてしまう。
磯七が料理場でたらいを借りて顔を洗うと元の人並み以上の美男に戻り、二階に上がって「お待っとうさんで」と登場する。
磯七の美男ぶりを見たお梅は態度を一変させて丁寧に接客し、「さっきの顔こしらえもんだしたんかいな」と作り物だったことに気づく。
恥ずかしがるお梅が最後に旦那に向かって「あんたも早う、背中のいかき(笊)出しなはれ」と曲がった背中も作り物と勘違いしてオチとなる。
解説
「卯の日詣り」は住吉大社への参詣と変装をテーマにした上方落語の傑作で、外見による人間の偏見と誤解を軽妙に描いた社会風刺の要素も含む演目です。タイトルの「卯の日詣り」は、住吉大社で毎月最初の卯の日に行われる祭礼への参詣を指しており、江戸時代から大阪庶民に親しまれた年中行事でした。
この噺の中心人物である磯七は、髪結いという職業柄女性と接する機会が多く、愛嬌もあって人気者という設定です。町幇間(まちだいこ)的な存在として描かれており、現代でいうエンターテイナー的な役割を担っています。対照的に旦那は年齢による身体の変化(背中が曲がる)に悩みを抱えており、この対比が物語の基軸となっています。
磯七が行う変装は非常に具体的で、糊、梅干し、砂糖、綿という身近な材料を使って醜い顔を作るという発想が秀逸です。これは単なる化粧を超えた「特殊メイク」的な発想で、聴衆の想像力を刺激します。特に梅干しの酸っぱさで顔をしかめさせるという発想は、味覚と表情を結びつけた巧妙なアイデアです。
茶屋でのお梅の態度変化は、人間の外見に対する偏見を鋭く風刺しています。醜い外見の時は「お四国さんへでも回って来はったら」と差別的な発言をし、刻み昆布や麩など粗末な食べ物を勧めるのに対し、美男と分かると手のひらを返したような丁寧な接客をする様子は、現代にも通じる外見至上主義への皮肉となっています。
オチの「いかき(笊)」は関西弁で籠の一種を指す言葉で、背中の曲がった人の体型を笊に見立てた表現です。お梅が磯七の顔が「こしらえもん(作り物)」だったことに気づいて恥ずかしがった流れで、旦那の背中も作り物だと早合点してしまう構造は、連想による誤解の笑いを生み出しています。
また、この落語は大阪の地域性も色濃く反映しており、住吉大社、船場、茶屋街という実際の地名や文化が登場することで、聴衆に親近感を与える効果もあります。変装による騙し合いというテーマは普遍的でありながら、関西の言葉遊びと地域文化が見事に融合した、上方落語らしい味わい深い演目となっています。
あらすじ
船場の大店の旦那、年を取るごとに背中が曲がり、住吉さんの反り橋のように丸くなってしまった。
今は風流と趣味でゆったりと暮らしている旦那のところへ、回り髪結いの愛嬌者、町幇間(まちだいこ)同様で人気者の「磯村屋」、ちょっと男前の磯七がやって来た。
磯七は庭で植木いじりをしていた旦那を住吉さんの卯の日詣りに誘う。
旦那「どうせお参りの後はどこぞに上がって一杯のむのやろ。・・・いつもお前ばかりもてて、わしゃ放ったらかし。
そいで勘定はわしや。もうそんなアホな話はこりごり、家で芋でも食うていたほうがましや」と、すねてつれない。
磯七は女中のお清どんが鍋で炊いている洗濯用の糊や梅干し、砂糖、綿などを混ぜて顔に塗って、「エヘヘヘヘ、お清どん、どないだ」、「まあ、嫌だ。けったいな顔、まるでかったいやがな」
磯七「これなら女はそばに来まへんやろ」、旦那も面白がり、せむしとかったいの奇妙な二人連れが住吉さんに向かった。
道を通る人はみな磯七の顔をジロジロ見て、旦那の背中を見る。「・・・どうぞ一文・・・」と近寄って来た乞食の子どもは怖がって逃げ出す始末だ。
住吉大社の参詣を済ませ、一見茶屋の並ぶ裏手へ入って行く。
店々の女子(おなごし)が客を引いている。「・・・ちょっとお梅ちゃん。むこうから可愛いらしいせむしが来やはるで、・・・その後ろからついて来る人の顔・・・」、お梅「まあ、嫌だ、かったいや・・・」、がちんときた磯七は尻込みする旦那を引っ張って、お梅の店に上がる。
お梅は旦那のそばに座って磯七には見向きもせず酒の酌もしない。
お造りが出て来て「・・・おい、わしにもよそてえな」、お梅「こんな脂のきついのん、お身体に障りまっせ。刻み昆布か麩(ふ)でももろてあげまひょか」と、冷遇ばかり。
さらに、「・・・大体あんたら住吉さんなんかにお参りするのやかて間違うてまんねん。お四国さんへでも回って来はったらよろしねん」と、差別発言の説教だ。
むっときた磯七が、「こっちへ来い」と、腕を引くとお梅は、「何をしはんねん」と、割り箸で磯七の顔を引っ掻いた。
頬を手で押さえて磯七は料理場へ降りて鏡を見ると、なるほどこれはやり過ぎのひどい顔、嫌がる板場からたらいを借りて顔を洗って鏡を見て、やっと人並以上の顔に戻ってひと安心。
磯七、とんとんと二階へ上がって、「へい、旦那、お待っとうさんで」
お梅 「まあ、お連れはん、えらい遅うおましたこと、旦さん最前からお待ちかねで・・・」
磯七 「最前から来てるわい」、お梅は磯七の顔を穴のあくほど見回して、
お梅 「あれまあ、さっきの顔こしらえもんだしたんかいな」
磯七 「こしらえもんやないわい。お前の割り箸でミミズ腫れがでけてるやないかい」
お梅 「えらい、すんまへん。・・・今日という今日は見事にかかりましたわ、まあ照れくさ・・・。もうし、こっちゃの旦那はん」
旦那 「なんじゃい」
お梅 「あんたも早う、背中のいかき(笊・ざる)出しなはれ」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 卯の日詣り – 住吉大社で毎月最初の卯の日に行われる祭礼への参詣。江戸時代から大阪庶民に親しまれた。
- いかき(笊) – 関西弁で竹で編んだ籠のこと。背中の曲がった体型を笊に見立てた表現。
- こしらえもん – 作り物、偽物のこと。「こしらえる(作る)」から派生した言葉。
- かったい – 醜い顔の人を指す蔑称。現代では差別語として使用を避ける。
- 町幇間(まちだいこ) – 正規の幇間ではなく、街で客を探して取り入る素人の太鼓持ち。
- 反り橋 – 住吉大社の象徴的な太鼓橋。弧を描いて反っている形状が特徴。
よくある質問(FAQ)
Q: 「背中のいかき出しなはれ」というオチの意味は?
A: お梅が磯七の顔が作り物だったと知り、旦那の曲がった背中も笊を入れて膨らませた作り物だと勘違いした台詞です。本当に背中が曲がっている旦那への誤解が笑いを生みます。
Q: 磯七はなぜわざわざ醜い顔を作ったのですか?
A: 旦那が「磯七ばかりが女にもてて自分は放置される」と不満を漏らしたため、女に近寄られないように糊や梅干しで醜い顔を作って配慮したのです。
Q: 住吉大社の卯の日詣りとは何ですか?
A: 毎月最初の卯の日に住吉大社で行われる祭礼への参詣です。「卯」は住吉大社の御鎮座が神功皇后の卯年卯月卯日であったことに由来し、特に縁起の良い日とされました。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三代目 桂米朝 – 人間国宝。大阪の地名や風俗を丁寧に描き、磯七の変装場面が秀逸でした。
- 六代目 笑福亭松鶴 – 上方落語の重鎮。お梅の態度変化を大げさに演じて爆笑を誘いました。
- 二代目 桂枝雀 – 爆笑王。顔面工作の場面を独特の表情芸で演じました。
関連する落語演目
同じく「変装・騙し」がテーマの古典落語


同じく「茶屋・店噺」の古典落語


外見と内面がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「卯の日詣り」は、住吉大社への参詣と変装をテーマにした上方落語の傑作で、外見による人間の偏見を軽妙に風刺した作品です。醜い外見の時は差別的に扱い、美男と分かると手のひらを返すお梅の態度は、現代にも通じる外見至上主義への皮肉となっています。
磯七の顔面工作という発想は、現代の特殊メイクにも通じるユニークなアイデアで、聴衆の想像力を刺激します。そして最後の「いかき出しなはれ」というオチは、連想による誤解の笑いを生み出す見事な締めくくりです。大阪の地域文化と言葉遊びが融合した、上方落語らしい味わい深い演目です。


