梅の春
3行でわかるあらすじ
長門長府藩の毛利元義が作った清元「梅の春」の語り初めの会で、絵師の喜多武清が控えの間で待機。
清元太兵衛の見事な語りに客から「お天道様!」という賞賛の声がかかるのを聞いて、武清は自分より格上と落胆する。
弟子が「昔から"太兵衛(多勢)に武清(無勢)はかなわない"と申します」と言葉遊びで慰める。
10行でわかるあらすじとオチ
風流を好む長門長府藩の毛利元義が、師匠四方真顔の助言を得て清元「梅の春」の詞を完成させた。
文政十年、白金の下屋敷で清元太兵衛(栄寿太夫)による語り初めの会が華やかに開催される。
絵師の喜多武清も招かれ、控えの間で順番を待っているが、なかなか呼ばれずに苛立つ。
廊下を通る侍女たちが座敷を覗いて笑って通り過ぎるのを見て、自分が笑われていると勘違いする。
弟子が「太兵衛を見ようとして覗いたが、いないので先生の渋面を見て笑った」と説明する。
座敷では太兵衛が「梅の春」を見事に語り終えると、客席から「お天道様っ!」という最高の賞賛の声がかかる。
これを聞いた武清は「太兵衛は名人だが、お天道様とは恐れ入った褒めよう」と感心する。
自分は苦心して絵を描いても「お月様」にもほど遠く、絵を描くのが嫌になったと落胆する。
武清が帰ろうとすると、弟子が慰めて「昔から"太兵衛(多勢)に武清(無勢)はかなわない"」と言う。
太兵衛(多勢)と武清(無勢)を掛けた言葉遊びで、数の多い方が有利だという意味でオチをつける。
解説
「梅の春」は、実在の長門長府藩主毛利元義(もうり・もとよし)が作詞した清元を題材にした古典落語です。毛利元義は狩野芳崖を保護したことでも知られる文化人で、蜀山人(四方赤良)の弟子四方真顔に師事し、四方真門の号を得た狂歌師でもありました。
この噺の面白さは、江戸時代の文化サロンの雰囲気を背景に、芸術家同士の微妙な競争心理を描いている点にあります。絵師の武清が清元太兵衛の技量に圧倒され、「お天道様」という最高の賛辞を聞いて自信を失う様子は、芸術に携わる者の繊細な心理を巧みに表現しています。
最後のオチは「太兵衛(多勢)に武清(無勢)」という言葉遊びで、戦国時代の軍事用語「多勢に無勢」を人名に掛けた洒落です。弟子の機転により、武清の落胆を軽やかに慰める結末となっており、江戸文化の洗練された言葉遊びの妙味を示した秀逸な作品です。
あらすじ
下関の長門長府藩の殿様の毛利元義は風流を好む文化人だった。
画家である狩野芳崖をはじめ、多くの文化人たちを保護しただけではなく、元義自身も蜀山人(四方赤良)の弟子の四方真顔に師事した。
研鑽のかいあって元義は四方真門という名をもらった。
清元の「梅の春」は元義が作ったものだが、「四方にめぐる扇巴(おうぎどもえ)や文車(ふぐるま)の ゆるしの色もきのうけふ 心ばかりは春霞 引くも恥ずかし爪(つま)じるし 雪の梅の門(と)ほんのりと 匂ふ朝日は赤間なる硯の海の青畳 文字がせき書きかき初めに 筆草(ふでくさ)生ふる浪間より 若布刈るてふ春景色・・・」、まではすんなりと作ったが後が続かない。
師匠の真顔のアドバイスを受けて、「浮いて鴎のひい、ふう、みい、よぉ いつか東へ筑波根の 彼面(かのも)此面(このも)を都鳥 いざ言問はん恵方さへ よろづ吉原山谷堀・・・」と、見事につながったという。
これに曲をつけたのが蜀山人の「北州」に曲をつけた川口直だ。
文政十年(1827)、白金の長府藩下屋敷に大勢の客を招いて、清元太兵衛(栄寿太夫(二世延寿太夫))の語り初めの会が華やかに開かれた。
この日はほかに画の席の催しもあって、絵師の喜多武清(きた・ぶせい)も早くから来て控えの間で待っていた。
すると廊下を通る侍女たちが座敷をのぞいては笑って行ってしまう。
ずいぶんと待たされるわ、女どもは自分の顔を見ては笑って行くわで、先生気分のいいものではなく腕組みしてしかめ面をしている。
武清の渋面を見兼ねたお供の弟子が、「今日は名人太兵衛の語り初めの日でございます。
太兵衛ののどを聞くのを楽しみにしている女たちが、太兵衛はもう来ているのか、どんな顔をしているのかと何度もこの座敷をのぞくのでしょう。なかなか太兵衛の姿は見えずに、先生が苦り切った顔をしているので思わず笑ったのだと思いますが」、なるほど納得だが、太兵衛に比較されて馬鹿にされたようで怒りはおさまらない。
さあ、「梅の春」の座敷では太兵衛が見事に一段語り終えると、お客から、「お天道様っ!」と声がかかった。
これが耳に入った武清先生は弟子に、「太兵衛は名人とは聞いていたが、お天道様とは恐れ入った褒めようだ。
わしなどはいくら苦心、切磋琢磨して画いてもお月様ともほど遠い。
つくづく絵を画くのが嫌になった。もう帰ろうではないか・・・」
弟子 「先生、それはいけません。昔から"太兵衛(多勢)に武清(無勢)はかなわない"と申します」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 清元(きよもと) – 江戸時代に成立した浄瑠璃の一種。三味線伴奏で語る音曲。
- 語り初め – 新しく作られた曲を初めて披露すること。お披露目の会。
- お天道様 – 太陽のこと。芸能の世界で最高の賛辞として使われた。
- 長門長府藩 – 現在の山口県下関市にあった藩。毛利家の支藩。
- 蜀山人(四方赤良) – 大田南畝の別名。江戸時代後期の狂歌師・文人。
- 狩野芳崖 – 江戸時代末期から明治時代の日本画家。毛利家に保護された。
よくある質問(FAQ)
Q: 「太兵衛に武清はかなわない」というオチの意味は?
A: 清元太兵衛(たいべえ)と絵師喜多武清(ぶせい)の名前を、「多勢に無勢」(数が多い方が有利)という諺に掛けた言葉遊びです。数で負けているから仕方ない、という意味で慰めています。
Q: 「お天道様」という賛辞はどれくらい凄いのですか?
A: 芸能の世界で最高の褒め言葉です。太陽のように輝かしい芸という意味で、名人に対してのみ使われる特別な賛辞でした。
Q: この噺に登場する人物は実在したのですか?
A: はい、毛利元義、喜多武清、清元太兵衛(栄寿太夫)、四方真顔、蜀山人などは全て実在の人物です。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 六代目 三遊亭圓生 – 昭和の名人。江戸文化サロンの雰囲気を格調高く演じました。
- 五代目 古今亭志ん生 – 昭和の名人。武清先生の嫉妬と落胆を滑稽に描きました。
- 八代目 桂文楽 – 昭和の名人。言葉遊びオチの間の取り方が絶品でした。
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この噺の魅力と現代への示唆
「梅の春」は、江戸時代の文化サロンを舞台に、芸術家同士の繊細な競争心理を描いた珍しい落語です。実在の長府藩主毛利元義が作詞した清元を題材にしており、歴史的な背景も興味深い作品です。
絵師の武清が清元太兵衛への賛辞「お天道様」を聞いて落胆する様子は、芸術に携わる者の繊細な心理を巧みに表現しています。自分の芸は「お月様にもほど遠い」という自虐的な比較は、どの時代にも通じる芸術家の悩みといえるでしょう。
最後の「太兵衛(多勢)に武清(無勢)」というオチは、人名と諺を掛けた江戸落語らしい洒落で、弟子の機転により師匠を軽やかに慰める粋な結末となっています。


