釣り場での出来事
今回の落語は釣りのお話です。釣りは「下手の横好き」という言葉がぴったりの趣味かもしれません。経験年数と腕前が必ずしも比例しないのが面白いところです。私も釣りの経験はありませんが、きっと落語と同じで、理屈より感覚の世界なんでしょうね。今回は江戸言葉で、ベテラン釣り師の意外な体験をお聞かせします。
まくら
江戸時代から釣りは庶民の楽しみの一つでした。特に江戸前の海や川では、多くの人が糸を垂れていたのです。しかし、魚は正直なもので、人の都合など関係ありません。
あらすじ
「おい源さん、今日は隅田川に釣りに行かねえか?」
「いいねえ熊さん。久しぶりに竿を担いでみるか」
「俺はな、もう20 年も釣りをやってるんだ。この辺りの魚は手に取るように分かるぜ」
「さすが源さんだ。今日は大漁間違いなしだね」
「当たり前よ。釣りの極意ってもんがあるんだ」
釣り場での出会い
隅田川の釣り場に着くと、先客が一人いた。若い女性が一人で糸を垂れている。
「おや、お嬢さんも釣りを?珍しいこともあるもんだ」
「あ、こんにちは。はい、初めてなんです」とお千代。
「初めて?それじゃあ何も分からねえだろう。俺が教えてやろう」
「本当ですか?ありがとうございます」
「なに、お安い御用だ。俺は源太郎って言うんだ。この辺りじゃ釣り名人で通ってるんでな」
源太郎は得意げに道具を広げ始めた。
「まずは場所選びが大事だ。魚の回遊ルートを読むんでな」
「回遊ルート?」
「そう。魚にも通り道ってもんがある。俺の20 年の経験で、ここが一番いいポイントだ」
源太郎の釣り講座
源太郎は立て板に水のごとく釣りの理論を語り始めた。
「餌の選び方も重要だぜ。今日みたいな日はミミズが一番だ」
「ミミズですか…ちょっと気持ち悪いです」
「何言ってやがる。魚の大好物だ。それに針の結び方もコツがあるんだ」
「はあ…」
「見てろよ。俺の秘伝の結び方だ」
針に糸を結んでいるうちに、指に絡まって動かなくなった。
「あれ?おかしいな…いつもはこうじゃないんだが」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。ちょっと調子が悪いだけだ」
意外な展開
お千代は自分で適当に針を結び、虫餌の代わりに持参のパンをちぎって付けた。
「お嬢さん、パンじゃ魚は食いつかねえよ。経験で分かるんだ」
「そうなんですか?でも、試してみます」
「まあ、勉強のためにやってみなよ」
源太郎も準備を整えて、いよいよ糸を垂れた。
「よし、これで魚が食いつくのを待つばかりだ」
「どのくらい待つんですか?」
「魚との根比べだ。釣りは忍耐が一番大切なんだぜ」
まさかの一匹目
5 分も経たないうちに、お千代の竿に大きなアタリがあった。
「きゃあ!何か引っ張ってます!」
「え?もう?そんなはずは…」
「どうしましょう?」
「落ち着いて!ゆっくり上げるんだ!」
上がってきたのは手のひらサイズの鯉。
「やった!釣れました!」
「…おかしいな。パンで釣れるなんて」
「初めてなのに釣れちゃいました」
「ビギナーズラックってやつだな。次はそうはいかねえぞ」
源太郎の焦り
30 分経っても、源太郎の竿はピクリとも動かない。一方、お千代はすでに3 匹目を上げていた。
「おかしい…今日は魚の機嫌が悪いのかな」
「あ、また釣れそうです!」
「え?また?」
お千代が上げたのは大きな鯉だった。
「わあ、大きい!」
「…なんでパンでこんなに釣れるんだ」
「魚もパンが好きなんでしょうか?」
プライド崩壊
1 時間後、お千代 7 匹、源太郎 0 匹という惨状になった。
「源太郎さん、もしかして餌を変えてみては?」
「え?俺が?お嬢さんに教わるのかい?」
「いえいえ、ただの提案です」
「…プライドもあるし」
「でも、釣れないより釣れた方が楽しいじゃないですか」
源太郎は渋々パンを分けてもらった。
「20 年の経験がパンに負けるなんて…」
「経験も大切でしょうけど、魚の気持ちになってみるのも大事かも」
「魚の気持ち?」
逆転の発想
お千代の助言で、源太郎は固定観念を捨ててみた。
「確かに、人間だって毎日同じもの食べてたら飽きるもんな」
「そうです!魚だって新しい味を試したいかも」
「なるほど…魚の立場で考えるのか」
パンの餌に変えた途端、源太郎の竿にもアタリがあった。
「お!来た来た!」
「やったじゃないですか!」
「おお、釣れた!久しぶりの感覚だ」
師弟逆転
気がつくと、源太郎がお千代に色々聞いている状態になっていた。
「お千代さん、このパンの付け方、コツがあるんですか?」
「ちょっとふわふわにちぎると、魚が食べやすいみたいです」
「なるほど。20 年間、ミミズばっかりだった」
「経験は大切ですけど、新しいことを試すのも面白いですね」
最終的にお千代 15 匹、源太郎 8 匹という結果になった。
「いや〜、まいったまいった。弟子入りさせてもらおうかな」
「とんでもない!私はたまたまラッキーだっただけです」
「いやいや、固定観念にとらわれない発想力は見事なもんだ」
後日、熊さんに報告した。
「どうだった源さん、大漁だったかい?」
「ああ、いい勉強になったよ」
「勉強?」
「20 年の経験より、柔軟な発想の方が大事だってことを学んだ」
「誰に教わったんだい?」
「初心者のお嬢さんにな」
まとめ
今回は釣り場での師弟逆転劇を描いてみました。長年の経験や知識も大切ですが、時には初心者の新鮮な発想に学ぶことがあるものです。私もこの落語を書きながら、決まりきった型にとらわれすぎてはいけないと反省しました。
源太郎さんが「20 年の経験がパンに負けた」と嘆いたのは、なんとも人間らしい話です。でも、結果的にはより多くの魚を釣ることができたのですから、教わることに年齢は関係ないということでしょうね。


