綱七
3行でわかるあらすじ
藤原鎌足の忘れ形見・淡海公(与四郎)を守るため、忠義の武士・沢田新九郎政輝(綱七)が漁師に身をやつして探し続ける。
代官に見つかり与四郎が舟で連れ去られると、綱七は観音菩薩に祈りながら切腹し、臓腑を海に投げて奇跡を起こし舟を戻す。
芝居見物の客が「綱が海に飛び込んだら何になる」「おおかた、スサになるやろ」と駄洒落で締めくくる。
10行でわかるあらすじとオチ
傾城都玉垣の「綱七の腹切り」の芝居を題材にした落語で、藤原鎌足の忘れ形見・淡海公が与四郎と名を変え、腰元の錦木(お舟)と讃岐の志度の浦に隠れ住んでいる。
沢田新九郎政輝は主人の勘気を受けて綱七と名を変え、漁師となって与四郎らを探している。
代官が淡海公を捜索し、漁師の金蔵が密告しようとするが、綱七が正体を明かして阻止しようとする。
しかし与四郎は舟で入鹿に連れ去られてしまい、綱七は絶望する。
綱七は大岩に登り、観世音菩薩に祈願しながら刀を左脇腹に突き刺し、臓腑を取って海に投げる。
すると奇跡が起こり、淡海公を乗せた舟が戻ってくる。
綱七は与四郎を無事に逃がした後、切腹して死んでいく。
この芝居を見ていた客甲が「綱が腹切って海へ飛び込んだら何になる」と聞く。
客乙が「おおかた、スサになるやろ」と答える駄洒落オチ。
「綱」がほどけると「スサ(麻屑)」になるという言葉遊びで締めくくられる。
解説
綱七は、人形浄瑠璃「傾城都玉垣」の名場面「綱七の腹切り」を題材にした芝居噺で、忠義と自己犠牲をテーマにした感動的な物語です。
沢田新九郎政輝(綱七)の主君への忠義心と、藤原鎌足の血筋を守ろうとする使命感が物語の核心となっています。
特に印象的なのは、綱七が観世音菩薩への祈願と共に切腹し、自らの臓腑を海に投げることで奇跡を起こすという超自然的な場面で、これは当時の観客にとって非常に感動的なクライマックスでした。
しかし落語としては、この重厚な芝居の感動を最後の駄洒落「スサになる」で一気に笑いに転換させる構成が秀逸です。
「綱」という主人公の名前を使った言葉遊びで、緊張感のある芝居を軽やかなオチで締めくくる、芸能を題材にした落語らしい巧妙な作りとなっています。
あらすじ
「傾城都玉垣」の「綱七の腹切り」の芝居の舞台。
藤原鎌足の忘れ形見の淡海公は追手から逃れて、名を与四郎とかえ、海女に身をやつして、お舟と名をかえた腰元の錦木と、ここ讃岐の志度の浦の漁師小屋に隠れ住んでいる。
お舟 「お浪さんえぇ、いつもの面白い、あの貝の話しをしてくださんせいな」
お浪(海女) 「そんなら話そう。♪千尋の海の水底に、雄と雌との初恋に、いまは人目を忍ぶ貝。
文書き貝にさざれ貝。
憎いは明けの烏貝。口説の後は赤貝と、それとも知らぬ烏帽子貝」、お浪は仲間の海女たちの後を追って行く。
お舟 「藤原鎌足様が忘れ形見、淡海様ともあろう身が、この志度の浦のお住まい、弟よ、与四郎よ、とまあこの身に罰が当たりませぬもの・・・」 、お舟は目を患っている与四郎の手を引いて小屋に入れ、薬を取りに出掛ける。
花道から漁師の綱七、藤原家の家臣で沢田新九郎政輝で、若気のいたりで主人の勘気を蒙り、綱七と名をかえ、淡海公(与四郎)と錦木(お舟)の行方を探している。
綱七は与四郎たちの隣の漁師小屋に住んでいるが、お互いの氏素性は知らないままだ。
綱七 「沢田新九郎政輝ともあろう身が、いかに若気のいたりとて、ご主人に永の勘当。
若君には腰元錦木をつれて行方は知れず。どうかして尋ね出し・・・おっと(口を塞ぐ)・・・」、小屋のそばに何か落ちている。
拾い上げて見て、
網七 「これは臍(ヘソ)の緒・・・なになに天光四年戌の正月一日誕生、藤原鎌足が一子、同名淡海、はて、与四郎とお舟は・・・?」、この時、代官と漁師の金蔵がやって来て、綱七は小屋に身を隠す。
代官 「その方は、当地の漁師よな。
お尋ね者の藤原淡海と腰元錦木。
代官所までつれ出れば、褒美の金は望み次第。渡し置くはこれなる姿絵」
金蔵 「この絵姿なら心当たりもござりますれば、詮議いたしまして、お代官様までお連れいたしやす」、お舟が帰って来るのを待って、
金蔵 「これお舟、これをちょっと見いやい。お尋ね者の藤原淡海、いま一人は腰元錦木、奥にいる 与四郎と言うのは、藤原淡海のことであろうがな」、止めるお舟をつきのけて、金蔵は小屋へ入ろうとすると、これを見ていたのが綱七で、金蔵を取って投げる。
綱七 「腰元錦木とは御身の事であったか。
沢田新九郎政輝とはおれの事だ。若君を裏口より小舟に乗せて、早う!」 、与四郎と金蔵、漁師たちとの大立ち回りとなる。
漁師 「おお、金蔵、お舟はばらした。
淡海は舟に乗せて入鹿へ渡した。おっつけ代官所より褒美の金が来るぞよ」
綱七 「なに、入鹿に渡したとな」、走って行こうとする綱七の腰を金蔵が取り、金蔵の腰を漁師が取り、その漁師の腰を別の漁師が次々と取り、 ・・・ついには綱七は大岩に乗って、
綱七 「南無、大和の国は長谷寺に鎮座まします観世音第菩薩。
沢田が命はこの竜神に供え奉らん。
なにとぞ舟をもどさせ給え。帰命頂礼」、綱七は刀を左脇腹へ突き刺し、臓腑を取って、「ええいっ」投げた。
すると、あな不思議、淡海公を乗せた舟はもどって来た。
綱七 「あなたは若君様。
沢田が身の上にとり、この上もなき幸せ。貴方様にはこの小舟にうち乗りて、波にゆられて落ち給え」、刀を左脇腹から右へ引き、しだいに落ち入って行く。
芝居客甲 「えらいにぎやかな芝居だんな。これはなんの芝居だんね」
芝居客乙 「これは綱七の腹切りや」
甲 「綱が腹切って、海へ飛び込んだら、何になりまっしゃろ」
乙 「おおかた、スサになるやろ」
落語用語解説
- 芝居噺 – 歌舞伎や浄瑠璃の場面を語る落語のジャンル。演者が芝居の所作も見せる。
- 傾城都玉垣 – 人形浄瑠璃の演目。綱七の腹切りが名場面として知られる。
- 藤原鎌足 – 飛鳥時代の政治家。大化の改新の功労者として知られる。
- 淡海公(おうみこう) – この噺では藤原鎌足の忘れ形見として描かれる人物。
- 観世音菩薩 – 慈悲の仏として広く信仰された。苦しむ人を救う仏。
- スサ(麻屑) – 縄や綱をほどいた時にできる屑。左官の材料にも使われた。
よくある質問(FAQ)
Q: オチの「スサになる」の意味は?
A: 「綱」をほどくと「スサ(麻屑)」になることと、主人公の名前「綱七」を掛けた駄洒落です。重厚な芝居を軽妙なオチで締めくくる、落語らしい構成です。
Q: なぜ綱七は切腹したのですか?
A: 若君・淡海公を守れなかった責任を取り、観音菩薩への祈願と共に切腹しました。臓腑を海に投げることで奇跡が起こり、舟が戻ってきました。
Q: 芝居噺とはどのような落語ですか?
A: 歌舞伎や浄瑠璃の名場面を落語家が語るジャンルです。演者は芝居の台詞や所作も演じ、最後は駄洒落などのオチで締めくくります。
名演者による口演
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。芝居噺の第一人者として知られました。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。浄瑠璃の場面を丁寧に語りました。
- 桂文楽(八代目) – 昭和の名人。芝居の所作を美しく見せました。
関連する落語演目
同じく「芝居噺」の古典落語


同じく「忠義・切腹」がテーマの古典落語


同じく「駄洒落オチ」の古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「綱七」は、人形浄瑠璃の名場面を落語として語る芝居噺の傑作です。藤原鎌足の忘れ形見を守るため、忠義の武士が切腹して観音菩薩に祈願し奇跡を起こすという重厚な物語が見どころです。
特に印象的なのは、綱七が臓腑を海に投げて舟を戻すという超自然的な場面で、当時の観客にとって非常に感動的なクライマックスでした。しかし落語としては、この重厚な感動を最後の「スサになる」という駄洒落で一気に笑いに転換させる構成が秀逸です。
現代でも、重いテーマを軽妙なユーモアで締めくくることは、ストレス解消の一つの方法として通じるものがあります。この噺は、悲劇と喜劇の絶妙なバランスを示した古典落語の名作です。


