次の御用日
3行でわかるあらすじ
大阪船場の商家の娘お糸が丁稚の常吉と縫い物の稽古に向かう途中、藤吉という男に出会う。
藤吉がお糸の頭上で「アッ!」と奇声を発し、お糸は気絶して記憶喪失になってしまう。
奉行所での裁判で「アッ!」をめぐる問答が繰り広げられ、奉行自らが「アッ!」を連発して裁判を絶ち切る。
10行でわかるあらすじとオチ
大阪船場の樫木屋佐兵衛の一人娘お糸が、丁稚の常吉を供に縫い物屋へお針の稽古に向かう。
住友の浜で、天王寺屋藤吉という背の高い男に出会う。
藤吉は綴持ちで、ふんどし一丁に法被を頭上にかざして巨大に見える。
藤吉はお糸を怖がらせようと、頭上で法被をかざしながら「アッ!」と奇声を発する。
お糸は気絶し、その後記憶喪失の状態になってしまう。
怒った佐兵衛は奉行所に訴え出、双方が呼び出される。
奉行が事情を問うと、藤吉は「アッ!」と言った覚えはないと主張する。
奉行が「アッ!と言ったなら正直に言え」と迫るうち、自らが興奮して「アッ!アッ!」と連発してしまう。
最後に奉行が照れて「今日の調べはこれまでといたす。次の御用日を待て」と宣告して終わる。
奉行自らが「アッ!」を連発し、裁判をうやむやにして終わらせるオチが絶妙。
解説
「次の御用日」は上方落語の代表的な演目の一つで、東京落語では「しゃっくり政談」や「しゃっくり裁判」の題で演じられます。
この落語の最大の特徴は、登場人物たちが発する「アッ!」という奇声にあり、演者には高度な発声技能が求められる難易度の高い演目です。
6代目笑福亭松鶴、2代目桂枝雄、3代目笑福亭仁鶴などの名人が得意とし、それぞれ独自の解釈で演じていました。
オチの素晴らしさは、「アッ!」と言ったかどうかを追及していた奉行自らが、興奮のあまり「アッ!」を連発してしまい、その結果裁判をうやむやにして終わらせるという言葉遊びと状況の逆転が絶妙に組み合わさった点にあります。
あらすじ
ある夏の日の昼下がり、船場の樫木屋佐兵衛の一人娘のお糸は丁稚の常吉を供に、縫い物屋へお針の稽古に向かう。
常吉「とうやん、別嬪さんでお年ごろやけど、お嫁に行かはるのか、ご養子をお迎えするのか近所で噂してはりまっせ。どっちだす」、お糸「そんなこと言うもんやあれしまへん」などと、楽しそうにごちゃごちゃ言いながら安綿橋の南詰、昼間は寂しい住友の浜あたりまで来ると川向こうの物売りの声が眠むとうに聞こえてくる。
昔は大阪でも昼間も寂しい所があった。
船場では本町橋の西詰の南の唐物町の浜、本町の曲がり、南ではここの住友銅吹所のあった住友の浜。
西では加賀屋敷の横手。
薩摩堀願教寺の裏手。
江戸堀四丁目の七ツ蔵、中之島の蛸の松、てな所。
すると向こうからひょろっとやけに背が高い男がやって来た。
お糸が「怖い」と言うので、常吉はお糸を天水桶の陰に隠し、自分も小さくなって男をやり過ごそうとした。
この男、樫木屋の借家に住んでいる天王寺屋藤吉といい、道頓堀を作った安井道頓、道卜の子孫の屋敷の纏(まとい)持ちで、ふんどし一丁で陽射し除けに法被(はっぴ)を頭の上に持ち上げているので、えらい大男に見えるのだ。
藤吉は「家主のとこのとうやんだ。
俺を見て怖がっておるのやな。よし、もっと怖がらさしたろ」と近づき、お糸の頭の上に法被を被せるようにして、「アッ!」と奇声を出した。
お糸は「うーん」と気絶してしまった。
それ以来、お糸は記憶喪失の状態になってしまった。
どうしても藤吉を許せない樫木屋佐兵衛は、「お畏れながら」と、奉行所西の御番所へ訴え出る。
奉行所へ双方が呼び出され、奉行はお糸が気絶したいきさつを常吉に問う。
常吉は樫木屋での丁稚の扱い方、食事やとうやんのことなどをべらべらと喋り始める。
佐兵衛は止めようとするが、奉行は面白そうに聞いている。
常吉がやっとお糸の頭上で藤吉が「アッ!」と言っておどかし、お糸が気絶したことを話す。
奉行 「委細分かった。天王寺藤吉、その方、娘糸の頭の上にて、"アッ!"てなことを申したのはまことか」
藤吉 「いいえ"アッ!"てなこと言うた覚えはございません」
常吉 「このおっさんでんねん。"アッ!"と言いはったに間違いおまへん」
奉行 「おのれ藤吉、常吉が十五にも足らん子どもとあなどり、"アッ!"と申さんなどとはけしからん奴、"アッ!"と申したものなら、"アッ!"と申したと言うてみい」
藤吉 「"アッ!"申したものなら"アッ!"と申したと正直に申しますが、"アッ!"と申していないので"アッ!"と申したとは申せません。
奉行 「おのれ、まだしらを切るならば、重き拷問により"アッ!"と言ったと申させてみせるがどうじゃ。アッ!、アッ!、アッ!・・・」と、喉をなでながら、
奉行 「一同の者、今日の調べはこれまでといたす。次の御用日を待て」
落語用語解説
- 御用日 – 奉行所で裁判が行われる日。定期的に設けられた公式の審理日。
- 船場 – 大阪の商業の中心地。豪商が軒を連ねた町人の街。
- 纏持ち(まといもち) – 火消しの先頭に立って纏(まとい)を振る役目の人。
- 丁稚(でっち) – 商家に住み込みで働く年少の奉公人。雑用から始める見習い。
- お針 – 裁縫のこと。当時の女性の必須の教養とされた。
- 奉行所 – 江戸時代の裁判所に相当する役所。町奉行が司法・行政を担当した。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ奉行自身が「アッ!」を連発してしまったのですか?
A: 藤吉を追及するうちに興奮し、「アッ!と言ったなら言え」と何度も繰り返すうちに、自分も「アッ!」を連発してしまいました。追及する側が同じ行為をしてしまうという皮肉な状況です。
Q: この噺の東京版はありますか?
A: 東京では「しゃっくり政談」「しゃっくり裁判」の題で演じられます。奇声の種類が「アッ!」から「しゃっくり」に変わりますが、基本的な筋立ては同じです。
Q: なぜこの噺は演じるのが難しいのですか?
A: 「アッ!」という奇声を効果的に演じ分ける高度な発声技能が必要だからです。お糸を驚かす「アッ!」、奉行の興奮した「アッ!」など、場面ごとに異なるニュアンスを表現しなければなりません。
名演者による口演
- 笑福亭松鶴(六代目) – 上方落語の重鎮。「アッ!」の発声が絶品でした。
- 桂枝雀(二代目) – 爆笑王。奉行の困惑ぶりを大げさに演じて爆笑を誘いました。
- 笑福亭仁鶴(三代目) – 人気落語家。テレビでもお馴染みの軽妙な語り口で演じました。
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この噺の魅力と現代への示唆
「次の御用日」は、法廷という厳粛な場で繰り広げられるコミカルなやりとりが見どころの上方落語の傑作です。「アッ!」という単純な奇声をめぐって裁判が進行し、最終的に裁く側の奉行自身が「アッ!」を連発してしまうという逆転劇は、権威の滑稽な崩壊を描いています。
丁稚の常吉が奉行の前でべらべらと商家の内情を喋ってしまう場面も、子供の純真さと大人の建前のギャップを巧みに表現しています。奉行が面白そうに聞いているところも、人間味のある描写です。
現代でも、真面目な場面でうっかり失言してしまうことは珍しくありません。この噺は、人間の弱さや滑稽さを温かく描いた、笑いの中に人情を感じさせる作品です。


