頓智の藤兵衛
頓智の藤兵衛(とんちのとうべえ) は、頓智の名人・藤兵衛が猫を利用した木彫り対決で質屋の主人を負かし、大名行列の声で按摩の喧嘩を止める滑稽噺。**「ずいぶん大きな大名のお通りと見えて、なかなか大勢の供揃いだ」**という勘違いのオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 頓智の藤兵衛(とんちのとうべえ) |
| ジャンル | 古典落語・滑稽噺 |
| 主人公 | 藤兵衛(頓智の名人) |
| 舞台 | 質屋の伊勢屋・町の通り |
| オチ | 「ずいぶん大きな大名のお通りと見えて、なかなか大勢の供揃いだ」 |
| 見どころ | 猫が鰹節と間違える木彫り対決、大名行列で喧嘩を止める機転 |
3行でわかるあらすじ
頓智で有名な藤兵衛が質屋の主人に木彫りのねずみ作りで挑戦される。
藤兵衛の作った粗雑な木の塊を猫が鰹節と間違えて持ち去り、それで勝利する。
その後、二人の按摩の喧嘩を「下に居ろ」の声かけで止め、二人がお辞儀し続ける姿で皆を笑わせる。
10行でわかるあらすじとオチ
頓智で有名な藤兵衛が質屋の伊勢屋の前を通ると、主人から巧妙な木彫りのねずみを見せられる。
主人が「お前にはこんなネズミは彫れない」と挑発し、プライドを傷つけられた藤兵衛が挑戦を受ける。
藤兵衛は一晚で粗雑な木の塊を作って持参し、どちらが本物に似ているか猫に判定させることを提案。
猫が両方の木彫りを見たとき、藤兵衛の作品に飛びついて持ち去ってしまう。
実は猫は木の塊を鰹節と間違えたのだが、藤兵衛は自分の勝利を主張して立ち去る。
その後、二人の盲目の按摩師が正面衝突し、お互いを目明きと勘違いして喧嘩が始まる。
藤兵衛が「下に居ろ、下に居ろ」と大名行列のように声をかけると、按摩たちは大名のお通りと思い喧嘩をやめる。
二人の按摩は地面にお辞儀し続け、「ずいぶん大きな大名のお通り」と皆の笑い声を大将の供揃いと勘違いするオチ。
解説
「頓智の藤兵衛」は、機転を利かせた頓智話の古典落語です。この演目の最大の特徴は、主人公の藤兵衛が意図的ではなく、偶然の状況を巧みに利用して問題を解決することです。最初の木彫り決闘では、猫が鰹節と間違えて持ち去ったことを逆手に取って勝利を主張します。
後半の按摩の喧嘩では、「下に居ろ」という大名行列の声かけを模倣して、盲目の按摩師たちが大名のお通りと勘違いすることを利用した解決法です。これらのエピソードは、真の頓智とは犡猛さや知恵ではなく、状況判断力と発想の転換にあることを示しています。
最後のオチは、按摩たちが大名行列の大勢の供揃いと勘違いしてお辞儀し続ける姿です。これは、盲目であるために音だけで状況を判断しなければならない按摩の立場と、周囲の人たちの笑い声が大名の供揃いの歓声に聞こえるという、誤解に誤解を重ねた精巧な結末です。
また、前半の木彫り勝負と後半の按摩の喧嘩という二段構えの構成は、藤兵衛の頓智が一度きりの偶然ではなく、状況に応じて様々な知恵を発揮できる人物であることを示しています。前半では偶然を利用する「結果オーライ」型の機転、後半では盲目の按摩の特性を理解した上での「計算された」機転と、異なるタイプの頓智が描かれている点も構成の妙です。
成り立ちと歴史
「頓智の藤兵衛」は江戸時代から口伝で伝わる頓智話を落語として構成した演目です。一休禅師や吉四六さんなど、日本各地に伝わる頓智者の逸話と共通する構造を持っており、庶民の間で語り継がれてきた知恵者の物語の系譜に連なる作品です。
前半の木彫りのねずみと猫のエピソードは、左甚五郎伝説にも通じるモチーフで、名工の技術と庶民の機転を対比させる小咄が原形とされています。後半の按摩と大名行列のエピソードは、江戸時代の参勤交代に伴う大名行列が庶民の生活に与えた影響を反映しており、「下に居ろ」の声で平伏する文化が当時いかに浸透していたかがうかがえます。
落語としては古今亭志ん生や三遊亭圓生など昭和の名人たちが演じた記録がありますが、現在ではあまり高座にかかることのない珍品演目となっています。二つのエピソードを一つの噺にまとめた構成は、寄席での演じ方によって前半のみ、後半のみで演じることもできる自由度の高さが特徴です。
あらすじ
頓智の藤兵衛が質屋の伊勢屋の前を通る掛かると、何でも自慢したがる主人から呼び止められる。
主人(伊勢屋) 「おい、藤兵衛さん、けっこうな物が手に入ったからちょっと見ておいでよ」、どうせ質で流れた物を自慢すると思ったが、
藤兵衛 「へえ、そうですかい。それではちょっとだけ拝見を・・・」と店の中に入った。
主人 「どうだい。
この木彫りのねずみの素晴らしい出来栄え。こりゃあ、左甚五郎の作かも知れないよ」、確かに上手く彫ってあるが甚五郎の作とは恐れ入った。
まあ、無難に褒めて切り上げようと、
藤兵衛 「なるほど、見事に彫ってありますね。じゃあ、あっしはこれで・・・」と帰ろうとすると、
主人 「いくらおまえさんに頓智の才があるからと言って、こんなねずみは彫れはしまい」、この一言がカチンときてプライドを傷つけられて、
藤兵衛 「あっしならもっと上手に彫れまさあね。今晩彫って明朝に持ってきますからどっちが本物のねずみか比べようじゃありませんか」、ということで、藤兵衛さん家に帰って小刀でちょこちょこと削って持って来た。
藤兵衛 「どうです、このねずみ。本物そっくりでしょう」、それを見た主人、「なんだいこりゃ、おふざけでないよ。どこがねずみなんだい」、確かにただの不細工な木の塊だ。
藤兵衛 「そんならどっちが本物のねずみに似ているか猫に聞いてみようじゃありませんか」
主人 「どうせ猫に聞いたってニャンとも言わないだろうが、まあいいだろう」と、二つの木彫りのねずみを畳に置いて、飼っている猫を抱いて来て座敷の前で下ろすと、猫まっしぐらで藤兵衛さんのねずみに飛びついて口にくわえて庭へ飛び出してしまった。
がっくりして悔しがる旦那に、
藤兵衛 「どうです旦那、猫は旦那のねずみには見向きもしませんでしたよ」と、勝ち誇って縁の下で鰹節の塊と格闘している猫に礼を言って立ち去って行った。
少し行くと人だかりがして、二人の男が杖を振り上げて何か大声で言い合っている。「どうしたんだい」、「あぁ、藤兵衛さんか、ちょうどいいとこへ来た。
按摩さんが二人で正面衝突しちまったようで、お互い相手を目明きと思って、一方が"目明きのくせしやがっって、こんな真っ昼間に突き当たるやつがあるか"って杖でポカリだ。
相手の按摩さんも"おれは目明きじゃねえや"って怒って杖でポカリで止まらなくなった。
お互いに耳だの頬っぺたをつねったり、引っ掻いたりして血がダラダラで、止めようとしても杖で見境もなく殴ってくるからそばにも近づけずけずに手がつけられねえ有り様だ。何とか頓智でこの喧嘩を収めてみてくれ」
よっしゃおれにお任せと藤兵衛さん、半丁ばかり戻って、大声でゆっくりと歩きながら、
「下にい居ろ、下にい居ろ」、これを聞いた取っ組み合い中の按摩さん、「おい、止めろ、放せ、お通りだ」で、杖を放り出して地面に座って、平身低頭で「へぇ~っ」、藤兵衛さん、その前をすう~っと通り過ぎて行ってしまった。
集まっていた人たちもこれを見てひと安心、さすが頓智の藤兵衛と感心しきりで立ち去りかけるが、見るとまだ二人は地面におでこをくっつけてお辞儀をしている。
それを見てみんなどっと笑い出してしまった。
按摩さん 「あぁ、ずいぶん大きな大名のお通りと見えて、なかなか大勢の供揃いだ」
落語用語解説
- 頓智(とんち) – 機転を利かせた知恵のこと。素早い判断力と発想の転換による問題解決。
- 按摩(あんま) – マッサージ師。江戸時代は盲目の人の職業として一般的だった。
- 左甚五郎 – 日光東照宮の眠り猫を彫ったとされる伝説の彫刻師。名人の代名詞。
- 下に居ろ – 大名行列が通る際に先触れが叫ぶ言葉。庶民は道端に平伏して見送った。
- 目明き – 目が見える人のこと。盲目の反対語として按摩が使う言葉。
- 供揃い – 大名行列の随行者たち。大きな大名ほど供の人数が多かった。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ猫は藤兵衛の木彫りに飛びついたのですか?
A: 藤兵衛の作った木の塊が鰹節に似ていたからです。猫はねずみと間違えたのではなく、鰹節と勘違いして持ち去りました。藤兵衛はこの偶然を利用して勝利を主張したのです。
Q: 按摩同士がなぜ喧嘩になったのですか?
A: 二人の盲目の按摩師が正面衝突し、お互いを目明きと勘違いして「目が見えるのにぶつかってきた」と怒りをぶつけ合ったからです。
Q: オチの「大勢の供揃い」とは何のことですか?
A: 周囲の人々の笑い声を、盲目の按摩が大名行列の大勢の供の人たちの声と勘違いしたことです。大きな大名ほど供が多いため、笑い声の人数を供揃いの規模と思い込んでいます。
Q: この噺は前半と後半に分けて演じることもありますか?
A: はい、木彫りのねずみの話と按摩の喧嘩の話は独立したエピソードとしても成立するため、寄席の持ち時間や演者の判断で前半のみ、後半のみで演じることもあります。
Q: 「下に居ろ」とはどういう意味ですか?
A: 大名行列が通る際に先触れの者が叫ぶ掛け声です。庶民は道端に土下座して行列をやり過ごすのが江戸時代の決まりで、これに背くと無礼打ちにされることもありました。藤兵衛はこの習慣を利用して按摩の喧嘩を止めたのです。
名演者による口演
- 古今亭志ん生(五代目) – 昭和の名人。藤兵衛の飄々とした頓智を軽妙に演じました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。按摩の喧嘩場面の描写が秀逸でした。
- 桂文楽(八代目) – 昭和の名人。オチの間合いが絶品でした。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。藤兵衛の飄々とした人柄を温かみのある語り口で表現しました。
関連する落語演目
同じく「頓智・機転」がテーマの古典落語


同じく「按摩・盲人」が登場する古典落語


偶然を利用した古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「頓智の藤兵衛」は、機転と発想の転換で問題を解決する頓智話の傑作です。木彫り決闘では、自分が意図しなかった結果(猫が鰹節と間違える)を巧みに利用して勝利を主張する藤兵衛の厚かましさと機転が描かれています。
按摩の喧嘩場面では、「下に居ろ」という声かけで盲目の按摩たちが大名行列と勘違いするという、情報の非対称性を利用した解決法が見事です。最後に周囲の笑い声を供揃いと思い込むオチは、誤解に誤解を重ねた巧妙な構成です。
現代でも、状況を正確に把握できない中で判断を迫られることは多くあります。この噺は、柔軟な発想と状況判断力の大切さを教えてくれます。
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