天王寺三題
3行でわかるあらすじ
天王寺のお彼岸で戒名書きが難解な戒名や長い俗名に困って逃げ出し、別の戒名書きが高値で引き受ける。
五重塔の風鐸の名前を巡って賭けをした二人が茶店主人に賄賂を渡すが、主人は「四百ブラリ」と答える。
托鉢僧が弘法大師と言われて調子に乗るが、乞食坊主と言われて「また悟られた」と言う。
10行でわかるあらすじとオチ
天王寺のお彼岸で戒名書きが並んでいるが、難しい「ゴリガリマカラ童子」「マイマイチンシャン童女」という戒名に困る。
長い俗名「泉州堺、大道九間町、包丁鍛冶、菊一文字四郎藤原兼隆」を頼まれ、最初の戒名書きは小便と言って逃げ出す。
別の戒名書きがすらすらと書いて八十銭を要求し、客も高いと言って小便に逃げる。
五重塔の風鐸を見た二人が「ブラリシャラリ」か「シャラリブラリ」かで五百文の賭けをする。
それぞれが茶店主人に二百文ずつ渡して自分の言い分を支持してもらうよう頼む。
二人で茶店に行って聞くと、主人は「何や知らんけど、ここに四百ブラリ」と答える。
托鉢僧が参道の家で般若心経を唱えると、母親が「弘法大師様かもしれない」と言う。
托鉢僧は「わが空海なることを悟られたか」と調子に乗る。
息子が「茶臼山の乞食坊主だ」と言うと、托鉢僧は「ああ、また悟られた」と答える。
三つの話それぞれに、言葉遊びと人間の欲深さを風刺したオチがついている。
解説
天王寺三題は、大阪の四天王寺参道を舞台にした三つの独立した滑稽噺を一席にまとめた構成で、それぞれに巧妙なオチがある上方落語の傑作です。
第一話は戒名書きの話で、難解な戒名や長大な俗名という無理難題に対して、書けない者は逃げ、書ける者は法外な値段を付けるという商売の機微を描いています。
第二話の風鐸(ふうたく)の話は、正解のない議論に金銭を絡めた愚かさと、賄賂を二重に受け取った茶店主人の機転を「四百ブラリ」という秀逸な言葉遊びで落としています。
第三話は托鉢僧の正体を巡る話で、「悟られた」という言葉を、弘法大師としての正体と乞食坊主としての正体の両方に使う絶妙な構成です。
三題噺という形式は、短い噺を組み合わせて飽きさせない工夫であり、天王寺という具体的な場所を舞台にすることで、当時の寺社参りの風俗も伝えています。
あらすじ
お彼岸で天王寺さんには戒名書きがずらりと並んでいる。
中にはあまり字が書けないの者もいる。
参拝者 「お願いします」
戒名書き➀ 「へえへえ何という戒名で」
参拝者 「ゴリガリマカラ童子じゃ」
戒名書き➀「けったいな戒名やな・・・これちょっと後回しにしますわ、次のおまっしゃろ」
参拝者 「マイマイチンシャン童女じゃ」
戒名書き➀ 「へへへ、これも後回しで、俗名から書かせておくなはれ。俗名は何と言いまんねん」
参拝者 「泉州堺、大道九間町、包丁鍛冶、菊一文字四郎藤原兼隆、本家根本梶元平兵衛、先祖代々過去帳一切、と書いとくれ」
戒名書き➀ 「うーん、ちょっと小便に行かせてもらいますわ」
戒名書き② 「わたいが書きまひょか。何という戒名だす」
参拝者 「ゴリガリマカラ童子じゃ」
戒名書き② 「これでよろしいか。次は」
参拝者 「マイマイチンシャン童女じゃ」
戒名書き② 「へい、マイマイ・・・・これでよろしいか」
参拝者 「次は俗名じゃ。泉州堺、大道九間町、包丁鍛冶、菊一文字四郎藤原兼隆、本家根本梶元平兵衛、先祖代々過去帳一切、と書いとくれ」
戒名書き② 「それ皆書きまんのかいな、泉州堺・・・菊一文字四郎藤原兼隆・・・先祖代々過去帳一切・・・へえ書きました」
参拝者 「うん、お代はいか程じゃ」
戒名書き② 「そうでんな、八十銭ほどもらいまひょか」
参拝者 「八十銭とは法外な、戒名てなもん大概、一枚一銭か二銭やがな」
戒名書き② 「今の戒名よそでは誰も書けしまへんで・・・もし、どこへ行きなはんねん」
参拝者 「わしも小便じゃわい」
お参りに来た二人、一人が五重塔の屋根の端の風鐸を指さし、「お前、あの五重塔の屋根の端にぶら下がってるもんの名前知ってるか」
甲 「あれはブラリシャラリちゅうねん」
乙 「違うがな、あれはシャラリブラリちゅうねん」、ブラリシャラリ、シャラリブラリで譲らない二人、五百文賭けようということになる。
甲は茶店で聞いて来ると言って店主に二百文渡し、「あれは、ブラリシャラリと言ってくれ」と頼む。
乙 「何だって言うてた」
甲 「やっぱり、ブラリシャラリと言うてた」
乙 「そんなはずありゃへん」と茶店に行き、「あれはシャラリブラリと言ってくれ」と二百文渡して頼む。
二人そろうて茶店に行って聞くと、
店主 「何や知らんけど、ここに四百(シヒャク)ブラリ」
参道近くの家の前に薄汚れた身形(みなり)の一人の托鉢僧が立つ。「観自在菩薩・・・・般若波羅密多・・・・」、家の倅(せがれ)が「お通り」と追い払おうとすると、
母親 「ご出家にそんなこと言うもんやあらへんがな。あの御方がひょっとして、入滅されてもあの世に行かず、日本国中を廻国してなはるという弘法大師様やったらどうすんねん」
これを聞いた托鉢僧 「あぁ、隠すより顕わるるとは。わが空海なることを、この家の老婆に悟られか」
母親 「それ見てみいな。弘法大師さんや、南無大師金剛遍照、南無大師金剛遍照」
倅 「お母ん、あんたがしょうもないこと言うやさかい、つけ上がってあんなこと言うてんのや。
あいつは茶臼山あたりから出て来る乞食坊主や。
わしゃよう顔知ってるねん。な、そやろがな」
僧 「ああ、また悟られた」
落語用語解説
- 戒名書き – 寺社の参道などで戒名を代筆する商売人。お彼岸には特に多く並んだ。
- 風鐸(ふうたく) – 塔の軒先に吊るす金属製の鈴。風に揺れて音を出す。
- 托鉢僧 – 鉢を持って施しを求めて歩く修行僧。乞食坊主と呼ばれることも。
- 弘法大師 – 空海のこと。真言宗の開祖で、入滅後も日本中を廻国しているという伝説がある。
- 茶臼山 – 大阪の天王寺近くにある丘。乞食や浮浪者が住み着いていた場所として知られた。
- 三題噺 – 三つの独立した短い噺を一席にまとめた落語の形式。
よくある質問(FAQ)
Q: 「四百ブラリ」というオチの意味は?
A: 茶店主人が二人から二百文ずつ、合計四百文の賄賂を受け取ったことを示しています。「シヒャク」と「四百」を掛け、風鐸がブラリとぶら下がっていることも掛けた言葉遊びです。
Q: 「また悟られた」の面白さは?
A: 「悟る」という言葉を、弘法大師としての正体を見抜かれることと、乞食坊主としての正体がバレることの両方に使う皮肉が効いています。どちらも「本当の自分」を見抜かれたという意味になります。
Q: なぜ三つの話をまとめているのですか?
A: 天王寺という共通の舞台を持つ短い滑稽噺を組み合わせることで、飽きさせず次々と笑いを提供する工夫です。それぞれ異なるタイプのオチを楽しめます。
名演者による口演
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の重鎮。三つの話の緩急を見事につけ、それぞれのオチを際立たせました。
- 笑福亭松鶴(六代目) – 上方落語の大御所。戒名書きの困惑と托鉢僧の厚かましさを絶妙に演じました。
- 桂枝雀(二代目) – 上方落語の名手。「四百ブラリ」のオチの間合いが秀逸でした。
関連する落語演目
同じく「天王寺」を舞台にした古典落語


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この噺の魅力と現代への示唆
「天王寺三題」は、三つの独立した滑稽噺を一席にまとめた上方落語の傑作です。それぞれに異なるタイプのオチがあり、言葉遊びと人間の欲深さを風刺しています。
「四百ブラリ」のオチは、両方から賄賂を受け取って曖昧に答える茶店主人の機転を描いています。現代でも、二股をかけて利益を得る人間の姿は変わりません。「また悟られた」は、虚勢を張る人間の滑稽さを痛烈に突いています。


