蛸芝居
3行でわかるあらすじ
船場の大店の家族全員が芝居好きで、日常的に芝居の真似事をして遊んでいる。
魚屋の魚喜が持ち込んだ蛸を酢ダコにするためすり鉢で伏せておくが、蛸も芝居に感化されて脱出を図る。
蛸が黒装束で刀を構えて旦那と戦い、墨を吹きかけて倒した後「蛸に当たられた」とオチをつける。
10行でわかるあらすじとオチ
船場の大店の家族全員が芝居好きで、朝は旦那が三番叟を踏んで皆を起こして回る。
定吉と亀吉に掃除を言いつけるが、二人は芝居がかった掃除をして子守でも芝居をする始末。
魚屋の魚喜がやって来て、これも芝居好きで「市川鯛蔵、河原崎海老十郎、中村蛸助」と役者名で魚を紹介する。
旦那が鯛と蛸を注文し、蛸は酢ダコにするためすり鉢で伏せておくよう指示する。
魚喜が鯛をさばいていると井戸につるべを落とし、定吉と一緒に「怪しやな」「いぶかしやなあ」と芝居を始める。
犬にブリを取られた魚喜が追いかけに行き、定吉と旦那も芝居がかった会話をしてしまう。
すり鉢の中の蛸が酢ダコにされるのを嫌がって脱出し、前足二本を結んですりこ木を差して刀にする。
墨を体中に吹きかけて黒装束になった蛸が出刃包丁を手に台所の壁を切り始める。
音を聞いて旦那が台所に行くと、蛸は旦那の顔に墨を吹きかけて当て身を食らわせ倒してしまう。
勝ち誇った蛸が「明石の浦へ急ごう」と去り、戻った定吉に旦那が「蛸に当たられた」と言って二重の意味のオチとなる。
解説
「蛸芝居」は上方落語の中でも特に荒唐無稽な設定で知られる演目で、芝居好きの一家の日常から始まって蛸が主人公になるという斬新な構成が特徴的です。船場の商家を舞台にした店噺でありながら、最終的には蛸が人間のように芝居をするという超現実的な展開へと発展していきます。
この噺の最大の見どころは、芝居という文化が人間から動物(蛸)にまで「感染」していく様子です。家族全員が芝居に夢中で日常生活まで芝居がかりになっている環境が、ついには食材である蛸にまで影響を与えてしまうという発想は、落語ならではの自由な想像力の産物です。蛸が「前足二本を結んで、そこへすりこ木を差して一本刀」という描写は、聴衆の想像力を最大限に刺激します。
魚喜による「市川鯛蔵、河原崎海老十郎、中村蛸助」という役者名での魚の紹介は、実在の役者名をもじった洒落で、当時の観客には馴染み深いネタでした。これらの名前は江戸時代の人気役者をパロディ化したもので、魚の名前との語呂合わせが絶妙です。
オチの「蛸に当たられた」は、食中毒の「蛸に当たった」と芝居に「当てられた」(感化された)という二重の意味を持つ地口オチです。蛸との格闘に負けた旦那が、物理的にも精神的にも「蛸に当たられた」状況を表現した秀逸な言葉遊びで、この演目の特徴である芝居への執着というテーマを見事に集約しています。
また、蛸が最後に「明石の浦へ急ごう」と言うのは、明石が蛸の名産地であることから、故郷に帰るという設定を表しており、地域性も取り入れた演出となっています。
あらすじ
船場のある大店、旦那から番頭、丁稚、女中(おなごし)、乳母(おんば)に至るまで全部が芝居好き。
毎晩、仕事が終わってからも芝居の真似事をしたりして遊んでいて、朝はなかなか起きてこないので、旦那は三番叟を踏んで起こしに回っている。
旦那は定吉と亀吉に表の掃除と水まきを言いつける。
二人寄せればもう掃除も芝居がかってきて、旦那は、「定吉は奥の仏壇の間、亀吉は中庭の掃除をしなはれ」と、二人を離す。
定吉は一人になっても位牌を持って仇討ちの芝居を始めた。
旦那「あーあ、もうここはええ、乳母の代わりに坊(ぼん)のお守をしといで」、定吉「・・・よう泣く子やな、かなわんな。
待てよ、子どもを抱いてする芝居・・・お家騒動。忠義な奴(やっこ)が主人の和子(わこ)様を懐(ふところ)に入れて落ちて行くとこ・・・♪寝んねこせーえ、お寝やれやー・・・♪・・・」
これを中庭から見ていた亀吉「ぼんぼん抱いて落ちて行くとこやな。そや、こういうとこへは追手がかかるもんや」、走り出して箒(ほうき)で定吉に打ってかかる。
定吉は「おうー、」と坊を放り出して手で受け止めた。
子どもの泣き声でびっくりして旦那が飛んで来る。「早う坊を乳母に預けなはれ。
もう二人は店番をしまひょ。今度芝居したら店を放り出すさかい、ええか」
二人で店番をしていると、魚喜がやって来た。
これがまた大の芝居好き。
暖簾をくぐったところで、定吉が「ようよう、魚屋ぁ-、魚屋ぁー」
魚喜「・・・やっとまかせのな。えぇー、旦那様、今日は何ぞ御用はござりませぬか」
旦那 「お前までが芝居してくれたらどんならんわい・・・今日は何があるんや」
魚喜 「へえ、手島屋茣蓙(ござ)をはねのけて、市川鯛蔵、河原崎海老十郎、中村蛸助」
旦那 「そんな阿保なこと言うて。
その鯛と蛸もらおうか。
酢ダコにするさかい、走り(台所)へ持って行て、すり鉢で伏せといてや。鯛は三枚におろして、造りと焼き物にするさかいそのつもりで」
魚喜 「へへい、鯛蛸両名、きりきり歩めえー」、魚喜が井戸端で鯛を芝居がかりでさばいていると、井戸側に乗せておいたつるべに手が当たって、つるべは井戸の中に、ザブーン。
魚喜「はて、怪しやな」、定吉が駆け寄って来て「いぶかしやなぁー」と、また芝居が始まった。
旦那 「魚喜、芝居してるところやあらへんで。表の盤台から横町の赤犬がブリくわえて逃げて行たで」
魚喜 「遠くへ行くまい。あとを追いてぇー」と駆け出すと、定吉も「魚喜一人で心もとなし。この定吉も・・・」とあとを追いそうな仕草。
旦那もつり込まれて、「こーれ、定吉、血相変えていずれへ参る」
定吉「旦さん、あんたかて芝居してなはるがな」。
旦那は定吉に酢ダコの酢を買いにやらせる。
家の中に一刻、静寂さが訪れて旦那は長火鉢の前で一服吸い始めた。
さあ、さいぜんからの様子を聞いていたすり鉢の中の蛸が酢ダコにされてはたまらんと脱出を図る。
すり鉢の下を持ち上げて抜け出し、前足二本を結んで、そこへすりこ木を差して一本刀。
墨を体中に吹きかけて黒装束で出刃包丁を手にして台所の壁を切り破り始めた。
ゴトゴトする音で旦那が台所へ行って見るとこの有様。
芝居っ気を出して蛸の後ろへ回り、刀(すりこ木)をつかむと、蛸は振り返って旦那の顔めがけて墨をプー。
目を押さえてよろめく旦那に蛸は「えィ」と当て身を食らわせた。
たまらず旦那は「うーん」とそこへ伸びてしもた。
蛸は勝ち誇って見栄を切って「口ほどにもないもろい奴。長居は無用、追手のかからぬうちに早う明石の浦へ急ごうぞ」。
帰って来た定吉、芝居がかって「旦那様どうなさりました。・・・旦那様いのう・・・」
旦那 「定吉かぁ、遅かったぁ」と、まだ芝居してる。
定吉 「いったい、どないしなはった」
旦那 「定吉、黒豆三粒(蛸の中毒の毒消し)持て来てくれ。蛸に当てられた」
落語用語解説
- 船場(せんば) – 大阪市中央区の商業地区。江戸時代から大商人の町として栄えた。
- 三番叟(さんばそう) – 歌舞伎や能の祝儀舞踊。めでたい場面で舞われる。
- 乳母(おんば) – 子どもの世話をする女性。上方では「おんば」と呼ぶ。
- 走り(はしり) – 上方の言葉で台所のこと。
- すり鉢 – 蛸を酢ダコにする際、逃げないよう伏せておく器。
- 黒豆三粒 – 蛸の中毒の毒消しとされた民間療法。
よくある質問(FAQ)
Q: 「蛸に当てられた」というオチの意味は?
A: 「蛸に当たった」(食中毒)と「当てられた」(芝居に感化された)の二重の意味です。蛸との格闘で負けたことと、蛸まで芝居をするようになった状況を掛けています。
Q: 「市川鯛蔵、河原崎海老十郎」とは?
A: 実在の役者名をもじった洒落です。市川團蔵、河原崎權十郎などの人気役者の名前に、鯛や海老などの魚の名前を組み合わせた言葉遊びです。
Q: 蛸が「明石の浦へ」と言う理由は?
A: 明石は蛸の名産地として有名です。故郷に帰るという意味で、地域の特産品を活かした洒落になっています。
名演者による口演
- 桂米朝(三代目) – 上方落語の重鎮。蛸が芝居をする場面を臨場感たっぷりに演じました。
- 笑福亭松鶴(六代目) – 上方落語の大御所。芝居好きの家族の掛け合いが絶妙でした。
- 桂春団治(三代目) – 上方落語の名手。荒唐無稽な設定を自然に聞かせる技術が光りました。
関連する落語演目
同じく「芝居・役者」がテーマの古典落語


同じく「食べ物・魚」がテーマの古典落語


荒唐無稽な設定の古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「蛸芝居」は、芝居好きの一家から蛸までが芝居に感化されるという荒唐無稽な設定で知られる上方落語の傑作です。食材である蛸が黒装束で旦那と戦うという超現実的な展開は、落語ならではの自由な想像力の産物です。
「蛸に当てられた」という二重の意味のオチは、芝居への執着というテーマを見事に集約しています。何かに夢中になりすぎる現代人への風刺としても楽しめる名作です。


