たばこ好き
3行でわかるあらすじ
たばこ好きの職人が六郷の渡しで一服していると、もっとたばこ好きだという商人が現れ、次々と様々な銘柄を差し出す。
職人は信濃の生坂、水府の赤土たばこ、野州の野口など全て言い当てるが、しつこく迫られて渡し舟で対岸の寺に逃げ込む。
和尚にかくまってもらい「もうたばこはこりごり」と言うが、落ち着くと「まずは一服」と言ってしまう。
10行でわかるあらすじとオチ
たばこ好きの職人風の男が六郷の渡しの土手で自慢の大きな煙管で一服している。
そこへ背負い小間物屋の商人風の男が現れ、「自分の方がたばこ好き」だと主張する。
商人は箱から様々な煙管や火入れを取り出し、佐倉炭で火をつけるのが最高だと言う。
次々と出されるたばこを職人は見事に言い当てる:信濃の生坂、水府の赤土たばこ、野州の野口、秦野の上等品、国府の車田。
商人は感心するがますますしつこく迫り、たばこを次から次へと差し出してくる。
さすがの職人も「もうけっこう、たくさんだ」と言うが、商人は「弱音を吐くな」としつこく追いかけてくる。
職人は六郷の渡し舟に飛び乗って対岸に渡り、小さな寺に駆け込んで和尚に事情を話す。
和尚が商人をごまかしてくれて、ようやく追手から逃れることができた。
職人は「もうたばこはこりごり」と言って安堵する。
しかし落ち着くと「落ち着いたところで、まずは一服」と言ってしまう性オチで終わる。
解説
「たばこ好き」は、人間の性分や習性の根深さを描いた古典落語の「性オチ」の代表作です。江戸時代から明治時代にかけて、たばこは庶民の重要な嗜好品であり、品質や産地にこだわる愛好家も多く存在しました。
この噺の見どころは、まず職人と商人の専門的なたばこ談義です。信濃の生坂、水府の赤土たばこ、野州の野口、秦野の上等品、国府の車田など、実在の銘柄が次々と登場し、当時のたばこ文化の豊かさを物語っています。特に「薩摩たばこは天候で作り、秦野たばこは技術で作る。水府たばこは肥料で作り、野州たばこは丹精で作る」という口上は、各産地の特徴を的確に表現した名文句として知られています。
また、六郷の渡しという実在の地名を舞台にすることで、物語にリアリティを与えています。六郷の渡しは現在の東京都大田区と神奈川県川崎市を結ぶ多摩川の渡し場で、江戸時代には東海道の重要な交通路でした。
オチは「性オチ」の典型で、どんなにたばこに懲りたと言っても、結局はたばこ好きの性分は変わらないという人間の性質を軽やかに描いています。「もうたばこはこりごり」から「まずは一服」への転換は、聞き手に「やっぱりそうか」という納得と笑いを同時に与える巧妙な構成になっています。
この作品は、専門知識を披露する楽しさと、人間の性分の不変性というテーマを巧みに組み合わせた、落語の技巧が光る名作といえます。
あらすじ
たばこ好きの職人風の男が、六郷の渡しあたりの土手に腰かけて、自慢の特製の大きな煙管(きせる)で一服している。
そこへ背負い小間物屋のような商人風の男が近づいて来て、
商人風の男 「大きな立派な煙管ですな。お見受けするところ、あなたはたいそうたばこがお好きでございますな」
職人風の男 「こんないい天気の日に、のんびりと景色を見ながら喫(の)むたばこは、また格別というもんでさあ。失礼ながらあなたもたばこ好きと見えますがね」
商人風 「へぇ、たばこ好きのほうじゃ誰にも負けないという自信はございます。失礼だが、あたしに比べればあなたはまだ素人ですねぇ」、この男、たばこにはかなりのこだわりがあるようで、背負っていた風呂敷を解くと、中にはたばこや喫煙具が入った箱で、上の引出しには、たばこによって使い分けるというさまざまな煙管、下の引出しには火入れがあって、すでに火が入っている。
商人風 「どうも、火打石や何かでたばこを喫んでも美味くありません。
ここに入っている佐倉炭の炎でつけて喫むのが最高の味わいがあります。どうぞこれを一服・・・」と、煙管を差し出した。
一服吸って、
職人風 「おや、これは珍しいたばこだ。あたしも久しく吸ってないが、これは信濃の生坂ですな」
商人風 「なるほど、見上げたものだ。
信濃の生坂が分かるようでは、お前さんもなかなかたばこ好きですな。ではこれを一服どうぞ」
職人風 「これは水府たばこの中でも上等な赤土たばこだ」
商人風 「へぇ、たいしたもんですな。それじゃこれは」
職人風 「うむ、この柔らかい喫み口は野州の野口だね。"薩摩たばこは天候で作り、秦野たばこは技術で作る。水府たばこは肥料で作り、野州たばこは丹精で作る"、といわれるとおりですな」
商人風 「これは思った以上の通人だ。これはどうです」
職人風 「これは秦野の上等品だ。秦野も裏葉(うらは)だが、元葉(もとは)と裏葉はまた味の違うところがある」
商人風 「ほぉ、恐れ入った。じゃぁ、これはどうだい」
職人風 「うむ、これは国府(こくぶ)だ。国府にもいろいろあるが、車田だねこれは」、出されたたばこの銘柄を当てて行くが、次から次と差し出されるたばこはきりがない。
さすがのたばこ好きも怖じ気づいて、
職人風 「いやもうけっこう、たくさんだ、もう充分に喫んだ」
商人風 「お前さんもたばこ好きだ、このくらいで弱音を吐かないで、さあもう一つ」、としつこく迫られて、こりゃたまらんと逃げ出すと、
商人風 「お〜い、たばこの好きな人、少し待っておくれよ」と、しつこく、どこまでも追いかけてくる。
六郷の渡し舟に飛び乗って対岸に渡って小さな寺に入って、和尚に事情を話し、「・・・もうたばこはこりごり・・・」と言ってかくまってもらった。
まだ追って来た商人風の男を和尚はごまかしてくれて男は行ってしまった。
やっと追手とたばこから解放されて、
職人風 「おかげ様で助かりました。
ようやくこれで落ち着きました。落ち着いたところで、まずは一服・・・」
落語用語解説
- 煙管(きせる) – 刻み煙草を吸うための道具。金属製の雁首と吸い口を竹で繋いだもの。
- 六郷の渡し – 現在の東京都大田区と神奈川県川崎市を結ぶ多摩川の渡し場。東海道の重要な交通路だった。
- 佐倉炭 – 千葉県佐倉産の良質な炭。火持ちが良く、煙草に火をつけるのに最適とされた。
- 生坂(いくさか) – 長野県東筑摩郡生坂村産の煙草。香りが良いことで知られた。
- 水府たばこ – 茨城県水戸(水府)産の煙草。赤土たばこは上等品とされた。
- 性オチ – 登場人物の性格や習性が変わらないことで落ちをつける落語のオチの種類。
よくある質問(FAQ)
Q: 「まずは一服」というオチの意味は?
A: 「もうたばこはこりごり」と言ったばかりの職人が、落ち着くとすぐに「まずは一服」と言ってしまう。たばこ好きの性分は変わらないという「性オチ」の典型です。
Q: 登場する煙草の銘柄は実在したのですか?
A: はい、信濃の生坂、水府の赤土たばこ、野州の野口、秦野、国府の車田などは全て江戸時代に実在した名産地の煙草です。
Q: なぜ商人はそこまでしつこく迫ったのですか?
A: 自分と同じくらいのたばこ通に出会えた喜びから、次々と自慢の煙草を試してもらいたかったのでしょう。同好の士を見つけた嬉しさが度を超してしまった様子が描かれています。
名演者による口演
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。職人と商人のやり取りを絶妙な間で演じました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。煙草の銘柄を言い当てる場面を知識豊かに演じました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 江戸前の名人。性オチの「まずは一服」を絶妙な間で演じました。
関連する落語演目
同じく「煙草」がテーマの古典落語


性オチ・人間の性分がテーマの古典落語


専門知識・通人がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「たばこ好き」は、人間の性分や習性の根深さを描いた古典落語の傑作です。信濃の生坂、水府の赤土たばこなど、実在の銘柄が次々と登場する煙草談義は、江戸時代の嗜好品文化の豊かさを物語っています。
「もうこりごり」と言った直後に「まずは一服」という性オチは、依存症や習慣の根深さを軽妙に描いており、現代の様々な嗜好品にも通じる普遍的なテーマです。


