将軍の賽
3行でわかるあらすじ
黒船来航の国家存亡の危機に、江戸城の大名たちは暇つぶしに博打に熱中していた。
将軍が博打を発見して賽の意味を問うと、井伊掃部頭が機転を利かせて各目を徳川政治体制に結び付けて説明する。
最後に御三家の説明で水戸を入れると「テラ(寺・博打の親)がつぶれる」という絶妙なオチで締める。
10行でわかるあらすじとオチ
黒船来航で国家存亡の危機の時代、水戸藩は寺の釣鐘を大砲に見せかけて異人を脅そうとした。
一方、江戸城の大名たちは暇を持て余し、こっそり博打に熱中していた。
ある夜、「勝負!」の声を聞いた将軍が現場に乗り込んで博打を発見する。
将軍が賽を手に取り「これは何じゃ」と問うと、井伊掃部頭が慌てて言い訳を考える。
一つの目は「唯一無二の将軍家」、六つの目は「六十余州と尺貫法」と説明。
四つの目は「徳川四天王(酒井・榊原・井伊・本多)」、三つの目は「御三卿」と続ける。
五つの目は「御老中」、二つの目は「紀伊・尾張の御両家」と見事に政治体制と結び付ける。
将軍が「御三家というのになぜ水戸を入れぬ」と追及する。
井伊が「水戸を入れますと、テラがつぶれます」と答える。
これは寺の釣鐘事件と博打の親(テラ)をかけた絶妙なオチとなっている。
解説
「将軍の賽」は黒船来航という歴史的大事件を背景にした政治サティア落語の傑作です。幕末の混乱期における徳川幕府の実態を皮肉たっぷりに描いており、単なる笑い話を超えた社会批評の要素を持っています。
この噺の最大の見どころは、井伊掃部頭による賽の目の機転に富んだ説明です。博打道具である賽を「わが国の宝物」と言い張り、各目を徳川政治体制の要素に結び付ける発想は見事な機知といえます。一から六まですべての目に対応する説明を即座に思いつく話術は、落語家の技量が試される場面でもあります。
オチの構造も非常に巧妙で、二重の意味を持つ言葉遊びとなっています。「テラがつぶれる」は、表面的には水戸藩の寺の釣鐘徴収事件を指しますが、同時に博打における「テラ(寺・親)」が成り立たなくなることも意味します。この歴史的事実と博打用語を重ね合わせた洒落は、当時の観客にとって時事的な笑いを提供したでしょう。
また、国家存亡の危機に博打に興じる大名たちの描写は、当時の為政者への痛烈な批判でもあります。「治にいて乱を忘れず」と言いながら実際は平和ボケした将軍の姿も含め、幕府の実情を風刺した作品として歴史的価値も高い演目です。
あらすじ
♪"きのう勤皇、あしたは佐幕・・・"と、世情騒がしい頃、浦賀沖に黒船がやって来て、「泰平の眠りを覚ます上喜撰(じょうきせん) たった四杯で夜も眠れず」と、大騒ぎだ。
水戸の殿様は寺々から釣鐘を出させ、これを八つ山の上に並べて大砲に見せかけ、異人たちを驚かそうとした。
異人たちはそのアホらしさに驚いたが、坊主どもは釣鐘を取られて寺がつぶれると驚いて困った。
その時の落首に、「仏法を鉄砲にした水戸っぽう四方八方公方貧乏」
一方、江戸城に勤番の大名はやることもなく暇でしょうがない。
ある大名が退屈なので賽コロを持ち出し、城内で他の大名連中と博打を始めた。
さすがに昼間は人目をはばかりながら、こっそりとやっていたが、夜になると裃(かみしも)を脱いで向こう鉢巻で、「丁方ないか、ないか。ないか丁方」、「コマが揃いました」、「勝負!」と、市中の賭場も顔負けの熱気がむんむんだ。
ある晩、「勝負!」 という声が将軍の耳に入った。
将軍 「治にいて乱を忘れず、かような夜中に勝負を争うとは末頼もしい。ひとつ見届けてつかわそう」 と、黒船来航で国家存亡の危機なのに、平和ボケしたバカ殿様が襖を開けて入ってきた。
夢中で賭博に熱中している大名たちは将軍の御成なんぞ気づくはずもない。
すると将軍さん賽コロに目をとめて、ひょいと摘まみ上げて、
将軍 「これは何じゃ」、 慌てた大名たちの中から、井伊掃部頭が進み出て、
井伊 「恐れながら申し上げます。これは東西南北天地陰陽をかたどりまして、彫り刻みましたるわが国の宝物にござりまする」
将軍 「しからば、一つ目の刻みのあるは何じゃ」
井伊 「恐れながら、わが国で唯一無二の将軍家をかたどりましたるものでござりまする」
将軍 「裏の六つの目は・・・」
井伊 「日本は六十余州、六尺をもって一間とし、六十間をもって一丁、 六六、三十六丁をもって一里といたしまする」
将軍 「四つは・・・」
井伊 「徳川家代々の四天王の酒井・榊原・井伊・本多でございます」
将軍 「裏返して三つは」
井伊 「清水・田安・一橋の御三卿で・・・」
将軍 「五つはなんじゃ」
井伊 「御(五)老中にござります」
将軍 「二つは」
井伊 「紀伊・尾張の御両家で・・・」
将軍 「なに!御三家と申すになぜ水戸を入れぬ」
井伊 「水戸を入れますと、テラ(寺・博打の親)がつぶれます」
落語用語解説
- 黒船 – ペリー率いるアメリカ艦隊。嘉永6年(1853年)に浦賀に来航し、幕末の大事件となった。
- 上喜撰(じょうきせん) – 高級茶の銘柄。蒸気船(じょうきせん)と掛けた狂歌で黒船騒動を詠んだ。
- テラ(寺) – 博打用語で賭場の親元のこと。水戸の寺の釣鐘事件と博打の親を掛けている。
- 御三家 – 徳川将軍家を補佐する三つの親藩。尾張・紀伊・水戸の各徳川家。
- 御三卿 – 将軍家に次ぐ家格を持つ三家。田安・一橋・清水の各徳川家。
よくある質問(FAQ)
Q: 「テラがつぶれます」というオチの意味は何ですか?
A: 水戸藩が寺の釣鐘を大砲に見せかけるため徴収したという史実と、博打の親(テラ)が成り立たなくなることを二重に掛けた言葉遊びです。
Q: 井伊掃部頭は実在の人物ですか?
A: はい、井伊直弼のことを指していると思われます。幕末の大老として桜田門外の変で暗殺されたことで有名です。
Q: この噺は実話に基づいていますか?
A: 黒船来航や水戸藩の釣鐘事件は史実ですが、博打の場面や賽の目の説明は創作です。政治サティアとして作られた落語です。
名演者による口演
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。政治風刺の妙を格調高く演じました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 井伊と将軍の掛け合いを軽妙に演じました。
- 柳家小三治(十代目) – 人間国宝。幕末の空気を丁寧に描きました。
関連する落語演目
同じく「政治風刺」がテーマの古典落語


将軍・大名がテーマの古典落語


博打がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「将軍の賽」は、黒船来航という歴史的大事件を背景にした政治サティア落語の傑作です。国家存亡の危機に博打に興じる大名たちの姿は、当時の為政者への痛烈な批判でもあります。
井伊掃部頭による賽の目の機転に富んだ説明は見事な機知で、一から六まですべての目を徳川政治体制に結び付ける発想が光ります。
最後の「テラがつぶれます」は、歴史的事実と博打用語を重ね合わせた高度な言葉遊びで締めくくる秀逸なオチです。


