紫檀楼古木
紫檀楼古木(したんろうふるき) は、没落して羅宇屋に身を落とした狂歌の名人が、新造との見事な狂歌の応酬を繰り広げる知的な言葉遊び落語。**「羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~」**という羅宇屋の掛け声を模した品のあるオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 紫檀楼古木(したんろうふるき) |
| ジャンル | 古典落語・滑稽噺 |
| 主人公 | 紫檀楼古木(狂歌の名人)・新造(粋な若妻) |
| 舞台 | 薬研堀の粋な家の前 |
| オチ | 「羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~」 |
| 見どころ | 紫檀楼と新造の狂歌の応酬、牛若と弁慶の掛詞、女中の名前間違い |
3行でわかるあらすじ
狂歌の名人・紫檀楼古木が番頭に店を潰され、羅宇屋として歩く身に落ちていた。
ある家で新造から煙管の修理を頼まれるが、「汚い爺さん」と言われて狂歌で応酬。
新造が名人と知って羽織を贈ろうとするが、「羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~」で辞退するオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
狂歌の名人・紫檀楼古木は煙管の羅宇問屋の主人だったが、番頭に店を潰されてしまう。
今は「羅宇屋ぁ~煙管ぅ~」と声をかけて羅宇のすげ替えをしながら歩いている。
ある家で新造から煙管の羅宇の取り替えを頼まれるが、新造は「汚い爺さん」と連発で文句を言う。
紫檀楼は狂歌で「牛若のご子孫なるかご新造のわれを汚穢し(むさし・武蔵)と思い給いて」と返す。
新造も「弁慶と見たは僻目(ひがめ)かすげ替えの錐もあり才槌もあり」と狂歌で応酬。
紫檀楼も「弁慶にあらねど腕の万力は煙管の首を抜くばかりなり」と続ける。
新造が紫檀楼古木の名前を見て驚き、旦那の羽織を贈ろうとする。
女中が「とたんろうぶりき」と間違えて呼び、羽織を差し出す。
紫檀楼は破顔一笑し、「あたくしはこの荷を担げばこのとおり」と言い、
オチ:「羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~」と羅宇屋の掛け声で羽織を辞退する言葉遊び。
解説
「紫檀楼古木」は、狂歌という文学をモチーフにした作品で、江戸時代の知識人の没落と矜持を描いた知的な落語です。紫檀楼古木は実在した狂歌師で、江戸時代後期に活躍しました。羅宇とは煙管の中央部分の竹の筒で、これが壊れると取り替えの必要がありました。
作品の最大の見どころは、紫檀楼と新造の狂歌の応酬です。最初の狂歌「牛若のご子孫なるかご新造のわれを汚穢し(むさし・武蔵)と思い給いて」は、「汚い(むさい)」と「武蔵坊弁慶」を掛けた秀逸な掛詞で、牛若丸(源義経)と武蔵坊弁慶の主従関係を暗示した機智に富んだ返しです。新造が「弁慶と見たは僻目か」と即座に切り返すところに、この女性の教養の高さが表れています。
最後の「羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~」は、羅宇屋の掛け声「羅宇屋ぁ~煙管ぅ~」を模した言葉遊びで、「荷物を担ぐと羽織のように見えるから、もう着ているのと同じ」という機転で羽織を丁重に辞退する品格あるオチです。没落しても教養と粋を失わない紫檀楼の矜持が凝縮された一言であり、施しを受けることを良しとしない文人の気骨が感じられます。
女中が「紫檀楼古木」を「とたんろうぶりき」と言い間違える場面は、教養のない者と教養人との対比を描くとともに、緊張した場面をほぐす笑いとして機能しています。この名前の間違いも、「紫檀」を「トタン」、「古木」を「ブリキ」に変えるという、高級素材を安物素材に置き換えるズレが笑いを生んでいます。
成り立ちと歴史
「紫檀楼古木」は江戸時代後期に成立した古典落語で、狂歌ブームの全盛期である天明・寛政年間(1780年代〜1790年代)の文化を背景としています。この時期は大田南畝(蜀山人)をはじめとする狂歌師が江戸文化の花形として活躍しており、狂歌は武士から町人まで幅広い層に親しまれていました。紫檀楼古木という名の狂歌師は実在したとされ、その波乱の人生が落語の題材となりました。
羅宇屋は江戸時代から明治時代にかけて実在した職業で、煙管の竹筒部分(羅宇)を取り替える行商人です。「羅宇屋ぁ~煙管ぅ~」という独特の掛け声で町を歩き回り、路上で煙管の修理を行いました。煙管が日常的に使われていた時代ならではの職業であり、その掛け声は江戸の風物詩として人々の記憶に残っています。
この噺は、三遊亭圓生(六代目)が狂歌の部分を格調高く演じたことで広く知られるようになりました。圓生は教養落語を得意とし、狂歌の応酬を聴衆にわかりやすく伝える手腕に定評がありました。柳家小さん(五代目)は紫檀楼の人間的な温かみを強調した演じ方で、異なる味わいの口演を見せました。現代では演じ手が限られる演目ですが、言葉遊びの妙を味わえる貴重な噺として根強い人気があります。
あらすじ
狂歌の名人の紫檀楼古木(したんろうふるき)は、煙管(きせる)の羅宇(らお・らう)問屋の主人だったが、商売をまかせた番頭に店を潰され、毎日、市中を「羅宇屋ぁ~煙管ぅ~」と、羅宇のすげ替えに歩いていた。
ある寒い晩秋の夕方、もう帰ろうと薬研堀にさしかかると粋な造作の小綺麗な家の前で呼び止められて、女中からその家の新造の銀の煙管の羅宇の取り替えを頼まれて、家の出窓の下で仕事に取り掛かった。
すげ替え賃を渡す女中について出窓の所まで来た新造がどんな羅宇屋なのかと下を見ると、小汚い爺さんが座っている。
若くていい男で役者のような羅宇屋を期待していた新造は、「あんな汚い、むさ苦しい爺さんになぜ頼んだ」と、女中に当たっている。
女中は、「たいがいの羅宇屋は汚い爺さんで・・・・」、新造「でも汚な過ぎるじゃないか」と、「汚い、汚い」の連発だ。
紫檀楼も自分の身なり姿を見て"汚い"のは納得で、怒ることも出来ないが、半紙に何かすらすらと書いて、「これをご新造さんへ」と、女中に渡した。
女中はいやいやながら新造に渡すと、達者な筆で、「牛若のご子孫なるかご新造のわれを汚穢し(むさし・武蔵)と思い給いて」、新造はびっくりして紙に「弁慶と見たは僻目(ひがめ)かすげ替えの鋸もあり才槌もあり」と、見事に返した。
これを読んだ紫檀楼も「弁慶にあらねど腕の万力は煙管の首を抜くばかりなり ふるき」、新造は「まあ、面白いねぇ・・・」で、名前を見てまたびっくり。
汚い羅宇屋の爺さんは旦那の狂歌の先生の、そのまた上の先生の紫檀楼古木だったのだ。
新造は旦那の綺麗な羽織を取り出して女中に渡し、「これを持ってって、よくお詫びをしておくれ。・・・拙い狂歌なんぞもお見せして、赤面の至りでございます。・・・お寒い折、お風邪でも召しませぬよう、どうぞこの羽織をお召しください」と、丁寧に渡すようにと言い含める。
紫檀楼と新造の間を訳も分からず何度も行ったり来たりして、他の用事も出来ない女中は、これで最後かと紫檀楼の所へ行き、うやうやしく羽織を差し上げ、「もしもし、そこへおいでの羅宇屋さま・・・あなた様は"とたんろうぶりき"とかおっしゃる先生だそうで・・・・・いざ、この羽織をお召しあそばせぇ・・・」
思はず破顔一笑した紫檀楼 「面白いお女中だ。いやいやお羽織はいただきませんで・・・あたくしはこの荷を担げばこのとおり、"羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~"」
落語用語解説
- 狂歌 – 和歌の形式(五七五七七)を使った滑稽な歌。江戸時代に流行し、知識人の教養として親しまれました。
- 羅宇(らう) – 煙管の中央部分にある竹の筒。これが壊れると取り替えの必要がありました。
- 羅宇屋 – 煙管の羅宇を取り替える職人。「羅宇屋ぁ~煙管ぅ~」という掛け声で町を歩きました。
- 新造 – 若い人妻のこと。この噺では粋な女性として登場します。
- 紫檀楼古木 – 江戸時代後期に実在した狂歌師。この噺の主人公のモデルです。
よくある質問(FAQ)
Q: 「羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~」というオチの意味は何ですか?
A: 羅宇屋の掛け声「羅宇屋ぁ~煙管ぅ~」を模して、「羽織はもう着ている」という意味を込めた言葉遊びです。荷物を担ぐと羽織のように見えるから要らないという機智に富んだ辞退です。
Q: 最初の狂歌「牛若のご子孫なるか…」の意味は何ですか?
A: 「汚穢し(むさし)」と「武蔵坊弁慶」を掛けています。新造が牛若丸(源義経)の子孫なら、自分を武蔵坊弁慶と見立てているのかという機転の利いた返しです。
Q: 紫檀楼古木はなぜ羅宇屋になったのですか?
A: 番頭に店を潰されて没落したためです。元は煙管の羅宇問屋の主人でしたが、商売を任せた番頭の不始末で店を失い、自ら羅宇のすげ替えをして歩く身となりました。
Q: 女中が「とたんろうぶりき」と言い間違えたのはなぜ面白いのですか?
A: 「紫檀」は高級木材、「古木」は古い木という風流な名前ですが、「トタン」は安い金属板、「ブリキ」は安物の金属と、高級素材を安物素材に言い換えてしまった滑稽さが笑いを生んでいます。
Q: この噺に登場する新造はなぜ狂歌が詠めるのですか?
A: 新造の旦那が狂歌の弟子筋であることが後半で判明します。旦那の先生のさらに上の師匠が紫檀楼古木でした。粋な家柄で教養のある新造だからこそ、即座に狂歌で切り返すことができたのです。
名演者による口演
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。狂歌の応酬を格調高く演じました。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。紫檀楼の品格を保った演技で知られました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 新造との掛け合いを軽妙に演じました。
- 三遊亭圓窓(五代目) – 狂歌の解説を丁寧に織り込み、聴衆にわかりやすく語る口演で評価されました。
関連する落語演目
同じく「言葉遊び・狂歌」がテーマの古典落語


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この噺の魅力と現代への示唆
「紫檀楼古木」は、狂歌という文学をモチーフにした知的な落語です。没落した知識人が、教養を失わずに生きる姿を描いています。
紫檀楼と新造の狂歌の応酬は、落語の言葉遊びの技法が存分に発揮された名場面です。牛若と武蔵坊弁慶をかけた機智に富んだ表現が光ります。
最後の「羽織(はおりゃぁ)~着てるぅ~」は、羅宇屋の掛け声を模した言葉遊びで、品のある辞退を表現した秀逸なオチです。
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