尻餅
3行でわかるあらすじ
大晦日が近づき、餅をつく金のない貧乏夫婦が見栄のために餅つきの芝居をする。
亭主が餅屋の声色を使い、女房の尻をペッタンペッタンと叩いて餅つきの音を真似る。
途中で女房が「あと二臼はおこわにして」と言い、叩く必要がないおこわで夫の苦労を断つオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
大晦日が近づき、近所では餅をついているのに、甲斐性のない亭主で餅屋も頼めない貧乏世帯。
見栄っ張りな女房は近所の手前、せめて餅つきの音だけでもさせてほしいと文句たらたら。
亭主は女房を黙らせる妙案として、餅屋を呼び込んで餅をつかせる芝居を提案する。
餅をつく音は女房の尻をペタペタと叩くという珍案で、女房も渋々承知する。
夜中に亭主が餅屋の声色で大声を出し、台所で女房の尻をペッタンペッタンと叩き始める。
女房は寒さと痛さとアホらしさで我慢の限界に達する。
女房が「餠屋さん、あと幾臼あるの?」と聞くと、亭主は「あと二臼です」と答える。
すると女房は「餠屋さんに頼んで、あとの二臼はおこわにしてもらっとくれ」と言う。
おこわは蒸すだけで臼で叩く必要がないため、女房の機智で夫の苦労が免れるオチ。
解説
「尻餅」は、貧乏夫婦の見栄と苦肉の策を描いた笑話で、江戸時代の庶民の生活事情をユーモラスに表現しています。
大晦日の餅つきは年越しの重要な行事で、それができない貧乏さは近所の恥でした。
亭主の珍案は女房の尻を臼代わりにして餅つきの音を真似るという破天荒なもので、女房の我慢と亭主の一人芝居が滑稽さを演出します。
最後の「おこわにして」というオチは、おこわが蒸すだけで臼で叩かない料理法であることを利用した機智で、女房が夫の苦労を巧妙に回避する見事な落ちです。
この作品は夫婦の駆け引きと庶民の知恵を描いた、温かみのある古典落語の代表作です。
あらすじ
大晦日が近づき、近所では餅をついているのに、亭主が甲斐性なしで餅屋も頼めない貧乏世帯。
見栄っ張りな女房は近所の手前、せめて餅つきの音だけでもさせてほしいと文句たらたらだ。
亭主はうるさい女房を黙らせる妙(迷)案を考えた。
景気よく餅屋を呼び込んで餅をつかせる芝居をしようというのだ。
餅をつく音は女房の尻をペタペタと叩くという珍案だ。
そんなはしたないことと、女房は渋ったが近所を見返してやりたい気持ちに負けて承知した。
夜中に、亭主が餅屋の声色(こわいろ)で、「親方、毎度ありがとうございます。餅つきに参りました」と近所に聞こえるように大声で怒鳴り、一人で何役も孤軍奮闘だ。
さあ、お次は臼の登場だ。
亭主は台所で女房の着物をまくって、手に水をつけ尻をペッタン、ペッタンと叩いて餅つきが始まった。
女房もしばらくは我慢していたが、寒いのと痛いのとアホらしさで、
女房 「あの、餠屋さん、あと、幾臼あるの?」
亭主 「へい、あと二臼です」
女房 「おまえさん、餠屋さんに頼んで、あとの二臼はおこわにしてもらっとくれ」
落語用語解説
- 尻餅 – タイトルは「尻を餅代わりに叩く」という意味と、「尻餅をつく(転ぶ)」の掛け言葉になっています。
- 臼(うす) – 餅をつくための道具。「一臼」「二臼」と餅をつく単位を表します。
- おこわ – 蒸したもち米の料理。臼で叩かずに蒸すだけで作るため、オチのポイントとなります。
- 声色(こわいろ) – 他人の声を真似ること。亭主が餅屋の声を真似る場面で使われます。
- 甲斐性 – 生活力、稼ぐ力のこと。「甲斐性なし」は働きのない亭主を意味します。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ「おこわにして」でオチになるのですか?
A: おこわは蒸すだけで臼で叩かない料理です。女房が「おこわにして」と言えば、亭主が尻を叩く必要がなくなり、苦労から解放されるという機智です。
Q: 大晦日に餅をつく習慣はなぜ重要だったのですか?
A: 年越しの餅は正月の重要な供え物で、餅をつけない家は貧乏の証でした。見栄っ張りな女房が音だけでも欲しがった理由です。
Q: この噺は江戸落語ですか上方落語ですか?
A: 江戸落語です。貧乏長屋の夫婦の見栄と苦肉の策を描いた、庶民的な滑稽噺として親しまれています。
名演者による口演
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。貧乏夫婦のやり取りを温かく演じました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。大晦日の情景を丁寧に描写しました。
- 古今亭志ん朝(三代目) – 軽妙な語り口で夫婦の駆け引きを楽しく表現しました。
関連する落語演目
同じく「大晦日・年末」がテーマの古典落語


夫婦の駆け引きがテーマの古典落語


貧乏・庶民の知恵がテーマの古典落語


この噺の魅力と現代への示唆
「尻餅」は、貧乏夫婦の見栄と苦肉の策を描いた温かみのある滑稽噺です。大晦日の餅つきという年中行事を通じて、庶民の生活と知恵をユーモラスに表現しています。
亭主の珍案は破天荒ですが、女房の「おこわにして」というオチは、機智に富んだ見事な切り返しです。
貧しくても知恵と工夫で乗り切ろうとする庶民の姿は、現代にも通じる普遍的な魅力があります。


