真景累ヶ淵②
3行でわかるあらすじ
富本師匠の豐志賀が弟子のお久への嫉妬で顔に腫れ物ができ、累のような恐ろしい姿になる。
鮨屋でお久の顔も突然豐志賀のように変わり、新吉は恐怖で逃げ出してしまう。
豐志賀は死の間際「新吉の妻を7人まで殺す」という恐ろしい呪いをかけて亡くなる。
10行でわかるあらすじとオチ
19年後、皆川宗悦の娘志賀は豐志賀という富本師匠になっている。
弟子の新吉と深い仲になるが、若い弟子お久も新吉と親しくなる。
豐志賀は嫉妬心から顔に腫れ物ができ、累のような恐ろしい顔になってしまう。
新吉は看病に疲れて外出し、お久と鮨屋で逢引をする。
鮨屋でお久の顔が突然豐志賀のように変わり、新吉は恐怖で逃げ出す。
勘蔵の家で豐志賀に会うが、駕籠に乗せて帰る途中で消えてしまう。
豐志賀は既に死んでおり、書き置きで恐ろしい呪いの言葉を残していた。
「新吉の女房を7人まで取り殺す」という怨念の呪いをかけて死去。
墓参りでお久と再会した新吉は、お久の顔が元の美しい顔に戻っている。
二人は下総へ駆け落ちするが、豐志賀の呪いが今後どう影響するかが暗示される。
解説
「真景累ヶ淵②」は、三遊亭圓朝の代表作「真景累ヶ淵」の後編にあたる古典怪談落語です。前編から19年後の物語で、嫉妬と怨念が生む恐怖を描いた傑作です。
この噺の最大の見どころは、鮨屋での怪異現象です。お久の顔が突然豐志賀の憑依によって変貌する場面は、落語の中でも屈指の恐怖シーンとして知られています。これは単なる幽霊話ではなく、生きている人間の嫉妬心が怨霊となって現れるという、人間の心の闇を描いた作品です。
豐志賀の「7人の妻を殺す」という呪いは、後の展開への重要な伏線となっています。累ヶ淵の怪談は連続する悲劇の物語であり、この呪いがどのように実現されていくかが後続の話で描かれます。圓朝の巧みな構成力と心理描写が光る、古典落語の中でも特に完成度の高い怪談噺です。
あらすじ
それから十九年の歳月が流れた。
皆川宗悦の長女の志賀は三十九才、根津七軒町で富本の師匠、豐志賀となって暮らしている。
張子連、経師屋連、狼連などの何とか師匠を口説き落とそうという連中を寄せ付けない堅い師匠で近所の評判もいい。
そこに日本橋石町の貸本屋へ奉公していたがそこを出て、下谷大門町の伯父の勘蔵の家へ帰って煙草を売り歩いていた二十一になった新吉が来る。
稽古をしたり豐志賀の家の手伝いをしているうちに深い仲になる。
亭主のような情夫のような弟のような新吉がいるところへは自然と稽古に来る人も減って来る。
だが、根津の総門口の小間物屋の羽生屋三五郎の娘のお久だけは相変わらずに稽古に来る。
家に居ると継母にいじめられるからだ。
年は十八で愛嬌のある顔立ちで、年の近い新吉とお久の仲はおのずから近づいて行く。
豐志賀は嫉妬心がむらむらで、稽古にかこつけてお久をつねったりしている。
継母と豐志賀につねられてたまったものではないが、新吉に会うのが楽しみでお久は通って来る。
そのうちに豐志賀の目の下にぽつんとできたできものが腫れ上がり、芝居のお岩とか累(かさね)のような顔になってしまった。
食も細くなってやせるばかりでついには寝込んでしまう。
よく看病する新吉を見ては、「あぁ、早く死にたい。そうすればおまえは好きなお久と一緒になれるじゃないか」と、心とは裏腹のことを言いだす。
看病疲れした新吉は豐志賀の寝た隙に表にふらりと出る。
大門町の勘蔵のところへ相談にでも行こうかと茅町から片側町まで来ると、向こうから提灯をつけて来たのはお久だ。
日野屋へ買い物に行くと言うお久を一緒に飯でも食べようと蓮見鮨に誘う。
鮨屋では若い二人に気を利かせて二階の四畳半に入れる。
お久は継母にいじめられるのにもう辛抱できないから下総の羽生の伯父の三蔵のところに行くつもりという。
新吉 「おまえさんが逃げるといえば、あたしが連れて逃げます・・・」
お久 「お師匠さんを置き去りにして、のたれ死にしてもわたしを連れて逃げてくださいますか」
新吉 「ほんとうに連れて行きます」、するとこの綺麗な娘の目の下にぽつりとできものができたと思うと腫れあがって、新吉の胸倉をつかんで、「ええ、おまえさんというかたは不実なかたですねえ・・・」、その形相に肝を潰した新吉は店から飛び出して大門町の勘蔵の家に走った。
勘蔵 「恩義のある大病のお師匠さんをほったらかして外へ出たらすまねえじゃねえか。師匠はあの身体で駕籠に乗って来ておまえがここにいるだろうと、さっきから奥で待っているよ」、そんな馬鹿なと恐々と奥の部屋に行くと確かにどてらを羽織った豐志賀がいる。
豐志賀 「・・・おまえとお久さんが夫婦になったら二人で看病して死に水を取っておくれ・・・」、勘蔵はあんつぼの駕籠を呼んで豐志賀を乗せる。
新吉が提灯を持って出ようとすると、根津七軒町の長屋から善六が来て、「あぁ、新吉さん、ずいぶんと捜しましたぜ。病人を置いて出て歩いては困りますね。・・・お気の毒におまえさんの留守の間に師匠はおめでたくなってしまいましたよ」
そんな馬鹿なと駕籠のところへ行って引き戸を開けると中はもぬけの空。
駕籠屋も「どなたかお女中がお乗りなすったが・・・」と狐につままれたようだ。
根津七軒町へ帰った新吉は早桶をあつらえ、湯灌をしようと布団を上げると、ぽとりと書き置きが落ちた。
それには、「・・・わたしが大病で看病人もないものを振り捨てて出るような不実な新吉とは知らずに、これまで亭主と思い真実を尽くしたのは実に悔しいから、この恨みは新吉にまつわりついて、この後、女房を持てば七人まではきっと取り殺すからそう思え」
ぞっとして震えが止まらない新吉は書き置きはそっと棺桶の中に入れ、小石川戸崎町の清松院に豐志賀を葬った。
三七日の法要で墓参りに行くと、誰か先に拝んでいる。
これがお久で、「こないだは鮨屋でわたし一人置いて急にお帰りになってしまわれて・・・」、見るとお久の顔にはでき物、腫れ物などはなく前にも増して綺麗な顔をしている。
新吉 「・・・気のせいでとんだ勘違いをしてすまなかった・・・」
お久 「・・・もうあんな母親の家には帰りたくありません。いっそのこと下総の伯父のところへ逃げて行きたいのですが、女一人で行かれもしないと・・・」
新吉 「それじゃあ下総へ一緒に行きましょう」、すぐに墓場から若い二人の駆け落ち、恋の逃避行の道行きが始まった。
落語用語解説
- 富本(とみもと) – 江戸時代の浄瑠璃の一流派。三味線音楽の一つで、師匠になるには相当の技量が必要でした。
- 累(かさね) – 下総国(茨城県)に伝わる怨霊伝説の女性。醜い顔で知られ、この噺では豐志賀の変貌を表現しています。
- あんつぼの駕籠 – 窓や引き戸のない簡素な駕籠。安価で庶民が利用しました。
- 虫が知らせる – 本能的に何かを感じ取ること。お園やお久が新吉の素性を知らずに嫌悪感を抱くことを表しています。
- 三七日 – 死後21日目の法要。仏教では49日間が中陰(死者の魂が次の世へ行くまでの期間)とされています。
よくある質問(FAQ)
Q: 豐志賀の「7人の妻を殺す」という呪いは本当に実現するのですか?
A: このシリーズの後続の話で、この呪いが新吉の人生に影響を与えていく様子が描かれます。
Q: 鮨屋でお久の顔が変わったのは何を意味していますか?
A: 生きている豐志賀の嫉妬心が怨霊となってお久に憑依したことを表しています。生霊(いきりょう)の表現です。
Q: なぜ新吉は豐志賀と深い仲になったのですか?
A: 新吉は実は深見新左衛門の息子で、その因縁が宗悦の娘である豐志賀との関係を運命づけたという設定です。
名演者による口演
- 三遊亭圓朝 – この作品の創作者。怪談落語の名手として明治時代に活躍しました。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。豐志賀の嫉妬と怨念を格調高く演じました。
- 立川談志 – 独自の解釈で怪談の心理描写を深く掘り下げました。
関連する落語演目
真景累ヶ淵シリーズ


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この噺の魅力と現代への示唆
「真景累ヶ淵②」は、嫉妬と怨念が生む恐怖を描いた怪談落語の傑作です。豐志賀の「7人の妻を殺す」という呪いは、後の展開への重要な伏線となっています。
鮨屋でお久の顔が豐志賀に変わる場面は、生きている人間の嫉妬心が怨霊となって現れるという、人間の心の闇を描いた秀逸なシーンです。
圓朝の巧みな構成力と心理描写が光る、古典落語の中でも特に完成度の高い怪談噺です。


