三助の遊び
3行でわかるあらすじ
銭湯の三助・権助が幇間の次郎八に両替商の若旦那と偽って吉原へ連れて行かれる。
銭湯用語と遊郭用語を混同しながらも何とか楽しんでいたが、花魁に起こされた時に寝ぼけてしまう。
「釜が壊れて早じまい」と言ってしまい、三助だということがバレてしまう。
10行でわかるあらすじとオチ
柳湯の三助・権助が釜の故障で早じまいになり浅草をぶらついていると幇間の次郎八に出会う。
次郎八は権助を蔵前の両替商の若旦那ということにして吉原の小見世へ連れて行く。
若い衆が「お流連(連泊)になりますか」と聞くと権助は「流し(背中洗い)はやらない」と勘違い。
女たちが「白木の三宝でひねりっぱなしはごめん」と言うと、権助は銭湯の正月三が日の祝儀のことかと思う。
次郎八が遊郭では「白木の三宝」は使い捨て、「ひねりっぱなし」は一晩きりの意味だと説明する。
花魁が「叩かれちゃうまらない」と言うと、権助は銭湯で羽目板を叩くと水を埋めることと勘違い。
次郎八が必死にフォローして何とか夜になり、権助はいびきをかいて寝てしまう。
梯子の音と上草履の音がして、相方の花魁が部屋に入ってきて権助を揺り起こす。
寝ぼけた権助は花魁に「あら、お休みなの?」と聞かれると反射的に答える。
「へえ、釜が壊れて早じまいで」と銭湯の話をしてしまい、正体がバレるというオチ。
解説
三助の遊びは、銭湯で働く三助が吉原で若旦那になりすます廓噺の代表作である。
銭湯と遊郭という全く異なる世界の専門用語を混同する権助の勘違いが笑いの源泉となっている。
「流し」「白木の三宝」「叩く・埋める」など、同じ言葉でも場所によって意味が異なることを巧みに利用している。
幇間の次郎八が必死に権助をフォローする姿も見どころの一つで、江戸時代の幇間の仕事ぶりがよくわかる。
オチは寝ぼけて素の自分が出てしまうという自然な展開で、若旦那になりきれなかった庶民の悲哀も感じさせる。
江戸時代の銭湯文化と吉原文化の両方を知ることができる、文化史的にも価値のある作品である。
あらすじ
柳湯の三助の権助が"釜が壊れて早じまい"で浅草あたりをぶらついていると幇間(たいこもち)の次郎八が寄って来た。
次郎八は吉原へお供で遊びに行きたいと誘う。
権助は仕事仲間の辰公と吉原へ行って懲りている。
辰公が女たちの前で"古木集めて金釘ためてそれが売れたら豚を食う"なんて都都逸を聞かせたもんだからすっかりふられてしまったという。
次郎八は「手前がお供をするからには、必ずもてさせてみせる」といい、権助を蔵前の両替商の若旦那で大見世での遊びに飽きて、今晩は小見世で遊ぶ趣向ということにして吉原に繰り込む。
段取り通り小見世に上がり、次郎八は若い衆に「今日は若旦那が小見世遊びがしたいというのでお供をした。・・・御意に召せば、後のこともあろうから、そこは万事飲み込んで・・・」、
若い衆「・・・旦那様の御意にかなえば、お流連(おながし・連泊)になりますかな」、横から権助が「いやあ、わしは流し(湯客の背中を洗うこと)はやらねえでがす」と、ぶち壊しそうな事を言う。
次郎八は「若旦那は黙っていらっしゃい・・・」と、上手く受け流し、こんな調子だといつボロが出るやも知れず、早いお引けとする。「では、若旦那、おやすみなさい。ご用があったら次郎公と呼んでください」とお引けとなった。
廊下で女たちの話し声が聞こえる「可祝さん、今夜の人はおつだねえ、でも"白木の三宝で、ひねりっぱなし"はごめんだよ」、「次郎公、とうとう俺の商売があらわれた。
向こうの方で女子(おなご)同士が"白木の三宝で、・・・・ひねりっぱなしはごめんだよ"と、言ってるだ。はあ、三が日の番台があらわれたかな?」
次郎公 「ははは、正月三が日には銭湯じゃあ、番台の白木の三宝に客から祝儀をもらう仕来りですが、それじゃござんせんよ。この遊郭(さと)では、白木の三宝というのは掛け流しに使うもので、使い捨ててしまうもの。"ひねりっぱなしはごめん"というのは一晩きりじゃいやだと言葉で、銭湯とは関わりありゃあしませんで」
花魁 「左近さん、今夜あの人が来ているんだってねえ。お楽しみ、憎らしいねえ、叩いてやるよ」
花魁(左近) 「あっ、痛い、叩かれちゃ、うまらないやね」
権助 「叩かれちゃ、うまらねえと言ったが、おらあ、叩いたら、うめてやるべえじゃねえか」
次郎公 「そりゃあ、銭湯ではお客が羽目板を叩くと、水をうめますが、あれは、背中なんか叩かれちゃつまらないというこを言ってるんですよ」
女たちの話し声もなくなり静かになって権助はいびきをかいて寝てしまった。
しばらくすると、梯子をトントントン、廊下をパタンパタンと上草履の音がして、障子がすらりと開いて、相方の花魁(おいらん)が入って来た。
花魁 「あら、ちょっと、お寝(やす・休)みなの?」と揺り動かすと、
権助さん、寝ぼけ眼(まなこ)で、「・・・へえ、釜が壊れて早じまいで」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 三助(さんすけ) – 銭湯で客の背中を流したり、釜焚きなどの雑用をする男性従業員のこと。江戸時代の銭湯では欠かせない存在でした。
- 幇間(ほうかん) – 太鼓持ちとも呼ばれ、宴席で客を楽しませる職業。この噺では権助を若旦那に仕立てて吉原に連れて行く役割を担っています。
- 吉原 – 江戸時代の公認遊郭。大見世(大きな店)から小見世(小さな店)まで様々な規模の店がありました。
- お流連(おながし) – 遊郭で連泊すること。権助は銭湯の「流し」(背中を洗うこと)と勘違いします。
- 白木の三宝 – 神事に使う台のことで、遊郭では使い捨ての意味。銭湯では正月三が日に番台に置いて祝儀を受け取る習慣がありました。
- ひねりっぱなし – 遊郭では一晩きりの客のこと。権助は銭湯の祝儀(ひねり=紙に包んだ金)のことと勘違いします。
- 上草履(うわぞうり) – 遊郭の廊下で花魁が履く草履。パタンパタンという音が特徴的でした。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ三助が若旦那になりすませたのですか?
A: 幇間の次郎八が取り持ったからです。江戸時代の遊郭では身分や財力が重視されたため、幇間が客を「格上げ」して紹介することもありました。次郎八は権助を両替商の若旦那と偽って小見世に紹介しました。
Q: 銭湯用語と遊郭用語の共通点は偶然ですか?
A: 落語のために作られた設定もありますが、同じ言葉が場所によって異なる意味を持つことを巧みに利用しています。「流し」「白木の三宝」「叩く・埋める」など、言葉遊びの面白さがこの噺の核心です。
Q: オチの意味を教えてください
A: 権助は花魁に「お休みなの?」と聞かれ、寝ぼけて「釜が壊れて早じまいで」と銭湯の三助としての返事をしてしまいます。若旦那のふりをしていたのに、本業の三助であることがバレてしまう瞬間がオチです。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、廓噺の代表作として現在も演じられています。銭湯文化が薄れた現代では用語解説が必要になることもありますが、勘違いの笑いは普遍的な面白さがあります。
Q: 大見世と小見世の違いは何ですか?
A: 大見世は高級な遊郭で、花魁(太夫)がいて格式が高く、料金も高額でした。小見世は庶民的な遊郭で、比較的安価に遊べました。この噺では「大見世の遊びに飽きた若旦那が小見世で遊ぶ」という設定にしています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 三遊亭圓生(六代目) – 昭和の名人。銭湯と遊郭の風俗描写が精緻で、権助の素朴さと次郎八の機転を見事に演じ分けました。
- 古今亭志ん生(五代目) – 独特のとぼけた味わいで権助を演じ、寝ぼけてバレる場面の間が絶妙でした。
- 桂文楽(八代目) – 品格ある語り口で、遊郭の雰囲気を丁寧に描きました。
- 柳家小さん(五代目) – 人間国宝。庶民的な温かみで権助の人間味を表現し、観客の共感を誘いました。
関連する落語演目
同じく「廓噺」の古典落語



「勘違い・取り違え」がテーマの古典落語



「職人・庶民」を描いた古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
「三助の遊び」の魅力は、庶民が一夜だけ夢を見るという設定にあります。銭湯の三助という地味な仕事をしている権助が、若旦那になりすまして吉原で遊ぶという「シンデレラ」のような物語は、いつの時代も共感を呼びます。
しかし、権助は最後まで若旦那になりきれません。銭湯用語が口をついて出てしまい、寝ぼけて正体がバレてしまう。この「取り繕えない本性」というテーマは、現代のSNS時代にも通じるものがあります。どんなに背伸びをしても、本当の自分はいつか出てしまうものです。
また、幇間の次郎八が必死に権助をフォローする姿は、接待やおもてなしの原型とも言えます。客を楽しませるために機転を利かせ、ボロが出そうになると素早くカバーする。この技術は現代のサービス業にも通じる普遍的なスキルです。
実際の高座では、権助の素朴な勘違いと次郎八の焦りの対比が見どころです。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。


