三人兄弟
三人兄弟(さんにんきょうだい) は、船場の大店の道楽息子三人が幽閉から抜け出して遊びに行き、帰宅後に嘘をついた兄たちではなく正直に白状した三男が跡取りに選ばれるという上方落語の痛快な一席。**「あいつだけがホンマのこと言いよった」**というオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 三人兄弟(さんにんきょうだい) |
| ジャンル | 古典落語・廓噺 |
| 主人公 | 市松(三男)・作次郎(長男)・彦三郎(次男) |
| 舞台 | 大阪船場の大店・新町 |
| オチ | 「あいつだけがホンマのこと言いよった」 |
| 見どころ | 三人三様の遊びぶり、正直者が評価される逆転劇 |
3行でわかるあらすじ
船場の大店の道楽息子三人が二階に幽閉されるも、夜中に梯子で抜け出して遊びに行く。
翌朝帰宅時、長男と次男は謡の会や発句の会と嘘の言い訳をする。
三男の市松だけは正直に新町で遊んできたと言い、その正直さで跡取りに選ばれる。
10行でわかるあらすじとオチ
船場の大店の三人兄弟は全員が道楽者で、旦那は跡取り選びに頭を悩ませている。
長男の作次郎は上品な遊び、次男の彦三郎は垢抜けた遊び、三男の市松は荒い遊びをする。
道楽が過ぎて三人とも二階に幽閉されるが、作次郎が市助を買収して梯子を掛けさせる。
夜中に彦三郎が先に梯子で抜け出し、続いて作次郎も梯子で降りて新町へ向かう。
市松は兄たちがいないのに気づくと、梯子も使わず屋根から飛び降りて遊びに出かける。
翌朝、三人が一緒に店に帰ると、旦那が店先で待ち構えていた。
作次郎は「謡の会があった」と嘘をつき、彦三郎も「発句の巻開きがあった」と嘘をつく。
市松だけは「新町行って姫買いに行ってきた」と堂々と正直に言い放つ。
母親は市松の態度に嘆くが、旦那は「あいつだけが本当のことを言った」と言う。
正直者の市松が跡取りに選ばれるという、意外な結末で締めくくられる。
解説
「三人兄弟」は、船場商人の跡取り問題を題材にした大阪落語の代表作です。三人三様の道楽ぶりの描写が秀逸で、長男の上品な遊び、次男の垢抜けた遊び、三男の荒っぽい遊びという対比が見事に描かれています。特に市松の「河内縞の着物、南部表の五分高、八幡黒の鼻緒の神戸下駄」という出で立ちや、「懐には半紙を四つ折り」という喧嘩の負け支度の描写は、当時の遊び人の生態を活き活きと伝えています。
この噺の見どころは、二階からの脱出劇の巧みな演出です。買収された市助が梯子を掛け、三人が順番に抜け出すシーンは、それぞれの性格を表しています。特に市松が梯子も使わずに飛び降りるくだりは、彼の豪快な性格を端的に示しています。
オチは「逆さオチ」の一種で、嘘をついた兄たちではなく、正直に遊びを白状した市松が跡取りに選ばれるという意外性があります。商売には正直さが大切という商人の価値観を、道楽息子の話を通じて逆説的に描いた作品です。笑福亭松鶴の十八番として知られ、大阪落語の粋を感じさせる一席となっています。
成り立ちと歴史
「三人兄弟」は上方落語の古典演目で、江戸後期から明治にかけて成立したとされています。船場の商家を舞台にした噺は上方落語に数多く存在しますが、この噺は特に大阪商人の気質と価値観を色濃く反映しています。船場は江戸時代から明治にかけて「天下の台所」大阪の商業の中心地であり、暖簾を守るための跡取り選びは商家にとって最も重要な問題の一つでした。
新町遊郭は大阪を代表する花街で、1624年に開設されました。九軒と呼ばれる格式高い区画には吉田屋をはじめとする大店が軒を連ね、船場の旦那衆が上客として通っていました。この噺に登場する三人の遊び方の違いは、当時の花街文化の階層や流儀を反映しており、鉄無地の羽織に白足袋という上品な出で立ちから、河内縞に神戸下駄という荒っぽい風体まで、遊び人の生態を細かく描き分けています。
演者の系譜としては、六代目笑福亭松鶴がこの噺の代名詞的存在です。松鶴師匠は船場言葉を自在に操り、三人の性格の描き分けが絶妙でした。特に三男・市松の豪快な帰宅場面は松鶴師匠の十八番として知られています。三代目桂米朝も品格ある語り口でこの噺を演じ、船場商人の文化的背景を解説的に盛り込んだ高座は資料的価値も高いとされています。現在も上方落語を中心に演じられ、大阪の商家文化を今に伝える貴重な演目として親しまれています。
あらすじ
船場の大店の息子の三人兄弟は、みな道楽好きな極道者で旦那は誰を跡取りにしたらいいやらと頭が痛い。
一番上が作次郎で新町の九軒の吉田屋、キタは平鹿あたり、ミナミは宗右衛門町の富田屋あたりで遊んでいる。
その身なりはというと鉄無地の羽織に焦茶の紐、博多の帯、白足袋、畳表の堂島下駄というごく上品な風だ。
二番目の彦三郎は新町だと越後町、ミナミは中筋あたりで、着流しの雪駄ばき、ちょっと三味線の爪弾きで新内でもという垢の抜けた遊び。
三番目の市松は兄貴たち大違いで、船場の魚半てな遊び人と付き合ったりして、言葉つきから風体まで変わっている。 河内縞の着物、南部表の五分高、八幡黒の鼻緒の神戸下駄を履いて、懐には半紙が四つ折りを入れ、喧嘩の時はこれを水に浸 して額へ当て、その上から鉢巻をして刃物が通らないよう、切られても血が目に入らんようという、始めから負ける支度を整えている。
そんなら最初(はな)から喧嘩なぞしなければいいのだが。
遊び方もどじょう汁か何かで冷酒をあおって、新町の吉原筋から松島あたりを流して歩こうと手荒い。
三人とも極道が過ぎて二階へ幽閉の身となった。
作次郎は今日は新町の女と約束がある。
手水場から外を通り掛かった市助を呼び、夜になったら裏手の屋根に梯子を掛けるように頼む。
市助 「それだけは堪忍しとくなはれ。もしもあとで旦さんに知れたら、わたしこの町内へ置いてもらわれしまへん」
作次郎 「お前が人に言えん病気もろうて来て、銭もなくて困ってるときに、道修町から薬買うて来てやったこと忘れたんか。・・・お前の欲しがっていた煙草入れと、別に一分あげるよって・・・」と、市助を買収し脱出作戦の交渉が成立した。
さて、その晩、作次郎は弟たちが寝てしまった頃を見計らって部屋を抜け出して屋根へ下り、市助に合図して梯子を掛けさせる。
屋根の端で小便をしている隙に、作次郎が抜け出した気配を感じた彦三郎が梯子を下りて、そのまま行ってしまった。
続いて作次郎も梯子を下りて、市助に煙草入れと一分金を渡して新町に直行して行った。
部屋に一人だけ残った市松さん、早くから寝て目が覚めてしまった。
兄貴たちは寝ているものと思って二人に語りかけるように、ぺらぺらと新町の女のことなんかを喋り始めた。
やっと二人がいないのに気づいて、
市松 「あっ、二人ともいやがれへん、よし、俺も行てこましたれ・・・」と、梯子なんかは使わずに屋根から道へポイッと飛び降りてそのまま遊びに行ってしまった。
翌朝、新町通りでばったり会った作次郎と彦三郎が新町橋まで来ると市松に声を掛けられる。
三人で一緒に店に帰ると、店先に旦那がでんと座っている。
まずは作次郎が入って、「昨晩、謡の会がございまして、・・・まことに会が盛り上がりまして夜通し・・・」
旦那 「嘘つきなはれ、夜通しで謡の会なんて。はよ、二階へ上がって大人しくしてなはれ」
、続いて彦三郎 「実は昨晩、宗匠のうちで巻開きがございまして・・・早よ、帰ろうと思いましたんやけど抜けられずに、つい夜通し・・・」
旦那 「もう、分った、分った。
嘘つきなはれ。二階へ上がりまひょ」、さてどん尻に控えしが、
市松 「親父、婆、いま帰ったぞ。
こらぁ、お帰りなさいと出迎えんかい! わしゃ、新町行て来たんじゃ、姫買いに行って来たんじゃい、嘘も隠しもせんねや。
おい、茶沸いたら知らせ、飯食うたるさかいに、支度がでけたら二階へ持って来い。どない思てけつかんねん。♪はあ、テトロシャンシャン・・・」
おかみさん 「堪忍しとくなされ。三人も子ども産みながら、三人とも極道、兄たちは謡とか、発句の会とか言い訳してんのに、市松だけは親の前もはばからず姫買いやなんて・・・」と泣き出した。
旦那 「何も泣きなさることはない。うちの跡取りはあの市松に決まったよなもんや」
おかみさん 「まぁ~、選りに選って何であんな無茶もんを跡取りに?」
旦那 「あいつだけがホンマのこと言いよった」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 船場(せんば) – 大阪市中央区にある商業の中心地。江戸時代から明治にかけて、大阪を代表する問屋街として栄えました。船場の旦那といえば大商人を指します。
- 新町(しんまち) – 大阪を代表する遊郭があった地域。九軒と呼ばれる区画があり、吉田屋などの大店が軒を連ねていました。
- 姫買い – 遊女を買うこと、遊郭で遊ぶことを指す言葉。市松が堂々と口にした言葉です。
- 河内縞(かわちじま) – 河内地方で織られた木綿の縞織物。庶民的な普段着として親しまれ、遊び人や職人が好んで着用しました。
- 南部表の五分高 – 南部藩(現在の岩手県)産の藺草で作られた畳表の草履で、普通より五分(約1.5cm)高いもの。粋な遊び人のファッションでした。
- 巻開き(まきびらき) – 俳諧の連句を巻物に仕立てて披露する会のこと。彦三郎が言い訳に使った上品な遊びです。
- 極道(ごくどう) – 道楽が過ぎて正業に就かない者、放蕩者のこと。現代の「ヤクザ」とは意味が異なります。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ市松が跡取りに選ばれたのですか?
A: 旦那は三人の中で市松だけが正直に遊びに行ったことを告白したことを評価しました。商売において信用は最も大切であり、嘘をつかない正直さこそが商人として成功する資質と考えたのです。
Q: 三人の遊び方の違いは何を表していますか?
A: それぞれの性格を表しています。長男は上品で体裁を気にする性格、次男は垢抜けて要領が良い性格、三男は荒っぽいが裏表のない性格。この対比が噺の面白さを生んでいます。
Q: 市松の「負ける支度」とは何ですか?
A: 半紙を四つ折りにして懐に入れ、喧嘩の時に水で濡らして額に当て、その上から鉢巻をするというもの。刃物を防ぎ、切られても血が目に入らないようにする工夫で、最初から負けを想定した準備です。この設定が市松の無鉄砲さを表しています。
Q: 現代でも演じられていますか?
A: はい、上方落語を中心に演じられています。特に笑福亭松鶴の十八番として知られ、船場商人の文化や当時の遊び人の生態を伝える貴重な噺として親しまれています。
Q: 船場の商家ではなぜ跡取り選びが重要だったのですか?
A: 船場の大店は「暖簾(のれん)」という信用を何代にもわたって守り続けることが商売の基本でした。跡取りが放蕩者だと店の信用を失い、一代で潰れてしまう危険がありました。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 笑福亭松鶴(六代目) – この噺の代名詞的存在。大阪の風俗描写と三人の性格の描き分けが絶妙で、船場言葉を自在に操る名演でした。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。品格ある語り口ながら、三人の道楽ぶりを活き活きと描写。解説的な要素も加えた高座として知られています。
- 笑福亭仁鶴(三代目) – 温かみのある語り口で、市松の豪快さと正直さを愛嬌たっぷりに演じました。
- 桂春団治(三代目) – 伝統的な上方落語の語り口を守りながら、独特のテンポで演じる名手でした。
関連する落語演目
同じく「商家」を舞台にした古典落語



「遊郭・廓噺」の古典落語



上方落語の名作



この噺の魅力と現代への示唆
「三人兄弟」の魅力は、「正直者が馬鹿を見る」という世間の常識を覆すオチにあります。嘘をついてその場を取り繕った兄たちではなく、堂々と真実を語った市松が評価されるという展開は、痛快そのものです。
現代のビジネスシーンでも、失敗を隠蔽したり言い訳をしたりする人と、正直に報告する人とでは、長期的な信頼度が大きく異なります。「あいつだけがホンマのこと言いよった」という旦那の台詞は、時代を超えて響く真理を含んでいます。
また、三人の遊び方の描写は、江戸時代の大阪商人文化を今に伝える貴重な資料でもあります。上品な遊びから荒っぽい遊びまで、それぞれの階層や性格による違いが細かく描かれており、当時の風俗を知る手がかりとなっています。
実際の高座では、三人の性格の描き分けや、市松が帰宅する場面の豪快な口調が見どころです。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。
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