盃の殿様
3行でわかるあらすじ
気鬱になった殿様が吉原の花魁・花扇に惚れ込み、連日通い詰める。
参勤交代で国に戻った後も忘れられず、足軽に盃を持たせて返盃を繰り返させる。
箱根で別の大名が盃を飲み、その大名を探して足軽は今も彷徨っている。
10行でわかるあらすじとオチ
西国の殿様が江戸で気鬱になり、坊主が見せた錦絵から吉原に興味を持つ。
家老の反対を押し切り、吉原へ通い始めた殿様は花魁・花扇に一目惚れ。
連日連夜通い詰めるも、参勤交代で国へ戻ることになる。
別れの際、豪華な盃で酒を酌み交わし、花扇の襠(しかけ)をもらって帰国。
花扇が忘れられない殿様は、足軽の早見東作に盃を持たせて江戸へ走らせる。
花扇が盃を飲み干して返すと、東作は盃を持って国許へ戻る。
箱根山で大名行列の供先を横切り捕らえられた東作。
事情を話すと、その大名が盃を借りて一気に飲み干してしまう。
殿様は「もう一献差し上げよ」と命じるが、東作はどこの大名か聞き忘れていた。
オチ:東作は今もその大名を探して彷徨っているという。
解説
「盃の殿様」は、大名の酔狂と足軽の苦労を描いた滑稽噺です。
七合入りという巨大な盃を持って東海道を何度も往復させられる早見東作の姿が哀愁を誘います。
話の見どころは、殿様の度を越した恋煩いと、それに振り回される家臣たちの対応です。
特に、三百里を十日で走るという足軽・早見東作のキャラクターが効いており、彼の苦労が笑いを誘います。
オチは、別の大名がどこの誰かわからないため永遠に探し続けるという「永遠のループ」系の落ちで、足軽の運命の哀れさと殿様の酔狂ぶりを同時に表現しています。
吉原の描写も華やかで、江戸時代の大名の遊びの豪華さが伝わってきます。
あらすじ
西国のある大名家の殿様、江戸藩邸にいる間に気うつの病となって部屋に籠ったまま。
お付きの坊主が気晴らしになればと吉原の花魁(おいらん)の錦絵を見せるとその美しいこと、絵空事ではないかと疑いながらも行ってみたいと言う殿様。
家老の植村弥十郎を呼んでこのことを話すと、そんな悪所に大名の殿様が行くなどとんでもないと一蹴される。
殿様はすっかりすねて頭が痛いと言って、また引き籠ってしまった。
あわてた重役たちが相談し、医者の意見を聞くと気うつには気に入った気晴らしが一番の良薬と言う。
家老の弥十郎もそれならと、早速、大勢のお供を連れて吉原に乗り込む。
花魁道中で扇屋右衛門抱えの花扇にすっかり見惚れた殿様は、楊貴妃、小野小町より美しいとべた惚れ、ぞっこんだ。
裏を返さねば武士の名折れ、傾城に後ろを見せてはならじと連日連夜の通いづめとなった。
そのうちに参勤交代で国許へ戻らねばならなくなった殿様は花扇の襠(しかけ)を所望し、代わりに小判をうず高く積み、百亀百鶴を描いた七合入りの豪奢な盃で一献(いっこん)酌み交わし、最後の別れの宴を過ごし、殿様は翌朝江戸を発った。
国へ帰った殿様、一刻(とき)も花扇のことが忘れられない。
そこで殿様は早見東作という、三百里を十日で走る足軽に命じ、花扇に盃を届け、「返盃」をもらってくるよう言いつけた。
七合入りの盃をかついだ早見東作が江戸へ向かった。
届いた盃を見た花扇は喜んで一気に飲み、殿様にご返盃と来た。
気の毒なのは早見東作だ。
殿様の酔狂のため、また盃を持って東海道を国許へ、せっせと戻る。
ところが途中の箱根山で、大名行列の供先を横切って捕らえられ、あわや首が落ちるところを、事情を説明すると、その殿さまがまた粋な酔狂好きで、「大名の遊びはさもありたし。そちの主人にあやかりたい」と、盃を借りて一気に呑み干した。
早見東作、国許に着いてこの事を報告すると殿さま、「見事じゃ、もう一献差し上げて参れ」ときた。
あいにく東作先生、どこの大名だったか聞き忘れたので、どこを尋ねてもわからない。
いまだにどこかを探しているとか。
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- 気鬱(きうつ) – 気分が塞ぎ込んだ状態。現代で言うところのうつ状態や憂鬱な気分を指します。江戸時代には、閉じこもりがちな状態を気鬱と呼びました。
- 吉原(よしわら) – 江戸の公認遊郭。現在の東京都台東区千束付近にあり、江戸時代最大の花街として栄えました。
- 花魁(おいらん) – 吉原の遊女の中でも最高位の女性。美貌と教養を兼ね備え、大名や豪商しか相手にできない高級遊女でした。
- 花魁道中(おいらんどうちゅう) – 花魁が客の元へ向かう際の華やかな行列。特別な履物(高下駄)を履き、従者を従えて練り歩く儀式的な行進でした。
- 襠(しかけ) – 花魁の下着の一種。半襦袢のようなもので、花魁が特別な相手に贈る愛情の証とされました。
- 参勤交代(さんきんこうたい) – 江戸時代、大名が一年おきに江戸と領地を往復する制度。幕府が大名の経済力を削ぎ、統制するために設けた制度でした。
- 返盃(へんぱい) – 受けた盃を返すこと。酒を飲んだ後、盃を相手に返して再び注いでもらう儀式的な作法です。
- 裏を返す(うらをかえす) – 遊女に入れ込んで通い詰めること。遊廓用語で、客が夜通し遊んで朝まで過ごすことを指します。
- 三百里(さんびゃくり) – 距離の単位。一里は約3.9キロメートルなので、三百里は約1170キロメートル。江戸から九州北部までの距離に相当します。
よくある質問(FAQ)
Q: なぜ殿様は盃を往復させるという酔狂なことをしたのですか?
A: 殿様は花扇が忘れられず、直接会えない代わりに盃を通じて繋がりを感じようとしたのです。花扇が飲んだ盃を受け取ることで、間接的に彼女との絆を確認する、恋煩いの極致とも言える行動でした。
Q: 七合入りの盃は本当に存在したのですか?
A: 七合は約1.26リットルで、かなりの大容量です。実際にこのサイズの盃が使われたかは定かではありませんが、大名の豪遊ぶりを誇張して表現するための設定と考えられます。通常の盃は一合(約180ml)程度です。
Q: 早見東作はどのくらいの速さで走ったのですか?
A: 三百里(約1170km)を十日で走るということは、一日平均117kmを走る計算になります。これは現実的にはほぼ不可能な速度で、落語ならではの誇張表現です。江戸時代の飛脚でも一日40-50kmが限界でした。
Q: なぜ箱根で別の大名に盃を飲まれたのですか?
A: 箱根は東海道の要所で、多くの大名行列が通る場所でした。その大名も「粋な酔狂」を好む性格で、同じような遊びを楽しむ殿様の話に共感し、自分も参加したくなったのです。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂文楽(八代目) – 江戸落語の名人。格調高い語り口で大名の品格と酔狂ぶりを見事に演じ分けました。
- 古今亭志ん生(五代目) – 独特の崩した語り口で、足軽の苦労を哀愁たっぷりに表現しました。
- 柳家小三治 – 人間国宝。花扇との別れの場面を繊細に描き、殿様の恋心を丁寧に演じます。
- 春風亭一朝 – テンポの良い語り口で、足軽の往復の様子をリズミカルに演じます。
関連する落語演目
同じく「吉原」が舞台の古典落語



殿様が登場する古典落語



道中ものの古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
「盃の殿様」は、身分の高い者の酔狂と、それに振り回される庶民の苦労を描いた作品です。
殿様の恋煩いは純粋で切ないものですが、その結果として足軽の早見東作が何度も東海道を往復させられる――身分制度の理不尽さと、それでも主君に従わざるを得ない家臣の悲哀が滲み出ています。
七合入りという巨大な盃を持って三百里を十日で走るという設定は、明らかに誇張ですが、この非現実性が逆に殿様の酔狂ぶりを際立たせています。現代で言えば、上司の理不尽な命令に振り回されるサラリーマンにも通じる構図でしょう。
最後のオチは「永遠のループ」型で、東作がいつまでもその大名を探し続けているという結末は、哀愁と笑いが入り混じった秀逸な締めくくりです。聞き忘れたという単純なミスが、永遠の彷徨を生むという皮肉も効いています。
吉原の華やかさと花扇との別れの場面は、江戸時代の遊郭文化の一端を伝える貴重な描写でもあります。襠(しかけ)を所望し、小判を積むという豪華な遊びぶりは、当時の大名の経済力と遊興の規模を示しています。
現代でも、恋愛感情に振り回される人、上司の理不尽な命令に従う部下、そして些細なミスが大きな結果を招くという状況は、普遍的なテーマとして共感を呼びます。
実際の高座では、演者によって殿様の恋心の描写や足軽の苦労の表現が異なり、それぞれの個性が楽しめます。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。


