さじ加減
3行でわかるあらすじ
大阪の真面目な医者の息子・元益が芸妓のお花に恋をして身を持ち崩し、勘当されるが名医として成功する。
お花を身請けしようとして茶屋の加納屋に騙され、証文なしでお花を連れ戻そうとする加納屋と揉める。
奉行所での裁きで療治代千二百八十両を要求され、最後は奉行の「さじ加減」と「掬われた」の言葉遊びで解決。
10行でわかるあらすじとオチ
大阪の医者の息子・元益は真面目一方だったが、住吉神社参拝の帰りに茶屋で芸妓のお花に一目惚れする。
お花に入れ込んで親の金まで持ち出し、勘当されて平野町の長屋で医者を開業する。
腕が良く評判になって暮らしが楽になり、お花を身請けしようと加納屋に十両を払う。
しかし加納屋は三両で身請けしたと嘘をつき、十両を着服してしまう。
お花は元益のもとで元気になるが、加納屋が証文がないことを理由に連れ戻そうとする。
家主が仲裁に入るが解決せず、奉行所での裁きになる。
奉行は療治代と薬代を支払えと命じ、日に六両の薬代と一両の療治代で半年分千二百八十両となる。
加納屋と近江屋は大金を払えず示談を申し出て、お花の身請けが成立する。
家主が踏み割られた猫の皿代として二十両を要求し、加納屋は仕方なく支払う。
最後に婆さんが「奉行さんのありがたい、さじ加減のお蔭」と言い、家主が「みなが救(掬)われた」と応える。
解説
『さじ加減』は、大阪を舞台にしたお裁き物落語の代表作です。医者の「さじ加減」(薬の調合具合)と、奉行の裁きの「さじ加減」(程よい配慮)を掛けた巧妙な言葉遊びが特徴で、最後の「掬われた」との語呂合わせで見事にオチがつきます。
物語の見どころは、真面目な医者が恋愛で身を持ち崩すという人間らしい弱さと、その後の更生・成功という展開です。元益の人格の良さは、勘当後も「子どもから年寄り、貧乏人の分け隔てなく診る」という描写に表れており、最終的に彼が報われる結末への説得力を生んでいます。
加納屋というキャラクターは、大阪商人の悪い面を誇張した典型的な悪役です。十両を着服し、証文なしでお花を連れ戻そうとする卑劣さは、聞き手の怒りを買うと同時に、後の痛快な復讐への期待を高めます。また、猫の皿を踏み割るという行動は、彼の品性の下劣さを象徴的に表現しています。
奉行の裁きの巧妙さは、この噺の最大の見どころです。表面上は法に従って加納屋側の主張を認めながらも、療治代・薬代という別の角度から巨額の請求を成立させる手法は、江戸時代の司法制度の知恵を表現しています。「薬は医者のさじ加減じゃ」という言葉で元益に高く請求するよう促すなど、正義を実現するための配慮が見事に描かれています。
最後の言葉遊びは、単なるダジャレではなく、物語全体のテーマを集約した秀逸なオチです。「さじ加減」は医者の技術、奉行の裁きの妙、そして物事をうまく収める知恵を表し、「掬われた」は救済と同時に、お椀で掬うという動作も連想させる多層的な表現となっています。
あらすじ
大阪の瓦屋町の医者、阿部元渓の倅の年が二十五の元益は真面目一方。
寺社を巡るのが唯一の楽しみという変わり者。
ある日、友達の喜助と住吉神社に参った帰りがけににわか雨に遭う。
大社近くの茶屋の加納屋の軒下で雨宿りをしていたが、喜助の誘いで加納屋に上がった。
喜助が芸妓を一人呼ぶと、出て来たのが住吉小町と呼ばれている十八になるお花。
元益は飲めない酒を酌をされたが、お花に見とれてついガブガブ、正体もなく酔って家に駕籠で送られる始末だ。
それからというもの元益の加納屋通いが始まる。
ついには親の金も持ち出す有様で勘当の身となってしまう。
お花にも会えなくなった元益は平野町の小さな長屋に入り医者の看板を出す。
元より腕はよく、子どもから年寄り、貧乏人の分け隔てなく診るので大評判となって暮らしも楽になる。
余裕ができると思い出すのはお花のこと、自然と足は住吉さんの方へ向かって加納屋へ。
加納屋 「お花は先生がいずれ一緒になろうと言った言葉を信じましたんや。
先生がぷっつりお越しにならんようになって気を病んで寝込んでしまいました。お花は近江屋さんの抱え子で、うちに出させてもらってましたけど、こんな身体にしてしまって近江屋さんも怒っていますのや」
元益はお花を引き取って看病すると言うが、加納屋はいっそのことお花を身請けしてしまえと勧める。
加納屋は元益から十両の金を預かって近江屋に行って、「三両で身請けすると言うてんやけど、お花は病人ですさかいその三両は見舞金として受け取らずに・・・」と、ちゃっかり十両全部自分の懐に収めてしまった。
元益のところへ来たお花はみるみる元気になって行く。
元益の薬の調合のさじ加減がいいのか、いいや、思っていた人と一緒になれたことが一番の薬だろう。
すぐにお花は元益のそばでかいがいしく働くようになった。
名医と別嬪の看護婦さんという感じで評判が評判が呼び、この噂は加納屋の耳にも入った。
悪賢い加納屋はまたひと儲けを企んで元益の家にやって来る。
加納屋 「お花の身体が良うなったんなら、もう一辺座敷に出しますよって連れ戻しまひょ」
元益 「こないだ十両渡してお花は身請けしましたやろ」
加納屋 「近江屋さんから身請け証文もらいましたかいな。
書いた物が物を言いまんのや。証文がなければお花はまだ近江屋さんのもんや」、「そんな無茶な・・・」、言い争いが始まった。
これを聞いていた隣家の家主がやって来て二人の間に入って、
家主 「・・・とにかく今日のところはお引き取りになって、明日またわしの家に来てもらえますかな。悪いようにはせんよって・・・」ということで、加納屋は帰って行った。
翌朝、加納屋がそそくさと家主の家にやって来る。
手ぶらで来た加納屋から酒代、茶代、猫の鰹節代なんかをせしめ、
家主 「お花はんは座敷勤めはもうこりごりで、真っ平御免、もう住吉には戻りとうないと言うてますねん。
このまま黙ってお引き取りを。はいさよなら」と、門前払いだ。
怒った加納屋、正体を現して、「なに!こら、家主、本人が帰りとうない言うたかて、首に縄つけて引っ張ってでも帰るわい」、手荒なことをするかと思いきや、腕に自信が無いのか、
加納屋 「証文はこっちにあるのじゃ。出る所へ出たら証文が物を言うねんや」と、尻(ケツ)をまくって猫の皿を踏み割って帰って行った。
さあ、加納屋は西の御番所に訴えて小笠原伊勢守?のお裁きとなる。
奉行 「・・・証文なくして花の身請けは成り立つまい。
よって花は近江屋、加納屋に引き渡す。
これにて一件落着。一同の者、立ちませぇ~い」では、話にも落語にもならん。
奉行 「元益は大病の花をわざわざ自宅に引き取って療治したのであるな。その間の療治代、薬代は元益に払うたであろうな」
加納屋 「・・・いえ、それはまだで・・・これから支払おうと・・・」
奉行 「なに、まだとな。
元益、半年の間の花の療治代、薬代は高くついたであろうな。
薬は医者のさじ加減じゃ。高くついたであろうな」、折角、高く吹っ掛けろと奉行が言っているのに、
元益 「いいえ、お花のためなら薬代など結構で・・・」と、どこまでも真面目なのか世間知らずのお人良しなのか。
見かねた家主がアドバイスして、結局、薬代が日に六両、療治代が一両、半年の合計が千二百八十両となった。
奉行 「これ、加納屋、近江屋、千二百八十両、即金にて支払え。払う事できぬならば双方で示談とせよ」、これでほんとに一件落着となった。
さて困った近江屋が家主の家に相談に来る。
加納屋 「千二百八十両なんて大金はとても・・・家主さんに間に入っていただいて示談ということに・・・」
家主 「あぁ、さよか。
つまり千二百八十両は無しにする代わりに、お花はんは先生が身請けしたということに。はいはい、それで結構」、あまりのすんなりな展開に喜んで帰ろうとする加納屋に、
家主 「こないだおまえさんが踏み割った猫の皿代、二十両もらいまひょか」、あんな汚い皿が二十両とはだが、千二百八十両に比べればなんてこともないとあきらめて加納屋は帰って行った。
婆さん 「あの皿は夜店で二文で買うたんやがな。それを二十両で売るやなんて」
家主 「加納屋は先生から十両くすねてんねん。二十両じゃまだ足らんぐらいや」
婆さん 「そやな、けどこんなに丸う納まるというのも、お奉行さんのありがたい、さじ加減のお蔭ですなぁ」
家主 「うん、みなが救(掬)われた」
落語用語解説
この噺をより深く理解するための用語解説です。
- さじ加減(さじかげん) – 本来は薬の調合の際の量や配合の程度を意味する医学用語。転じて、物事をうまく収めるための程よい配慮や裁量を指します。この噺では医者の薬のさじ加減と奉行の裁きのさじ加減の二重の意味を持ちます。
- 身請け(みうけ) – 遊女や芸妓などの年季奉公人を金銭を払って自由の身にすること。契約を解消して引き取ることを指します。通常は証文(契約書)を交わして行われました。
- 加納屋(かのうや) – 茶屋の屋号。茶屋は遊興を提供する店で、芸妓を抱える揚屋と連携していました。この噺では悪徳商人の代表として描かれています。
- お裁き物(おさばきもの) – 奉行所での裁判を題材にした落語の一ジャンル。名奉行の機転や知恵で事件を解決する展開が特徴です。
- 西の御番所(にしのごばんしょ) – 大阪の町奉行所のこと。江戸時代の大阪には東西二つの町奉行所がありました。
- 両(りょう) – 江戸時代の貨幣単位。一両は現代の価値で約13万円程度とされます。千二百八十両は現代で約1億6千万円という巨額です。
- 北面の武士(ほくめんのぶし) – 院御所の警護を担当した武士。この噺では直接関係ありませんが、格式ある医者の家系を示唆しています。
よくある質問(FAQ)
Q: 奉行はなぜ千二百八十両という巨額の療治代を認めたのですか?
A: 証文がある以上、法的には加納屋側が有利でした。しかし奉行は正義を実現するために、別の角度から療治代・薬代という合法的な請求を認めることで、事実上加納屋に制裁を加えたのです。「薬は医者のさじ加減」という言葉で元益に高く請求するよう促すなど、巧妙に正義を実現しています。
Q: 加納屋はなぜ十両を着服できたのですか?
A: 加納屋は元益に「十両で身請けする」と言いながら、近江屋には「三両で身請けする」と伝え、差額の七両を着服しました。さらに「三両は見舞金として受け取らない」と言って、十両全額を自分の懐に入れたのです。証文を作らなかったのも、この不正を隠すためでした。
Q: 猫の皿はなぜ重要なのですか?
A: 猫の皿を踏み割る行為は、加納屋の品性の下劣さを象徴しています。また、二文で買った皿を二十両で売りつけることで、着服した十両の二倍を取り戻すという痛快な復讐になっています。
Q: 「掬われた」と「救われた」の違いは何ですか?
A: 「救われた」は助けられたという意味、「掬われた」はお椀などで掬うという動作を表します。最後のオチでは、奉行のさじ加減(匙で掬う)によって皆が救われたという二重の意味を持つ言葉遊びになっています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
- 桂米朝(三代目) – 人間国宝。格調高い語り口で大阪の町人文化を描き、奉行の裁きの場面を特に見事に演じました。
- 桂春団治(三代目) – 伝統的な上方の語り口で、加納屋の悪役ぶりと元益の純真さを対比的に表現しました。
- 桂文枝(六代目) – テンポの良い語り口で、裁判の場面を緊張感とユーモアを交えて演じます。
- 桂ざこば(二代目) – 豪快な語り口で加納屋の悪党ぶりを際立たせ、痛快な復讐劇として描きます。
関連する落語演目
同じく「お裁き物」の古典落語



医者が登場する古典落語



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この噺の魅力と現代への示唆
「さじ加減」は、正義を実現するための知恵と配慮を描いた痛快な作品です。
真面目な医者が恋愛で身を持ち崩すという人間らしい弱さ、その後の更生と成功、そして悪徳商人との対決という展開は、勧善懲悪の物語として非常に分かりやすく、聞き手の共感を得やすい構成になっています。
特に注目すべきは奉行の裁きの巧妙さです。証文がある以上、法的には加納屋側が有利な状況でしたが、奉行は療治代・薬代という別の角度から合法的に正義を実現します。これは現代の法律解釈や交渉術にも通じる知恵と言えるでしょう。
また、「さじ加減」という言葉には、医者の技術、奉行の裁量、そして物事をうまく収める知恵という三つの意味が込められています。最後の「掬われた」との言葉遊びは、単なるダジャレではなく、物語全体のテーマを集約した秀逸なオチになっています。
加納屋という悪役の描写も見事です。十両を着服し、証文なしでお花を連れ戻そうとし、猫の皿を踏み割るという一連の行動は、彼の品性の下劣さを象徴的に表現しています。そして最後に二文の皿を二十両で買わされるという復讐は、聞き手に痛快な満足感を与えます。
現代でも、契約書の不備を悪用する悪徳業者、弱い立場の人を搾取する構造など、この噺が描く問題は存在します。法の抜け穴を突かれても、知恵と配慮で正義を実現できるという希望を与えてくれる作品です。
実際の高座では、演者によって加納屋の悪役ぶりや奉行の威厳の表現が異なり、それぞれの解釈が楽しめます。機会があれば、ぜひ生の落語会や動画配信でお楽しみください。


