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【古典落語】応挙の幽霊 あらすじ・オチ・解説 | 掛け軸の美女幽霊と酒盛り!円山応挙の名画が生み出した究極の怪談コメディ

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話芸の殿堂-古典落語-応挙の幽霊
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応挙の幽霊

3行でわかるあらすじ

古道具屋が円山応挙の幽霊掛け軸を10両で売り、祝い酒を飲んでいる。
すると掛け軸から美女の幽霊が現れて、古道具屋と一緒に酒盛りを始める。
酔った幽霊が掛け軸の中で寝てしまい、翌朝「もう少し寝かせておきとうございます」。

10行でわかるあらすじとオチ

古道具屋が安く仕入れた幽霊の掛け軸を、お得意の旦那に10両で売ることになる。
旦那は手付けの1両を置いて帰り、翌朝品物を受け取りに来ることになった。
古道具屋は大儲けしたので、幽霊の掛け軸の前で一人で祝い酒を飲み始める。
すると掛け軸から美女の幽霊が抜け出してきて、古道具屋の前に座る。
幽霊は今まで恐がられて箱にしまわれていたが、酒を手向けてくれて嬉しいと言う。
自分は円山応挙が描いたものだと名乗り、本当なら20、30両で売れたと古道具屋は残念がる。
美女の幽霊のお酌で酒盛りが始まり、幽霊は都々逸を歌って上機嫌になる。
やがて幽霊は酔っ払って、掛け軸の中に帰って寝てしまう。
翌朝、約束通り旦那が掛け軸を受け取りに来るが、古道具屋は持参していない。
「どうして持って来なかった」と聞く旦那に、古道具屋は「もう少し寝かせておきとうございます」と答える。

解説

『応挙の幽霊』は、江戸時代の名画家・円山応挙の幽霊画を題材にした怪談噺の傑作です。応挙は実際に優れた幽霊画を多く描いており、その写実的な技法で描かれた幽霊は「まるで生きているよう」と評判でした。この噺は、そんな応挙の技量を前提とした設定が巧妙に活かされています。

物語の見どころは、恐ろしいはずの幽霊が実は人懐っこい美女として描かれていることです。今まで「恐い」「気味が悪い」と言われて箱にしまわれていた幽霊が、初めて親切にされて喜ぶ姿は、人間味あふれる温かみを感じさせます。酒を手向けてくれた古道具屋への感謝の気持ちや、都々逸を歌って楽しむ様子は、従来の怖い幽霊のイメージを覆す愛らしさがあります。

この噺の秀逸な点は、怪談でありながら全く怖くなく、むしろほのぼのとした人情味を感じさせることです。幽霊と人間が酒を酌み交わすという非現実的な設定でありながら、その交流は非常に人間的で温かく描かれています。

オチの「もう少し寝かせておきとうございます」は、幽霊が酔って寝ているという状況を、まるで大切な家族を気遣うような表現で締めくくっています。この言葉には、商売道具としての掛け軸ではなく、一晩を共に過ごした友人としての幽霊への愛情が込められており、古典落語らしい人情の深さを表現した名オチとなっています。

あらすじ

古道具屋が安く仕入れた幽霊の掛け軸を、訪ねて来たお得意の旦那に10両で売った。
品物は翌朝届けるということで、旦那は手付けの1両を置いて帰る。

古道具屋は大儲けしたので、幽霊の掛け軸の前で一人で祝い酒を飲み始める。
しばらくして人の気配を感じてあたりを見ると、幽霊が掛け軸から抜け出し前に坐って?いる。
これがいい女だ。

幽霊の女は、掛け軸を買われるたびに恐いとか、気味が悪いといわれ、すぐ箱の中にしまわれてしまっていたが、あなたが酒を手向け、お経を唱えてくれたので嬉しくなって出てきたのだという。
そして自分は応挙が書いたものだという。

応挙の真筆なら20,30両では売れただろうとちょっと残念がるが、美人の幽霊のお酌で酒盛りが始まる。
幽霊の女は都々逸など歌い出す上機嫌だ。「三途の川でも 棹(さお)さしゃ届く なぜに届かぬわが思い」なんて調子だ。

そのうちに幽霊の女は酔っ払って、掛け軸の中に帰って寝てしまう。
そのうちに朝になっても幽霊はまだ眠ったままだ。

お得意先の旦那は、古道具屋が朝に掛け軸を届けるというのに持ってこないのでやきもきしている。
そこへ、古道具屋が来る。
掛け軸は持って来ていないという。

旦那 「どうして持って来てくれなかった。店に置いておいてもしょうがないだろう」

古道具屋 「もう少し寝かせておきとうございます」

落語用語解説

円山応挙(まるやまおうきょ)

江戸時代中期から後期にかけて活躍した京都の画家(1733-1795)。写生を重んじた写実的な画風で知られ、円山派の祖となりました。特に幽霊画の名手として有名で、応挙が描いた幽霊は「足がない」のが特徴とされ、この表現が以後の幽霊画の定番となりました。代表作には「雪松図屏風」「保津川図屏風」などがあり、国宝・重要文化財に指定された作品も多数あります。この噺では、応挙の幽霊画があまりにも写実的であるため、掛け軸から幽霊が抜け出してくるという設定になっています。

古道具屋(ふるどうぐや)

古い家具、骨董品、掛け軸、書画などを仕入れて売る商売。江戸時代には古着屋と並んで庶民の生活に密着した商売でした。目利きが重要な職業で、安く仕入れて高く売るためには美術品の真贋を見極める技術が必要でした。この噺では、古道具屋が幽霊の掛け軸を安く仕入れたものの、それが円山応挙の真筆だと気づかずに10両で売ってしまい、後で20、30両で売れたと後悔する場面があります。

手付け(てつけ)

商品を購入する際の前金、内金のこと。売買契約が成立したことの証として、代金の一部を先に支払います。江戸時代の商習慣として一般的で、手付けを払った後に契約を解除すると手付け金は返ってきませんでした。この噺では、旦那が幽霊の掛け軸を10両で買うことを決め、手付けとして1両を置いて帰り、翌朝残りの9両を払って品物を受け取る約束をしています。

都々逸(どどいつ)

七・七・七・五の音数律で作られる定型詩。江戸時代末期に流行した庶民の歌謡で、恋愛や人情を題材にした情緒的な内容が特徴です。三味線の伴奏で歌われることが多く、花柳界や宴席で広く親しまれました。この噺では幽霊が「三途の川でも棹さしゃ届く、なぜに届かぬわが思い」という都々逸を歌う場面があり、幽霊の人間らしい感情が表現されています。

三途の川(さんずのかわ)

仏教において、死者があの世へ行く途中で渡るとされる川。生前の行いによって渡る場所が変わり、善人は橋を渡り、悪人は激流を渡らなければならないとされます。幽霊が歌う都々逸「三途の川でも棹さしゃ届く、なぜに届かぬわが思い」は、三途の川ですら棹(竹竿)を差せば届くのに、なぜ自分の思いは相手に届かないのか、という切ない恋心を表現しています。

お経を唱える(おきょうをとなえる)

仏教の経典を読誦すること。死者や霊を供養するために行われます。この噺では、古道具屋が幽霊の掛け軸の前で酒を手向け、お経を唱えたことが幽霊を喜ばせた理由となっています。幽霊は「今まで恐がられて箱にしまわれていたのに、初めて供養してもらえて嬉しかった」と語り、掛け軸から出てきます。古道具屋の優しさと人情が、幽霊との交流を生むきっかけとなったのです。

寝かせる(ねかせる)

この噺のオチで使われる多義的な表現。「寝かせる」には「眠らせる」という意味と、「保管する」「熟成させる」という意味があります。古道具屋が「もう少し寝かせておきとうございます」と言うとき、表面的には「掛け軸を店に保管しておきたい」という意味ですが、実際には「酔って寝ている幽霊をもう少し眠らせてあげたい」という二重の意味が込められています。この言葉の掛け合いが絶妙なオチを生んでいます。

よくある質問

円山応挙の幽霊画は実在するのですか?

円山応挙は実際に幽霊画を描いたことで有名な画家です。最も有名なのは「幽霊図」で、現在も京都の正伝永源院に所蔵されています。応挙の幽霊画の特徴は、従来の幽霊画と異なり「足がない」という表現方法を確立したことです。それまでの幽霊画は足まで描かれていましたが、応挙が足を描かないことで幽霊の浮遊感や非現実性を表現し、これが以後の幽霊画の定番となりました。また、応挙の写実的な画風により、幽霊があまりにもリアルに描かれたため、「まるで生きているよう」と評されました。この噺は、そんな応挙の技量の高さを前提にした設定で、掛け軸から幽霊が抜け出してくるという非現実的な展開に説得力を持たせています。応挙の幽霊画は現在も高く評価されており、美術館などで展示されることがあります。

なぜ幽霊は古道具屋の前に現れたのですか?

幽霊が古道具屋の前に現れた理由は、古道具屋が初めて幽霊を供養してくれたからです。幽霊は「今まで掛け軸を買われるたびに恐いとか気味が悪いと言われ、すぐ箱の中にしまわれてしまっていた」と語ります。つまり、誰もが幽霊を恐れるだけで、供養することはなかったのです。しかし古道具屋は、掛け軸を売って大儲けしたことを祝って、幽霊の掛け軸の前で酒を手向け、お経を唱えました。これは幽霊への供養であり、感謝の気持ちでもあります。古道具屋の優しさと人情に触れた幽霊は、初めて嬉しくなって掛け軸から出てきたのです。この設定は、怖いはずの幽霊が実は孤独で寂しい存在であり、人間の優しさを求めていたという、落語らしい人情味あふれる展開になっています。

オチの「もう少し寝かせておきとうございます」の意味を詳しく教えてください

このオチは、二重の意味を持つ絶妙な言葉遊びです。表面的には、旦那に対して「掛け軸をもう少し店に保管しておきたい」という意味に聞こえます。しかし実際には、「酔って掛け軸の中で寝ている幽霊をもう少し眠らせてあげたい」という意味です。古道具屋は一晩幽霊と酒を酌み交わし、楽しい時間を過ごしました。その幽霊が酔って寝ている姿を見て、まるで大切な友人や家族を気遣うような優しさで「もう少し寝かせておきたい」と思ったのです。この言葉には、商売道具としての掛け軸ではなく、一晩を共に過ごした友人としての幽霊への愛情が込められています。落語らしい人情の深さと、言葉の掛け合いの巧妙さが光る名オチです。また、「寝かせる」という言葉には「熟成させる」という意味もあり、酒や味噌を寝かせるように、掛け軸の価値を高めるという商売人の発想も含まれているかもしれません。

この噺は怪談噺なのに怖くないのはなぜですか?

「応挙の幽霊」が怪談噺でありながら怖くない理由は、幽霊を恐ろしい存在ではなく、人間味あふれる愛らしい存在として描いているからです。この噺の幽霊は、今まで恐がられて箱にしまわれていた孤独な存在であり、初めて親切にされて喜ぶ純粋な心を持っています。酒を手向けてくれた古道具屋への感謝の気持ちや、都々逸を歌って楽しむ様子は、従来の怖い幽霊のイメージを完全に覆しています。また、幽霊と人間が酒を酌み交わすという交流は、非常に人間的で温かく描かれており、怪談というよりも人情噺の要素が強くなっています。江戸時代の庶民は、幽霊を完全に恐ろしいものとしてだけでなく、時には親しみを込めて語ることもありました。この噺は、そんな江戸庶民の柔軟な死生観と、人間と霊の交流というファンタジーを巧みに織り交ぜた作品です。怖さではなく、ほのぼのとした温かみを感じさせる点が、この噺の最大の魅力です。

古道具屋が10両で売ったのは安かったのですか?

古道具屋が幽霊の掛け軸を10両で売ったのは、結果的には安すぎました。掛け軸が円山応挙の真筆だと分かった後、古道具屋自身が「応挙の真筆なら20、30両では売れただろう」と後悔しています。つまり、本来なら20両から30両、あるいはそれ以上で売れたはずなのに、応挙の作品だと気づかずに10両で売ってしまったということです。江戸時代の貨幣価値は現代とは異なりますが、10両は庶民にとっては大金でした。1両は現代の10万円程度とされることが多いので、10両なら約100万円、20両なら約200万円、30両なら約300万円程度の価値があったことになります。しかし古道具屋にとっては、幽霊との一晩の交流の方が、金銭的な損失よりも価値があったのかもしれません。このエピソードは、商売の損得よりも人情を大切にする江戸庶民の価値観を表現していると言えます。

名演者による口演

三遊亭圓生「応挙の幽霊」

六代目三遊亭圓生師匠による「応挙の幽霊」は、幽霊と古道具屋の交流を情感豊かに描いた名演です。圓生師匠は幽霊が掛け軸から出てくる場面を丁寧に演じ、幽霊の孤独と喜びを繊細に表現します。特に幽霊が「今まで恐がられて箱にしまわれていた」と語る場面では、その寂しさと古道具屋への感謝の気持ちが痛いほど伝わってきます。酒盛りの場面では、幽霊が都々逸を歌う様子を愛らしく演じ、怖い幽霊ではなく親しみやすい人物として描きます。オチの「もう少し寝かせておきとうございます」も、古道具屋の優しさと幽霊への愛情を込めた語り口で、聴衆の心を温かくします。

古今亭志ん朝「応挙の幽霊」

五代目古今亭志ん朝師匠の「応挙の幽霊」は、軽妙な語り口と情景描写の美しさが特徴です。志ん朝師匠は幽霊の美しさを強調し、古道具屋が幽霊を見た瞬間の驚きと魅了される様子を巧みに表現します。酒盛りの場面では、幽霊と古道具屋のやり取りをテンポよく演じ、二人の楽しい時間を活き活きと描きます。幽霊が酔って掛け軸の中に帰る場面は、どこか切なさも感じさせる演出で、一晩だけの儚い交流という情緒を表現しています。オチも軽妙でありながら温かみがあり、志ん朝師匠らしい洗練された名演となっています。

柳家小三治「応挙の幽霊」

柳家小三治師匠の「応挙の幽霊」は、自然体の語りと人物の心情描写が魅力です。小三治師匠は古道具屋の人柄を丁寧に描き、幽霊の掛け軸の前で酒を手向け、お経を唱える場面に古道具屋の優しさと人情を滲ませます。幽霊との酒盛りの場面では、二人の会話を自然に演じ、まるで本当に友人同士が語り合っているような親密さを表現します。幽霊が都々逸を歌う場面も、哀愁と楽しさが混ざり合った絶妙な演出で、聴衆の心に残ります。オチは淡々と語りながらも、古道具屋の幽霊への愛情が溢れる温かい締めくくりとなっています。

関連する落語演目

幽霊や怪談を題材にした噺

「死神」は、貧乏男が死神から教わった商売で金持ちになる噺。超自然的な存在との交流という点で、「応挙の幽霊」と共通するファンタジー要素があります。

「牡丹燈籠」は、幽霊の恋を描いた怪談噺。幽霊が人間と交流する点で、「応挙の幽霊」と共通するテーマがありますが、こちらは本格的な怪談です。

酒を題材にした噺

「芝浜」は、酒呑みの亭主と女房の人情噺。酒が重要な役割を果たす点で、「応挙の幽霊」の酒盛りの場面と共通します。

「目黒のさんま」は、殿様が秋刀魚を美味しく食べる噺。飲食を楽しむ場面が中心という点で、「応挙の幽霊」の酒盛りと通じます。

「小烏丸」は、酒と刀を巡る噺。酒が物語の重要な要素となる点で、「応挙の幽霊」と共通するテーマがあります。

古道具屋や骨董品を題材にした噺

「道具屋」は、古道具屋を舞台にした噺。古道具屋という職業を題材にしている点で、「応挙の幽霊」と直接的な共通点があります。

「井戸の茶碗」は、古道具屋が関わる人情噺。骨董品の売買と人情を描く点で、「応挙の幽霊」と共通する要素があります。

「猫と金魚」は、掛け軸に描かれた絵が動き出す噺。絵が動き出すというファンタジー要素で、「応挙の幽霊」と共通するテーマがあります。

この噺の魅力と現代への示唆

「応挙の幽霊」の最大の魅力は、恐ろしいはずの幽霊を温かく人間味あふれる存在として描いている点にあります。この噺が教えてくれるのは、「外見や先入観に惑わされず、相手の本質を見る」ことの大切さです。幽霊という恐ろしいイメージの存在も、実は孤独で寂しい心を持っており、人間の優しさを求めていました。現代社会でも、外見や肩書き、評判などの先入観によって人を判断しがちですが、この噺は相手の本当の姿を見ることの重要性を教えてくれます。

古道具屋が幽霊の掛け軸の前で酒を手向け、お経を唱える場面は、「思いやり」と「供養の心」を表現しています。現代では宗教的な行為が形骸化しがちですが、この噺は死者や霊を供養することの意味を問いかけています。供養とは単なる儀式ではなく、相手への思いやりと感謝の気持ちを表す行為です。古道具屋の優しさが幽霊を喜ばせ、二人の交流を生むきっかけとなったように、現代でも他者への思いやりが人間関係を豊かにすることを示唆しています。

幽霊が都々逸を歌う場面は、「孤独な存在も楽しみや喜びを求めている」ことを表現しています。幽霊は今まで恐がられて箱にしまわれていましたが、初めて親切にされたことで、歌を歌い、酒を楽しむという人間的な喜びを表現します。現代社会でも、孤独や疎外感を抱える人々が多く存在します。この噺は、そうした人々にも楽しみや喜びを見つける権利があり、他者との交流がその鍵となることを教えてくれます。

古道具屋が10両で売った掛け軸が実は20、30両の価値があったという展開は、「目先の利益にとらわれない」ことの大切さを示しています。古道具屋は金銭的には損をしましたが、幽霊との一晩の交流という貴重な体験を得ました。現代の資本主義社会では効率や利益が優先されがちですが、この噺は金銭では測れない価値があることを教えてくれます。

オチの「もう少し寝かせておきとうございます」は、「相手を思いやる優しさ」を象徴しています。古道具屋は商売の約束よりも、酔って寝ている幽霊を気遣う優しさを選びました。現代社会では契約や約束が絶対視されがちですが、この噺は時には人間的な温かさが契約よりも大切であることを示唆しています。もちろん、これは約束を破ることを正当化するものではなく、人間関係において柔軟性と思いやりを持つことの重要性を教えてくれます。

さらに、この噺は「死と生の境界」を曖昧にし、幽霊と人間が対等に交流する姿を描いています。江戸時代の庶民は、死後の世界や霊の存在を身近に感じていました。現代では科学的合理主義が優勢ですが、この噺は死生観の多様性と、死者を敬い供養する文化の大切さを思い出させてくれます。生者と死者、現世とあの世の境界を柔軟に捉える日本的な死生観は、現代人が失いつつある感覚かもしれません。

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