お七②
3行でわかるあらすじ
皮肉屋の熊五郎が与太郎の赤ん坊(お初)にお初徳兵衛の心中を連想させる嫌がらせをする。
仕返しを狙う与太郎が熊公の娘(お七)に八百屋お七の火事の話をしようとするが口下手で支離滅裂。
最後は「火の用心に気をつけねえ」という思わぬオチで、皮肉屋と口下手の攻防が描かれる。
10行でわかるあらすじとオチ
皮肉屋の熊五郎が与太郎のお七夜に嫌がらせに来て、縁起の悪いことばかり言い立てる。
赤ん坊の名前が「お初」と聞くと、お初徳兵衛の心中事件を連想させて嫌がらせを続ける。
くやしい与太郎の女房が、熊公の赤ん坊が生まれた時に仕返しをしろとけしかける。
熊公の娘の名前が「お七」と聞いて、八百屋お七の火事の話で仕返しする計画を立てる。
口下手な与太郎は女房に台詞を教わって熊公の家に乗り込むが、思うように話せない。
「火事だ、昔の話だ、本郷だ、八百屋でこしょうをなめた」と支離滅裂になってしまう。
熊公が与太郎の言いたいことを全部代弁して、八百屋お七の話を完璧に再現する。
「お七が火をつけたらどうするんだ」と熊公に詰め寄られる与太郎。
与太郎は慌てて「だから火の用心に気をつけねえ」と予想外の返答をする。
火事の話から火の用心へと転換するオチで、仕返しが思わぬ方向に向かって終わる。
解説
「お七②」は、皮肉屋と口下手という対照的なキャラクターによる攻防戦を描いた滑稽噺です。タイトルの「②」は、おそらく八百屋お七の話をメインにした別バージョンの落語があることを示していると考えられます。この噺の巧妙さは、実際の心中事件「曽根崎心中」のお初徳兵衛と、江戸の有名な放火事件の八百屋お七という、二つの歴史的事件を巧みに組み合わせている点にあります。
熊五郎の皮肉は計算され尽くしており、「お初」という名前から即座に心中事件を連想させ、「万一、悪運強く育って」「心中の本場の向島で身を投げて」「検死場で会おう」と、一連の流れを完璧に組み立てます。対して与太郎の口下手ぶりは「火事だ、昔の話だ、本郷だ、八百屋でこしょうをなめた」という支離滅裂な台詞で表現され、聴衆の爆笑を誘います。
最後の「火の用心に気をつけねえ」というオチは、八百屋お七の放火から火の用心への転換という予想外の展開で、仕返しが思わぬ方向に向かう皮肉な結末となっています。演者は熊五郎の確信犯的な皮肉さと与太郎の純朴な口下手さを演じ分ける技術が求められる、キャラクター描写が重要な一席です。
あらすじ
皮肉屋で人の嫌がることを言って楽しむのが大好きな熊五郎が、かつぎ屋の与太郎の所で赤ん坊が生まれたと聞いて嫌がらせにやって来た。
今日はお七夜だが、熊公が来ると縁起が悪いことばかり言うので知らん顔で黙っていると、「一家全員、死に絶えたか」と嫌がらせの開始だ。
仕方なく戸を開けると「入口が狭くて、死人が出たとき早桶が通らない」と入って来て、「家の中が陰気臭くて、焼き場に行ったような気分だ」。
与太郎が今日は目出度い日だから帰ってくれと頼むと、熊公は「赤ん坊の初七日か」と、赤ん坊の寝ている所へ行き、これは小さくて今にも死にそうな青ん坊だと容赦ない。
熊公は「もう戒名はつけたか」と縁起でもない言い様だ。
与太郎は初めての女の子でお初とつけたと言うと、熊公は「万一、悪運強く育ってお屋敷に行儀見習いに行って、徳兵衛という武士といい仲になり、不義密通で心中だ。
心中の本場の向島で身を投げて、死体が上がって検死の役人から差し紙が来たら、その時はまた検死場で会おう。はい、さよなら」と、言いたい放題。
ああすっきりした、いい気分だと言い残して涼しい顔で帰ってしまった。
これを聞いていた与太郎の女房はくやしくて我慢が出来ない。
与太郎になんとか仕返しをしろとせっつく。
都合よく翌月に熊公のかみさんが、女の子を生んだ。
絶好のチャンス到来と、この間熊公に言われたことを全部言い返して、仕返しして来いと与太郎を送り出す。
意気込んで熊公の家に行ったものの、口が良く回らない与太郎を尻目に、先回りして熊公は与太郎の言いたいことをみんな言ってしまう。
やっと戒名にたどり着いで、お七とつけたと聞き、お屋敷奉公から徳兵衛との心中事件までを何とか喋った。
熊公は心中は「お初徳兵衛」で、「お七徳兵衛」なんて間抜けな心中はないと、嫌な顔もせず、縁起なんか悪くはないと、しゃあしゃあしている。「まごまごしてると、ここに早桶が出来ているから、中に入れて焼き場で焼いちまうぞ」と脅かされ、哀れ与太郎さん返り討ちにあってすごすごと家に帰って来た。
熊公とのやりとりを聞いた女房はくやしくて歯ぎしりだが、赤ん坊の名を「お七」と聞いて、「昔、本郷二丁目の八百屋の娘お七は、吉祥寺の小姓の吉三と会いたい一心、娘心のあさはかさで、我が家に放火し、恋の遺恨で釜屋武兵衛に訴人され、江戸市中引き廻しの上、鈴ヶ森で火あぶりになった。おまえの娘もお七なんて縁起の悪い名前をつけたから家に火をつけるぞ」と言って来いと与太郎をけしかけた。
かみさんからセリフの稽古をつけてもらって、今度こそと熊公の家に乗り込んだ与太郎だが、「火事だ・・・昔の話だ・・・本郷だ・・・八百屋でこしょうをなめた・・・娘心の赤坂で・・・」、支離滅裂、自分でも何を言っているのか分からない始末だ。
あきれた熊公、「てめえの言いたいのは、”昔、本郷二丁目の八百屋お七は、吉祥寺の小姓の吉三・・・・・・・おまえの娘もお七なんて縁起の悪い名前をつけたから家に火をつけるぞ”と、こう言いてぇんだろう。さあ、うちのお七が火をつけたらどうするんだ」
与太郎 「うぅん、だから火の用心に気をつけねえ」
落語用語解説
- お七夜(おしちや):赤ん坊が生まれて七日目の夜に行う祝い。命名の儀式でもあり、親族や近所の人を招いて祝う慣習があった。
- お初徳兵衛:近松門左衛門の「曽根崎心中」の主人公。遊女お初と醤油屋の手代徳兵衛が心中した実在の事件を題材にした浄瑠璃。
- 八百屋お七:天和3年(1683年)に実際に起こった放火事件の主人公。本郷の八百屋の娘で、恋人に会いたい一心で放火し16歳で火刑に処された。
- 早桶(はやおけ):死体を入れる棺桶。熊五郎が「早桶が通らない」などと縁起の悪い言葉で嫌がらせをする。
- 検死場:江戸時代に死体を検分する場所。熊五郎が「検死場で会おう」と言うのは最高に縁起の悪い言い方。
- 戒名:仏教徒が死後につけられる名前。熊五郎が生まれたばかりの赤ん坊に「戒名はつけたか」と言うのは極めて縁起が悪い。
- かつぎ屋:行商人。与太郎は天秤棒で荷物を担いで売り歩く仕事をしている。
よくある質問
Q1: なぜこの噺は「お七②」というタイトルなのですか?
八百屋お七を題材にした落語には複数のバージョンがあり、「お七①」は実際の八百屋お七の悲劇を扱った噺で、「お七②」は八百屋お七の話を皮肉のネタとして使った滑稽噺です。同じ題材を異なる視点で描いた演目として、番号で区別しています。「①」が悲劇的な人情噺であるのに対し、「②」は皮肉屋と口下手の攻防を描いたコメディです。
Q2: 熊五郎の皮肉はどうしてこんなに計算されているのですか?
熊五郎は確信犯的に人を傷つける言葉を選んでいます。「お初」という名前から即座に「お初徳兵衛の心中」を連想させ、「万一、悪運強く育って」から始まって「心中の本場の向島で身を投げて」「検死場で会おう」まで、一連の流れを完璧に組み立てます。この計算された皮肉と、与太郎の口下手という対比が、この噺の最大の笑いのポイントです。
Q3: 与太郎の「八百屋でこしょうをなめた」はどういう意味ですか?
与太郎が口下手で支離滅裂になっている様子を表現した台詞です。「八百屋お七」と言おうとして「八百屋でこしょうをなめた」と言ってしまい、「娘心のあさはかさで」と言おうとして「娘心の赤坂で」と言ってしまうなど、覚えた台詞がごちゃ混ぜになってしまう与太郎の口下手ぶりが笑いを誘います。
Q4: オチの「火の用心に気をつけねえ」はどういう意味ですか?
熊公に「お七が火をつけたらどうするんだ」と詰め寄られた与太郎が、とっさに「だから火の用心に気をつけねえ」と答えます。本来は八百屋お七の放火の話で熊公に嫌がらせをするつもりが、結果的に「火の用心をしろ」という善良な忠告になってしまい、仕返しが完全に失敗する皮肉な結末です。火事から火の用心という予想外の転換が笑いを生みます。
Q5: この噺は現代でも演じられていますか?
現代でも演じられています。皮肉屋と口下手という対照的なキャラクターによる攻防戦は、時代を超えて面白く、現代の観客にも十分に楽しめる内容です。お初徳兵衛や八百屋お七という歴史的背景を説明しながら演じる必要がありますが、キャラクターの対比と言葉遊びが主体の噺として、現代でも人気のある演目です。
名演者による口演
古今亭志ん生
志ん生の「お七②」は、熊五郎の確信犯的な皮肉さと与太郎の純朴な口下手さを見事に演じ分けます。志ん生は熊五郎の計算された皮肉を淡々と語り、与太郎の支離滅裂な台詞を笑いに昇華させる技術が光ります。特に「八百屋でこしょうをなめた」という台詞を、与太郎の混乱ぶりとともに演じる場面は志ん生の真骨頂です。
桂文楽
八代目文楽の「お七②」は、几帳面な構成で熊五郎と与太郎の対比を際立たせます。文楽は熊五郎の皮肉を格調高く語り、与太郎の口下手を丁寧に描き出します。二人のキャラクターの違いを明確に演じ分ける技術は、文楽の緻密な演出の真骨頂です。
柳家小三治
小三治の「お七②」は、現代的な感覚を取り入れながらも古典の良さを保つ演出が特徴です。小三治は熊五郎の皮肉を嫌味にならない程度に演じ、与太郎の口下手を愛すべきキャラクターとして描き出します。最後のオチ「火の用心に気をつけねえ」を、予想外の展開として効果的に演じる技術が見事です。
関連する落語演目
八百屋お七を題材にした噺
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与太郎が登場する噺
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仕返しや復讐を描いた噺
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この噺の魅力と現代への示唆
「お七②」の最大の魅力は、皮肉屋と口下手という対照的なキャラクターによる攻防戦です。熊五郎の計算された皮肉と、与太郎の純朴な口下手さは、人間の多様性を象徴しています。熊五郎は確信犯的に人を傷つける言葉を選び、与太郎は仕返しをしたくても口が回らず失敗する。この対比が、この噺の最大の笑いのポイントです。
この噺は、実際の歴史的事件(曽根崎心中のお初徳兵衛と八百屋お七)を巧みに組み合わせて笑いに昇華しています。熊五郎が「お初」という名前から即座に心中事件を連想させ、与太郎が「お七」という名前から八百屋お七の放火を連想させようとする展開は、江戸時代の人々がこれらの事件をよく知っていたことを示しています。
現代社会においても、この噺が持つメッセージは色褪せません。皮肉を言う人と、それに対抗しようとしてもうまくいかない人という構図は、現代のコミュニケーションにも通じる普遍的なテーマです。特に、仕返しをしようとして失敗し、結果的に善良な忠告になってしまうという展開は、人間の不器用さと純朴さを笑いとともに描いています。
また、最後のオチ「火の用心に気をつけねえ」は、八百屋お七の悲劇的な放火から火の用心という予想外の転換を見せ、仕返しが思わぬ方向に向かう皮肉な結末となっています。この予想外の展開が、聴衆の笑いと共感を誘う名作です。


