お七①
3行でわかるあらすじ
本郷の八百屋の娘お七が、天和の大火で避難した駒込吉祥院で寺小姓吉三郎と恋仲になり、再び会いたい一心で放火して16歳で火刑に処される。
吉三郎も後追い自殺で水死し、地獄で再会した二人が抱き合うと火と水で「ジュウ」という音がして、七と三で十のダジャレになる。
お七の幽霊が鈴ヶ森に出現し、侍に手足を切られて一本足で逃げる際「片足(あたし)ゃ、本郷へ行くわいな」と地口落ちで締めくくられる。
10行でわかるあらすじとオチ
本郷の八百屋の娘お七は、天和の大火で家が焼け出された際に駒込吉祥院に避難する。
そこで美しい寺小姓の吉三郎と出会い、恋に落ちる。
家が再建されて実家に戻ったお七は、吉三郎への恋しさで「また火事になれば会える」と考える。
ついに自宅に放火してしまい、16歳で鈴ヶ森にて火あぶりの刑に処される。
それを聞いた吉三郎は悲しみ、お七の後を追って吾妻橋から身を投げて水死する。
地獄で晴れて巡り合った二人がひしと抱き合うと「ジュウ」という音がする。
お七が火で死に吉三が水で死んだから火に水をかけた音で、七と三を合わせて十だからという二重のダジャレ。
その後、毎夜お七の亡霊が鈴ヶ森に出没するようになり、世間の評判になる。
ある夜通りかかった勤番の侍が幽霊に出くわし、居合抜きでお七の両手と片足を斬り落とす。
一本足でピョンピョン逃げるお七に侍が「その方、一本足でいずこへ参る」と問うと、「片足(あたし)ゃ、本郷へ行くわいな」と答える地口落ち。
解説
落語「お七①」は、江戸時代の実在事件「八百屋お七」を題材にした古典落語の代表作です。
天和3年(1683年)に実際に起こった放火事件で、本郷の八百屋の娘お七(16歳)が恋人に会いたい一心で放火し、火刑に処された事件を基にしています。
井原西鶴の『好色五人女』(1686年)で「お七・吉三郎」の恋愛譚として文学化され、その後歌舞伎や浄瑠璃、落語など様々な芸能に取り入れられました。
この落語版の最大の特徴は、悲劇的な実話を地口落ちで締めくくる点にあります。
地獄での再会で「火と水でジュウ」「七と三で十(ジュウ)」の二重のダジャレから始まり、最後は「片足(あたし)」という一人称と「片足」の身体状況を掛けた言葉遊びで終わります。
実在の事件では、奉行が「15歳なら軽い刑ですむ」と示唆したにも関わらず、お七は正直に16歳だと答えて火刑になったとされ、その純情さが後世の人々の心を打ち、多くの創作の題材となりました。
あらすじ
本郷の八百屋の娘のお七は、駒込吉祥院の寺小姓の吉三といい仲になり、会いたいばかりの思いがつのって放火の大罪を犯し、鈴ヶ森で火あぶりの刑になった。
それを聞いた吉三は悲しみ、生きていても仕方がないと、お七の後を追い吾妻橋から身を投げた。
地獄で晴れて巡り合った二人。「そこにいるのはお七か」、「吉三さん、会いとうございました」、ひしと抱き合ったとたんに、ジュウという音。
お七が火で、吉三が水で死んだから、火に水が掛けられてジュウ。
女が七で男が三だから、合わせて十だとか。
そのうちに、毎夜、鈴ヶ森にお七の亡霊が出没するというので、世間の評判になった。
ある夜、通りかかった勤番の侍、いきなり幽霊に出くわしすと、「うらめしい」、
侍 「おまえに恨みを受ける覚えはない」と、居合抜きでお七の幽霊の両手と片足を斬り落とした。
お七が一本足でピョンピョン逃げだすので、
侍 「その方、一本足でいずこへ参る」
お七の幽霊 「片足(あたし)ゃ、本郷へ行くわいな」
落語用語解説
- 八百屋お七:天和3年(1683年)に実際に起こった放火事件の主人公。本郷の八百屋の娘で、16歳で火刑に処された実在の人物。
- 鈴ヶ森:東海道品川宿の刑場。江戸時代の三大刑場の一つで、お七が火あぶりの刑に処された場所。
- 寺小姓:寺に仕える小姓。吉三郎は駒込吉祥院の寺小姓で、お七と恋に落ちた相手。
- 火あぶりの刑:江戸時代の極刑の一つ。放火は重罪とされ、死刑となった。お七は16歳という若さで火刑に処された。
- 天和の大火:天和2年(1682年)12月に起きた大火。この火事でお七の家が焼け、駒込吉祥院に避難したことから吉三郎と出会った。
- 地口落ち:言葉の響きが似た別の意味を重ねる落語のオチの技法。「片足(あたし)」は一人称と片足の身体状況を掛けている。
- 吾妻橋:隅田川に架かる橋。吉三郎がお七の後を追って身を投げた場所。
よくある質問
Q1: 「お七①」は実話を基にしているのですか?
はい、天和3年(1683年)に実際に起こった放火事件を基にしています。本郷の八百屋の娘お七(16歳)が、寺小姓の吉三郎に会いたい一心で自宅に放火し、火刑に処された実在の事件です。井原西鶴の『好色五人女』(1686年)で文学化され、歌舞伎「桜姫東文章」や浄瑠璃「伊達娘恋緋鹿子」など、様々な芸能の題材となりました。落語版はこれを地口落ちで締めくくる独自の演出が特徴です。
Q2: なぜお七は16歳で火刑になったのですか?
江戸時代の法律では、放火は重罪中の重罪とされ、15歳以下なら死刑を免れる可能性がありました。奉行が「15歳なら軽い刑ですむ」と示唆したにも関わらず、お七は正直に16歳だと答えて火刑になったとされています。この純情さが後世の人々の心を打ち、多くの創作の題材となった理由の一つです。
Q3: 「火と水でジュウ」「七と三で十」というダジャレはどういう意味ですか?
地獄で再会したお七と吉三郎が抱き合うと「ジュウ」という音がします。これは二重のダジャレです。第一に、お七が火刑で死に、吉三郎が水死したため、「火に水をかけた音」。第二に、お七の「七」と吉三郎の「三」を足すと「十(ジュウ)」になるという数字の言葉遊びです。悲劇的な物語を笑いに転じる落語の真骨頂を示す場面です。
Q4: オチの「片足(あたし)ゃ、本郷へ行くわいな」はどういう意味ですか?
これは「片足」と「あたし」を掛けた地口落ちです。侍に手足を斬り落とされたお七の幽霊が一本足で逃げる際、侍が「一本足でいずこへ参る」と問います。お七が「片足(あたし)ゃ、本郷へ行くわいな」と答えることで、「片足」という身体状況と「あたし」という一人称を重ね、本郷(お七の出身地)へ帰ろうとする様子を表現しています。
Q5: この噺は現代でも演じられていますか?
現代でも演じられていますが、悲劇的な実話を扱っているため演者を選ぶ演目です。実在の事件を題材にしているため、敬意を持って演じる必要があります。一方で、地口落ちによる笑いの要素もあり、悲劇と喜劇の両面を持つ独特の演目として、古典落語の重要なレパートリーの一つとして継承されています。
名演者による口演
古今亭志ん生
志ん生の「お七①」は、悲劇的な物語を淡々と語りながらも、地口落ちへの転換が絶妙です。志ん生は実在の事件という重みを意識しながら、お七の純情さと吉三郎の愛情を丁寧に描き出します。特に地獄での再会場面の「火と水でジュウ」というダジャレを、観客の笑いと涙を誘う絶妙なタイミングで演じます。
桂文楽
八代目文楽の「お七①」は、几帳面な構成と格調高い語り口が特徴です。文楽は実在の事件という歴史的背景を丁寧に説明し、お七の悲劇を重厚に描き出します。一方で、最後の地口落ちは軽妙に演じ、悲劇と喜劇の対比を鮮やかに表現します。文楽の緻密な演出が光る演目です。
柳家小三治
小三治の「お七①」は、現代的な感覚を取り入れながらも古典の良さを保つ演出が特徴です。小三治はお七の純粋な恋心と、それが引き起こした悲劇を現代の観客にも共感できる形で描き出します。幽霊となったお七の姿を、恐怖ではなく哀れみを込めて表現する技術が見事です。
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実在の事件を題材にした噺
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この噺の魅力と現代への示唆
「お七①」の最大の魅力は、実在の悲劇的事件を落語として語り継ぐという点です。16歳の少女が恋のために放火し、火刑に処されたという衝撃的な事件は、江戸時代の人々に大きな影響を与えました。井原西鶴の『好色五人女』で文学化されたことで、お七の物語は日本の文化史に深く刻まれることとなりました。
この噺は、純粋な恋愛感情の強さと、それが引き起こす悲劇を描いています。お七が「また火事になれば吉三郎に会える」と考えて放火したという動機は、現代人からすると理解しがたい行動ですが、当時の身分制社会において、八百屋の娘と寺小姓が自由に会うことは困難でした。この社会的制約が、お七の極端な行動につながったのです。
また、奉行が「15歳なら軽い刑ですむ」と示唆したにも関わらず、正直に16歳だと答えたというエピソードは、お七の純情さを象徴しています。嘘をついて命を救うこともできたのに、正直に答えたという行動は、当時の人々の道徳観と、若者の純真さを表現しています。
現代社会においても、この噺が持つメッセージは色褪せません。恋愛感情の強さと、社会的制約との葛藤は、時代を超えて普遍的なテーマです。また、地口落ちによる笑いの要素は、悲劇を語り継ぐ際の文化的な工夫として、落語の特徴を示しています。実在の悲劇を敬意を持って語りながらも、最後は笑いで締めくくるという落語の技法は、日本文化の独特な死生観を表現しているとも言えます。


