おさん茂兵衛
3行でわかるあらすじ
女嫌いの手代茂兵衛が桐生への使いの途中、上尾宿のめし屋で人妻のおさんに一目惚れしてしまう。
地元の親分の仲介で三十両を出して会う約束を取り付け、おさんの夫金五郎も祭りの金欲しさに承諾する。
茂兵衛の真摯な愛におさんも心を奪われ、二人は駆け落ちし、責任を感じた親分が切腹するという悲恋の結末。
10行でわかるあらすじとオチ
深川の呉服屋の手代茂兵衛が、桐生への使いで三十両を持って中山道を歩いている。
上尾宿のめし屋で働く美しい女性おさんに一目惚れし、どうしても話がしたくなる。
地元の親分三婦に仲立ちを頼み、三十両を出すからおさんと会わせてほしいと懇願する。
おさんは子分金五郎の女房で、金五郎は夏祭りの賭場の金が欲しくて女房を貸すことに承諾。
おさんは最初嫌がるが、親分の「破る操が真の操」という説得で承諾する。
茂兵衛とおさんが会って話をすると、茂兵衛は店の金を使ったことを打ち明け死ぬ覚悟を語る。
茂兵衛の真摯で純粋な愛におさんは心を奪われ、腐った夫への愛想も尽きる。
二人は手に手を取って駆け落ちし、仲介の責任を感じた三婦の親分が切腹する。
金欲しさに女房を売った夫の浅ましさと、純愛に生きる二人の対比が描かれた人情噺。
愛のために全てを失う悲恋の物語として、観客の涙を誘う名作落語。
解説
この噺は人情噺の代表作で、恋愛の純粋さと人間の欲深さを対比させた名作です。
茂兵衛の女嫌いから一目惚れへの急変は、真実の愛の力を表現しており、従来の価値観を覆す恋の威力を描いています。
おさんの夫金五郎は祭りの賭博資金欲しさに妻を他人に貸すという浅ましい人物として描かれ、茂兵衛の純粋な愛との対比が際立ちます。
三婦の親分の「破る操が真の操」という説得は、常盤御前の故事を引用した名台詞として知られ、表面的な道徳と真の愛の価値を問いかけています。
金五郎の頓珍漢な受け答え「破るいさごがまことのいさご」は、教養のなさを表現した笑いの要素でもあります。
最終的に二人の駆け落ちと親分の切腹という悲劇的結末は、社会の道徳観と個人の愛情の衝突を象徴的に表現しており、江戸時代の身分制社会における恋愛の困難さを如実に物語っています。
この噺は笑いと涙を同時に誘う人情噺の傑作として、現在でも多くの噺家によって演じられ続けています。
あらすじ
深川仲町の呉服屋、中島屋惣兵衛に祭りの縮緬浴衣の注文がある。
主人は桐生の機為という織屋に、手代の茂兵衛に三十両の金を持たせてを使いに出す。
この男、二十六にもなるが真面目一方の堅物で、女嫌いの仕事一筋の変わり者だが、店にとっては貴重な人材で主人の信用も厚い。
茂兵衛はひたすら桐生を目指して中山道を進む。
三日目の昼時に上尾宿の一膳めし屋に入った。
そこで髪は櫛巻、顔はすっぴん、鯉口の半纏を着て、なり振り構わず一生懸命に働いている二十三、四の器量のいい女に茂兵衛は一目惚れ、見染めてしまった。
女嫌いが急におかしな話だが、長く歩いた運動のせいで前頭葉が刺激されてやっと男らしくなったのかも。
こうなるともう気持ちが抑えられなくなる。
せめて一度でもいいからお茶でも飲みながら話がしてみたいと思う気持ちがつのるばかり。
直接アタックする図々しさも勇気もなく、飯代を払って店の外へ出たものの一歩も進まない。
すると店から村人が二人出て来た。
二人は店の中で、「三婦(さぶ)の親分には世話になった」とか、「あの親分に頼んでよかった」、なんて話しているのを小耳にはさんでいる。
茂兵衛は三婦の親分にめし屋の女との仲立ちを頼もうと、村人から親分の家を聞いて訪ねる。
元は江戸にいた三婦の親分は懐かしがって「なんでも遠慮なく仰っていただきやしょう」と親切だ。
茂兵衛 「めし屋のおかみさんと一刻、いや半刻でもいいから話をさせてもらいたい・・・」
親分 「そいつは無理な話だ。
あれは子分の金五郎の女房のおさんで、もとは品川で鳴らした芸者だが故あってここへ流れて来て、いろいろあった末にあっしが仲に入って金五郎と一緒になった。
八州除けのためにあそこに一膳めし屋を出させてあるんで。
金五郎ってやつは料簡が狭くて理屈が通る相手じゃねえ。
人の女房を見ず知らずの男になぜ貸した、なんて難癖をつけられるのが落ちだ。まあ、すっぱりと諦めておくんなせえ」
茂兵衛 「ここに三十両の金がございます。この金を金五郎さんに差し上げますので是非・・・」
親分 「そりゃ、なおいけねえや。子分の女房を三十両で貸したなんて言われた日にゃ、あっしの顔にもかかわるし・・・」、思いがかなわずがっかりした茂兵衛は立ち上がるとふらふらと庭に出て井戸に飛び込もうとする。
子分が慌てて止めると、
親分 「それほどまでに思うんなら、あっしが行って話をしましょう。金五郎も今度の祭りに喉から手が出るほど金も欲しいだろうから、三十両やると言やあ渡りに船で承知するに違えねえ・・・」と、親分は子分に茂兵衛をしっかり見張るように言いつけて、金五郎の家に向かった。
金五郎の家では、夏祭りの賭場で使う金を作るため、おさんに宿場の飯盛旅籠の大村楼に二、三日身を沈めてくれと頼む金五郎とおさんが揉めている。
言い合っている二人の間に入った三婦の親分、揉めている事情を聞いてこれは好都合と、三十両でおさんに会いたがっている茂兵衛ことを切り出す。
親分 「どうだ、三十両の金が儲かって、人一人の命が助かるんだ」
金五郎 「人一人殺すんじゃねえんで?かかあが茶飲んで、話しただけで一人助かって儲かる」、女房を女郎に出すのにはさすがの金五郎でも負い目を感じていた矢先に、こんな上手い話は願ったり叶ったりだ。
女房のおさんも異存はないと思いきや、「あたしゃ嫌だよ。
見ず知らずの者に女房を貸して三十両の金をもらったなんぞと言われて顔が立つと思うのかい。そんなんならいっそのこと大村楼の女郎になった方がよっぽどましだし、人から後ろ指をさされて笑われることもありゃしないよ」、
親分 「おさん、おめえの言うのがもっともな理屈だ。
けれど世の中、理屈だけで通るもんじゃねえ。
昔源義朝の愛妾で常盤御前という人は、今若、乙若、牛若の三人の子ども命を助けるため、敵の清盛に身を任せたという。
それがために後に源氏が再興をして平家を滅ぼしたんだ。操を破って操を立てる、破る操が真の操・・・」、さすが江戸にいたことだけあってなかなか博学だ。
おさんを説得していることだけは理解できる金五郎は、「・・・こしとものあんちくしょう・・・冷飯(おひや)御膳に・・・いさごを破って・・・破るいさごがまことのいさご・・・」なんて頓珍漢なことを言って混ぜっ返している。
おさん 「そうですか・・・分かりました。じゃあの、そのお方の所へお伺いいたします」で、親分から三十両受け取った金五郎は大喜びの大はしゃぎ。
金五郎 「・・・このぼろじゃいけませんや。やっぱり売り物には花、今ちょいと、身じんまくをさせますから・・・」、すぐに質屋から着物を出して、髪を巻き直し、銀簪(ぎんかん)を一本差した姿は、さすが品川で鳴らした芸者で、その婀娜(あだ)っぽいこと。
おさん 「じゃあ、お前さん言って来るよ」
金五郎 「おうおう、早く行け。野郎はまだ金持ってるに違えねえから根こそぎふんだくって来い」、おさんは自分の女房を切り売りして喜んで笑っている腐った料簡の金五郎を横目に見て、つくづく愛想が尽きた。
さて、おさんに会った茂兵衛、いろいろ話して、「実は最前お渡しした三十両は店の金。
あなたにお目かかれ、もう思い残すことはございません。身を投げて死ぬ覚悟でございます」、亭主とは雲泥の差、月にスッポン、雪と墨で打ち明けられたおさんは、この人と一緒になって添い遂げたいと、がらりと心変わり。
二人は手に手を取って逐電する。
これがために三婦親分は切腹するという、おさん茂兵衛恋の馴れ初めの一席。
落語用語解説
- 三十両:江戸時代の大金。現代の価値で約300万円程度。茂兵衛が店の金を使ってまでおさんに会いたいと思った切実さを示す。
- 上尾宿:中山道の宿場町の一つ。江戸から桐生へ向かう途中で茂兵衛が立ち寄った場所。
- 破る操が真の操:常盤御前の故事を引用した名台詞。表面的な貞操よりも、愛する者の命を守ることが真の貞操だという意味。
- 八州除け:関東取締出役(八州廻り)の目を避けること。おさんの夫金五郎が過去に何らかの罪を犯している可能性を示唆する。
- 一膳めし屋:一膳だけのご飯を出す簡易食堂。上尾宿でおさんが働いていた店。茂兵衛が一目惚れした場所。
- 飯盛旅籠:表向きは旅籠だが、実際には遊女を置いていた宿。金五郎はおさんをここに身を沈めさせようとしていた。
- 逐電:行方をくらますこと。おさんと茂兵衛が駆け落ちすることを表す言葉。
よくある質問
Q1: 「おさん茂兵衛」はいつ頃から演じられている落語ですか?
江戸落語として古くから演じられており、人情噺の代表作として知られています。井原西鶴の「好色五人女」に登場する「おさん茂兵衛」の物語を元にしているとされ、浮世草子の世界を落語に取り入れた作品です。江戸時代の商人社会における恋愛と身分制度の問題を描いた、深い人間ドラマとして多くの噺家に演じられてきました。
Q2: なぜ茂兵衛は井戸に飛び込もうとしたのですか?
茂兵衛は店の金三十両を私用に使ってしまったため、もうおさんに会えないとなれば死ぬしかないと考えたからです。女嫌いだった茂兵衛が一目惚れし、店の信用を裏切ってまで会いたいと思ったおさんへの想いの強さを示す場面です。この行動が三婦の親分の心を動かし、仲介を引き受けさせるきっかけとなります。
Q3: 「破る操が真の操」とはどういう意味ですか?
常盤御前の故事を引用した名台詞です。源義朝の愛妾だった常盤御前は、三人の子供(今若、乙若、牛若)の命を助けるため、敵である平清盛に身を任せました。表面的な貞操を破ることで、愛する者の命を守り、結果的に源氏再興につながったという故事から、「真の貞操とは、愛する者のために尽くすこと」という意味を持ちます。三婦の親分がおさんを説得するために使った深い言葉です。
Q4: なぜ三婦の親分は切腹したのですか?
親分が仲介したことで、おさんと茂兵衛が駆け落ちしてしまったからです。親分は子分の金五郎の女房を貸すという仲立ちをし、その結果二人が逃げてしまったため、仲介者としての責任を取る形で切腹することになります。江戸時代の任侠社会における親分の責任の重さと、人情と義理の板挟みになった親分の悲劇を表現しています。
Q5: 金五郎の「破るいさごがまことのいさご」は何を表していますか?
金五郎の教養のなさと頓珍漢さを表現した笑いの要素です。三婦の親分が「破る操が真の操」と格調高く説得している最中に、金五郎は「破るいさご(砂)がまことのいさご(砂)」と全く意味のわからないことを言います。これは親分の言葉を理解せず、音だけ真似して適当に言っている様子を表しており、金五郎の無教養さと浅ましさを際立たせる演出です。
名演者による口演
古今亭志ん生
志ん生の「おさん茂兵衛」は、茂兵衛の純粋な愛と金五郎の浅ましさを対比させる巧みな演出が特徴です。志ん生は茂兵衛の女嫌いから一目惚れへの急変を自然に描き出し、特に井戸に飛び込もうとする場面での切実さを見事に表現します。また金五郎の「破るいさごがまことのいさご」という頓珍漢な台詞を笑いに昇華させる技術が光ります。
三遊亭円生
六代目円生の「おさん茂兵衛」は、人情噺の真骨頂として高く評価されています。円生は三婦の親分の「破る操が真の操」という名台詞を、格調高く語り、常盤御前の故事を丁寧に説明します。おさんが茂兵衛の真摯な愛に心を奪われる場面の描写は、円生の人間心理描写の巧みさが光る名場面です。
桂米朝
米朝の「おさん茂兵衛」は、上方風のアレンジを加えながらも、江戸落語の良さを保つ演出が特徴です。米朝は茂兵衛とおさんの愛の純粋さを強調し、金五郎の浅ましさとの対比を鮮やかに描き出します。最後の親分の切腹という悲劇的結末を、余韻を残して語る技術は、米朝の人情噺の巧みさを示しています。
関連する落語演目
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この噺の魅力と現代への示唆
「おさん茂兵衛」の最大の魅力は、恋愛の純粋さと人間の欲深さを鮮やかに対比させた点です。女嫌いだった茂兵衛が一目惚れし、店の信用を裏切ってまでおさんに会いたいと思う純粋な愛情と、金欲しさに妻を他人に貸そうとする金五郎の浅ましさが、見事に対比されています。
三婦の親分の「破る操が真の操」という名台詞は、表面的な道徳と真の愛の価値を問いかける深いメッセージを持っています。常盤御前の故事を引用することで、愛する者のために尽くすことが真の貞操であるという考え方を示し、単なる形式的な道徳を超えた人間の本質的な愛情を表現しています。
現代社会においても、この噺が持つメッセージは色褪せません。金銭と愛情のどちらを優先するか、という普遍的なテーマは、現代の恋愛や結婚にも通じる問題です。金五郎のように金銭を優先する浅ましさと、茂兵衛とおさんのように愛情を優先する純粋さは、時代を超えて人間の本質を問いかけます。
また、二人の駆け落ちと親分の切腹という悲劇的結末は、社会の道徳観と個人の愛情の衝突を象徴的に表現しています。江戸時代の身分制社会における恋愛の困難さは、現代における様々な社会的制約の中での恋愛にも重なる普遍的なテーマです。この噺は、笑いと涙を同時に誘う人情噺の傑作として、現代でも多くの人の心を打つ名作です。


