大山詣り
3行でわかるあらすじ
酒癖の悪い熊五郎が大山詣りで喧嘩を起こし、寝ている間に仲間たちに坊主頭にされてしまう。
怒った熊五郎は江戸に先回りして、女房たちに「船が転覆してみんな溺死した」と嘘をつく。
女房たちが亡夫の供養のため全員尼さんになり、帰ってきた男たちが驚く復讐劇。
10行でわかるあらすじとオチ
長屋の連中が大山詣りに出かけることになり、酒癖の悪い熊五郎も参加する。
先達の吉兵衛は「喧嘩したら坊主頭にする」という約束を取り付けて同行を許す。
行きは順調だったが、帰りの神奈川宿で熊五郎が酔って大暴れしてしまう。
寝込んだ熊五郎を仲間たちが寄ってたかってクリクリ坊主にして宿に置き去りにする。
翌朝目覚めた熊五郎は怒り、急いで駕籠で江戸へ先回りする。
長屋の女房たちを集めて「船が転覆してみんな溺死した」と嘘の報告をする。
自分の坊主頭を「死者への供養のため髪を剃った証拠」として見せつける。
女房たちは信じ込んで泣き崩れ、亡夫の供養のため全員髪を剃って尼さんになる。
のんびり帰ってきた男たちが、坊主頭の女房たちに囲まれて念仏を唱える熊五郎を発見する。
吉兵衛が「お山は晴天、みんな無事で、お毛が(怪我)なかった」と地口オチで締める。
解説
「大山詣り」は、江戸時代から演じられている古典落語の代表的な旅噺で、狂言の「六人僧」を原話とする作品です。大山(現在の神奈川県伊勢原市)への参詣は江戸時代の庶民にとって人気の行楽で、信仰半分・遊山半分の旅として親しまれていました。
作品の面白さは、酒癖の悪い熊五郎の痛快な復讐劇にあります。仲間に坊主頭にされた屈辱を、機転を利かせて倍返しする展開は、江戸っ子の負けん気と知恵を象徴しています。特に、自分の坊主頭を「供養の証拠」として利用する発想は、逆転の妙技として評価されています。
オチの「お毛が(怪我)なかった」は、「怪我」と「毛」をかけた地口オチで、全員が坊主頭になった状況を巧妙に表現しています。この言葉遊びは落語の醍醐味の一つで、聴衆の爆笑を誘う絶妙なタイミングで使われます。また、江戸時代において髪を剃ることの重大さ(世捨て人や罪人の印とされた)を背景とした、時代性を反映した笑いでもあります。
あらすじ
長屋の連中が大山詣りをすることになった。
先達の吉兵衛さんは酒癖が悪い熊五郎が行くといつも喧嘩になるので、今回は長屋の用心のため残ってくれと頼むが、一人だけ置いてきぼりを食うのはいやな熊さんは、絶対に喧嘩はしないから一緒に行かせてくれという。
なだめ透かして話をしているうちに熊さんは喧嘩腰になってきた。
仕方なく吉兵衛さんは喧嘩をして暴れたら丸坊主にするという決め式をして熊さんを大山詣りの講の仲間に入れた。
両国の垢離場で水垢離を取り、吉兵衛さんを先頭に大きな納め太刀をかついで、いざ大山へと出発だ。
好天に恵まれ行きは良い良いで何事もなく、無事に大山に上って下り、東海道の藤沢宿に出た。
今年は喧嘩騒ぎもなく、江戸に帰れると思った矢先の神奈川宿のなじみの宿で、気が緩んで酔った熊さんは暴れて大立ち回りで、殴られ蹴られた被害者が続出だ。
吉兵衛さんは江戸も近いことだし、穏便に収めようとするが、殴られた連中はとても収まりがつかない。
酔い疲れ、暴れ疲れで二階で大いびきをかいて寝込んでしまった熊さんを寄ってたかってクリクリ坊主にしてしまった。
翌朝、連中はまだ寝ている熊さんを宿に残して江戸に向かった。
知らぬが仏の熊さん、起しにきた女中たちが頭を見て、坊さん坊さんと笑っている。
頭をさわって愕然、「やりぁがったな」と、すぐに通しの三枚駕籠を仕立て一目散に江戸へ向かった。
途中、のんびり道中の長屋の連中を追い抜き、一人で血相を変えて長屋へ駆け込んだ。
長屋のかみさん連中を集めて、わざと悲痛な顔で、「お山の帰りに寄り道して金沢八景を見物して、舟に乗ったが嵐になって舟は転覆、自分一人だけ浜に打ち上げられて助かった。
村人の話では他の連中はみな溺れ死んだという。一刻も早く知らせようと通し駕籠をぶっ飛ばして帰って来た」と、作り話をする。
かみさん連中は、すっかり信じ込んでワッと泣きだすが、吉兵衛さんのかみさんだけは信じない。「お前の仇名は「ホラ熊」・「千三つの熊」で嘘つき名人の言うことなんか信じちゃあいけない」と冷静だ。
熊さん、そこまで言うならと頭に被っていた手拭を取った。
見るとつるんつるんの坊主頭だ。
熊さん 「これが証拠、死んだ連中へのせめてもの供養のため頭を丸め坊主になったのだ」と、しみじみと言うと、さすがの吉兵衛さんのかみさんも、「あんなに見栄っ張りの熊さんが丸坊主になった。今の話は本当のことだ」と、ワァワァと泣き崩れ、それにつられて長屋のかみさんたちが大声で泣き始めた。
計略は大成功でしめたと熊さん、「それほど亭主が恋しければ、尼になって回向をするのが一番」と、丸め込み、とうとうかみさんたちを一人残らずクリクリ坊主にして大満足だ。
さて、のんびりと旅の思い出話に花を咲かせながら帰ってきた男連中、長屋に入ると念仏の大合唱、おまけに冬瓜舟が着いたような、比丘尼たちの頭がずらり。
よく見ると自分たちの女房が尼さんになって熊さんを取り囲んで念仏を唱えている。
熊さんにしてやられたと知った連中は怒り出すが、
吉兵衛さん 「はっはっは、これは目出度い、お山は晴天、家に帰ればみんな無事で、お毛が(怪我)なかった」
落語用語解説
- 大山詣り:神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社への参詣。江戸時代の庶民にとって人気の行楽で、信仰半分・遊山半分の旅として親しまれた。
- 先達(せんだつ):参詣の際に一行を引率する人。吉兵衛は長屋の大山詣りの先達として、熊五郎を含む一行を率いる。
- 水垢離(みずごり):冷水を浴びて身を清める修行。両国の垢離場で水垢離を取ってから大山詣りに出発する場面がある。
- 納め太刀:参詣の際に神社に奉納する太刀。大山詣りでは大きな納め太刀を担いで参詣する習慣があった。
- ホラ熊・千三つの熊:嘘つきの熊五郎のあだ名。千に三つしか本当のことを言わないという意味で、吉兵衛の女房がこの名前を出す。
- 通しの三枚駕籠:乗り換えなしで目的地まで行ける速い駕籠。熊五郎が江戸に先回りするために使う。
- 地口オチ:言葉の響きが似た別の意味を重ねる落語のオチの技法。「お毛が(怪我が)なかった」は「怪我」と「毛」をかけた地口。
よくある質問
Q1: 「大山詣り」の原話は何ですか?
狂言の「六人僧」が原話とされています。狂言では六人の僧が酒を飲んで騒ぎ、互いに坊主頭にし合うという内容です。落語「大山詣り」はこれを江戸時代の庶民の行楽である大山参りに置き換え、熊五郎の復讐劇という独自の展開を加えて完成させました。江戸時代の大山信仰と旅文化を背景にした、落語ならではのアレンジが光る作品です。
Q2: なぜ熊五郎の坊主頭が「供養の証拠」として信じられたのですか?
江戸時代において髪を剃ることは非常に重大な行為でした。坊主頭は出家や世捨て人の印とされ、武士や町人が髪を剃るのは罪人や死者への弔いなど特別な理由がある場合に限られました。「あんなに見栄っ張りの熊さんが丸坊主になった」という吉兵衛の女房の言葉が示すように、熊五郎が自ら坊主頭になるのは余程の理由があると思われたため、女房たちは死者への供養という説明を信じたのです。
Q3: オチの「お毛が(怪我)なかった」はどういう意味ですか?
これは「怪我がなかった」と「毛がなかった」を掛けた地口オチです。吉兵衛は「お山は晴天、みんな無事で」と言った後、「お毛が(怪我)なかった」と続けます。表面上は「怪我がなくて無事だった」という意味ですが、実際には女房たちも男たちも全員が坊主頭になって「毛がなかった」という状況を巧妙に表現した言葉遊びです。この一言で全員坊主という滑稽な状況を締めくくる絶妙なオチになっています。
Q4: なぜ吉兵衛の女房だけ最初は信じなかったのですか?
吉兵衛の女房は熊五郎を「ホラ熊」「千三つの熊」と呼び、嘘つき名人として警戒していました。長屋の中で熊五郎の性格を一番よく知っていたため、最初は疑いの目を向けます。しかし、見栄っ張りの熊五郎が坊主頭になったという物的証拠を見せられると、「今の話は本当のことだ」と信じてしまいます。この展開が熊五郎の計略の巧妙さを際立たせています。
Q5: この噺は現代でも演じられていますか?
現代でも頻繁に演じられている人気演目です。酒癖の悪い男が仲間に坊主頭にされ、機転を利かせて倍返しするという痛快な復讐劇は、時代を超えて観客を楽しませます。江戸時代の大山詣りという文化的背景を説明しながら演じる必要がありますが、機転と復讐という普遍的なテーマは現代の観客にも十分に響く内容です。
名演者による口演
古今亭志ん生
志ん生の「大山詣り」は、熊五郎の悪党ぶりと復讐の痛快さを存分に描き出す名演です。志ん生は酒癖の悪い熊五郎を生き生きと演じ、特に女房たちを騙す場面での演技が秀逸です。「やりぁがったな」と怒る熊五郎から、悲痛な顔で嘘をつく場面への転換が見事で、聴衆を引き込みます。
古今亭志ん朝
志ん朝の「大山詣り」は、父・志ん生の芸を継承しながらも、より洗練された構成が特徴です。志ん朝は長屋の連中の旅の様子を丁寧に描き、熊五郎の計略の巧妙さを際立たせます。特にオチの「お毛が(怪我)なかった」という地口を、絶妙な間と表情で演じ、聴衆の爆笑を誘います。
柳家小三治
小三治の「大山詣り」は、江戸時代の大山詣りという文化的背景を丁寧に説明しながら、現代の観客にも共感できる演出が光ります。小三治は熊五郎の復讐心と機転を、単なる悪事ではなく江戸っ子の負けん気として描き出します。女房たちが全員尼さんになる場面の描写は、小三治の語り口の巧みさが光る名場面です。
関連する落語演目
旅を題材にした噺

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復讐や仕返しを描いた噺
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地口オチを使った噺
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この噺の魅力と現代への示唆
「大山詣り」の最大の魅力は、熊五郎の痛快な復讐劇です。仲間に坊主頭にされた屈辱を、機転を利かせて倍返しする展開は、江戸っ子の負けん気と知恵を象徴しています。特に、自分の坊主頭を「供養の証拠」として利用する発想は、逆転の妙技として高く評価されています。
この噺は、江戸時代の庶民文化を色濃く反映しています。大山詣りは信仰半分・遊山半分の旅として庶民に親しまれ、長屋の仲間たちが一緒に参詣する様子は、当時のコミュニティの結びつきを示しています。また、酒癖の悪い熊五郎を「喧嘩したら坊主にする」という約束で同行させる展開は、江戸時代の仲間意識と掟の文化を表現しています。
現代社会においても、この噺が持つメッセージは色褪せません。仲間にいたずらされた者が、機転を利かせて倍返しするという展開は、現代のコメディにも通じる普遍的なテーマです。また、熊五郎が「ホラ熊」という悪評を持ちながらも、見栄っ張りという性格を逆手に取って女房たちを騙す展開は、人間心理の機微を巧みに描いています。
オチの「お毛が(怪我)なかった」という地口は、落語特有の言葉遊びの面白さを示しています。全員が坊主頭になったという滑稽な状況を、一言で表現する技術は、落語の言葉遊びの醍醐味です。江戸時代において髪を剃ることの重大さを背景に、この地口オチがより一層効果的に機能する名作です。



