鬼の面
3行でわかるあらすじ
12歳の奉公人おせつが母親似のお多福の面を大切にしていたが、旦那がいたずらで鬼の面と入れ替える。
おせつは母親に異変があったと思い込んで故郷へ向かう途中、鬼の面をつけて博打場を大混乱に陥れる。
博打の金200円を拾って店に戻り、最後に「来年の話をしたから鬼が笑った」という諺で落ちる。
10行でわかるあらすじとオチ
12歳の奉公人おせつが面屋で母親に似たお多福の面をもらい、毎晩話しかけて大切にしている。
十一屋の旦那がいたずら心でお多福の面を鬼の面と入れ替えてしまう。
おせつは鬼の面を見て母親に異変があったと思い込み、故郷の池田へ向かって店を飛び出す。
途中で博打場の見張りから火をつけてくれと頼まれ、煙よけに鬼の面をつけて作業する。
見張りが戻ってきて鬼の面を見て「鬼が出た」と驚き、博打場に逃げ込んで大騒ぎになる。
博打をしていた連中は警察が来たと勘違いして金を置いて逃げ出してしまう。
おせつは実家で母親の無事を確認し、父親と一緒に大阪へとんぼ返りする。
途中で博打場に残された200円の大金を拾い、警察に届けることにする。
店では大騒ぎになっていたが、旦那は自分のいたずらが原因だったことを思い出して恥ずかしがる。
最後に父親が「来年になったら大金持ち」と言うと、旦那が「来年の話をしたから鬼が笑った」と締める。
解説
「鬼の面」は上方落語の代表的な人情噺で、12歳の純真な奉公娘おせつを主人公とした心温まる作品です。
この演目の見どころは、旦那の何気ないいたずらが思わぬ大騒動を引き起こし、最終的には皆が幸せになるという構成の妙にあります。おせつの母親思いの純真さと、それを取り巻く大人たちの人情が丁寧に描かれており、上方落語特有の温かみのある笑いが魅力的です。
特に注目すべきは最後のオチで、「来年の話をすると鬼が笑う」という有名な諺を使った地口落ちとなっています。この諺は「先のことは分からないものだ」という意味ですが、文字通り鬼の面が笑っているという状況と絶妙に重ね合わせた秀逸な落ちです。
また、博打場での騒動は偶然の産物でありながら、結果的に悪事を働く者たちが懲らしめられ、善良な人々が報われるという勧善懲悪の要素も含んでおり、聞く者に爽快感を与える構成となっています。演じる際は、おせつの純真無垢さと旦那の慌てふためく様子を対比させることで、より効果的な笑いを生み出すことができます。
あらすじ
大阪の十一屋の奉公人のおせつは今年十二、毎日子守をしながら面屋の前でお多福の面を飽きずに見ている。
面屋の主(あるじ)がそんなに面白いか聞くと、故郷の池田の母親にそっくりだという。
それなら買えばいつでも見ていられると言うと、買いたいが銭がないという。
主は母思いでけなげなおせつをいじらしく思い、お多福の面をただでくれるという。
おせつは代金は少しづつ払うからと喜んでお多福の面を持って帰り、箱の中へしまい、暇があるとこれを母親と思い、見たり喋りかけたりしていた。
ある晩、十一屋の旦那が廊下を歩いていると、おせつの部屋から話声が聞こえる。
十二とはいえ女子(おなご)の部屋に今頃誰がと聞き耳を立てると、「お母(か)ん、いつ見ても達者そやなぁ、お母、お休み」と、何か箱の中に閉まって寝てしまった。
翌朝、旦那が箱の中を調べるとお多福の面が大事そうに入っている。、おせつの母親に会ったことがある旦那はなるほどと納得。
そう言えばおせつもお多福に似ている。
可愛らしいもんだと感心したが、持前のいたずら心がムラムラ、鬼の面と取り替えておせつをびっくりさせ、 お多福の面を被って「♪オタやんはこちら、お母はんはこちら」と、踊っておせつの前へ出たら面白い、いっぺんやったろと子どもみたいで陽気な旦那だ。
でも忙しさのあまりすっかり面を取り替えたことをすっかり忘れてしまった。
子守から帰ってすぐに箱の中を見たおせつは鬼の面になっているのでびっくりするが、賢い子で騒いだりはしない。
これは母親の身に病気かなにか不吉なことが起きた証(あか)しと思い込み、矢も楯もたまらず、鬼の面を懐に入れて店を飛び出し池田へ向かった。
池田の山の手へさしかかった頃にはとっぷりと日は暮れて腹も減ってきた。
すると大男に呼び止められ、火を起してくれと頼まれる。
近くのお堂でやっている博打の見張りだという。
急ぐからと断るが大男はお堂から寿司とか菓子とかを持って来てやるからと言ってお堂へ行った。
仕方なくおせつは枯れ葉を集めて火を起し始めたが、煙ばかりでなかなか火がつかない。
煙よけに鬼の面をつけてフゥ、フゥ、とやっているところへ、見張りの大男が戻って来た。
おせつが煙の中から顔を上げると「ギャ、出たぁ!」と叫んで、博打場のお堂へ飛び込んで行った。
てっきり警察が来たと勘違いしたお堂の連中は大騒ぎ、大慌てで一目散にその場を放ったらかして逃げ出した。
余計な道草を食ったおせつは急いで家に向かった。
戸を叩くおせつの声に父親は、おせつが店をしくじったか、故郷が恋しくなって帰って来たと思い、母親のおかめに甘い顔は見せるなと言っておせつを中に入れた。
母親の元気な顔を見てすっかり安心したおせつから事情を聞いた父親は納得はしたものの、誰にことわりもなく店を出てきたと知り、今頃は店で大騒ぎになっているだろうから、泊らずにすぐ店に戻るように言い含める。
家中の物を食べさせ、着物も取り替え、おせつはとんぼ返りで父親と大阪へ引き返す。
途中、お堂の近くに差しかかった時に、おせつは先ほどあった話をする。
お堂に入って見ると中にはサイコロや金が散らばっている。
父親はこれを手拭に包んで懐に入れ、二人は大阪へ急いだ。
一方、十一屋ではおせつがいなくなったと大騒ぎの真っ最中。
旦那は、おかみさんがねちねちとおせつをいじめたから出て行ってしまったのだなんて、自分のしたことをすっかりと忘れて、人のせいにしている。
店中の者が井戸、手水場、川、枝振りのいい松など探し回っている所へおせつが帰って来た。
いきさつを聞いた旦那、もとはと言えば自分が火元でばつが悪く、責任を押しつけられたおかみさんからもとっちめられてしどろもどろだが、とにかくおせつの無事な顔を見て安心し、その親思いぶりに感心し、こんな嬉しいことはない。
やっと店の中も落ち着いた頃、父親は警察に届けて来ると金の包みを取り出した。
お堂の一件を聞いた旦那は金を数えさすと二百円の大金だ。
旦那はこの金はいずれお前たちの物になると言う。
博打の金など自分の物だと言って警察に取りに来る者はいないからだ。
父親 「えぇ!この金がみな、わたいらのもんに。こんなにぎょ~さんにいただきまして、ありがとぉございます」
旦那 「礼を言うねんやったら、この鬼の面に言うべきじゃろなぁ」
父親 「鬼さんありがとぉ、わてら、来年になったら大金持ちでんなぁ」
旦那 「まぁ、そういうこっちゃなぁ」
父親 「へぇ~、今この鬼の面が笑ろたで」
旦那 「あぁ、来年の話、したさかいやろ」
落語用語解説
鬼の面(おにのめん)
節分などで使われる鬼の顔を模した面。この噺では、お多福の面と入れ替えられる小道具として重要な役割を果たす。煙よけにつけた鬼の面が博打場を大混乱させる場面は、この噺の白眉。
お多福の面(おたふくのめん)
福をもたらすとされる、丸顔で笑顔の女性の面。「お多福」は「多くの福」を意味する縁起物。この噺では、おせつが母親に似ていると大切にしていた面で、母親への思慕の象徴として描かれている。
来年の話をすると鬼が笑う(らいねんのはなしをするとおにがわらう)
先のことは分からないという意味の諺。将来のことを確実であるかのように話すことを戒める言葉。この噺では、文字通り鬼の面が笑っているという状況と掛けた地口オチとして使われる。
奉公(ほうこう)
商家や武家に雇われて働くこと。江戸時代、貧しい家の子供は幼い頃から奉公に出されることが多かった。おせつは12歳で子守として奉公しており、当時の社会状況が反映されている。
池田(いけだ)
大阪府池田市。大阪市内から北へ約15キロの場所にある。この噺では、おせつの故郷として設定されており、十一屋がある大阪市内からの距離感が物語の展開に影響している。
博打(ばくち)
賭博のこと。江戸時代は禁制だったが、密かに行われていた。この噺では、お堂で博打をしていた連中が鬼の面を見て警察が来たと勘違いして逃げ出すという設定になっている。
十一屋(じゅういちや)
商家の屋号。大阪の商家という設定で、おせつが奉公している店。旦那のいたずら好きな性格が、物語の発端となる。
よくある質問
Q1: この落語はどの地域の演目ですか?
A: 上方落語の演目です。登場人物が関西弁で話し、大阪や池田が舞台として登場することから、上方落語であることが分かります。上方落語特有の温かみのある人情噺として親しまれています。
Q2: なぜおせつはお多福の面を大切にしていたのですか?
A: 母親に似ていたからです。12歳で奉公に出されたおせつは、母親に会えない寂しさをお多福の面で癒していました。毎晩お多福の面に話しかける場面は、母親への思慕の深さを表しており、この噺の感動的な要素となっています。
Q3: なぜ博打場の連中は逃げ出したのですか?
A: 見張りが「鬼が出た」と叫んで逃げ込んできたため、警察が来たと勘違いしたからです。実際には、おせつが煙よけに鬼の面をつけていただけでしたが、この偶然が博打場を大混乱に陥れ、結果的におせつの家族に大金をもたらすことになりました。
Q4: 最後のオチ「来年の話をしたから鬼が笑った」の意味は?
A: 二重の意味があります。一つは諺の「来年の話をすると鬼が笑う」(先のことは分からない)という意味、もう一つは文字通り鬼の面が笑っているという意味です。父親が「来年になったら大金持ち」と言ったことで、鬼の面が笑ったという地口オチになっています。
Q5: この噺のテーマは何ですか?
A: 親子の情愛と、いたずらが思わぬ良い結果を生むという教訓がテーマです。おせつの母親思いの純真さ、旦那のいたずら、そして偶然が重なって皆が幸せになるという展開は、上方落語特有の温かみのある笑いと感動を提供しています。
名演者による口演
三代目桂米朝
米朝の「鬼の面」は、おせつの純真さを丁寧に描いた名演として知られています。お多福の面に話しかける場面、鬼の面を見て驚く場面、博打場での騒動と、それぞれの場面でおせつの心情が手に取るように伝わります。最後のオチも温かみがあります。
二代目桂春団治
春団治の演じるおせつは、12歳の少女らしい可愛らしさが際立ちます。旦那のいたずら好きな性格も生き生きと描かれ、博打場での大騒動も臨場感たっぷりに演じられます。上方落語の伝統を感じさせる口演です。
五代目桂文枝
文枝は、登場人物一人一人のキャラクターを明確に演じ分けます。おせつの純真さ、旦那の陽気さ、父親の厳しさと優しさ、そして博打場の連中の慌てぶりと、それぞれが印象的に描かれます。構成力の高さが光る口演です。
桂雀三郎
雀三郎の「鬼の面」は、現代的な感覚を加えながらも、古典落語の良さを失わない口演として評価されています。おせつの母親思いの純真さを前面に出し、聴く者の心に温かい感動を与えます。
関連する落語演目
子供・奉公人を主人公とした噺
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この噺の魅力と現代への示唆
「鬼の面」は、親子の情愛といたずらが生む偶然の幸運を描いた、温かみのある上方落語です。
おせつの母親思いの純真さは、現代でも心を打ちます。12歳で奉公に出され、母親に会えない寂しさをお多福の面で癒す姿は、親子の絆の深さを表しています。
旦那のいたずらは、悪意のない子供じみたものでしたが、それが思わぬ大騒動を引き起こします。しかし、最終的には皆が幸せになるという展開は、人生の不思議さと偶然の力を感じさせます。
博打場での騒動は、偶然が重なって悪事を働く者たちが懲らしめられ、善良な人々が報われるという勧善懲悪の要素を含んでいます。おせつの鬼の面が、結果的に博打場を壊滅させたという皮肉は、痛快な笑いを生み出します。
「来年の話をすると鬼が笑う」というオチは、先のことは分からないという教訓を含んでいます。父親が「来年になったら大金持ち」と言った瞬間、鬼の面が笑ったという地口は、諺と状況を見事に重ね合わせた秀逸な落ちです。
親子の愛、いたずら、偶然、そして勧善懲悪。「鬼の面」は、上方落語特有の温かみのある笑いと感動を提供する、心に残る一席なのです。
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