お見立て
お見立て(おみたて) は、花魁が嫌いな客を避けるために「死んだ」と嘘をついた結果、墓参りに発展し、適当な墓を案内するも戒名でバレてしまう廓噺の傑作。**「へえ、よろしいのを一つ、お見立て願います」**というオチが秀逸です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | お見立て(おみたて) |
| ジャンル | 古典落語・廓噺 |
| 主人公 | 喜助(若い衆)・喜瀬川(花魁)・杢兵衛(客) |
| 舞台 | 吉原・山谷の墓地 |
| オチ | 「へえ、よろしいのを一つ、お見立て願います」 |
| 見どころ | 嘘が雪だるま式に大きくなる展開、花魁選びと墓選びの言葉遊び |
3行でわかるあらすじ
吉原の花魁・喜瀬川が大嫌いな田舎者の杢兵衛大尽を避けるため、若い衆の喜助が「死んだ」と嘘をつく。
杢兵衛が墓参りを希望し、山谷の墓地で適当な墓を指さして線香を上げる。
戒名が「信士」や「童子」でたらめがバレ、「よろしいのを一つ、お見立て願います」というオチ。
10行でわかるあらすじとオチ
吉原の花魁・喜瀬川が、大嫌いな田舎者の杢兵衛大尽の来訪で機嫌が悪い。
喜瀬川は若い衆の喜助に「病気だ」と嘘をつかせるが、杢兵衛は見舞いに行くと言う。
困った喜助は「死んだ」と伝えると、杢兵衛は「恋い焦がれ死にした」と諦められる。
杢兵衛が墓参りを希望し、山谷の寺と答えてしまった喜助は引き返しがつかない。
喜助の案内で山谷の墓地を訪れ、適当な墓を喜瀬川の墓だと嘘き、線香と花で飾る。
杢兵衛が涙で線香を上げていると、煙間で戒名が見え「信士」や「童子」でおかしい。
「陸軍歩兵上等兵」の墓もあり、でたらめさが露呈する。
杢兵衛が「喜瀬川の本当の墓はどれだ」と質問する。
喜助は「よろしいのを一つ、お見立て願います」と答えるオチで終わる。
解説
「お見立て」は、吉原の花魁と客の人間関係を素材にした廓噺(よしわら・ばなし)です。
嘘が雪だるま式に継ぎ足されていく構成が特徴的で、「病気」から「死亡」、そして「墓参り」へと最初の小さな嘘がどんどん大きくなっていきます。
山谷の墓地での場面は、適当に選んだ墓で線香を上げさせる喜助のいい加減さが笑いを誘います。
最後のオチ「よろしいのを一つ、お見立て願います」は、同名の吉原の用語「お見立て」(客が花魁を選ぶこと)と「墓を選ぶ」ことをかけた秀逸な言葉遊びで、嘘が招いた状況のブラックユーモアとなっています。
喜助の絶体絶命さと、杢兵衛の天真さを対比させた極の効いたコメディです。
成り立ちと歴史
「お見立て」は江戸後期に成立したとされる廓噺の代表作で、吉原遊郭の風俗を背景にした落語の中でも特に人気の高い演目です。吉原は江戸幕府公認の遊郭として1617年に開設され、独自の文化やしきたりが発展しました。「お見立て」という言葉自体が吉原の専門用語で、客が花魁を選ぶ際に用いられた表現です。この噺は、その用語を墓選びに転用するという大胆な言葉遊びで成り立っています。
この噺の原型は、江戸時代の笑話集や小咄にも類似した話が見られ、「嘘が次第に大きくなる」という普遍的な喜劇構造を持っています。落語として整えられたのは幕末から明治にかけてとされ、初代三遊亭円遊や四代目橘家円喬といった明治期の名人たちが高座に掛けていた記録があります。特に花魁の気位の高さと若い衆の板挟みという構図は、吉原の人間関係をリアルに描いたものとして、当時の聴衆に強い共感を呼びました。
演者の系譜としては、八代目桂文楽と五代目古今亭志ん生がそれぞれ独自の型で演じ、「お見立て」を代表的な廓噺に押し上げました。文楽は吉原の格式と雰囲気を丁寧に描く端正な演出、志ん生は喜助の飄々とした人柄を前面に出す演出で知られています。その後、三代目古今亭志ん朝が父・志ん生の型を受け継ぎつつ独自の解釈を加え、現代の廓噺の手本となっています。現在も多くの落語家が手がける人気演目です。
あらすじ
吉原の花魁の喜瀬川、久し振りに大嫌いな田舎者の杢兵衛(もくべえ)大尽が来ているので機嫌が悪い。
なにしろ顔を見るだけで吐き気がし、虫唾(むしず)が走り、震えが来て止まらないほどで、いくら商売とはいえいやな者はいやなのだ。
一方の杢兵衛大尽、喜瀬川にメチャ惚れ、ベタ惚れのバカ惚れで、嫌われているのをまったく気づかず、年季が明けたら、「夫婦(ひぃいふう)になる身」なんて勝手に思っているから始末におえない。
喜瀬川は若い衆の喜助に、「病気だと、ごまかして追い返しとくれ」と頼むが、杢兵衛大尽、「病気なら見舞いに行ってやんべえ、病院はどこだ」とひるまない。
喜助は客の見舞いは吉原ではきつい御法度になっていると、うまく切り抜けたつもりが、杢兵衛さん、「それなら国元の兄が来たと言えばいい」と、引き下がらない。
困った喜助が喜瀬川に取り次ぐと、「めんどうだから、死んだと言っておしまいよ」と、どっちもどっちだ。
喜助が「言いにくい事ですが、喜瀬川花魁は亡くなりました。恋い焦がれ、惚れぬいた杢兵衛大尽が長い間顔を見せないので、やせ細って焦がれ死にしました」なんて白々しい言いぐさに、杢兵衛大尽、「喜瀬川がまだそこらに居るような気がするが」、そりゃあそうだ近くでピンピンしているのだから。
杢兵衛さん「死んだんでは仕方ねぇ、帰(けぇ)るとしようか」で、二人の間を行ったり来たりの喜助もほっとするのも束の間、「一度帰るとなかなか出て来れねぇから墓参りすべぇ。寺はどこだ」と来て、喜助も言葉に詰り、「墓は山谷か?」に、うっかり「はい、そうです」と答えてしまった。
これを聞いた喜瀬川、「馬鹿だねぇ~、そんな近いとこ。
同じ言うなら、肥後の熊本とか稚内とか言えばいいのに。山谷に行って好きなお寺で好きなお墓を案内してあげな」と依然、ふてぶてしく、しゃあしゃあしている。
喜助の案内で吉原を出て山谷に来た杢兵衛さんに、喜助は「どの寺にしましょうか」なんて無責任で投げやりだ。
喜助は適当な禅寺に入り、線香と花を大量に買い込んだ。
墓場に入っていい加減に、この墓が喜瀬川花魁の墓だと言って、墓石の回りを花で埋め、線香を松明(たいまつ)のように焚いて墓石を煙に巻く。
杢兵衛さんは墓の前で涙ながらに線香を上げて手を合わせる。
ノロシ(狼煙)のような線香の煙と花の間からひょいと戒名を見ると、「○○○信士 天保三年」で、男で昔の墓でふざけるなだ。
次のは「○○○童子」で子どもの墓、その次のは「陸軍歩兵上等兵・・・」で、このでたらめさにあきれた、
杢兵衛 「いってぇ、喜瀬川の本当の墓はどれだ」
喜助 「へえ、よろしいのを一つ、お見立て願います」
落語用語解説
お見立て(おみたて)
吉原で客が花魁を選ぶこと。高級遊女との遊びは「見立て」から始まり、客は花魁を指名する。この噺のオチは、本来は花魁を選ぶ「お見立て」が、墓を選ぶ「お見立て」に転じた言葉遊びになっている。
花魁(おいらん)
吉原の最高位の遊女。位が高く、客を選ぶ権利もあった。年季(契約期間)が明けるまでは自由に外出できず、吉原の中で暮らした。この噺の喜瀬川は、客を嫌う権利を持つほどの高級花魁という設定。
大尽(だいじん)
金持ちの客。遊郭に大金を落とす裕福な客のこと。田舎の地主や商人が江戸に出て吉原で豪遊するのが典型的なパターン。杢兵衛は田舎者の大尽という設定。
山谷(さんや)
現在の台東区日本堤・清川あたりの地域。江戸時代から寺町として知られ、多くの寺院と墓地があった。吉原から近く、この噺では墓参りの舞台となる。
若い衆(わかいしゅ)
遊郭で働く男性従業員。客の案内や雑用を担当した。この噺の喜助は、花魁の無茶な要求と客の純情さの板挟みになる若い衆の典型的な姿を体現している。
戒名(かいみょう)
仏教で死後につけられる名前。性別や年齢、身分によって「信士」「信女」「童子」「童女」などの位号がつく。この噺では、男性の墓や子供の墓を花魁の墓と偽るため、戒名で嘘がバレてしまう。
焦がれ死に(こがれじに)
恋い慕って死ぬこと。江戸時代の人情噺でよく使われる表現。喜助は杢兵衛に「喜瀬川が杢兵衛を慕って焦がれ死にした」という白々しい嘘をつく。
よくある質問
Q1: この落語はどの地域の演目ですか?
A: 江戸落語の演目です。吉原を舞台にした廓噺で、江戸の噺家によって演じられてきました。吉原は江戸(現在の東京)にあった公許の遊郭で、多くの落語の舞台となっています。
Q2: なぜ喜瀬川は杢兵衛を嫌ったのですか?
A: 田舎者で野暮ったく、しつこい杢兵衛の性格が生理的に受け付けなかったという設定です。花魁は高級遊女で客を選ぶ権利もあり、いくら商売とはいえ、どうしても嫌な客は避けることができました。杢兵衛の一方的な思い込みと、喜瀬川の嫌悪感の対比が笑いのポイントです。
Q3: なぜ喜助は山谷と答えてしまったのですか?
A: 杢兵衛に「墓は山谷か?」と聞かれて、とっさに「はい」と答えてしまったからです。喜助の機転の無さと、嘘が雪だるま式に大きくなっていく様子が描かれています。喜瀬川に「肥後の熊本とか稚内とか言えばいいのに」と叱られる場面が、この失敗を強調しています。
Q4: 最後の「お見立て願います」というオチの意味は?
A: 二重の意味があります。一つは文字通り「墓を選んでください」という意味、もう一つは吉原での「花魁を選ぶ(お見立て)」という意味です。本来は花魁を選ぶはずが、墓を選ぶ羽目になったという皮肉な状況を、言葉遊びで表現した秀逸なオチです。
Q5: なぜ戒名で嘘がバレたのですか?
A: 戒名には性別や年齢を示す位号がつくからです。「信士」は成人男性、「童子」は子供に使われるため、若い女性の花魁の墓としては明らかにおかしいのです。さらに「陸軍歩兵上等兵」という近代の墓まで指してしまい、喜助のでたらめさが露呈します。
名演者による口演
三代目古今亭志ん朝
志ん朝の「お見立て」は、喜瀬川の我儘さと杢兵衛の純情さの対比が見事です。喜助が板挟みになって右往左往する様子を、テンポ良く演じます。墓場での場面では、線香の煙で戒名が見えにくくなるという状況描写が秀逸で、最後のオチまで一気に引き込みます。
五代目古今亭志ん生
志ん生の演じる喜助は、どこか憎めない愛嬌があります。嘘を重ねていく過程を飄々と演じ、墓場での適当な対応も志ん生らしいユーモアで表現。杢兵衛の田舎訛りと純情さも巧みに描き分けます。
八代目桂文楽
文楽の「お見立て」は、吉原の格式と雰囲気を丁寧に描きます。花魁の位の高さ、若い衆の立場、大尽の存在感など、登場人物一人一人のキャラクターが明確です。墓場での場面も緻密に構成され、オチまでの流れが自然です。
十代目柳家小三治
小三治は、喜助の内面の焦りと困惑を丁寧に描きます。嘘が雪だるま式に大きくなっていく過程での心理描写が巧みで、墓場で追い詰められていく様子が手に取るように分かります。最後のオチも、諦めと機転が混ざった絶妙な言い方で締めくくります。
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この噺の魅力と現代への示唆
「お見立て」は、嘘が雪だるま式に大きくなっていく様子を描いた、ブラックユーモアの効いた噺です。
最初は「病気」という小さな嘘でしたが、杢兵衛が見舞いに行くと言い出したため「死んだ」という大きな嘘になり、さらに墓参りという事態にまで発展します。
これは現代社会にも通じる教訓です。小さな嘘は、それを取り繕うためにさらに大きな嘘が必要になり、やがて収拾がつかなくなります。
喜助の右往左往ぶりは、板挟みになった人間の苦悩を描いています。花魁の無茶な要求と、客の純情さの間で、若い衆は必死に立ち回らなければなりません。
山谷の墓場での場面は、この噺の白眉です。適当な墓を花魁の墓と偽り、大量の線香と花で煙に巻こうとする喜助の必死さ。しかし、戒名という決定的な証拠で嘘がバレてしまう展開は、嘘の虚しさを表しています。
「よろしいのを一つ、お見立て願います」という最後のオチは、もはや開き直った喜助の姿を表しています。本来は花魁を選ぶ「お見立て」が、墓を選ぶ「お見立て」になってしまったという皮肉。
嘘の怖さ、板挟みの苦悩、そして言葉遊びの妙。「お見立て」は、笑いの中に人間の業を描いた、奥深い一席なのです。
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