臆病源兵衛
3行でわかるあらすじ
極度の怖がり屋の源兵衛が女性との出会いに釣られて夜中に隠居の家へ行く。
脅かそうとした八五郎の睾丸を握って気絶させ、隠居に脅されて墓場へ運ぶ。
八五郎が蘇って寺の庭を極楽と勘違いし、最後に女性に「地獄ですかい?」と聞いて「銘酒屋ですよ」と答えられる。
10行でわかるあらすじとオチ
極度の臆病者で夜は絶対に外出しない源兵衛だが、女好きで知られている。
隠居と八五郎が源兵衛を脅かそうと、女性が待っているとでっち上げて夜中に呼び出す。
期待に胸躍らせてやって来た源兵衛だが、もちろん女性などいない。
隠居が源兵衛に茶の準備をさせ、暗い台所で八五郎が箒で顔をなでて驚かそうとする。
驚いた源兵衛が八五郎の睾丸を思い切り握ったため、八五郎は気絶してしまう。
隠居は源兵衛を「殺人犯になる」と脅し、葛籠に入れて高輪の寺の墓地に捨てに行かせる。
恐る恐る墓地まで運んだ源兵衛は、門前に葛籠を置いて一目散に逃げ帰る。
品川帰りの酔っ払い3人組が葛籠を触って八五郎が目覚め、寺の庭を見て「極楽だ」と勘違いする。
寺男に追われて「地獄だった」と勘違いし、出会った女性に「ここは地獄ですかい?」と尋ねる。
女性が「冗談じゃありませんよ。表向きは銘酒屋ですよ」と答えて、地獄と銘酒屋の語呂合わせで落ちる。
解説
「臆病源兵衛」は、江戸時代の電気のない暗闇への恐怖を背景にした古典落語の代表的な滑稽噺です。
この演目の見どころは、極度の怖がり屋である源兵衛の性格設定と、人を驚かそうとした悪戯が思わぬ展開を招くという構成の妙にあります。源兵衛の臆病ぶりと女好きという相反する性格が物語の発端となり、八五郎の悪戯が裏目に出るという因果応報的な展開が笑いを誘います。
特に注目すべきは最後のオチで、江戸時代の「地獄」が岡場所(私娼窟)を指す隠語だったという文化的背景が活かされています。八五郎が混乱して「地獄ですかい?」と尋ねた相手が、実際に銘酒屋(酒場)の女性だったという二重の意味が込められており、言葉遊びと状況の面白さが絶妙に組み合わされた秀逸な落ちとなっています。
演じる際は、源兵衛の極度の臆病ぶりを大げさに表現し、八五郎の混乱ぶりを滑稽に演じることで、キャラクターの対比を際立たせることがポイントです。
あらすじ
たいそうな怖がり屋の源兵衛さん。
日が暮れてからは一歩も外へは出ず、夜は一人で便所にも行けない臆病者で、ついた仇名が臆病源兵衛。
横丁の意地悪隠居と八五郎が源兵衛を脅かして、震え上がってうろたえる様子を楽しもうと相談する。
女好きだがちっとももてない助兵衛な源兵衛を、ちょっといい年増が待っていると誘う。
源兵衛は夜は怖くて外へは絶対に出られないのだが、色気には逆らえず待ち合わせの隠居の家に恐々(こわごわ)だが、期待に胸をときめかしてやって来た。
むろん、年増女なんぞは待っていやしない。
源兵衛 「ご隠居、ほんとにこんな暗い中を一人で来るんですかい。夜叉か幽霊みたいな女ですねえ」
もう帰るという源兵衛を隠居は何やかやと言って引き止める。
隠居は源兵衛に、女が来たら茶を入れるから鉄瓶に水を入れてきてくれと頼む。
恐る恐る、震えて小便をちびりながらながら暗い台所へ行った源兵衛の顔を、隠れて待ち構えていた八五郎が箒(ほうき)で顔をなでた。
源兵衛は「キャァ~」と叫んで、八五郎の睾丸を思い切り握ったので、八五郎は目を回してしまう。
状況を察知した隠居はさらに悪だくみを追加する。
隠居 「お前は八五郎を握り殺してしまった。
バレれば市中引き廻しのうえ、獄門、さらし首、間違いなしだぞ。気づかれないうちに、葛籠(つづら)に入れて高輪の寺の墓地に捨てて来い」と脅す。
源兵衛は夜中に一人で高輪の寺までなんて怖くてしょうがないのだが、隠居に獄門、さらし首と何度も脅されて、葛籠を担いで必死に高輪へ向かった。
やっとの思いで寺に着いた源兵衛はとても墓地の中までは入れずに、門前に葛籠を放り出して一目散に逃げ帰ってしまった。
しばらくして品川からの遊び帰りの酔った三人組が通り掛かる。
葛籠を見て泥棒が置いて逃げたものと思って、中に手を突っ込んでまさぐり始めた。
あちこちをさわられて、くすぐったくて八五郎はくしゃみをして息を吹き返した。
びっくりして三人組は逃げてしまった。
葛籠から出た八五郎、ふらふらと寺に入って綺麗な庭と月明かりに照らされた蓮(ハス)の池を見ているうちに、
八五郎 「ありがてえや、ここは極楽だよ」、と勘違いして、ぐるぐると歩いているうちに寺男に見つかって追いかけられるハメに。
八五郎 「なんでぇ、鬼が追いかけて来やがら。やっぱりここは地獄の血の池だったか」、寺から出て、ちょっとうらぶれた路地のようなところへさ迷い出た。
ちょうど家の前にいたちょっといい女に、
八五郎 「姐さん、ここは地獄ですかい?」
女 「冗談じゃありませんよ。表向きは銘酒屋ですよ」
落語用語解説
臆病(おくびょう) – 極度の怖がりのこと。この噺の源兵衛は日が暮れると一人で外に出られないほどの臆病者として描かれており、江戸時代の夜の暗さがどれほど恐ろしかったかを物語っています。
葛籠(つづら) – 竹を編んで作った大型の収納容器。衣類や道具を収納するために使われ、持ち運びも可能でした。この噺では八五郎を入れて運ぶ道具として登場します。
高輪(たかなわ) – 江戸の南部にあたる地域で、現在の東京都港区。寺や墓地が多くあり、夜は人通りが少ない場所として知られていました。
銘酒屋(めいしゅや) – 表向きは酒を売る店ですが、江戸時代には岡場所(非公認の遊女屋)の隠語として使われていました。「地獄」も岡場所を指す隠語だったため、このオチが成立しています。
品川(しながわ) – 東海道の第一宿場町で、遊廓が栄えていました。「品川帰り」とは遊郭で遊んだ帰りという意味で、酔っ払った三人組という設定に説得力を持たせています。
獄門・さらし首 – 江戸時代の重罪に対する刑罰。罪人の首を晒すことで見せしめとする公開処刑の一種でした。隠居がこれで源兵衛を脅すことで、源兵衛を恐怖に陥れます。
よくある質問(FAQ)
Q: 臆病源兵衛は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。舞台が高輪や品川といった江戸(東京)の地名であり、江戸っ子の気質や江戸の風俗を背景にした作品です。
Q: なぜ源兵衛は八五郎の睾丸を握ったのですか?
A: 暗闇の中で箒で顔を撫でられて驚愕した源兵衛が、反射的に手を伸ばした先がたまたま八五郎の睾丸だったという偶然です。極度の恐怖から我を忘れて握りしめたため、八五郎が気絶してしまいました。
Q: 「地獄」と「銘酒屋」のオチの意味は?
A: 江戸時代、「地獄」は岡場所(非公認の遊女屋)を指す隠語でした。八五郎が「地獄ですかい?」と尋ねた相手が銘酒屋(これも岡場所の隠語)の女性だったという二重の意味を持つ言葉遊びです。
Q: なぜ八五郎は寺の庭を極楽だと勘違いしたのですか?
A: 気絶から目覚めた直後で混乱していたこと、月明かりに照らされた美しい庭園と蓮の池を見たこと、そして「死んだ」と思い込んでいたことが重なり、仏教の極楽浄土を連想したためです。
Q: この噺の教訓は何ですか?
A: 「人を驚かそうとすると自分に跳ね返ってくる」という因果応報の教訓です。八五郎と隠居が源兵衛を脅かそうとした悪戯が、結果的に八五郎が気絶して墓地に運ばれるという災難につながりました。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
古今亭志ん生(五代目) – 戦後落語界の巨匠。源兵衛の臆病ぶりと八五郎の混乱を大げさに演じ、笑いを最大化する名人芸を見せました。
三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。江戸時代の暗闇の恐怖をリアルに表現し、登場人物それぞれの心理を丁寧に描く重厚な口演が特徴でした。
柳家小三治 – 現代の名手。源兵衛の臆病さと女好きという矛盾した性格を巧みに演じ分け、現代的な視点で笑いを引き出します。
春風亭一朝 – 実力派。八五郎の極楽から地獄への勘違いの変化を滑稽に演じ、テンポの良い語り口で聴衆を楽しませます。
関連する落語演目
同じく「怪談・臆病」がテーマの古典落語
「悪戯が裏目に出る」古典落語
「言葉遊び」がオチの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「臆病源兵衛」は、人間の恐怖心と欲望、そして因果応報をコミカルに描いた古典落語の傑作です。
この噺の最大の魅力は、極度の臆病者という設定と女好きという欲望の対比にあります。源兵衛は夜は絶対に外に出られないほどの怖がり屋なのに、女性との出会いという色気には抗えず、恐怖を押して出かけてしまいます。この「恐怖と欲望の葛藤」は、現代人にも共感できる普遍的なテーマです。
江戸時代の夜の暗さも重要な要素です。電気のなかった時代、夜は本当に真っ暗で、月明かりだけが頼りでした。現代の我々には想像しにくい恐怖ですが、この噺はその暗闇の恐ろしさをリアルに描いています。防犯灯やスマホの明かりがある現代では失われた感覚を、落語を通して追体験できます。
八五郎の悪戯が裏目に出る展開は、「人を驚かそうとすると自分に跳ね返る」という因果応報の教訓を含んでいます。現代でも、SNSでのいたずら動画が炎上して自分が非難されるなど、悪ふざけが自分に跳ね返ってくる事例は多くあります。
八五郎が極楽と地獄を勘違いする場面も興味深い描写です。美しい寺の庭を見て「極楽だ」と喜び、寺男に追いかけられて「地獄だった」と絶望する。同じ場所でも、状況によって天国にも地獄にも見えるという、人間の認識の相対性を示しています。現代でも、物事の見方は自分の心理状態で大きく変わることを教えてくれます。
オチの「地獄」と「銘酒屋」の二重の意味も秀逸です。江戸時代の隠語文化を活かしながら、八五郎の混乱ぶりを笑いに変えています。現代でいえば、ネットスラングや業界用語の誤解から生まれるコミュニケーションエラーに通じるものがあります。
現代への示唆として、この噺は「欲望に駆られて危険を冒すリスク」を教えています。源兵衛は女性との出会いという欲望のために、本来なら絶対に行かない夜道を歩き、結果的に殺人犯の濡れ衣を着せられる危機に陥ります。現代でも、詐欺や犯罪に巻き込まれる人の多くは、欲望につけ込まれています。
また、「悪ふざけの度が過ぎると取り返しのつかないことになる」という警告も含まれています。隠居と八五郎の悪戯は、八五郎が気絶して墓地に運ばれるという深刻な事態を招きました。現代のいじめやハラスメント問題にも通じる教訓です。
実際の高座では、演者によって源兵衛の臆病ぶりの強調や、八五郎の混乱の表現が異なり、それぞれの解釈が楽しめます。夏の納涼落語としても人気のある演目で、恐怖と笑いが融合した名作を、ぜひ生の落語会でお楽しみください。











