おかめ団子
3行でわかるあらすじ
貧しい大根売りが病気の母のために毎日団子を買いに来るが、団子屋の売上に驚いて泥棒に入る。
しかし庭で娘の自殺を止めたことから、店主に親孝行ぶりを気に入られて婿養子となる。
最後は「もとの商売が大根(こうこう)屋ですから」という言葉遊びで締める心温まる人情噺。
10行でわかるあらすじとオチ
麻布飯倉片町のおかめ団子屋は美人娘のお亀のおかげで大繁盛している。
毎日一盆だけ買いに来る大根売りを番頭が邪険に扱うが、店主が謝罪して親孝行話を聞く。
大根売りは団子屋の一日の売上の多さに驚き、自分の貧しさを痛感する。
寒い夜に病気の母を見て、せめて売上の半分でもあればと思い詰める。
ついに泥棒に入ろうと団子屋の庭に忍び込むが、娘のお亀が首を吊ろうとしているのを発見。
お亀は意に沿わない縁談を押し付けられて死のうとしていたが、大根売りが止める。
店主が駆けつけて事情を聞くと、大根売りは泥棒の動機を涙ながらに白状する。
店主は大根売りの親孝行ぶりと人柄に感動し、娘の婿にと考える。
お亀も命の恩人で優しそうな大根売りを受け入れ、めでたく結婚する。
最後に隠居した店主夫婦が「大根(こうこう)屋だから孝行」と言葉遊びで締める。
解説
「おかめ団子」は古典落語の中でも特に人情味豊かな作品として親しまれています。この噺の最大の魅力は、貧困と犯罪の間で揺れる主人公の心理描写の細やかさと、最終的に善意が報われる勧善懲悪の構造にあります。
物語の構成は非常に巧妙で、前半では商売における人間関係の温かさを描き、中盤では経済格差の現実を浮き彫りにし、後半では偶然の出会いが運命を変える劇的な展開を見せます。特に大根売りが泥棒に入ろうとする場面は、現代でも通じる貧困問題への共感を呼び起こします。
オチの「大根(こうこう)屋だから孝行」は、「だいこん」と「こうこう(孝行)」の音の類似を利用した言葉遊びです。この洒落は単なる語呂合わせではなく、大根売りの本質的な善良さを表現する効果的な締めとなっています。
また、この噺は江戸時代の商業社会における様々な職業の経済格差や、家族愛、商売の倫理観なども描かれており、当時の社会情勢を知る上でも価値の高い作品となっています。
あらすじ
麻布飯倉片町の名物「おかめ団子」の店。
美人で今年十八の一人娘のお亀さんが店に出て愛嬌を振りまくので大繁盛。
今日は木枯らしが吹いて往来には人影もなく、もう客も来そうもないので早仕舞いする。
そこへいつも団子を一盆だけ買いに来る棒手振りの若い大根屋が買いに来た。
番頭は今日は早仕舞いしたから売れないと、邪険にも大根屋を追い返した。
店先で番頭の大きな声がしたので、主人が何事か聞くと、
番頭 「毎日、夕方に一盆だけ買いに来る大根屋でございます。今日はもう店仕舞いして一盆ばかり面倒臭いから、団子の代わりに剣突を食わして追い返してやったんで」との言い草。
主人はすぐに小僧に大根屋を呼びに行かせ、番頭に、「家(うち)は団子を売るのが商売だよ。
たった一盆でも、それも毎日買いに来てくださるお客様は大事なお客様、ご常連様だ。
それをあろうことに剣突食わせて、追い返すとは商人(あきんど)の風上にもおけない。今度こんな事をしたら暇を出すよ」と厳しく意見する。
主人は小僧が連れて戻って来た大根屋に謝り話を聞くと、長患いで寝ている母親への土産という。
親孝行に感心した主人は自ら一盆包み、もう一盆を皿に乗せ大根屋に食べてもらう。
そばでは番頭たちが今日の売り溜めの勘定をしている。
その多さにびっくりして、
大根屋 「旦那様、その売り溜めは幾日分でごぜえますだ?」
主人 「今日一日の分だよ。
今日はこの風で少ないから十四、五貫くらいだろう。普段の日は二十貫以上はあるよ」
大根屋 「わしら朝暗えうちから大根洗って、一日中かついで売って八百か一貫、同じ商人でもえれえ違いでごぜえますなあ」と、驚きとむなしさで団子の包み持って中目黒まで帰って行った。
いつもより帰りが遅いせがれの顔と、いつもの土産の団子を見て、病身の老母も一安心。
美味そうに団子を食べて寝てしまった。
こんな寒い夜でも煎餅布団で寝ている老母の寝姿を見て自分のふがいなさがつくづく嫌になって来る。
それにつけても目に浮かぶのは今日の団子屋の売り溜めの金。
せめてあの金の半分でもあったらと、寝るに寝つかれず悶々としていたが、ひょっと布団の上に起き上がると、頬冠りして後ろから押されるように団子屋へ。
風で開いてしまった裏木戸から庭へ忍び込んだはいいが、むろん盗みに入るなどは初めてで、どうやって帳場までたどり着いたらいいか分らずウロウロしていると、雨戸が開いて娘のお亀さんが出て来た。
庭の小高い所まで行くと、「お父(とっつ)さん、お母(っか)さん。どうか先立つ不孝を許してくださいまし・・・」と、木の枝に緋鹿の子の扱帯(しごき)を投げ掛けて首をくくろうとする。
びっくり仰天した大根屋、駆け付けて抱き止めて「これ、何するだ!・・・」と、大声を張り上げた。
この声で目を覚ました主人はてっきり泥棒が入ったと思い店の者を起こすが、みな寝ぼけていてらちがあかない。
主人は雪洞(ぼんぼり)で庭の方を見透かして、事態を把握した。「ああ、泥棒でも何でもない。
あたしの勘違いで猫の喧嘩のようだ。もうここはいいから店に戻って寝なさい」と、店の者に気づかれないようにと追い返す。
主人はお亀に聞くと、意に沿わぬ婿を押しつけられたが、嫌と断ることも出来ずに思いあまって首を吊ろうとしたと言う。
それはそれで一件落着だが、
主人は娘の首吊りを止めてくれた男に礼を言おうと見ると、昼間の大根屋。
なぜこんな時間、こんな所に居るのが分からない。
大根屋 「旦那様の店の今日の売り溜めの半分でもあれば親子孝行ができる・・・悪いこととは知りながら・・・」と、涙ながらに白状した。
主人 「おい婆さん聞いたか。
盗み、泥棒をしてまでも親孝行がしたいという。
よく見ると顔立ちも優しいが、心根、気立ても優しい大根屋さんだ。お亀にはよかれと思って進めた縁談だが、お亀の気持ちをよく確かめもしなかったからこんな事になってしまった」
大根屋の親孝行と男っ振りに惚れ込んだ主人は娘の婿にと考える。
お亀も命の恩人、優しそうで自分を大切にしてくれそうな大根屋を嫌と言うはずもなく目出度し、目出度し。
お亀夫婦は大根屋の老母も団子屋に引き取り大切に看病、養生。
主人夫婦には楽隠居させ孝行を尽くし、店もますます繁盛。
隠居(主人) 「婆さん、こんな孝行息子見たことないな」
隠居(かみさん) 「そりゃそうですよ。もとの商売が大根(こうこ)屋ですから」
落語用語解説
棒手振り(ぼうてふり) – 天秤棒で商品を担いで売り歩く行商人。江戸時代の庶民的な商売形態で、野菜や魚などを売り歩きました。大根売りもこの一種で、資本が少なく始められる反面、収入は限られていました。
売り溜め(うりだめ) – 一日の売上高を数えること。江戸時代の商家では毎日終業後に売上を勘定する習慣があり、この噺では団子屋の繁盛ぶりを示す重要な場面として描かれています。
貫(かん) – 江戸時代の通貨単位。一貫は銭1000文に相当し、現代の価値で約1万円程度。二十貫なら約20万円相当の一日の売上ということになります。
商人の風上にもおけない – 商人として失格であるという意味の慣用句。商売の基本である顧客を大切にすることを怠った番頭を叱る際に店主が使う表現で、江戸商人の倫理観を示しています。
緋鹿の子の扱帯(ひがのこのしごき) – 赤い絞り染めの帯。若い娘が着物を着る際に使う華やかな帯で、この噺ではお亀が首吊りに使おうとする小道具として登場します。
雪洞(ぼんぼり) – 紙や絹を張った枠に蝋燭を入れた照明器具。江戸時代の夜間照明として使われ、この噺では店主が庭の様子を確認する場面で登場します。
よくある質問(FAQ)
Q: おかめ団子は江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 江戸落語の演目です。舞台が麻布飯倉片町、中目黒といった江戸(東京)の地名であり、江戸の商人文化を背景にした人情噺です。
Q: 「大根(こうこう)屋だから孝行」という言葉遊びはどういう意味ですか?
A: 「だいこん」を「こうこう(香香・漬物)」と読み替えて「孝行」に掛けた洒落です。大根の漬物を「こうこう」と呼ぶことから、大根売りだから孝行なのだという語呂合わせになっています。
Q: なぜ店主は泥棒に入った大根売りを婿にしたのですか?
A: 実際には盗みを実行する前に娘を救ったこと、そして泥棒に入ろうとした動機が母親の病気という親孝行心からだったことに感動したからです。店主は人間の本質的な善良さを見抜く目を持っていました。
Q: この噺の教訓は何ですか?
A: 主な教訓は「親孝行の尊さ」と「人を見る目の大切さ」です。大根売りの親孝行心が最終的に幸運を呼び、店主も表面的な条件ではなく人間性を見て婿を選びました。また、経済格差や貧困問題への共感も含まれています。
Q: なぜお亀は自殺しようとしたのですか?
A: 父親が決めた縁談を断れず、意に沿わない結婚を強いられることに絶望したからです。江戸時代の女性は自分の意思で結婚相手を選ぶことが難しく、親の決めた縁談に従わざるを得ない状況でした。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
古今亭志ん生(五代目) – 戦後落語界の巨匠。大根売りの貧しさと親孝行心を素朴に表現し、最後の言葉遊びのオチを軽妙に決める名人芸を見せました。
三遊亭圓生(六代目) – 人間国宝。人情噺の第一人者として、店主の温かさと大根売りの苦悩を丁寧に描き、聴衆の心を打つ重厚な口演で知られました。
柳家小三治 – 現代の名手。経済格差の問題を現代的な視点で演じながら、人間の善意が報われる展開を感動的に表現します。
春風亭一朝 – 人情噺を得意とする実力派。店主の商人としての矜持と、大根売りの親孝行の対比を巧みに演じ分けます。
関連する落語演目
同じく「親孝行」がテーマの古典落語
「貧困と善意」を描いた古典落語
「言葉遊び」がオチの古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「おかめ団子」は、貧困、親孝行、恋愛、商売という多様なテーマを巧みに織り交ぜた人情噺の名作です。
この噺の最大の魅力は、経済格差という社会問題を正面から描きながら、最終的に人間の善意が報われるという希望のある結末にあります。大根売りが一日中働いて得る収入が、団子屋の一日の売上の数十分の一しかないという現実は、現代の格差社会にも通じる問題です。
店主の「たった一盆でも大事なお客様」という言葉は、商売における顧客尊重の精神を示しています。現代のビジネスでも、小口の顧客を大切にすることの重要性は変わりません。利益の大小ではなく、すべての顧客を等しく尊重する姿勢が、長期的な信頼関係を築く基盤となります。
大根売りが泥棒に入ろうとする場面は、貧困が人を犯罪に追い込む現実を描いています。しかし彼は娘の自殺を見て、自分の罪を犯す前に他者を救うという本質的な善良さを示します。この場面は「人間の本質は困難な状況でこそ現れる」という真理を教えてくれます。
お亀の自殺未遂は、江戸時代の女性が置かれた立場を象徴しています。親の決めた縁談を断れない状況は、現代の視点から見れば理不尽ですが、当時の社会規範を反映しています。現代でも、家族の期待と自分の意思の間で悩む若者は多く、時代を超えた共感を呼ぶテーマです。
店主が大根売りを婿に選ぶ決断は、「人を見る目」の重要性を示しています。外見や経済状態ではなく、人間性や心根を見抜く力が、最終的に良い結果をもたらします。現代の採用面接や人間関係においても、この視点は重要です。
「大根(こうこう)屋だから孝行」という言葉遊びのオチは、深刻な人情噺を軽妙に締めくくる落語ならではの技法です。どんなに重いテーマでも最後に笑いで締めることで、聴衆に温かい余韻を残します。
現代への示唆として、この噺は「善意は必ず報われる」という希望のメッセージを伝えています。経済格差や貧困という現実的な問題を描きながら、人間の善良さと相互理解が最終的に幸福をもたらすという、普遍的な価値観を提示しています。
実際の高座では、演者によって大根売りの苦悩の表現や、店主の温かさの強調が異なり、それぞれの解釈が楽しめます。人情噺の深みと言葉遊びの軽妙さが融合した名作を、ぜひ生の落語会でお楽しみください。











