お文さん
3行でわかるあらすじ
船場の酒屋で作次郎が妾のお文さんとの隠し子を捨て子に偽装し、お文さんを乳母として店に住まわせる。
女中のお松が二人の関係を怪しんでお花に告げ口し、お花が定吉を問い詰めて真相を聞き出す。
最後に「お文」(人名)と「御文章」(仏教経典)の言葉遊びで見事なオチがつく。
10行でわかるあらすじとオチ
船場の酒屋万両の前に赤子が捨てられ、手紙には育ててほしいと書かれている。
実は作次郎と妾のお文さんの隠し子で、一緒に暮らすための又兵衛の仕組んだ芝居だった。
お文さんは乳母として万両に住み込み、若くて美人なので店は大評判で繁盛する。
作次郎は定吉に「お文に"さん"をつけて呼んではならん」と口止めする。
女中のお松が二人の怪しい関係に気づき、お花に「若旦那と乳母が怪しい」と告げ口する。
お花は定吉を呼んで「嘘をつけば毒饅頭で死ぬ」と脅して真相を聞き出す。
定吉は素直に作次郎とお文さんと子どものことを白状してしまう。
お花が「今、若旦那はどうしている?」と聞くと、定吉は「奥の間でお文を読んでいる」と答える。
お花は文のやり取りをしていると誤解して奥へ行くが、作次郎は「御文章」(仏教経典)を読んでいた。
定吉に「なぜお文さんと"さん"をつけないのか」と聞かれ、「お文に"さん"をつけたら暇を出される」と答える。
解説
「お文さん」は、江戸時代の商家の複雑な人間関係と、巧妙な言葉遊びが光る古典落語の傑作です。作次郎と妾のお文さんが一緒に暮らすために仕組んだ「捨て子偽装計画」は、現代でも通用しそうな大胆で巧妙な作戦です。
この噺の見どころは、女中のお松の嗅覚の鋭さと、お花の嫉妬心に満ちた探偵ぶりです。特に定吉を「毒饅頭で脅す」場面は、お花の必死さと定吉の素直さが対照的で笑いを誘います。また、店が繁盛する描写では、お文さんの美貌と愛想の良さが商売に与える効果を巧みに表現しています。
そして最大の見せ場は、「お文」という人名と「御文章」(蓮如上人の書いた仏教経典)を掛けた言葉遊びのオチです。作次郎が「お文に"さん"をつけるな」と言ったのは妾の名前を隠すためでしたが、結果的に御文章という経典名に「さん」をつけないという意味にも取れるという、二重の意味を持つ見事な構成になっています。
あらすじ
船場の酒屋の万両の前で丁稚の定吉が掃除をしていると、赤子を抱いた男が来て定吉に赤子を預けて立ち去ってしまった。
赤子の着物の中には万両の主人宛ての手紙が入っていて、わけあって子を捨てなければならず、育ててもらいたいと言う文面だ。
ちょうど息子の作次郎とお花の夫婦には子がなく、大旦那は天からの授かり物、いずれは店の跡取りにと赤子を育てようと考える。
すぐに定吉を手伝い(てったい)の又兵衛のところへ使いにやり、今日中にお乳母(んば)さんを探して連れて来るように頼む。
定吉は今日中に乳母なんて無理な話と思いながらも又兵衛の所へ行くと、又兵衛は待っていたかようにお乳母を連れて来る。
これは定吉も知っているもとは新地の芸者で、今は作次郎が鰻谷仲之町に囲っているお妾(てかけ)さんのお文さん。
さっきの赤子は二人の間の子どもで、どうしても三人一緒の家で暮らしたいというので、又兵衛が捨て子のようにして打った芝居だったのだ。
又兵衛は定吉に口止めし、お文さんを乳母として万両へ連れて行く。
若くて別嬪過ぎる乳母を見て大旦那はびっくりしたが、赤子を乳母に抱かせ赤子がお乳を飲む様子を見てひと安心で大満足。
一方の作次郎は二人の仲を知っている定吉を呼び、「これからはどこまでも乳母さんのつもりで、けっしてお文に"さん"をつけて呼んではならん。そんなことをすれば暇を出すぞ」と言い含める。
お文さんは乳母はもちろん、店先に出て客に愛想よく応対するのでこれが大評判で店はますます繁盛する。
万事順調だが女中のお松、ぺらぺらとよく喋るので"雀のお松"が、乳母のお文さんと作次郎の間が怪しいと嗅ぎつける。
早速、お松はお花さんにご注進だ。
お松 「あの乳母のお文は、御寮さんより数段いい着物を着て・・・若旦那と怪しい・・・」と告げる。
お花さんは真相を探ろうと定吉を呼ぶ。
餌に出された饅頭を美味そうに頬張っている定吉に、
お花 「・・・嘘をつけばその饅頭に入っている毒でお前は死んでしまう・・・」と脅すと定吉はぺらぺらと白状、お文さんと作次郎と子どものことを喋ってしまう。
お花 「今、若旦那はどうしています?」
定吉 「奥の間でお文を読んでいらっしゃいます」
お花 「なんと、同じ家に居ながら文をやり取りするとは、そりゃあんまり・・・」と、奥の間へ行って襖を開けかかると、中から若旦那の御文章を読む声が、「・・・されば、朝には紅顔ありて夕には白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば・・・」
部屋へ戻って定吉を呼んだお花、「あれは御文章、お文さんというもの。お文さんならなぜ"さん"をつけないのですか」
定吉 「お文に"さん"をつけたらあたしが暇を出されます」
落語用語解説
御文章(おふみ) – 浄土真宗中興の祖・蓮如上人が書いた仏教経典。正式には「御文」と呼ばれ、浄土真宗の信徒が日常的に読誦する重要な教典です。この噺では「お文さん」という人名と掛けた言葉遊びとして使われています。
丁稚(でっち) – 商家に住み込みで働く少年奉公人。基本的な雑用から商売の修行を行い、将来は番頭や店主を目指します。この噺の定吉は素直で口が軽い性格として描かれています。
手伝い(てったい) – 商家の雑用や使い走りをする者。この噺では又兵衛が手伝いとして登場し、作次郎の計画を手助けする重要な役割を担っています。
妾(めかけ) – 正式な妻以外の女性で、経済的に養われている愛人。江戸時代の商家では財力のある旦那が妾を囲うことは珍しくありませんでしたが、表向きは隠すべきこととされていました。
乳母(うば) – 授乳や育児を専門に行う女性。江戸時代の裕福な家庭では、出産後の母親に代わって乳母を雇うことが一般的でした。この噺では妾を乳母に偽装する設定が重要です。
船場(せんば) – 大阪の商業の中心地。江戸時代から続く老舗商家が軒を連ねる繁華街で、上方落語の舞台として頻繁に登場します。
よくある質問(FAQ)
Q: お文さんは江戸落語ですか、上方落語ですか?
A: 上方落語の演目です。舞台が船場(大阪)で、「手伝い(てったい)」「御寮さん」など上方の言葉遣いが使われています。江戸落語版も存在しますが、上方落語として演じられることが多い作品です。
Q: 「御文章」とは何ですか?
A: 浄土真宗の蓮如上人が書いた仏教経典で、正式には「御文(おふみ)」と呼ばれます。「白骨の御文章」として知られる一節が特に有名で、この噺では作次郎がその一節を読んでいる設定です。
Q: なぜ作次郎は定吉に「お文にさんをつけるな」と言ったのですか?
A: 表向きの理由は「御文章という経典の名前に"さん"をつけるのは失礼だから」ですが、本当の理由は「お文さんという妾の名前を隠すため」です。この二重の意味がこの噺の巧妙なオチとなっています。
Q: なぜお文さんを店に住まわせて店が繁盛したのですか?
A: 若くて美人のお文さんが店先で愛想よく客に応対したため、評判となって客が増えたのです。江戸時代の商売では看板娘の存在が重要な集客要素でした。
Q: このような「捨て子偽装」は実際にあったのですか?
A: 実際に江戸時代には、様々な事情で捨て子が存在しました。ただし、この噺のように妾との子を捨て子に偽装して家に入れるという手法は創作の可能性が高く、落語ならではの荒唐無稽な設定と考えられます。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
桂米朝(三代目) – 人間国宝。上方落語の第一人者として、この噺の巧妙な仕掛けと言葉遊びを丁寧に演じました。特に定吉の素直さとお花の嫉妬心の対比が見事でした。
桂枝雀(二代目) – エネルギッシュな演出で知られる名人。お松の告げ口場面やお花の毒饅頭で脅す場面を、独特のテンポとオーバーアクションで演じ、笑いを最大化しました。
桂文枝(六代目) – 人間国宝。品格のある語り口で商家の人間模様を描き、言葉遊びのオチを鮮やかに決める演出が特徴です。
桂ざこば(二代目) – 現代の上方落語の実力派。登場人物のキャラクターを明確に演じ分け、特に定吉の無邪気さとお花の疑い深さを対照的に表現します。
関連する落語演目
同じく「言葉遊び」がテーマの古典落語



「妾・不倫」がテーマの古典落語



「上方の商家」を描いた古典落語



この噺の魅力と現代への示唆
「お文さん」は、江戸時代の商家の裏側と人間の欲望を描いた作品ですが、現代にも通じる普遍的なテーマを含んでいます。
この噺の最大の魅力は、作次郎と又兵衛が仕組んだ「捨て子偽装計画」の大胆さと巧妙さにあります。妾との子を捨て子に見せかけ、妾を乳母として家に住まわせるという発想は、現代の目から見ても驚くべき計略です。しかし結果的に店が繁盛するという皮肉な展開が、この噺に独特の面白さを与えています。
女中のお松の告げ口は、現代の「職場の噂話」や「SNSでの拡散」に通じるものがあります。どの時代でも、人の秘密を暴こうとする好奇心と、噂を広めたがる人間の性質は変わりません。お松の「雀のお松」というあだ名は、おしゃべりな人への風刺として今でも使えそうです。
お花が定吉を「毒饅頭」で脅して真実を聞き出す場面は、夫の浮気を疑う妻の必死さを象徴しています。現代でもパートナーの浮気を疑う際、様々な方法で証拠を集めようとする人は多く、この場面は時代を超えた共感を呼びます。
そして「お文」と「御文章」の言葉遊びは、落語の言葉遊びの中でも特に巧妙な構成です。作次郎が「お文にさんをつけるな」と言った理由が、表向きは経典の名称だが、実際は妾の名前を隠すためだったという二重構造は、落語の言葉遊びの醍醐味を存分に味わえます。
現代への示唆として、この噺は「秘密は必ずバレる」という教訓も含んでいます。どれほど巧妙に隠しても、女中のお松のような鋭い目を持つ人が周囲にいれば、やがて真実は明るみに出ます。また、定吉のような「口が軽い人」を信頼しすぎることの危険性も示されています。
実際の高座では、演者によって定吉の素直さの表現や、お花の嫉妬心の強さが異なり、それぞれの解釈が楽しめます。特に上方落語の名手たちは、大阪商人の世界の人間模様を細やかに描き出し、言葉遊びのオチを鮮やかに決める演出が見事です。機会があれば、ぜひ生の落語会でお楽しみください。


