帯久
3行でわかるあらすじ
呉服屋泉屋が帯久に100両を貸すが、返済時に帯久が金を持ち帰って知らんぷり。
10年後、没落した泉屋が金を返してもらいに行くと殴られ、怒って放火しようとして捕まる。
大岡越前が指を縛る心理作戦で帯久から自白を引き出し、最後は「本卦」「本家」の言葉遊びで落とす。
10行でわかるあらすじとオチ
瓦屋町の善良な呉服屋泉屋与兵衛が、悪徳商人帯久に段階的に金を貸す。
大晦日に100両を返しに来た帯久だが、泉屋が席を外した隙に金を持ち帰る。
その後泉屋は家族を失い、店も火事で焼け、10年間病気で苦しむ。
回復した泉屋が帯久に金を返してもらいに行くと、罵倒され殴られて追い出される。
怒った泉屋が放火しようとして捕まり、大岡越前の裁きを受けることに。
大岡越前が帯久の指を縛り「忘れ物を思い出すおまじない」と心理的圧迫をかける。
3日間飯も食えず眠れない帯久がついに自白し、100両と10年分の利息150両を支払う。
泉屋の火つけの刑は「残金受け取り後」と言われ、帯久は慌てて即金で支払う。
最後に奉行が泉屋の年齢を聞くと「61歳でございます」「61とは本卦じゃな」。
泉屋「いえ、別家に居候しております」で、本卦(61歳)と本家の言葉遊びオチ。
解説
「帯久」は大岡政談の一つとして知られる勧善懲悪の古典落語です。善良な商人と悪徳商人の対比、そして知恵で悪を退治する大岡越前の機転が見どころとなっています。
特に印象的なのは、帯久の指を縛って心理的圧迫をかける場面です。「忘れ物を思い出すおまじない」として指を縛り、「勝手に解けば死罪」と脅すことで、物理的な拷問ではなく心理的な圧迫で自白を引き出します。これは大岡越前の知恵と慈悲を表現した名場面として評価されています。
オチは「本卦」(61歳の意味)と「本家」の言葉遊びです。奉行が泉屋に「61歳とは本卦じゃな」と言うのに対し、泉屋が「いえ、別家に居候しております」と答える掛け合いで、同音異義語を使った典型的な古典落語の落とし方となっています。
この噺は「泉屋政談」とも呼ばれることがありますが、悪役である「帯久」の印象が強く、一般的には「帯久」のタイトルで親しまれています。江戸時代の商人社会の人間関係や、勧善懲悪の価値観を反映した代表的な古典落語の一つです。
あらすじ
瓦屋橋の東側の瓦屋町三丁目呉服屋泉屋与兵衛は、町内の世話もよくするし、温厚な人柄で人望も厚く店はたいそう繁盛している。
一方、二丁目角の呉服屋帯屋久七(帯久)は、一癖ある陰気な男で、店も、「売れず屋」という仇名(あだな)がついている。
ある年の暮、帯久が「二十両用立てて欲しい」と泉屋に来た。
人のいい泉屋は無利息・無證文で用立てる。
しばらくして帯久は二十両を返し、三十両借りる。
二十日ほどで返し、五十両借り、二十日ほどで返した。
その次には百両を借りに来た。
泉屋は今度も無利息無証文で貸す。
大晦日の蔵屋敷の役人などが来て忙しい時に、帯久が百両を返しに来る。
泉屋は確かに百両を受け取るが、急な用で番頭に呼ばれ百両を置いたまま部屋を出る。
帯久はその金を懐(ふところ)に入れて帰ってしまった。
後で気がついた泉屋だが、自分の不注意、今年の厄落としとあきらめてしまう。
年が変わり、帯屋は「景品付き商売」という新アイデアで客を集め儲け始める。
一方の泉屋はケチがつき始め、娘のお花、女房がたて続きに死に、子飼いの番頭が店の金を持ち逃げする。
店も銭亀という相撲取り崩れが放火した瓦屋町の大火で全焼する。
悪運の強い帯久の店は火の手から免れた。
住む家も家族も失った泉屋は前年に別家させた番頭の武平の家でやっかいなって寝込んでしまった。
武平も商売をしくじって今は五丁目の裏長屋住まいだ。
武平の所で十年間の長わずらいしたが、やっと病気が抜けたのが、数えの61歳、還暦の本卦帰りの年。
もう一度、武平に泉屋の暖簾を上げてもらおうと、武平が止めるのも聞かずに帯久の店へ百両を返してもらいに行く。
泉屋は帯久からさんざん罵倒されたあげくに、眉間を割られて放り出される。
あまりの仕打ちの口惜しさに、店に火をつけようとした泉屋は帯久から訴えられて捕えられ、奉行所のお白州へ引き出され、大坂西町奉行の松平大隅守のお裁きが始まる。
むろんそれまでのいきさつ、泉屋与兵衛と帯久とのことなどを同心、与力に十分に調べさせている奉行は帯久に、「大晦日で間違いが起こらぬものでもないと、改めて持参いたそうと百両を持ち帰ったのを忘れておったのではないか」と再三鎌をかけ、「忘れた」と言い逃れが出来るよう誘導するが、帯久は絶対に返したと白(しら)を切る。
奉行は帯久に右手を出させ、人指し指と中指を紙で巻いて張り付け、判を押す。「これは物を思い出す呪い(まじない)である。封印を破る時は家は撤収、所払い申しつけるぞ」ときつく言い渡す。
帯久は紙が破れればえらいことになるというので、飯も食えず、風呂にも入れず四日もすると音を上げて出頭して、確かに百両持ち帰って忘れてしまいまだ返していないと白状する。
帯久に百両を返させた奉行は、「十年間の利息としてあと百両を出せ」と命じる。
帯屋の番頭が用意していた五十両を受け取った奉行は、「残りの五十両は、月賦にするか、年賦にするか」と聞くと、けちな帯久は年賦にするという。
仔細を書類にさせた奉行は、「泉屋与兵衛、火つけの大罪は免れなれぬ。そちを火あぶりの刑に処す」で、帯久は、「さすが名奉行、こんがり焼いたっておくなはれ」と大喜びするが、
奉行 「ただし、刑は泉屋が残金五十両を受け取った暁に行うぞ」
あわてた帯久 「今すぐ五十両払いますから、火あぶりにしてください」
奉行 「黙れ!今さら何を申す!」と帯屋をきつく叱り飛ばし、
奉行 「泉屋与兵衛、そちは今何歳になる」
泉屋 「六十一でございます」
奉行 「六十一とは本卦(本家)じゃな」
泉屋 「いえ、別家に居候しております」
落語用語解説
大岡政談(おおおかせいだん) – 江戸時代の名奉行・大岡越前守忠相を主人公とした裁判物語の総称。実際の大岡越前は町奉行として優れた業績を残しましたが、落語や講談で語られる逸話の多くは創作です。
本卦(ほんけ) – 61歳のこと。還暦(60歳)の翌年を指します。干支が一巡して元に戻ることから「本卦帰り」とも呼ばれます。このオチでは「本家」との同音異義語として使われています。
両(りょう) – 江戸時代の通貨単位。金貨の単位で、1両は現代の価値で約10万円程度に相当します。100両なら約1000万円という大金です。
別家(べっけ) – 本家から分かれた家のこと。泉屋は元々独立した店主でしたが、没落して番頭の武平の家に居候する身となり、「別家」に住んでいるという意味でこの言葉を使っています。
お白州(おしらす) – 奉行所の裁判が行われる場所。白い砂利が敷かれていたことからこの名で呼ばれました。被告人はここで座らされて取り調べを受けました。
所払い(ところばらい) – 江戸時代の刑罰の一つで、居住地からの追放刑。帯久が指の封印を破れば「所払い」になると脅されています。
よくある質問(FAQ)
Q: 帯久は上方落語ですか、江戸落語ですか?
A: 上方落語の演目です。舞台が大坂の瓦屋町で、松平大隅守(大坂西町奉行)が登場することからも明らかです。ただし江戸落語でも演じられることがあります。
Q: 大岡越前は実在の人物ですか?
A: はい、大岡忠相(1677-1752)は実在した江戸町奉行で、優れた行政官として知られていました。しかしこの噺での裁判は創作で、実際の大岡越前の記録には残っていません。
Q: 指を縛るという方法は実際に使われていたのですか?
A: いいえ、これは落語の創作です。実際の江戸時代の取り調べでは拷問も行われましたが、この噺の「心理的圧迫」は大岡越前の知恵と慈悲を強調するための演出です。
Q: 100両の現代価値はどのくらいですか?
A: 時代や物価によって変動しますが、おおよそ1000万円前後と考えられます。これは当時の呉服屋にとっても大金でした。
Q: なぜ泉屋は証文を取らずに金を貸したのですか?
A: 江戸時代の商人社会では、信用取引が重視されていました。泉屋の温厚で人を信じる性格と、帯久が段階的に信用を積み上げた狡猾さが描かれています。
名演者による口演
この噺を得意とした・している落語家をご紹介します。
桂米朝(三代目) – 上方落語の人間国宝。この噺でも格調高い語り口で大岡越前の知恵と威厳を見事に表現し、最後の言葉遊びオチも絶妙でした。
桂文枝(五代目) – 上方落語の重鎮として、泉屋の善良さと帯久の狡猾さの対比を鮮やかに演じ分けました。
桂春団治(三代目) – 伝統的な上方の語り口を守りながら、心理描写に優れた演出で知られました。
桂ざこば – 現代の上方落語界を代表する名手。帯久の悪辣さを強調した演出で観客を引き込みます。
関連する落語演目
同じく「大岡政談」系の古典落語
「勧善懲悪」がテーマの古典落語
「商人の世界」を描いた古典落語
この噺の魅力と現代への示唆
「帯久」は単なる勧善懲悪の物語ではなく、現代にも通じる深いテーマを含んでいます。
まず、「信用を積み上げて最後に裏切る」という帯久の手口は、現代の詐欺事件にも共通するパターンです。少額から始めて確実に返済し、相手の信用を得てから大金を騙し取る。この心理的操作は時代を超えて変わらない人間の弱点を突いています。
また、大岡越前の「指を縛る」という心理作戦は、物理的な拷問ではなく心理的圧迫で真実を引き出すという知恵を示しています。現代の取り調べでも、暴力ではなく心理学的アプローチが重視されるようになっており、この噺が先取りしていたとも言えます。
泉屋の10年間の苦難も印象的です。家族を失い、店を焼かれ、病気で苦しむ。しかし最後には正義が勝つという結末は、困難に耐える人への励ましのメッセージとも読めます。
最後の「本卦」と「本家」の言葉遊びオチは、深刻なドラマを笑いで締めくくる落語らしい技法です。正義が勝った後の明るい雰囲気を作り出し、観客を爽快な気分で帰すという配慮が感じられます。
実際の高座では、演者によって泉屋の善良さの表現や帯久の悪辣さの強調が異なり、それぞれの解釈が楽しめます。機会があれば、ぜひ生の落語会でこの名作をお楽しみください。









