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【古典落語】軒付け あらすじ・オチ・解説 | ウナギの茶漬け大作戦

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話芸の殿堂-古典落語-軒付け
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軒付け

3行でわかるあらすじ

浄瑠璃好きの男が「ウナギの茶漬け」をご馳走してもらうため、友達と一緒に軒下で浄瑠璃を語る軒付けに参加する。
下手な三味線しか弾けない天さんと共に何軒かまわるが、反吐と間違われたり病人がいると断られたりして失敗続き。
最後に耳の遠い海苔屋の婆さんの家で演奏するが、婆さんは「味噌の味が変わらないから上手」と皮肉なオチで終わる。

10行でわかるあらすじとオチ

浄瑠璃に夢中の男が友達のところに行き、浄瑠璃の会で失敗した話をしたところ、軒付けで修行しろとすすめられる。
軒付けとは人家の軒下で浄瑠璃を語ることで、うまくいけば「ウナギの茶漬け」をご馳走してもらえると聞いて参加を決める。
三味線弾きの松さんが来れず、代わりに紙くず屋の天さんが来るが、「テンツク、テンテン」「トテチン、トテチン」「チリトテチン」の3つしか弾けない。
最初の角の商家では反吐を吐いていると間違われてすぐに退散し、次の家では病人がいると断られてしまう。
3軒目では「寺子屋」を語り始めるが、なんと空き家で「貸家」の札が出ており、「間取りでも見ましょうか」と呑気なことを言う者もいる。
4軒目では「鎌倉三代記」を威勢よく語り始めると「じゃかましいやい」と怒鳴られ、だだけもんが暴れ込んできたと間違われる。
軒付けをあきらめた一同は、いつものように仲間内で語ることにして、路地の奥の耳の遠い海苔屋の婆さんの家に向かう。
婆さんは味噌の茶漬けで昼飯中だったが、喜んで奥の座敷を貸してくれて、「朝顔日記」大井川の段を語り始める。
下手な三味線で満足に語れない中、婆さんが「兄さん方、みな浄瑠璃がお上手じゃな」と誉めてくれる。
稽古連が「耳が悪いのに遠くから上手い下手がわかるのか」と聞くと、婆さんは「最前から食べている味噌の味がちょっとも変わらんがな」と答えた。

解説

『軒付け』は浄瑠璃の素人芸を題材にした古典落語の傑作です。軒付けとは江戸時代に実際に行われていた風習で、浄瑠璃の稽古仲間が人家の軒下や玄関先で浄瑠璃を語って聴かせる門付芸の一種でした。

この演目の魅力は、浄瑠璃に情熱を注ぐアマチュアたちの純粋さと、現実とのギャップが生み出すユーモアにあります。特に三味線の天さんが「テンツク、テンテン」「トテチン、トテチン」「チリトテチン」の3つしか弾けないという設定は、素人芸の限界を象徴的に表現しています。

オチの秀逸さは、耳の遠い婆さんの「味噌の味が変わらない」という言葉にあります。これは一見褒め言葉のようですが、実際は演奏があまりにも下手すぎて、味覚に影響するほどの感動も刺激も与えなかったという皮肉な意味です。この逆説的な表現こそが落語の醍醐味といえるでしょう。

また、各家での失敗談(反吐と間違われる、空き家だった、だだけもんと思われるなど)は、現実的でありながらも滑稽で、聴衆の共感と笑いを誘います。素人芸を愛する人々の心意気と、それを取り巻く世間のシビアな現実を巧みに描いた、人情と笑いが絶妙に調和した名作です。

あらすじ

浄瑠璃に凝(こ)った男が友達の所へ遊びに行く。
どれ位、腕を上げたのかと聞かれ、忠臣蔵の「五段目」だけで浄瑠璃の会に出て、すっかり上がってしまってしくじった話をする。
友達は会へ出るにはもっと修行を積んでからと、人家の軒下に立って浄瑠璃を語る軒付けに連れて行ってもらえという。
うまく行くと浄瑠璃の好きな家で「ウナギの茶漬け」をご馳走してくれるかも知れないと聞くと、男は早速、友達の紹介で軒付けの仲間に入る。

仲間の三味線弾きの松さんが来られなくなって、代わりに来たのが紙くず屋の天さん。
師匠の所へ三味線の調子を合わせに行っていたなんて頼りない。
いくつ上がったと聞くと、「テンツク、テンテン」、「トテチン、トテチン」と「チリトテチン」の3つで心もとないが、三味線がいないことには始まらない。

さあ、連中はすぐ近くの角の商家から軒付けを始めるが、誰か店先で反吐(へど)を吐いていると間違われすぐに退散。
次ぎの家では浄瑠璃を語らしてくれと頼むが、病人がいると断られ、「ウナギの茶漬け」はほど遠い。

次の家では断られずに「テンツクテンテン」から「寺子屋」の春藤玄蕃の出の所を語りに入る。
家の中は静かで浄瑠璃を聞いていて、お礼の「ウナギの茶漬け」にありつけるかと思いきや、玄関に「貸家」の札。「間取りだけでも見まひょか」なんて呑気なことを言っているやつもいる。

今度の家では威勢よく、「鎌倉三代記」を語り始めると、「じゃかましいやい」と怒鳴られる。
だだけもんが暴れ込んで来たと間違われたのだ。
でも懲(こ)りずに「ウナギの茶漬け」はまだかと言っている男。

軒付けをあきらめた連中は、いつものように仲間内で語って聞くことにするが、連中の家はどこも浄瑠璃禁止で、路地の奥の耳の遠い海苔屋の婆さんの家に行く。

ちょうど味噌の茶漬けで昼飯の最中の婆さん、喜んで奥の座敷を貸してくれた。「朝顔日記」の大井川の段を語り始めたが「テンツク」と「トテチン」と「チリトテチン」の三味線ではうまく語れない。

すると婆さんが、「兄(あん)さん方、みな浄瑠璃がお上手じゃな」、なんて誉める。
稽古連 「耳が悪いのにそんな遠くから浄瑠璃の上手い下手が分かるんか」に

婆さん「最前から食べている味噌の味がちょっとも変わらんがな」

落語用語解説

この噺に登場する落語ならではの用語を解説します。

  1. 軒付け(のきづけ) – 人家の軒下で浄瑠璃を語る稽古の一種。江戸時代に実際に行われていた門付芸。
  2. 浄瑠璃(じょうるり) – 三味線に合わせて物語を語る伝統芸能。義太夫節が代表的。
  3. 稽古連(けいこれん) – 趣味で浄瑠璃や芸事を稽古する仲間。アマチュアの愛好家集団。
  4. 三味線の調子を合わせる – 三味線の音程を調律すること。「上がる」は音階パターンを覚えること。
  5. 五段目 – 「仮名手本忠臣蔵」の五段目。定九郎が登場する山場の場面。
  6. 寺子屋 – 「菅原伝授手習鑑」の名場面。春藤玄蕃が登場する段。
  7. 鎌倉三代記 – 浄瑠璃の演目の一つ。時姫と佐々木高綱の物語。
  8. 朝顔日記大井川の段 – 「朝顔日記」の名場面。盲目の宿禰太郎が娘深雪と大井川で再会する感動的な段。
  9. ウナギの茶漬け – 軒付けのご褒美として期待される御馳走。江戸時代のグルメ。
  10. だだけもん – 乱暴者、暴れ者のこと。関西方言。
  11. 上がる(あがる) – ①三味線の音階パターン ②緊張して失敗すること。この噺では両方の意味で使用。
  12. 反吐(へど) – 嘔吐物のこと。浄瑠璃の声を吐いている音と間違えられる。

よくある質問(FAQ)

Q1: 軒付けとは実際にあった習慣ですか?

A: はい、江戸時代に実際に行われていた浄瑠璃の稽古方法です。稽古仲間が人家の軒下で演奏し、家の人に聴いてもらうことで度胸をつけ、実力を試しました。気に入られると食事をご馳走になることもありました。

Q2: 三味線の「テンツク、テンテン」とは何ですか?

A: 三味線の基本的な音階パターン(手)のことです。天さんはこの3つしか弾けない超初心者で、複雑な浄瑠璃の曲を演奏できないという笑いのポイントになっています。

Q3: なぜウナギの茶漬けなのですか?

A: 江戸時代、ウナギは庶民にとって高級な御馳走でした。茶漬けは手軽な食事ですが、ウナギが入ることで贅沢な一品となります。軒付けの報酬として期待される最高のご褒美として描かれています。

Q4: 「味噌の味が変わらない」オチの意味は?

A: 一見褒め言葉に聞こえますが、実は皮肉です。本当に感動する演奏なら食事の味も忘れるはずですが、あまりに下手すぎて味覚に何の影響も与えなかった、つまり全く心に響かなかったという意味です。

Q5: 登場する浄瑠璃の演目はどれも有名ですか?

A: はい、すべて義太夫節の名作です。「仮名手本忠臣蔵」「菅原伝授手習鑑(寺子屋)」「鎌倉三代記」「朝顔日記」は、今も上演される人気演目で、当時の人々にとって馴染み深いものでした。

Q6: なぜ海苔屋の婆さんは耳が遠いのに褒めたのですか?

A: 耳が遠いからこそ、演奏の良し悪しが分からず、社交辞令として褒めたのです。しかし「味噌の味が変わらない」という発言で、実は全く感動していないことが明らかになるという、落語ならではの皮肉なオチになっています。

名演者による口演

この噺を得意とした名人たちの口演をご紹介します。

  1. 桂米朝 – 上方落語の大家。浄瑠璃の知識も豊富で、軒付けの描写が非常にリアル。天さんの三味線の下手さ加減が絶妙。
  2. 桂枝雀 – 稽古連たちの期待と失望のコントラストを見事に表現。空き家での「間取りでも見まひょか」の脱力感が秀逸。
  3. 桂文枝(五代目) – 浄瑠璃好きの純粋さと滑稽さのバランスが絶妙。婆さんの「味噌の味が変わらん」のオチが味わい深い。
  4. 桂春団治(二代目) – 軒付けの失敗談を軽妙に語る。だだけもんと間違われる場面の臨場感が素晴らしい。
  5. 桂南光 – 現代の上方落語を代表する演者。浄瑠璃の稽古に情熱を注ぐ男たちの姿が愛おしく描かれる。

関連する落語演目

この噺に関連する演目をご紹介します。

1. 時そば – 江戸の庶民の機知を描いた古典の名作。食べ物がらみの噺として共通する。
2. 文七元結 – 江戸の人情を描いた名作。庶民の純粋な情熱という点で通じる。
3. 粗忽長屋 – 勘違いから生まれる笑い。反吐と間違われる場面などに共通する。
4. 初天神 – 庶民の欲望を描いた噺。ウナギの茶漬けへの執着に通じる。
5. 死神 – 下手な芸が災いする物語。技量不足がテーマという点で共通する。

この噺の魅力と現代への示唆

「軒付け」は、趣味に打ち込むアマチュアの純粋さと滑稽さを愛情深く描いた名作です。

浄瑠璃という高尚な芸能に情熱を注ぎながらも、技量は初心者レベルという稽古連たち。特に天さんの「テンツク、テンテン」「トテチン、トテチン」「チリトテチン」の3つしか弾けない三味線は、素人芸の限界を象徴しています。

しかし彼らの姿は決して馬鹿にされるべきものではありません。むしろ、技量の未熟さを自覚しながらも芸を愛し、仲間と共に楽しむ姿勢は、現代の趣味人にも通じる美しさがあります。

軒付けで次々と失敗を重ねる展開(反吐と間違われる、空き家だった、だだけもんと思われる)は、理想と現実のギャップを示しつつも、それでも諦めない彼らの姿が愛おしく描かれます。

オチの「味噌の味が変わらない」は、一見褒め言葉のようでいて実は辛辣な批評という、落語ならではの逆説的ユーモアです。しかし耳の遠い婆さんが場所を貸してくれたことで、彼らは幸せに浄瑠璃を楽しめました。

下手でも良い、楽しければ良い。そんな趣味の本質を教えてくれる、心温まる一編です。

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https://wagei.deci.jp/wordpress/mekauma/ 

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