人形買い
3行でわかるあらすじ
長屋の月番が初節句の人形代から100文を毎いて飲み代にしようと計画を立てる。
しかし易者や講釈師に相談すると、次々に相談料や見料を取られてしまう。
最後は神道者が講釈を始めると「一文無しですから差し引いてください」と頼む。
10行でわかるあらすじとオチ
長屋の月番の八つぁんと熊さんが、神道者の赤ん坊の初節句の人形を買うことになる。
24軒から100文ずつ集めた2貫400文のうち、2貫300文で人形を買い、100文は飲み代にしようと計画を立てる。
十軒店の人形屋で太閤秀吉と神功皇后の人形から選ぶことにし、店の小僧を連れて帰る。
小僧が、その人形は去年の売れ残りで燃やす予定だったと暴露してしまう。
易者に相談して神功皇后が良いと占い結果が出るが、相談料48文を取られる。
講釈師にも相談して同じ結果を得るが、木戸銭和茶代で合計52文を取られる。
これで100文の飲み代は全部消えてしまい、二人は一文無しになる。
神功皇后の人形を神道者に届けると大喜びで、神功皇后について講釈を始める。
熊さんが「一文無しですから、どうかお返しで差し引いていただきます」とオチをつける。
解説
『人形買い』は、江戸時代の長屋の人々の生活と人間性を温かいユーモアで描いた長屋噺の代表作です。初節句(端午の節句)のお祝いという日本の伝統行事を背景に、小さな欲が招く皆動とその結果を軽妙に描いています。
物語の見どころは、長屋の月番という役职にある人たちが、善意で集めたお金から少しだけ拾い飲みしようという、人間らしい小さな悪だくみです。しかし、相談するたびに料金を取られ、結果的に自分たちの窃もうとした飲み代どころか、最後には清算を頼む嘴末になるという皆動は、因果応報の絶妙な例です。
この噺の特徴は、登場人物それぞれが自分の専門性を武器にお金を稼ぐ構造です。易者は占いで、講釈師は武勇伝で、神道者は神功皇后の歴史で、それぞれが知識や技能を対価として料金を要求します。これは江戸時代の経済社会の一面を反映しており、現代のコンサルタント料金やアドバイザー料金とも通じるユーモアを生み出しています。
オチの「一文無しですから差し引いてください」は、長屋の人たちの素直さと困窮さ、そして最後の最後まで他力本願で乗り切ろうとするたくましさを表現した見事なオチです。この言葉は、小さな悪だくみが大きな失敗に繋がるという教訓と、それでも明るく生きる長屋の人々の魅力を同時に表現した、長屋噺の精粴とも言える結末です。
あらすじ
長屋の月番の八つぁんと熊さん、神道者の赤ん坊が初節句の祝いにちまきを配ったので、長屋中の24軒から100文づつ、2貫400集めて人形を買って祝うことにする。
人形を2貫300で買って、100文は二人の飲み代にする算段だ。
日本橋十軒店の人形店にはいろんな人形が並んでいる。
値段も安そうな太閤秀吉と神功皇后は3貫500で、1貫に負けろというがそれは無理、2貫300に負けさせてここまでは寸法通りだ。
どっちの人形にするかは長屋の易者と講釈師に聞いてからと、暖簾の間から鼻水を垂らして見ている、さっき人形と間違った小僧に持たせて長屋に戻る。
途中、お喋りな小僧はべらべらと喋り始めた。
買った人形は去年の売れ残りで燃やそうしていたら、大旦那が「店に出しておけばどこかの馬鹿が引っ掛かって買って行くかも知れない」と言うので、吹っ掛けて値段をつけた人形で1貫でも高い代物という。
小僧は若旦那が女中のおもよに言い寄る痴話も面白おかしく暴露し、長屋を通り過ぎてしまった。
長屋に着いて易者の所へ行ってどっちの人形がいいかと聞くと、易者先生はおもむろにぜいちくを取り出し、本格的に占い始めた。
その結果は神功皇后が良いと御託宣。
帰ろうとする二人は見料を48文せしめられ、2合の酒が1合に目減りだ。
次の講釈師の所では太閤記を語りだし、三代続かなかった太閤秀吉より神功皇后の方が良いという。
帰ろうとすると、「木戸銭二人前48文置いていきなさい」。
これで冷や奴だけになったと嘆いていると「座布団とお茶で4文」、これで100文の余得は無くなった。
小僧に太閤の人形を返し、神道者のところに神功皇后の人形を届けに行くと、「あたくしを神職と見立てて、神功皇后さまとは、なによりも結構なお人形」と大喜び。
そして、
神道者 「そも神功皇后さまと申したてまつるは、人皇十四代・・・」と講釈を並べ立て始めた。
熊さん 「あぁ、待って待ってください。これを聞くと少しは銭が出るのでしょうが、二人とも一文無しですから、どうかお返しで差し引いていただきます」
この噺は、小さな欲が招く因果応報を軽妙に描いた長屋噺の傑作です。100文の飲み代を窃もうとした二人が、結局全て失ってしまう展開が絶妙です。
落語用語解説
人形買い(にんぎょうがい)
初節句のお祝いに五月人形を買うこと。端午の節句に男児の成長を祝って武者人形などを飾る江戸時代の習慣です。この噺では長屋中で集めたお金で人形を買う共同体の温かさが描かれています。
月番(つきばん)
長屋の当番制の役職。掃除や雑務を担当し、長屋の管理を大家と分担します。八つぁんと熊さんはこの役職を利用して、集めたお金から飲み代を窃もうとします。
初節句(はつぜっく)
生まれて初めて迎える節句のこと。男児は端午の節句(5月5日)、女児は桃の節句(3月3日)を祝います。この噺では神道者の赤ん坊の初節句が舞台です。
ちまき
端午の節句に食べる餅菓子。笹の葉で包んだ餅を蒸したもので、神道者が長屋中に配ったことが人形買いのきっかけになります。
二貫文(にかんもん)
江戸時代の通貨単位。一貫は千文で、二貫は二千文。この噺では24軒から100文ずつ集めて2貫400文(2400文)になります。
十軒店(じっけんだな)
日本橋にあった商店街。人形や玩具を売る店が集まっていた場所で、江戸時代の有名な買い物スポットでした。
太閤秀吉(たいこうひでよし)
豊臣秀吉のこと。武将として有名で、五月人形の題材としても人気がありました。しかし講釈師は「三代続かなかった」と否定します。
神功皇后(じんぐうこうごう)
日本の第14代天皇・仲哀天皇の皇后。朝鮮半島に遠征したという伝説があり、武勇の象徴として五月人形の題材になりました。
易者(えきしゃ)
占いを職業とする人。この噺では長屋に住む易者が、48文の相談料を取って神功皇后を選ぶよう占います。
講釈師(こうしゃくし)
歴史や軍記物語を語る職業芸人。太閤記を語って52文(木戸銭48文+茶代4文)を稼ぎます。
木戸銭(きどせん)
寄席や見世物小屋の入場料。講釈師が二人から48文を請求する場面で使われます。
差し引く(さしひく)
相殺すること。オチの「差し引いていただきます」は、神功皇后の講釈を聞く代わりに、その料金を人形代から引いてくれという意味です。
よくある質問 FAQ
なぜ八つぁんと熊さんは飲み代を窃もうとしたのですか?
人間の小さな欲望を描くためです。月番として集めたお金から100文だけ抜き取って飲もうという計画は、悪事というほどではない小さな悪だくみです。この「ちょっとだけ」という心理が、多くの人に共感を呼ぶポイントです。
なぜ易者や講釈師は料金を請求したのですか?
それが彼らの職業だからです。江戸時代には、知識や技能を持つ人がそれを対価として料金を得る仕組みが存在しました。現代のコンサルタント料やアドバイザー料と同じ構造で、この噺はそれを皮肉っています。
小僧が暴露した話は本当なのですか?
落語的な誇張はありますが、江戸時代の商売人が売れ残りを高く売ろうとすることはあったでしょう。小僧のおしゃべりは、商売の裏側を暴露する役割を果たし、笑いを生み出すとともに、人形選びに易者や講釈師を頼る必要性を強調しています。
このオチはどこが面白いのですか?
100文の飲み代を窃もうとした二人が、結局全て失って一文無しになり、さらに神道者の講釈まで聞かされそうになって「差し引いてください」と頼む状況の皮肉です。計画通りにいかない人間の滑稽さと、それでも前向きに対処しようとする姿が笑いを生みます。
なぜ神功皇后が選ばれたのですか?
易者と講釈師の両方が推薦したからです。易者は占いで、講釈師は「三代続いた」という理由で神功皇后を推します。実際には、二人とも料金を取るために都合よく同じ答えを出しただけかもしれません。
この噺の教訓は何ですか?
小さな欲が大きな失敗を招くという因果応報です。100文の飲み代を窃もうとした結果、相談料で全て失ってしまう展開は、「他人のお金に手を出してはいけない」という道徳的教訓を、笑いとともに伝えています。
名演者による口演
この噺は長屋の人々の生活感と、登場人物の性格描写が見どころです。多くの名演者が演じてきました。
- 古今亭志ん朝 – 軽妙な語り口で、八つぁんと熊さんの悪だくみと失敗を愛嬌たっぷりに描いた名演
- 三遊亭円生 – 易者と講釈師のキャラクターを明確に演じ分け、因果応報の構造を丁寧に表現
- 柳家小三治 – 間の取り方が絶妙で、小僧のおしゃべりから最後のオチまでのテンポが秀逸
- 立川談志 – 小さな欲望が招く失敗を辛辣に描き、人間の愚かさへの洞察を効かせた演出
- 桂米朝 – 上方落語版も存在し、関西弁の味わいで長屋の温かさを表現した名演
関連する落語演目
粗忽長屋(そこつながや)
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小さな悪だくみが失敗する噺。「人形買い」と同様に、人間の欲望と失敗を描いています。
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身分違いの人物が失敗する噺。「人形買い」の月番の失敗と通じるテーマがあります。
この噺の魅力と現代への示唆
「人形買い」は、小さな欲が招く因果応報を軽妙に描いた長屋噺の傑作です。八つぁんと熊さんは、長屋中から集めた人形代から100文だけ抜き取って飲もうと計画しますが、易者と講釈師に相談するたびに料金を取られ、結局全て失ってしまいます。
この噺が現代にも通じるのは、「ちょっとだけ」という小さな不正が大きな失敗を招くという普遍的なテーマを扱っているからです。会社の経費を私的に使う、お釣りをごまかす、など現代社会でも同様の「小さな悪だくみ」は存在します。
また、専門家に相談するとお金がかかるという構造も興味深いポイントです。易者の占い、講釈師の講釈、神道者の講釈と、それぞれが自分の専門知識を対価として料金を要求します。これは現代のコンサルタント料やアドバイザー料と同じ構造で、江戸時代にも既に「知識労働」の概念が存在したことを示しています。
オチの「差し引いてください」は、計画が完全に失敗しても、それでも前向きに対処しようとする長屋の人々のたくましさを表現しています。失敗を笑いに変え、明るく生きる江戸庶民の知恵が詰まった名作です。
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