二階ぞめき
3行でわかるあらすじ
吉原通いで勘当寸前の若旦那のために、番頭が店の二階に吉原もどきを作る。
若旦那は想像の世界で一人芝居を始め、架空の女郎や客引きと喧嘩して大騒ぎ。
家族に見つかって「ここで会ったことを親父に言うな」と慌てて頼む。
10行でわかるあらすじとオチ
毎晩の吉原通いで大旦那に怒られ勘当寸前の若旦那。
番頭が身請けを勧めるが、若旦那は女より吉原の雰囲気が好きだと告白。
番頭は店の二階に吉原もどきを作ることを提案し、出入りの棟梁に依頼。
若旦那は古渡唐桟の着物に平袖、手ぬぐいで頬っかむりの「ひやかし」スタイルで準備。
二階の吉原もどきで想像の世界に没入し、架空の女郎や客引きとの一人芝居開始。
「今夜上がってください」「いやだよ」「一文無しかい」などのやり取りを一人二役で熱演。
ついには架空の相手と喧嘩になり「殺すなら殺せ」と興奮して大騒ぎ。
大旦那が騒音を聞いて定吉を二階に見に行かせる。
定吉が見ると若旦那が一人で喧嘩をしており、肩を叩いて現実に戻す。
若旦那は定吉に気づいて「ここで会ったことを親父に言うな」と慌てて頼む。
解説
「二階ぞめき」は廓噺(遊郭を舞台にした落語)の中でも、実際の吉原ではなく想像の吉原を舞台にしたユニークな作品です。「ぞめき」とは騒ぎという意味で、文字通り二階で大騒ぎをする若旦那の滑稽さが見どころです。
この噺の最大の特徴は、若旦那の一人芝居の巧妙な描写にあります。想像の中で女郎や客引きと会話する様子を、落語家が一人で演じ分けることで、聴衆は若旦那の妄想の世界に引き込まれます。現実と妄想の境界が曖昧になっていく心理描写は、現代の観点から見ても非常に興味深いものがあります。
オチの絶妙さも特筆すべき点です。家の二階にいるにも関わらず、若旦那は完全に吉原にいると思い込んでおり、定吉に「ここで会ったことを親父に言うな」と頼むところで、聴衆は若旦那の錯覚の深さを改めて認識させられます。このオチは「地口オチ」の一種で、状況の矛盾を巧妙に表現した古典落語の技法が光る作品です。
あらすじ
毎晩の吉原通いで勘当寸前の若旦那。
番頭 「大旦那が怒るのは無理はありませんよ。・・・じゃあどうです。その女を身請けして、どっかに置いて、大旦那に内緒で昼間逢ったらいいでしょう」
若旦那 「おれは女なんぞはどうでもいいんだ。吉原のあの気分がたまらなく好きなんだよ」
番頭 「じゃあ、ただ、ひやかしているのが好きなんで?」
若旦那 「そう、吉原を家に持ってきてくれりゃあ出掛けないよ」
番頭 「なるほど、それじゃ、お店の二階に吉原をこしらえて、そこをひやかしたらどうです」、ということで出入りの棟梁に頼んで、二階に吉原もどきを作っちまった。
番頭 「若旦那、吉原できましたよ。
ゆっくりとひやかしてらっしゃい。遅くなったってかまわないんですから」
若旦那 「そうか、じゃ着替えてから行ってくるからな」
番頭 「今の着物だっていいでしょう」
若旦那 「そうはいかねえんだ。この古渡唐桟でなきゃ、ひやかしはだめだ」
番頭 「袂(たもと)はないんですか、その着物には」
若旦那 「ひやかしている時に誰かと突き当たれば喧嘩になるだろ。
なぐられる前に、こっちからポカッてやるんだ。袂があっちゃ手がすぐ出ないから、こうして平袖にしとくんだよ」
番頭 「手ぬぐいで頬っかむりなんかして・・・」
若旦那 「夜露に濡れるのは毒なんだよ」
番頭 「二階に夜露なんぞは・・・まぁ、お好きなように、ひやかして(=ぞめき)行ってらっしゃい」
若旦那 「おぉ、よくできたねえ、吉原そっくりだよ。・・・でも、誰もいないね。
もう大引け過ぎだな。
犬の遠吠えに、按摩の笛なんか聞こえてきたりして、何だい?、
"今夜ひとつ上がってくださいな" いやだよ。"そんなこと言わないで" いやだよ。
"花魁もああやって心配してますから" いやだって言うんだよ、うるせえなあ。
"ねえ、ゆうべもおとついもお茶ひいてるんだよ。
上がっておくれな、お願いだからさ" いやだよ。
"ちょいと様子のいいお兄さん、上がんないの、お足ないのかい、一文無しかい"
うるせえやい、一文無しとは何でえ。
気に入んないから上がんねえんだ。
"大きなこと言うない。
気に入ったって上がれないんだろ。
銭無しめ"
こっちで気に入りゃあ身請けしてやらぁ。
"大きな口きくんじゃないよ。
銭無し野郎" 何を、こん畜生、ぶん殴るぞ・・・、
"おい、よせやい、相手は女じゃねえか" 何だてめえは、どけ、どけよ!
"よし、おれが相手だ"
面白え、包丁でも何でも持って来い。さあ、殺すんなら殺せ。"殺さなくってよ"・・・」、若旦那は無我夢中、忘我、妄想の世界にどっぷりとつかってしまった。
大旦那 「なんだ二階の騒ぎは・・・おぉ、一人じゃないぞ。喧嘩だ・・・定吉、定吉・・・二階へ行って大きな声よせって言ってこい」、二階に上がって、
定吉 「若旦那、若旦那、・・・あれ、一人で喧嘩してるよ。自分で自分の胸倉つかんだりして・・・若旦那、若旦那」
若旦那 「うるせえや!誰が止めたって、てめえなんぞ生かしちゃおかねえぞ。・・・誰だ、誰だ、肩なんぞ叩きやがって。・・・邪魔だてするんじゃねえや・・・なんだ、定吉か。悪いとこで出会っちまったなあ。・・・おい、定吉、家に帰っても、ここでおれに会ったことを親父に言うなよ」
この噺は、想像と現実の境界が曖昧になる人間の心理を巧みに描いた傑作です。若旦那の没入ぶりと、家の二階なのに「親父に言うな」と言うオチの皮肉が絶妙です。
落語用語解説
二階ぞめき(にかいぞめき)
「ぞめき」とは騒ぎのこと。二階で若旦那が一人で大騒ぎをする様子を表すタイトルです。想像の世界に没入した若旦那の滑稽さを端的に表現しています。
ひやかし
遊郭を見物だけして遊ばないこと。江戸時代、吉原周辺の紙漉き職人が紙を水に浸している間に遊郭を見物したことが語源とされます。若旦那は女より吉原の雰囲気を楽しむ「ひやかし」が好きなのです。
吉原(よしわら)
江戸時代の公認遊郭。現在の東京都台東区にありました。華やかな文化の発信地でもあり、多くの文学や芸能の題材となりました。この噺では想像上の吉原が舞台です。
古渡唐桟(こわたりとうざん)
インドから輸入された高級木綿織物。若旦那がひやかしのために着る特別な着物で、当時の粋な着こなしを象徴しています。
平袖(ひらそで)
袂(たもと)のない袖のこと。若旦那は喧嘩になった時にすぐ手が出せるように平袖の着物を着ます。この設定が若旦那の好戦的な性格を表しています。
頬っかむり(ほおっかむり)
手ぬぐいで頬を包むこと。若旦那は「夜露に濡れるのは毒」と言いますが、二階に夜露はないという番頭のツッコミが笑いを誘います。
大引け(おおびけ)
遊郭が閉まる時刻のこと。深夜の吉原を想像している若旦那の細かな設定が、彼の没入度の深さを示しています。
花魁(おいらん)
遊郭の最高位の遊女。若旦那の想像の中で登場し、客引きとして若旦那を誘う役割を演じます。
お茶をひく
客がつかず暇にしていること。遊女が「お茶をひいてる」と若旦那を誘う場面は、吉原の客引きの定番セリフです。
身請け(みうけ)
遊女を金銭で自由にすること。番頭が最初に提案した解決策で、若旦那は女より吉原の雰囲気が好きだと断ります。
一文無し(いちもんなし)
全く金がないこと。想像の中の客引きが若旦那を罵る言葉として使われ、若旦那が激怒するきっかけになります。
勘当(かんどう)
親子の縁を切ること。吉原通いが止まらない若旦那に対して大旦那が怒り、勘当寸前まで追い詰められている設定です。
よくある質問 FAQ
なぜ若旦那は女ではなく吉原の雰囲気が好きなのですか?
若旦那にとって吉原は、日常を離れた非日常的な空間だからです。華やかな雰囲気、客引きとのやり取り、喧嘩になるかもしれない緊張感など、全てが刺激的な体験なのです。この設定は、目的よりもプロセスを楽しむ人間の心理を描いています。
なぜ番頭は二階に吉原もどきを作ったのですか?
若旦那の吉原通いを止めるための苦肉の策です。本物の吉原に行けば金もかかるし大旦那に叱られますが、店の二階なら安全で金もかかりません。番頭の機転と若旦那への理解が生んだ解決策です。
若旦那はなぜ一人で喧嘩をしているのですか?
想像の世界に完全に没入しているからです。架空の客引きや他の客と喧嘩する場面を、若旦那は現実のように感じています。この心理描写は、現代の「没入体験」や「バーチャルリアリティ」にも通じる興味深いテーマです。
このオチはどこが面白いのですか?
家の二階にいるのに、若旦那は完全に吉原にいると思い込んでおり、定吉に「ここで会ったことを親父に言うな」と頼む矛盾です。実際には親父のすぐ下の階にいるという状況の皮肉が、最高の笑いを生み出します。
なぜ若旦那は平袖の着物を着るのですか?
喧嘩になった時にすぐ手が出せるようにするためです。袂があると腕の動きが制約されるので、若旦那は実戦的な平袖を選びます。この細かい設定が、若旦那の吉原への没入度と好戦的な性格を表しています。
この噺は現代でも通用しますか?
想像の世界に没入する心理は普遍的なテーマです。現代でも、ゲームやVRなどバーチャルな世界に没入する人々がいます。「二階ぞめき」は、人間が現実と想像の境界を曖昧にする傾向を、笑いとともに描いた先駆的な作品と言えます。
名演者による口演
この噺は一人芝居の描写が見どころで、演者の技量が試される演目です。想像の世界での一人何役もの演じ分けが鍵となります。
- 古今亭志ん朝 – 若旦那の没入ぶりを生き生きと描き、一人芝居の場面を軽妙に演じ分けた名演
- 立川談志 – 若旦那の妄想への没入を鋭く描写し、現実との落差を際立たせた独特の解釈
- 三遊亭円生 – 格調高い語り口で、吉原の雰囲気を丁寧に再現した古典的名演
- 柳家小三治 – 間の取り方が絶妙で、若旦那の心理変化を繊細に表現した秀演
- 桂米朝 – 上方落語版も存在し、関西弁の味わいで若旦那の滑稽さを温かく描写
関連する落語演目
二階借り(にかいがり)
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同じく二階を舞台にした噺。「二階ぞめき」と対をなす演目で、間男が二階で逢引する皮肉な展開が描かれます。
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想像と現実のギャップを描いた噺。「二階ぞめき」と同様に、人間の思い込みが生む滑稽さを描いています。
文七元結(ぶんしち)
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若者の成長を描いた人情噺。「二階ぞめき」の軽妙さとは対照的な、真面目な人間ドラマです。
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殿様の思い込みを描いた噺。若旦那の妄想という点で「二階ぞめき」と共通するテーマがあります。
この噺の魅力と現代への示唆
「二階ぞめき」は、想像と現実の境界が曖昧になる人間の心理を巧みに描いた傑作です。若旦那は番頭が作った「吉原もどき」の二階で、完全に吉原にいると思い込み、架空の女郎や客引きと喧嘩するまでに没入します。
この噺が現代にも通じるのは、バーチャルな世界への没入という普遍的なテーマを扱っているからです。ゲーム、VR、メタバースなど、現代人も想像の世界に没入する体験を日常的に行っています。「二階ぞめき」は、150年以上前にこのテーマを先取りしていた作品と言えるでしょう。
オチの「ここで会ったことを親父に言うな」は、観客だけが真実を知っている状況での若旦那の発言が最高の皮肉を生み出します。家の二階にいるのに吉原にいると思い込む若旦那の姿は、現実と想像の境界が曖昧になる人間の本質を突いています。
また、番頭の機転も注目に値します。若旦那の性格を理解した上で、実害のない形で欲求を満たす方法を提案する知恵は、現代のカウンセリングや代替行動の提案にも通じる洞察です。
江戸時代の庶民の知恵と人間観察が詰まった、笑いと心理描写が同居する名作です。
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