猫芝居
3行でわかるあらすじ
芝居狂いの若旦那が親父に二階に閉じ込められ、腹を空かせている。
忠猫の駒が鯛を盗んで届けようとすると、隣家の高屋猫と歌舞伎調の台詞で対決する。
大立ち回りの末に高屋猫を退け、駒は無事に鯛を若旦那に届ける。
10行でわかるあらすじとオチ
芝居狂いの若旦那が芝居見物で遅く帰り、怒った大旦那に二階に閉じ込められる。
梯子を外されて夕飯も食べていない若旦那は腹ペコで困っている。
忠猫の駒が若旦那の窮状を察知し、鯛を盗んで屋根伝いに届けに行く。
駒は歌舞伎の台詞回しで「因業親父のこらしめ」と若旦那への忠義を語る。
隣家の高屋猫が現れて、盗んだ鯛を渡せと迫る。
駒は「この身はばらばら骨になるとも」と拒絶し、二匹は歌舞伎調で応酬する。
「腕ずく」「なんでもねえこと」「ちょっとこうして」と芝居がかった会話が続く。
ついに大立ち回りとなり、高屋猫は足を滑らせて屋根から転落する。
駒は障子を叩いて若旦那に鯛を渡し、「ニャーン」と鳴く。
若旦那が「待ちかねた」と芝居の決め台詞のように答えてオチとなる。
解説
「猫芝居」は、芝居好きの若旦那と猫たちが織りなす、メタフィクション的な要素を持つ異色の古典落語です。『七段目』や『蔵丁稚』と同じく、芝居狂いの若旦那が二階に閉じ込められる設定ですが、この噺の独創性は猫たちが歌舞伎調の台詞回しで会話する点にあります。
駒猫と高屋猫の対決場面では、「わがご主人は因業親父のこらしめ」「おとなしくキリキリこっちへ渡してしまえ」といった七五調の台詞や、「腕ずく」「なんでもねえこと」「ちょっとこうして」という歌舞伎の立ち回りでよく使われる決まり文句が飛び交います。これらは実際の歌舞伎の型をパロディ化したもので、観客の歌舞伎知識を前提とした高度な笑いです。
最後の「待ちかねた」というオチも、芝居の決め台詞のような響きを持ち、芝居狂いの若旦那と芝居がかった猫たちという設定が最後まで一貫しています。演者は猫の仕草と歌舞伎の見得を組み合わせた独特の演技が求められる、技巧的な一席です。
あらすじ
芝居狂いの若旦那、今日も使いに行った途中から芝居見物によれてしまって、夜遅くにご帰還だ。
毎度のことに業を煮やした大旦那は怒って若旦那を二階へ上げて梯子をはずしてしまった。
芝居に夢中で夕飯も食っていない若旦那は腹ペコだ。
ここまでは『七段目』の若旦那、『蔵丁稚』の定吉と同じような展開だが、ここの若旦那には強い味方の忠猫、駒(二代目?)がいるのだ。
若旦那の危急を察知した駒猫は屋根づたいに二階に来て、芝居がかって、
駒猫 「わがご主人は因業親父のこらしめのために二階のわび住まい。
食い物さえも差し入れる忠義な者なき難儀の身の上。首尾よくまんまと盗み出したるこの鯛を一刻も早く、ご主人さまに届けんと、窓から飛び出し屋根伝い、向こうの高屋猫にかぎつけられねえその内に・・・」、すると隣家の高屋猫が、「おい、駒猫待て、待ちやがれ!」
駒猫 「待てとおとどめなされしその声は、こりゃ高屋猫、俺になにか言いがかりでもつける気か」
高屋猫 「おお、知れたことよ。
料理番の目を盗み、盗み出したるその鯛を向こうの庇(ひさし)で睨んでいたのよ。さあ、おとなしくキリキリこっちへ渡してしまえ」
駒猫 「しゃらくせえ、なにをほざくか高屋猫、たとえこの身はばらばら、骨になるともこの鯛はご主人さまのため、誰がてめえなんぞに渡そうや」
高屋猫 「渡さなければ腕ずくなりと」
駒猫 「おぬしが腕ずく、笑わせるねえ」
高屋猫 「なんでもねえこと」
駒猫 「そりゃまたどうして」
高屋猫 「ちょっとこうして」
駒猫 「なにをこしゃくな」、ついに芝居好きな二匹の猫の大立ち回りが始まった。
くんずほぐれつしているうちに、高屋猫は足を滑らせて屋根から転げ落ちてしまった。
駒猫 「やや、高屋猫は落ちて行ったるか。また上がってくる間にこの鯛を若旦那に一刻も早く」、障子を叩くと開けた、
若旦那 「おお、駒か」、駒がくわえていた鯛をポトンと落として、「ニャ~ン」
若旦那 「待ちかねた」
落語用語解説
猫芝居(ねこしばい)
この噺のタイトルで、猫たちが歌舞伎の台詞回しで会話し、大立ち回りを演じる様子を指します。芝居好きの若旦那の影響を受けた猫たちが、まるで歌舞伎役者のように振る舞うというメタフィクション的な設定が面白さの核心です。
芝居狂い(しばいぐるい)
歌舞伎見物に熱中しすぎて、仕事や生活に支障をきたすほどの芝居好きのこと。この噺の若旦那は使いの途中で芝居に寄ってしまい、夜遅くまで帰らないため、親父に怒られて二階に閉じ込められます。『七段目』『蔵丁稚』と同じ定番の設定です。
梯子を外す(はしごをはずす)
二階への昇降用の梯子を外して、閉じ込めること。江戸時代の商家では二階への出入りは取り外し可能な梯子で行われており、これを外すことで物理的に二階に閉じ込めることができました。親父の怒りの象徴的な行為です。
忠猫(ちゅうびょう)
主人に忠義を尽くす猫のこと。この噺の駒猫は、二階に閉じ込められて腹を空かせた若旦那のために、鯛を盗んで届けようとします。「忠犬」ならぬ「忠猫」というユーモラスな設定です。
因業親父(いんごうおやじ)
意地悪で厳しい親父のこと。駒猫は「わがご主人は因業親父のこらしめのために二階のわび住まい」と芝居がかって語ります。若旦那を二階に閉じ込めた大旦那を、猫の視点から批判する台詞です。
わび住まい
貧しく不自由な暮らしのこと。駒猫は若旦那が二階に閉じ込められている状況を、芝居の台詞のように「わび住まい」と表現します。実際には商家の若旦那なので貧しくはありませんが、芝居がかった大袈裟な表現が笑いを誘います。
高屋猫(たかやねこ)
隣家の猫の名前で、駒猫と対決する役どころ。「高屋」は屋号や家の名前でしょう。駒猫が盗んだ鯛を狙って現れ、歌舞伎調の台詞回しで立ちはだかります。悪役的な存在として描かれます。
七五調(しちごちょう)
七文字と五文字を組み合わせた日本語のリズム。駒猫と高屋猫の台詞は「わがご主人は因業親父の/こらしめのために二階の/わび住まい」のように七五調で語られ、歌舞伎の台詞を模しています。
腕ずく(うでずく)
力づくで物事を行うこと。高屋猫が「渡さなければ腕ずくなりと」と迫り、駒猫が「おぬしが腕ずく、笑わせるねえ」と返す応酬は、歌舞伎の立ち回り前の定番の掛け合いをパロディ化しています。
なんでもねえこと
「大したことない」という意味で、歌舞伎の立ち回りでよく使われる決まり文句。高屋猫が「なんでもねえこと」と言い、駒猫が「そりゃまたどうして」と問い返し、高屋猫が「ちょっとこうして」と実力行使に出る流れは、歌舞伎の型そのものです。
大立ち回り(おおたちまわり)
歌舞伎で複数の役者が激しく戦う場面のこと。この噺では駒猫と高屋猫が「くんずほぐれつ」と取っ組み合い、最後に高屋猫が屋根から転落するという派手な展開が描かれます。
待ちかねた
「待ちわびた」「ずっと待っていた」という意味で、歌舞伎の決め台詞のような響きを持ちます。駒猫が鯛を届けた時の若旦那の台詞で、芝居好きらしい芝居がかった言い方でオチとなります。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ猫たちは歌舞伎調で話すのですか?
A: 芝居狂いの若旦那が毎日のように歌舞伎を見ているため、その影響を受けた猫たちも歌舞伎の台詞回しを真似するようになったという設定です。これは「飼い主に似るペット」という普遍的な観察をユーモラスに誇張したもので、メタフィクション的な面白さがあります。実際に猫が話すはずはないという前提の上で、話すとしたらこんな風に芝居がかるだろうという発想です。
Q2: 駒猫はなぜ鯛を盗んだのですか?
A: 若旦那が二階に閉じ込められて夕飯も食べられず、腹を空かせていることを察知したからです。忠猫である駒は、主人のために料理番の目を盗んで鯛を盗み出し、屋根伝いに届けようとしました。主人への忠義を示す行動ですが、同時に「盗み」という悪事でもあるという矛盾が、この噺の面白さの一つです。
Q3: 高屋猫はなぜ鯛を奪おうとしたのですか?
A: 高屋猫は向こうの庇から駒猫が鯛を盗むのを見ていました。単純に鯛が欲しかったのか、盗みという悪事を見逃せなかったのか、あるいは駒猫との縄張り争いだったのか、理由は明示されていません。いずれにせよ、歌舞伎の悪役として駒猫の前に立ちはだかる役割を果たしています。
Q4: 「七段目」や「蔵丁稚」との違いは何ですか?
A: 『七段目』『蔵丁稚』も芝居狂いの若旦那が二階に閉じ込められる設定ですが、『七段目』では若旦那自身が歌舞伎の台詞を語り、『蔵丁稚』では定吉が浄瑠璃を語ります。『猫芝居』の独創性は、若旦那ではなく猫たちが歌舞伎を演じる点にあります。人間ではなく動物が芝居をするという異色の設定が、この噺の最大の魅力です。
Q5: 最後の「待ちかねた」というオチの意味は何ですか?
A: 「待ちかねた」は歌舞伎の決め台詞のような響きを持つ言葉で、若旦那が芝居がかった口調で鯛の到着を喜んでいます。駒猫が芝居調で鯛を届け、若旦那も芝居調で受け取るという、最後まで「芝居」で一貫した構成になっています。単に「ありがとう」と言わず、「待ちかねた」と言うところに、芝居狂いの若旦那らしさが表れています。
Q6: この噺はどのような場面で演じられるのですか?
A: 猫の仕草と歌舞伎の型を組み合わせる必要があるため、技巧的で演者の技量が試される一席です。歌舞伎の知識がある観客ほど楽しめる高度な笑いを含んでおり、特に歌舞伎に親しんだ江戸の観客に向けた演目と言えます。現代でも歌舞伎ファンに人気の噺として演じられています。
名演者による口演
三遊亭円生(さんゆうていえんしょう)
六代目円生の「猫芝居」は、歌舞伎の型を忠実に再現した格調高い演出が特徴です。駒猫と高屋猫の台詞回しは本物の歌舞伎役者のようで、立ち回りの場面では見得を切るような仕草まで表現しました。歌舞伎の教養を前提とした上品な笑いを提供する演目として評価されています。
古今亭志ん生(ここんていしんしょう)
志ん生の「猫芝居」は、歌舞伎のパロディ性を前面に出した演出が特徴です。駒猫と高屋猫の掛け合いは大袈裟に演じられ、歌舞伎を茶化すような笑いを生み出しました。猫の鳴き声の表現も個性的で、志ん生ならではのユーモアが光る一席でした。
桂米朝(かつらべいちょう)
米朝師匠の「猫芝居」は、上方落語らしい丁寧な描写が特徴です。駒猫が若旦那を思う心情、高屋猫との対決の緊張感など、猫の視点に立った演出が印象的でした。関西弁での歌舞伎調の台詞も独特の味わいがあり、江戸落語とは一味違った面白さがあります。
柳家小三治(やなぎやこさんじ)
小三治師匠の「猫芝居」は、若旦那と駒猫の絆を丁寧に描いた演出が特徴です。駒猫が主人のために命がけで鯛を届けようとする忠義心が、繊細に表現されます。歌舞伎のパロディでありながら、ペットと飼い主の温かい関係が感じられる仕上がりです。
春風亭柳朝(しゅんぷうていりゅうちょう)
八代目柳朝の「猫芝居」は、歌舞伎の演目を具体的に想起させる演出が特徴です。駒猫と高屋猫の台詞が、実際の歌舞伎のどの場面を模しているか分かるほど詳細で、歌舞伎ファンが特に楽しめる仕上がりでした。猫の動きも生き生きと表現されています。
関連する落語演目
七段目
https://wagei.deci.jp/wordpress/shichidanme/
『猫芝居』と同様に、芝居狂いの若旦那が二階に閉じ込められる設定の噺です。『七段目』では若旦那自身が『仮名手本忠臣蔵』七段目の台詞を語りますが、『猫芝居』では猫たちが歌舞伎を演じるという違いがあります。芝居好きの若旦那シリーズとして楽しめます。
猫の忠信
https://wagei.deci.jp/wordpress/nekonotadanobu/
猫が歌舞伎に関わるという点で共通しています。『猫の忠信』は『義経千本桜』の狐忠信を猫でパロディ化した噺で、『猫芝居』と同様に歌舞伎の知識を前提とした高度な笑いがあります。どちらも猫と歌舞伎の組み合わせが面白い演目です。
蔵丁稚
『猫芝居』『七段目』と同じく、芝居狂いが二階に閉じ込められる設定の噺です。『蔵丁稚』の定吉は浄瑠璃を語り、『七段目』の若旦那は歌舞伎の台詞を語り、『猫芝居』では猫が歌舞伎を演じます。三つの噺を比較すると、それぞれの独創性が際立ちます。
芝居の喧嘩
歌舞伎見物を題材にした噺という点で共通しています。『猫芝居』が若旦那の芝居好きから派生した噺であるのに対し、『芝居の喧嘩』は芝居小屋での観客同士の騒動を描きます。どちらも江戸時代に歌舞伎が庶民の娯楽として定着していたことを示す演目です。
強情灸
主人と飼い猫の関係を描いた噺という点で共通しています。『猫芝居』では忠猫の駒が主人のために鯛を届けますが、『強情灸』では頑固な主人と猫の滑稽なやり取りが描かれます。どちらも猫の個性的な描写が魅力的な演目です。
この噺の魅力と現代への示唆
「猫芝居」の最大の魅力は、猫たちが歌舞伎の台詞回しで会話し、大立ち回りを演じるというメタフィクション的な設定にあります。芝居狂いの若旦那の影響を受けた猫たちが、まるで歌舞伎役者のように振る舞うという発想は、「飼い主に似るペット」という普遍的な観察を極限まで誇張したユーモアです。
この噺が現代にも通じるのは、「パロディ」や「見立て」という日本の伝統的な笑いの手法を体現している点です。歌舞伎の名場面を猫に演じさせることで、元ネタを知っている人はその対応関係を楽しめ、知らない人でも猫の芝居がかった振る舞いに笑えるという二重構造になっています。
また、駒猫が主人のために命がけで鯛を届けようとする忠義心は、単なるパロディを超えた感動的な要素も含んでいます。「この身はばらばら骨になるとも」という台詞は歌舞伎の大袈裟な表現ですが、同時にペットが飼い主を思う純粋な気持ちを表現しているとも解釈できます。
現代のペット文化においても、飼い主の趣味や性格がペットに影響するという現象は広く観察されており、この噺はそうした関係性を先取りしていたとも言えます。また、歌舞伎という伝統芸能を落語に取り込み、さらに猫という動物に演じさせるという多重的なパロディ構造は、現代のポップカルチャーにも通じる創造性を持っています。
最後の「待ちかねた」という若旦那の台詞は、芝居がかった言い方でありながら、駒猫への感謝と喜びが込められています。主従や人間と動物という枠を超えた絆が、芝居という共通言語で結ばれているという温かい結末は、時代を超えて共感できる噺なのです。
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