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【古典落語】猫久 あらすじ・オチ・解説 | 神棚に戴く賢妻の心意気と長屋の長九郎の勘違い

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話芸の殿堂-古典落語-猫久
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猫久

3行でわかるあらすじ

おとなしい猫久が血相変えて刀を持ち出し、妻は刀を神棚に三度戴いてから渡す。
これを見た熊さんが髪床で話すと、侍から妻の賢さを教えられる。
家で本物の猫が現れた時、熊さんの妻もすりこ木を神棚に三度戴いて渡すオチ。

10行でわかるあらすじとオチ

猫のようにおとなしい八百屋の久六(猫久)が血相変えて家に駆け込み「刀を出せ」と言う。
妻は止めるどころか、刀を神棚に上げて三度戴いてから夫に渡す。
これを見ていた熊さんが髪床で「猫が暴れた」と大げさに話す。
侍が猫又退治に乗り出そうとするので、熊さんは真相を話す。
侍は夫の決意を理解し神仏に祈る妻を「天晴れな賢女」と絶賛する。
熊さんは中途半端な理解で家に帰り、妻に「戴くかかぁが本場」と言う。
妻が「戴けるよ」と答えた時、イワシを狙って本物の猫が入ってくる。
熊さんが「どやしてやるからすりこ木持って来い」と言うと。
妻は慌てず、すりこ木を神棚に上げて三度戴いてから夫に渡す。
本物の猫に対しても神仏に祈る妻の姿がオチとなる。

解説

「猫久」は、武士の価観と庶民の日常を巧みに対比させた落語です。
おとなしい猫久が刀を持ち出すという非日常的な出来事に対し、妻が刀を神棚に戴いてから渡す行為を、侍は「夫の決意を理解し神仏に祈る賢妻」と高く評価します。

しかし、理解力の乏しい熊さんがこの話を中途半端に覚えて家に帰ると、本物の猫が現れ、妻がすりこ木を同じように神棚に戴いて渡すというオチが秀逸です。
「猫久」と「本物の猫」、「刀」と「すりこ木」、「人を斬る決意」と「猫を追い払う」という対比が巧みで、最後に妻が真面目にすりこ木を戴く様子が、侍の話を誤解した熊さんの愚かしさを際立たせながらも、平和な長屋の日常を描いています。

あらすじ

猫のようにおとなしく、怒った顔など見せたことがなくて、猫久さん、猫さん、そのまま猫などと呼ばれている八百屋の久六が血相変えて家に駆け込んで行った。
かみさんに、「今日は勘弁ならねえ、あいつを叩き斬るから刀ぁ出せ」、するとかみさんが止めると思いきや、奥から刀を持ってきて神棚に上げて拝み、三度ばかり頭の上に戴くと亭主に渡した。
刀を受け取りるや否や猫久さんは表へ飛び出して行った。

これを見ていたのが、いつもボォーっとしている熊さんだ。
長屋に帰るや今見てきたことを女房にご注進だ。「気違いに刃物だよ、かみさんは止めりゃいいじゃねえか、猫久に刀を渡しやがったよ、変わったかみさんだ」、熊さんの女房は「猫さんのかみさんが変わってるのはとうに知っている。長屋で一番早く起きるし、井戸端で会うと"いいお天気でございます"なんていったりする」と平然としている。
何か変だなぁと思う熊さんだが、むろん反論する術(すべ)もない。
女房はそんなことより昼飯は鰯(いわし)のぬただからイワシをさばいてくれという。

熊さんはイワシ、イワシとうるさい女房から逃げて髪床へ行く。
髪床の親方は「猫が暴れ出したって噂じゃあねえか」と、もう猫久の刀一件のことを知っている。
現場を見ている熊さんは得意げに大声で話し始める。「猫は魔物とはよく言ったもんだ。・・・口が裂けて目がピカピカ、火炎をピューと吹き出し、黒雲を呼んでビューと行っちまった。凄いの何の・・・、周りに怪我人、死人が出るね」、これを奥で聞いていたのがでっぷり太った中年の侍。
人畜に危害を加える猫の化け物、猫又でも出たと思い、退治するから猫又の出た所に案内しろとしゃしゃり出てきた。

困った熊さんはさっき見た猫久とかみさんのやりとりを詳しく話し始めた。「・・・かみさんは止めなきゃいけないのに、刀渡しちまった。"馬鹿じゃねえか"、"大笑いの面白い話"だ」、すると侍は真顔で「笑う貴様がおかしいぞっ」、あわてた熊さんは侍が猫久の親戚か知り合いと思ってあやまり始めた。
侍は熊さんに話して聞かせる。「・・・血相変えて我が家に立ち帰り、"刀を出せ"とは男子の本文よくよく逃れざる場合だ。・・・女房なる者、夫の心中をよく測り刀を渡したのみならず、それを神前に三遍戴いたのは、先方に間違いのなきよう、夫に怪我のあらざるよう、神仏に祈るその心底、天晴れ(あっぱれ)な女丈夫、貞女、孝女、賢女、烈女なり、拙者にも二十四になる倅(せがれ)が居るが、そのような女を娶(めと)らせてやりたいものだ」と褒めちぎった。

熊さんはこの話を女房にしようと中途半端な頭のまま長屋に帰って来る。「早くイワシをやれ」とうるさい女房に熊さん、「・・・さっき笑った貴様がおかしい・・・・男子の本分、逃れ笊屋(ざるや)と喧嘩して・・・夫に怪我のあら・・ざらざら・・・、拙者にも二十四になる倅が居るが」、

女房 「頭おかしいよ、お前二十五だよ・・・」

熊さん 「・・・戴くかかぁと、戴かねえかかぁ、戴くかかぁが本場よ。てめえなんざ戴けねぇだろ」

女房 「戴けるよ」、その時、イワシを狙って猫が入って来た。

熊さん 「ほら、何してんだ猫だ、猫が来たよ」

女房 「久さんかい」

熊さん 「本物の猫だ、どやしてやるからすりこ木(擂粉木)持って来い、早く!」 

女房 「今持って来るから」と少しもあわてず、すりこ木を神棚に上げて、頭上(あたま)に三遍戴いてから亭主に渡した。

落語用語解説

猫久(ねこきゅう)

この噺のタイトルで、八百屋の久六(きゅうろく)のあだ名です。猫のようにおとなしく、怒った顔を見せたことがないため「猫久さん」「猫さん」と呼ばれていました。この温厚な人物が血相を変えて刀を持ち出すという意外性が、物語の発端となります。

戴く(いただく)

神仏や貴人から賜った物を、敬意を持って頭上に押しいただく動作のことです。この噺では、猫久の妻が刀を神棚に上げて拝み、三度頭上に戴いてから夫に渡すという行為が、侍から「神仏に祈る賢妻の心」として絶賛されます。

神棚(かみだな)

家の中に設けられた神を祀る棚のことで、神札を納めて日々拝むための場所です。この噺では、刀やすりこ木を一旦神棚に上げて祈ってから渡すという行為が、物語の核心となる重要な小道具です。

賢女(けんじょ)

賢い女性のことで、この噺では侍が猫久の妻を「天晴れな女丈夫、貞女、孝女、賢女、烈女なり」と絶賛します。夫の決意を理解し、神仏に祈って刀を渡す行為を、武士の価値観から最高の美徳として評価しています。

女丈夫(おんなじょうぶ)

勇気があり、気丈な女性のことを指します。侍が猫久の妻を褒める際に使う言葉で、「貞女、孝女、賢女、烈女」と並べて、理想的な女性像として称えられています。

髪床(かみどこ)

髪結い床の略で、江戸時代の理髪店のことです。この噺では熊さんが妻から逃げて髪床に行き、そこで侍と出会って猫久の妻の賢さについて教えられる重要な舞台となります。

すりこ木(すりこぎ)

擂粉木と書き、すり鉢で食材をすりつぶすための棒状の道具です。この噺では本物の猫を追い払うために使われますが、妻が刀と同じようにすりこ木を神棚に戴いて渡すという滑稽な対比が、オチの核心となります。

猫又(ねこまた)

年老いた猫が化けて妖怪になったものと信じられていました。この噺では、熊さんが髪床で大げさに話したため、侍が本当に猫又が出たと勘違いして退治に乗り出そうとする場面があります。

鰯のぬた(いわしのぬた)

鰯を酢味噌で和えた料理のことです。この噺では熊さんの妻が昼飯に鰯のぬたを作るため、イワシをさばくように熊さんに頼みますが、そのイワシが後に本物の猫を呼び寄せる伏線となります。

男子の本分(だんしのほんぶん)

武士としての、または男性としての本来果たすべき義務や役割のことです。侍が「血相変えて我が家に立ち帰り、刀を出せとは男子の本文よくよく逃れざる場合だ」と説明し、猫久の行動を理解します。

八百屋(やおや)

野菜や果物を売る商人のことです。この噺では猫久が八百屋として登場し、普段は温厚な商人が血相を変えるという意外性が物語の核となっています。

長屋(ながや)

江戸時代の庶民向けの集合住宅で、壁一枚で隣と仕切られた狭い部屋が並んでいました。この噺では猫久や熊さんが住む長屋が舞台となり、隣近所の様子が筒抜けという設定が物語を進める要素となっています。

よくある質問 FAQ

Q1: なぜ猫久の妻は刀を神棚に戴いて渡したのですか?

A1: 侍の解釈によれば、夫が血相を変えて刀を持ち出すのは「よくよく逃れざる場合」であり、妻は夫の決意を理解したからです。そして神棚に戴いて祈ったのは、「先方に間違いのなきよう、夫に怪我のあらざるよう」神仏に祈るためだと説明されています。夫の決意を尊重しつつ、無事を祈る賢妻の行為として絶賛されています。

Q2: 熊さんはなぜ侍の話を理解できなかったのですか?

A2: 熊さんは「いつもボォーっとしている」人物として描かれており、理解力が乏しいからです。侍の説明を聞いても「戴くかかぁが本場」という表面的な部分しか理解できず、その深い意味(夫の決意を理解し神仏に祈る心)を理解できませんでした。この中途半端な理解が、最後のオチへと繋がります。

Q3: 本物の猫にすりこ木を戴いて渡すオチの意味は?

A3: 熊さんの妻は夫から「戴くかかぁが本場」と言われ、「戴けるよ」と答えていました。そこに本物の猫が現れ、熊さんが「すりこ木を持って来い」と言うと、妻は刀と同じようにすりこ木を神棚に戴いて渡します。これは、侍が絶賛した賢妻の行為を真似ただけで、本質を理解していない滑稽さを表現しています。人を斬る覚悟とイワシを狙う猫を追い払う行為を同列に扱う馬鹿馬鹿しさが笑いを生んでいます。

Q4: 侍はなぜ猫久の妻をそれほど絶賛したのですか?

A4: 武士の価値観では、夫が刀を持ち出すのは命をかけた重大な決断です。妻がそれを止めずに理解し、さらに神仏に祈って無事を願う行為は、理想的な武家の妻の姿だからです。侍は「拙者にも二十四になる倅が居るが、そのような女を娶らせてやりたい」とまで言っており、武士の美徳を体現した女性として最高の評価をしています。

Q5: なぜ猫久は普段おとなしいのに血相を変えたのですか?

A5: 詳しい理由は語られていませんが、「よくよく逃れざる場合」つまり、どうしても許せない重大な出来事があったと推測されます。普段温厚な人物が怒るということは、それだけ深刻な事態だったということを示唆しており、その意外性が物語の面白さの一つとなっています。

Q6: この噺のタイトルが「猫久」なのはなぜですか?

A6: 主人公である八百屋の久六のあだ名「猫久」がタイトルになっていますが、面白いことに物語の中心は猫久本人ではなく、その妻の行為と、それを誤解した熊さん夫婦です。また、最後に本物の猫が登場することで、「猫久(人)」と「本物の猫」という二重の意味を持つタイトルとなっています。

名演者による口演

五代目古今亭志ん生(ここんていしんしょう)

志ん生はこの『猫久』を独特の飄々とした語り口で演じ、熊さんの愚かしさと妻の真面目さを見事に対比させました。特に熊さんが侍の話を中途半端に理解して妻に説明する場面では、混乱した様子を細かく描写し、最後のすりこ木を戴くオチを絶妙な間で決めました。

三代目三遊亭円生(さんゆうていえんしょう)

円生はこの噺を丁寧な人物描写で演じ、侍の武士道精神と長屋の庶民の生活を鮮やかに対比させました。侍が猫久の妻を絶賛する場面では、武家の美徳を格調高く語り、一方で熊さん夫婦の日常を温かく描く演出で、階級の違いを見事に表現しました。

八代目桂文楽(かつらぶんらく)

文楽はこの噺を緻密な構成で演じ、猫久の妻が刀を神棚に戴く場面から、熊さんの妻がすりこ木を戴く場面まで、同じ動作の繰り返しによる笑いの効果を最大限に引き出しました。侍の格調高い説明と、熊さんの混乱した理解の対比も見事でした。

三代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば)

金馬はこの噺を軽妙な語り口で演じ、熊さんの愚かしさを強調しました。髪床で大げさに話す場面や、侍の説明を中途半端に理解して妻に話す場面では、熊さんの混乱ぶりを細かい仕草で表現し、聴衆を笑わせました。

十代目柳家小三治(やなぎやこさんじ)

小三治はこの噺を現代的な感覚で演じ、武士の価値観と庶民の生活の違いを鮮明に描きました。侍が理想とする賢妻像と、長屋の妻の素朴な善意の対比を丁寧に表現し、最後のすりこ木を戴くオチを、笑いの中に温かさを込めて締めくくる名演でした。

関連する落語演目

粗忽長屋

https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/
『粗忽長屋』は長屋に住む粗忽者の騒動を描いた噺です。『猫久』も長屋を舞台にしており、熊さんという愚かな人物が引き起こす滑稽な展開が共通しています。どちらも長屋の庶民の生活をユーモラスに描いた作品です。

初天神

https://wagei.deci.jp/wordpress/hatsutenjin/
『初天神』は父親と子どもの微笑ましいやり取りを描いた噺です。『猫久』でも夫婦のやり取りが中心で、妻の善意と夫の理解のずれが笑いを生む点で共通しています。家族の日常を描く落語として共通する要素があります。

時そば

https://wagei.deci.jp/wordpress/tokisoba/
『時そば』は江戸の庶民の知恵を描いた噺です。『猫久』も長屋の庶民の生活を背景にしており、江戸時代の日常と、階級による価値観の違いを描く点で共通しています。

文七元結

https://wagei.deci.jp/wordpress/bunshichi/
『文七元結』は夫婦の情愛を描いた人情噺です。『猫久』の猫久夫婦も、妻が夫の決意を理解して刀を渡すという夫婦の信頼関係が描かれており、夫婦愛という点で共通するテーマがあります。

芽か木か

https://wagei.deci.jp/wordpress/mekauma/
『芽か木か』は言葉の誤解から生まれる笑いを描いた噺です。『猫久』も熊さんが侍の話を誤解して、表面的にしか理解できないという、理解のずれが笑いを生む点で共通しています。

この噺の魅力と現代への示唆

『猫久』は、武士の価値観と庶民の生活という異なる世界を巧みに対比させた作品です。表面的には熊さんの愚かしさを笑う噺ですが、実は深い文化的な洞察を含んでいます。

この噺の核心は、同じ行為が異なる文脈で全く異なる意味を持つという点です。猫久の妻が刀を神棚に戴いて渡す行為は、侍の目には「夫の決意を理解し、神仏に無事を祈る賢妻の心」と映ります。一方、熊さんの妻がすりこ木を同じように戴いて渡す行為は、単なる形式の模倣に過ぎません。

侍が絶賛する理由は、武士の世界では刀を持ち出すことが命をかけた重大な決断だからです。「血相変えて刀を出せとは男子の本文よくよく逃れざる場合だ」という説明は、武家社会の厳格な倫理観を反映しています。妻がそれを止めないのは、夫の名誉と決意を尊重するという武家の女性の美徳なのです。

しかし、庶民の世界では状況が全く異なります。イワシを狙って入ってきた猫を追い払うのに、神棚にすりこ木を戴いて祈る必要などありません。この馬鹿馬鹿しさが笑いを生む一方で、熊さんの妻の善意も感じられます。彼女は夫から「戴けるよ」と言われたことを真面目に実行しただけなのです。

興味深いのは、侍と庶民の価値観のギャップが、直接的な対立ではなく、熊さんの誤解を通して表現されている点です。侍は「夫の決意を理解し神仏に祈る心」を絶賛しますが、熊さんは「戴くかかぁが本場」という形式的な部分しか理解できません。この理解のずれが、文化の翻訳の難しさを象徴しています。

現代への示唆として考えると、この噺は「形式と本質」の違いを教えてくれます。同じ行為でも、その背景にある意味や文脈によって、価値が全く異なるということです。現代でも、マニュアル通りに行動することと、本質を理解して行動することの違いは重要なテーマです。

また、この噺は「文化の翻訳」の問題も提起しています。侍の説明を聞いた熊さんは、武士の価値観を自分の世界に持ち込もうとしますが、文脈が違うため本質を失ってしまいます。異なる文化や価値観を理解し伝えることの難しさは、現代のグローバル社会でも重要な課題です。

猫久の妻とすりこ木を戴く妻、どちらも夫のために真剣に行動しています。しかし、一方は命をかけた決断を支え、一方は猫を追い払うだけです。この対比は、日常と非日常、些細なことと重大なこと、形式と本質の違いを、ユーモラスに教えてくれます。

『猫久』は、笑いながら価値観の違い、文化の翻訳、形式と本質について考えさせてくれる、奥深い作品です。最後に妻がすりこ木を真面目に戴く姿は、熊さんの愚かしさを笑うと同時に、長屋の平和な日常と、妻の素朴な善意を温かく描き出しています。

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