猫怪談
3行でわかるあらすじ
与太郎の養父が死に、深川から谷中の寺へ遺体を運ぶ途中で早桶の底が抜けてしまう。
一人残された与太郎の前で遺体が突然起き上がり、飛び跳ねて逃げてしまう。
翌日根津の質屋の土蔵で遺体が見つかり、結局三つ目の早桶を買うことになる。
10行でわかるあらすじとオチ
両親を亡くした与太郎を育ててくれた養父が死に、与太郎は悲しみに暮れている。
家主が早桶を用意し、与太郎と羅宇屋の甚兵衛と共に深川から谷中の寺へ向かう。
不忍池の辺りで真夜中になり、臆病な甚兵衛は怖がって早桶を落とし底が抜ける。
家主と甚兵衛が新しい早桶を買いに行き、与太郎一人が遺体の番をすることに。
黒い物が横切ると遺体が突然起き上がり「ヒィヒィヒ」と笑い出す。
与太郎が平手打ちすると倒れるが、もう一度起きてくれと頼むと立ち上がり逃げ出す。
家主が戻ると「死骸に魔が差した」と判断し、甚兵衛は恐怖で腰を抜かす。
翌日、遺体は根津の質屋の土蔵の釘に引っ掛かって見つかる。
与太郎たちは三つ目の早桶を持って現場へ急ぐことになる。
一つの遺体で三つの早桶を買ったという珍妙な怪談噺。
解説
落語「猫怪談」は「谷中奇聞猫怪談」とも呼ばれる怪談噺の一つです。
深川蛤町から谷中瑞輪寺への道中を舞台に、死体に魔が差すという奇怪な出来事を描いています。
怪談噺でありながら、与太郎のとぼけた性格や甚兵衛の臆病さが笑いを誘う構成になっています。
特に死体が「ヒィヒィヒ」と笑い、飛び跳ねて逃げ出すシーンは、怖さよりも滑稽さが勝る演出です。
オチは二重構造で、まず甚兵衛が「腰が抜けた」という言葉遊び、そして一つの遺体のために三つの早桶を買うという馬鹿馬鹿しさで締めくくられます。
江戸時代の葬送習俗や地理(深川から谷中への道程)も背景として描かれており、六代目三遊亭円生などが得意とした演目として知られています。
題名の「猫」が直接登場しない点も興味深く、死体が飛び跳ねる様子を猫に例えた可能性があります。
あらすじ
幼い頃に両親を亡くした与太郎を育ててくれた養父が死んだ。
与太郎は恩情を受けた養父の死が悲しくて遺体の枕元から離れられないでいる。
見かねた家主が早桶を用意し、家主が提灯を持ち、与太郎と羅宇屋の甚兵衛に早桶をかつがせて、四刻頃に深川蛤町の長屋を出て谷中の瑞輪寺に向かった。
不忍池の池之端に差し掛かる頃には真夜中になってしまう。
臆病者の甚兵衛さんは怖くてしょうがない。
前をかついでも、後ろをかついでも怖くて、そうこうしているうちに早桶の底が抜けて、タガが外れてばらばらになってしまった。
家主と甚兵衛さんは与太郎に仏の番をさせて早桶を買いに行った。
寂しい所へ一人残された与太郎は気持ちのいいものではない。
壊れた早桶からはみ出ている養父の遺体に話しかけながら待っていると、目の前を何か黒い物が横切った。
すると遺体がむっくりと起き上がって正座をして、与太郎の顔を見て嬉しそうに「ヒィヒィヒ」と笑った。
びっくりした与太郎が平手打ちを食わせると遺体はまた横になってしまった。
何か言いたいことでもあったのかと、「お父(とっつ)あん、もう一度起き上がってくれ」と頼むと、今度は立ち上がってピョコピョコと風と共に何処かへ行ってしまった。
しばらくすると早桶を持って家主と甚兵衛さんが戻って来た。
事の顛末を聞いた家主は、「死骸へ魔が差したんだ。折角、底が抜けた早桶の代わりを買って来たのに死骸がなきゃどうしようもねえじゃないか」
そばでは与太郎の話を聞いて甚兵衛さんはががたがた震えている。
家主 「甚兵衛さんどうしたんだい?」
甚兵衛 「抜けました。抜けました」
家主 「えっ、今買って来たばかりの早桶の底がまた抜けちまったのかい?」
甚兵衛 「いえ、今度はあたしの腰が抜けました」
翌日、死骸が根津の七軒町の上総屋という質屋の土蔵の釘へ引っ掛かって、もうこれ以上流さないでくれと言っていたとか。
与太郎たちは三つ目の早桶を持って現場に急いだ。
一つの遺骸で三つもの早桶を買ったという、「谷中奇聞猫怪談」の一席。
落語用語解説
猫怪談(ねこかいだん)
この噺のタイトルで、「谷中奇聞猫怪談」とも呼ばれます。死体が猫のように飛び跳ねて逃げるという奇怪な出来事を描いた怪談噺ですが、実際には猫は直接登場せず、遺体の動きを猫に例えた可能性があります。
早桶(はやおけ)
葬儀の際に遺体を入れる簡易的な桶のことで、棺桶の一種です。江戸時代の庶民の葬儀では、座った姿勢のまま遺体を納める円筒形の早桶が一般的でした。この噺では底が抜けたり、結局三つも買うことになる重要な小道具です。
与太郎(よたろう)
落語に頻繁に登場する間の抜けた人物の典型的な名前です。この噺では養父を亡くした孝行者の与太郎として描かれ、遺体の番をする中で奇妙な体験をします。普段の与太郎噺とは違い、真面目で悲しみに暮れる姿が描かれています。
深川蛤町(ふかがわはまぐりちょう)
現在の東京都江東区にあった町名で、深川の一角です。この噺では与太郎の長屋があった場所として設定されており、ここから谷中の寺まで遺体を運ぶという長い道のりが物語の舞台となります。
谷中瑞輪寺(やなかずいりんじ)
谷中は現在の東京都台東区にある寺町で、多くの寺院が集まっています。瑞輪寺は架空の寺名と思われますが、谷中は江戸時代から墓地の多い地域として知られていました。深川から谷中への道のりは相当な距離です。
不忍池(しのばずのいけ)
上野にある大きな池で、深川から谷中へ向かう道中にあります。池之端という地名も残っており、この噺では真夜中に差し掛かる場所として、怪談の雰囲気を高める舞台装置となっています。
羅宇屋(らうや)
煙管(キセル)の掃除や修理をする職人のことです。この噺では甚兵衛という名前の羅宇屋が登場し、臆病者として描かれています。早桶をかつぐのを怖がり、最後には腰を抜かしてしまいます。
家主(いえぬし)
長屋の大家のことで、住人たちの世話をする役割を担っていました。この噺では与太郎の世話をし、葬儀の手配をして早桶を用意し、自ら提灯を持って先導する親切な人物として描かれています。
魔が差す(まがさす)
悪い霊や邪気が取り憑くことで、異常な事態が起こることを指します。この噺では死体が突然起き上がって動き出したことを、家主が「死骸へ魔が差したんだ」と説明する場面で使われています。
四刻(よつどき)
江戸時代の時刻で、現在の午前10時頃を指します。深川から谷中まで歩いて運ぶため、四刻に出発して不忍池に着く頃には真夜中になってしまうという設定で、長い道のりと夜の怖さを表現しています。
土蔵(どぞう)
土壁で作られた蔵のことで、防火性が高く貴重品を保管するために使われました。この噺では根津の質屋の土蔵の釘に遺体が引っ掛かっているという、奇妙な結末を迎える場所として登場します。
根津七軒町(ねづしちけんまち)
現在の東京都文京区根津にあった町名です。質屋が多くあった地域で、この噺では上総屋という質屋が登場します。谷中に近い場所であり、遺体が最終的に見つかる場所として設定されています。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜこの噺のタイトルに「猫」が入っているのですか?
A1: 実際には猫は直接登場しませんが、死体が起き上がって「ヒィヒィヒ」と笑い、ピョコピョコと飛び跳ねて逃げる様子が、猫の動きに似ていることから名付けられた可能性があります。また、江戸時代には猫の怪異譚が多く、死者に猫の霊が取り憑いたという解釈もできます。「猫」という言葉が怪談の雰囲気を高める効果もあります。
Q2: 死体が本当に動いたのですか、それとも与太郎の幻覚ですか?
A2: 落語では明確に答えは示されませんが、翌日に質屋の土蔵で実際に遺体が見つかっているので、何らかの形で移動したことは確かです。家主は「魔が差した」と説明しており、超自然的な現象として扱われています。ただし、黒い物が横切った(猫か何かの動物)ことがきっかけで、死後硬直が解けて動いたという現実的な解釈も可能です。
Q3: 甚兵衛の「腰が抜けた」というオチの意味は?
A3: 二重の意味を持つ言葉遊びです。家主が「抜けました」と聞いて「早桶の底がまた抜けたのか」と思いますが、実際には甚兵衛が恐怖で「腰が抜けた(立てなくなった)」という意味でした。物理的な「底が抜ける」と身体的な「腰が抜ける」を掛けた秀逸なオチです。
Q4: なぜ一つの遺体で三つの早桶が必要になったのですか?
A4: 最初の早桶は底が抜けて壊れ、二つ目は買ってきたものの遺体が逃げてしまって使えず、三つ目は翌日質屋で見つかった遺体を運ぶために必要になったという経緯です。この馬鹿馬鹿しい展開が、怪談噺でありながら笑いを誘う要素となっています。
Q5: この噺は怖い話ですか、それとも笑える話ですか?
A5: 怪談噺として分類されていますが、実際には笑いの要素が強い作品です。死体が「ヒィヒィヒ」と笑うという設定自体が滑稽で、与太郎が平手打ちしたり「もう一度起き上がってくれ」と頼んだりする展開も、怖さよりもユーモラスです。甚兵衛の臆病さや腰が抜けるオチも笑いを誘います。怖さと笑いが混在した、落語ならではの怪談噺といえます。
Q6: 与太郎はなぜ遺体が動いても冷静だったのですか?
A6: 与太郎は養父への恩義が深く、悲しみに暮れていたため、遺体に対する恐怖よりも親愛の情が勝っていたからです。起き上がった養父を見ても「何か言いたいことでもあったのか」と考え、平手打ちしたり、もう一度起き上がってくれと頼んだりします。この純粋さと間の抜けた対応が、与太郎らしさを表現しています。
名演者による口演
六代目三遊亭円生(さんゆうていえんしょう)
円生はこの『猫怪談』を得意演目とし、怪談の雰囲気と笑いのバランスを見事に表現しました。死体が「ヒィヒィヒ」と笑う場面では不気味さと滑稽さを同時に演出し、甚兵衛が腰を抜かす場面では恐怖の表情を細かく描写しました。深川から谷中への道中の描写も丁寧で、臨場感あふれる名演でした。
五代目古今亭志ん生(ここんていしんしょう)
志ん生はこの噺を独特の飄々とした語り口で演じ、怪談でありながら温かみのある人情を感じさせました。与太郎の養父への思いを丁寧に描き、遺体が動き出す場面でも恐怖よりも不思議さを強調する演出で、聴衆を笑わせながら引き込みました。
八代目桂文楽(かつらぶんらく)
文楽はこの噺を緻密な構成で演じ、深川から谷中への道程を細かく描写しました。不忍池の池之端で真夜中になる場面では、効果音も使って雰囲気を盛り上げ、死体が起き上がる瞬間の驚きを見事に表現しました。「腰が抜けた」というオチも絶妙な間で決めました。
三代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば)
金馬はこの噺を軽妙な語り口で演じ、甚兵衛の臆病さを強調しました。早桶の前後どちらをかつぐかで迷う場面や、遺体の話を聞いてガタガタ震える場面では、細かい仕草で笑いを誘い、怪談噺を楽しい演目として仕上げました。
十代目柳家小三治(やなぎやこさんじ)
小三治はこの噺を人情噺として演じ、与太郎の養父への深い恩義と悲しみを丁寧に描きました。遺体が動き出す場面でも、与太郎の純粋な心を表現し、最後の「三つの早桶」というオチを、哀愁と笑いが混ざった深い余韻とともに締めくくる名演でした。
関連する落語演目
死神
https://wagei.deci.jp/wordpress/shinigami/
『死神』は死という超自然的な存在を扱った怪談噺です。『猫怪談』も死体に魔が差すという超自然的な現象を描いており、死をテーマにした落語として共通する要素があります。どちらも怖さと笑いが混在する作品です。
まんじゅうこわい
https://wagei.deci.jp/wordpress/manjukowai/
『まんじゅうこわい』は「怖い」というテーマを扱った噺です。『猫怪談』の甚兵衛も臆病で怖がりという性格が描かれており、恐怖心をユーモラスに描く点で共通しています。
野ざらし
https://wagei.deci.jp/wordpress/nozarashi/
『野ざらし』は骸骨が登場する怪談噺です。『猫怪談』も遺体という死者を扱っており、死後の身体が動くという怪異を描く点で共通しています。どちらも怪談でありながら笑いの要素が強い作品です。
粗忽長屋
https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/
『粗忽長屋』は自分の死体を見に行くという荒唐無稽な噺です。『猫怪談』も遺体が動くという非現実的な展開があり、死をコミカルに扱う点で共通しています。
時そば
https://wagei.deci.jp/wordpress/tokisoba/
『時そば』は江戸の庶民の生活を描いた噺です。『猫怪談』も深川の長屋という庶民の暮らしを背景にしており、江戸時代の地理や習俗が描かれている点で共通しています。
この噺の魅力と現代への示唆
『猫怪談』は、怪談噺でありながら笑いと人情が混在する、落語ならではの独特な作品です。表面的には死体が動くという恐怖譚ですが、実は深い人間性の洞察を含んでいます。
この噺の核心は、与太郎の養父への深い恩義と愛情です。冒頭で「両親を亡くした与太郎を育ててくれた養父」と説明され、与太郎が「恩情を受けた養父の死が悲しくて遺体の枕元から離れられない」という描写があります。この純粋な孝行心が、物語全体の基調となっています。
遺体が起き上がって「ヒィヒィヒ」と笑う場面は、一見恐ろしい展開ですが、与太郎の反応が興味深いところです。普通なら恐怖で逃げ出すはずですが、与太郎は平手打ちをして、さらに「何か言いたいことでもあったのか」と考え、「もう一度起き上がってくれ」と頼みます。この反応は、養父への愛情が恐怖を上回っていることを示しています。
甚兵衛の臆病さとの対比も見事です。羅宇屋という職人である甚兵衛は、早桶の前後どちらをかつぐか迷い、最後には腰を抜かしてしまいます。この対比によって、与太郎の純粋さと勇気が浮き彫りになります。
「腰が抜けた」というオチは、単なる言葉遊びを超えた意味を持っています。物理的な「底が抜ける」と身体的な「腰が抜ける」を掛け合わせることで、この奇妙な一夜の珍騒動を象徴的に締めくくっています。怪談の恐怖が、最後には笑いに転換される構造です。
「一つの遺体で三つの早桶を買った」という結末も、単なる馬鹿馬鹿しさではなく、死者を弔うことの大変さと、それでも最後まで責任を果たす人々の姿を描いています。与太郎たちは何度困難に遭っても、養父を谷中の寺に納めるという目的を諦めません。
現代への示唆として考えると、この噺は「死者への向き合い方」を示しています。現代では葬儀社が全てを処理してくれますが、江戸時代には遺体を自分たちで運ぶ必要がありました。その過程での苦労や珍事を通して、死者との最後の時間を過ごすという意味が描かれています。
また、恐怖と愛情の関係も興味深いテーマです。与太郎は養父への愛情が深いため、遺体が動いても恐怖を感じません。一方、甚兵衛は他人の遺体なので恐怖しか感じません。この対比は、恐怖とは関係性によって変わるものであることを示唆しています。
深川から谷中への長い道のりも、単なる舞台設定ではありません。不忍池を通る夜道という設定は、死者を送る旅路の象徴です。現代でも、葬儀は故人との最後の旅であり、その過程での様々な出来事が、別れの意味を深めます。
『猫怪談』は、怪談の形式を借りながら、死者への愛情、孝行心、そして死者を弔うことの意味を、笑いと共に描いた作品です。「三つの早桶」という馬鹿馬鹿しい結末は、死という重いテーマを、落語らしいユーモアで包み込み、人間の温かさを感じさせてくれます。
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