寝床 落語|あらすじ・オチ「私の寝床でございます」意味を完全解説
寝床(ねどこ) は、義太夫好きだが極めて下手な旦那が浄瑠璃の会を開き、長屋の住人を強制参加させる古典落語の傑作。全員が寝てしまう中、小僧の定吉だけが泣いていたのは「旦那が語っているところが私の寝床でございます」という絶妙なオチです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 演目名 | 寝床(ねどこ) |
| ジャンル | 古典落語・長屋噺 |
| 主人公 | 義太夫好きの旦那 |
| 舞台 | 長屋・旦那の家 |
| オチ | 「旦那が語っているところが私の寝床でございます」 |
| 見どころ | 下手の横好き、パワハラの元祖、定吉の本音 |
3行でわかるあらすじ
義太夫好きだが極めて下手な旦那が浄瑠璃の会を開くが、長屋の住人たちは全員欠席。
怒った旦那が店を明け渡せと脅し、仕方なく集まった一同は全員爆睡。
一人だけ泣いていた小僧の定吉は「舞台が私の寝床」というオチで終わる。
10行でわかるあらすじとオチ
義太夫好きの旦那が浄瑠璃の会を開き、久七を使って町内や長屋の人々を誘う。
しかし旦那の義太夫はあまりに下手で、聞いた者は具合が悪くなるほど。
全員が祭り、法事、眼病など様々な理由をつけて欠席を申し出る。
激怒した旦那は「長屋の連中は店を明け渡せ、奉公人には暇を出す」と脅迫。
慌てた一同は「芸惜しみ」とおだててなんとか語らせることに成功する。
旦那が豚のあえぎ声のような義太夫を語り始めると、一同は酒や料理を食べながら逃避。
満腹になった全員が座敷に横たわり寝込んでしまう状態になる。
一休みした旦那が御簾を上げると、全員がマグロのように寝ていて激怒。
唯一泣いていた小僧の定吉に「どこが悲しかった?」と聞くと、「皆寝ているのに私だけ寝られない」と答える。
「旦那が語っているところが私の寝床でございます」というオチで締めくくられる。
解説
「寝床」は、元々「寝床浄瑠璃」という上方落語の演目で、明治中期に東京へ移入されました。別題に「寝床義太夫」「素人義太夫」「素人浄瑠璃」などがあります。
義太夫節は江戸時代の浄瑠璃の一種で、人形浄瑠璃(文楽)で使われる語り物音楽です。江戸時代には素人の旦那衆の間で義太夫の稽古が流行し、「旦那芸」として人に披露することもありましたが、往々にして下手の横好きで、聞かされる側にとっては拷問に等しいものでした。
この噺の見どころは、権力を笠に着た旦那のパワハラと、それに振り回される長屋の住人たちの哀愁感、そして最後のオチの意外性です。「寝床」(寝る場所)と「床」(舞台)の言葉遊びが効いており、小僧の定吉が泣いていた本当の理由が明かされることで、笑いを誘います。
現代では立川談笑などが「大企業の社長のワンマンカラオケ大会」に置き換えて演じることもあり、ドラえもんのジャイアンリサイタルもこの落語からの発想ではないかと言われています。時代を超えて愛される名作落語です。
あらすじ
今日は浄瑠璃の会の日で旦那はそわそわ、嬉しくて落ち着かない。
三味線のお師匠さん、料理、酒、お菓子すべて準備万端だ。
そこへ町内を回っていた久七が帰ってくる。
久七が言うには、①提灯屋は三つの町内の祭りの提灯を頼まれ夜通しで張らなければならず今日の浄瑠璃の会は欠席。②豆腐屋は親戚の法事の揚げ物を頼まれ、これも夜通しかかるので欠席。③金物屋の佐助は、頼母子講で今回は自分がもらう分なので欠席。④甚兵衛さんはおかみさんが臨月で今晩にも産まれそうなので欠席。⑤手伝い(てったい)の又兵衛は観音講の導師で先達なので欠席。⑥長屋の連中は奥のやもめがコロッと死んで通夜なので欠席。⑦店の番頭は付き合いの酒で二日酔いで寝込んで欠席。⑧太七は眼病で欠席。
浄瑠璃の悲しい場面を聞くと涙が出て、これが普通の涙と違って塩分が多く、眼病には悪いと医者から言われているという。⑨おかみさんは旦那の浄瑠璃の会があると聞き、今朝から2.3日里帰り。
じゃあ久七、お前はどうだと聞かれ、何の因果か体は丈夫だ、私さえ旦那の浄瑠璃を聞けばいいんでしょとあきらめ半分やけくそ半分で居直る。
これを聞いた旦那、もう生涯、浄瑠璃は語らないと宣言し、人の情けの分からない長屋の連中にはすぐ店(たな)を空けて渡してもらい、店の者には暇を出すとかんかんだ。
久七はこれは穏やかなことではなくなってきたと、また長屋を回りに行く。
事情を察した、町内、長屋、店の連中が集まってくる。
どうしても旦那の浄瑠璃が聞きたくて仕事が手につかない、今夜の仕事は他の店に回してきた。
玄人の浄瑠璃は金さへ払えばいつでも聞けるが、旦那さんは気がむいた時にしか語らない。
旦那さんの浄瑠璃には玄人には語れない素人の味がある。
なんて一生懸命持ち上げてなんとか語らせようとする。
旦那は三味線のお師匠さんも帰して、舞台も壊してしまったから語れないと言う。
なおも頼む連中に生涯浄瑠璃は語れないと言った手前、今夜は無理だから次の会の時にしようと強情だ。
すると、どこからか「芸惜しみ」の声がかかる。
これを聞いた旦那、顔がほころんでくる。「芸惜しみ」そこまで言われたら語りましょところっと変心する。
そんなこんなで、さあ、浄瑠璃が始まった。
舞台の御簾内で、旦那のうなり声、まるで豚のあえぎ声だ。
観客連中はまともに旦那の浄瑠璃に当たったら一大事と頭を低くして酒、料理、お菓子に取りかかる。
たらふく飲み食いし、目の皮がたるんできて、皆、座敷へゴロッと転がり寝込んでしまう。
相変わらず舞台で雄たけびを上げていた旦那だが、張り切りすぎて語ったので疲れてきて一休み。
観客のことが気になり、自分の芸に熱心に聞き入っている様子を見ようと御簾を上げてびっくり。
市場のマグロみたいに全員、横たわって寝ている。
これを見た旦那、皆を起こしカンカンだ。
ふと見ると誰か泣いている者がいる。
丁稚の定吉だ。
旦那は浄瑠璃が悲しくて泣いているのだと思い、
旦那 「どこが悲しかったんや。最初の方か、中頃か、終いの方か」
定吉 「浄瑠璃が悲しいて泣いてんねやおまへん。皆寝ているのにわたいだけ寝ることがでけしまへんので・・・」
旦那 「なんでお前だけ寝ることがでけんのや」
定吉(舞台を指差し) 「旦はんが語っているところが私の寝床でございます」
落語用語解説
寝床(ねどこ)
この噺のタイトルで、二つの意味があります。一つは人が寝る場所としての「寝床」、もう一つは義太夫を語る舞台を意味する「床」です。オチで小僧の定吉が「旦那が語っているところ(舞台)が私の寝床」と言うことで、この二つの意味が重なり、秀逸な言葉遊びとなっています。
義太夫(ぎだゆう)
義太夫節の略称で、江戸時代に竹本義太夫が創始した浄瑠璃の一流派です。三味線の伴奏で物語を語る芸能で、人形浄瑠璃(文楽)の音楽として発展しました。江戸時代には素人の旦那衆の間で義太夫の稽古が大流行し、「旦那芸」として披露されることがありました。
浄瑠璃(じょうるり)
三味線の伴奏で物語を語る伝統芸能で、義太夫節はその代表的な流派です。「浄瑠璃姫物語」に由来する名称で、語り物音楽として江戸時代に大流行しました。この噺では旦那が開く「浄瑠璃の会」が物語の中心となっています。
下手の横好き(へたのよこずき)
下手なのに熱心にそのことを好むという意味の慣用句です。まさにこの噺の旦那を表現する言葉で、義太夫が極めて下手なのに熱心に語りたがり、人に聞かせようとする姿が描かれています。
御簾(みす)
竹や葦を編んで作った垂れ簾のことで、浄瑠璃の舞台では語り手が御簾の内側で語ります。この噺では旦那が御簾の中で語り、一休みして御簾を上げると全員寝ていたという場面で重要な小道具となっています。
床(ゆか)
浄瑠璃や義太夫を語る舞台のことを「床」と呼びます。語り手が座る一段高くなった場所で、御簾で仕切られています。オチで定吉が指差す「床」がこれを指し、同時に「寝床」とかけた言葉遊びとなっています。
芸惜しみ(げいおしみ)
芸を出し惜しみすること、または上手な芸を簡単には見せないことを指します。この噺では、誰かが「芸惜しみ」と声をかけることで、旦那の虚栄心をくすぐり、強情を張っていた旦那がころっと変心して語り始めるきっかけとなります。
店(たな)
長屋の一室や借家のことを指します。旦那が怒って「店を空けて渡してもらう」と言うのは、借りている部屋から出て行けという意味で、大家である旦那の権力を背景にした脅しとなっています。
丁稚(でっち)
商家に奉公する少年のことで、住み込みで働きながら商売を学びます。この噺では定吉という小僧が丁稚として登場し、最後のオチを担う重要な役割を果たします。
頼母子講(たのもしこう)
江戸時代の庶民の金融互助組織で、メンバーが毎月一定額を積み立て、順番または入札で一定額を受け取る仕組みです。この噺では金物屋の佐助が「今回は自分がもらう分」だから欠席すると言い訳に使っています。
観音講(かんのんこう)
観音信仰を中心とした講(信仰集団)のことで、定期的に集まって参拝や法要を行います。この噺では手伝いの又兵衛が「導師で先達」だから欠席すると、もっともらしい理由をつけています。
通夜(つや)
亡くなった人を葬儀の前夜に弔うことです。この噺では長屋の奥のやもめが「コロッと死んで」通夜だから欠席という、これまた言い訳として使われています。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ旦那の義太夫はそんなに下手なのですか?
A1: 「下手の横好き」という状態で、旦那は義太夫が好きで熱心に稽古していますが、才能がないため上達しません。江戸時代には素人の旦那衆の間で義太夫の稽古が流行しましたが、多くは「旦那芸」として自己満足に過ぎず、聞かされる側にとっては苦痛でした。この噺では「豚のあえぎ声」と表現されるほどの下手さで、誇張された描写が笑いを生んでいます。
Q2: なぜ長屋の人たちは最初から断らなかったのですか?
A2: 旦那は大家であり、店子(借家人)や奉公人たちの生活を握っている権力者だからです。最初は様々な理由をつけて欠席しようとしましたが、旦那が「店を明け渡せ」「暇を出す」と脅したため、生活がかかっている人々は渋々従わざるを得ませんでした。これは典型的なパワーハラスメントの構図を描いています。
Q3: 「芸惜しみ」と言われて旦那がすぐに変心したのはなぜですか?
A3: 「芸惜しみ」とは、上手な芸を簡単には見せないという意味で、つまり「あなたの芸はとても上手なので、もったいぶって見せないのですね」という最高の褒め言葉だからです。旦那の虚栄心が刺激され、「そこまで言われたら語りましょう」ところっと変心します。長屋の人々の巧妙な心理戦術が功を奏した瞬間です。
Q4: なぜ全員が寝てしまったのですか?
A4: 旦那の下手な義太夫を直接聞いていると耐えられないので、酒や料理に逃避し、たらふく飲み食いした結果、満腹で眠くなってしまったからです。また、あまりの下手さに精神的に疲れたという意味も含まれています。旦那の義太夫があまりに退屈で催眠効果があったとも解釈できます。
Q5: 定吉だけが寝られなかった理由は?
A5: 定吉が普段寝ている場所が、旦那が義太夫を語っている舞台(床)の場所だったからです。つまり、旦那が陣取っている舞台が定吉の寝床で、旦那が退かない限り自分は寝られないという物理的な理由です。このオチは「寝床」という言葉の二重の意味(寝る場所と舞台)を利用した見事な言葉遊びです。
Q6: この噺は現代でも通用する内容ですか?
A6: 非常に通用する内容で、むしろ現代でも頻繁に起こる問題を描いています。権力を持つ上司が趣味を部下に押し付ける「パワハラ」は、現代の企業でもよく見られる光景です。立川談笑は「大企業の社長のワンマンカラオケ大会」に置き換えて演じており、ドラえもんのジャイアンリサイタルもこの落語から発想を得たと言われています。時代を超えて共感される普遍的なテーマです。
名演者による口演
三代目三遊亭金馬(さんゆうていきんば)
金馬はこの『寝床』を得意演目とし、旦那の自己陶酔と長屋の人々の苦悩を見事に演じ分けました。特に久七が次々と欠席の理由を述べる場面では、それぞれの人物の個性を細かく描写し、旦那が激怒する場面では権力者の横暴さをリアルに表現しました。
五代目古今亭志ん生(ここんていしんしょう)
志ん生はこの噺を独特の飄々とした語り口で演じ、旦那の下手な義太夫を実際に声で表現する場面が名人芸でした。「豚のあえぎ声」を見事に再現し、聴衆を笑わせながらも、長屋の人々の哀愁を感じさせる深い人情表現が特徴でした。
八代目桂文楽(かつらぶんらく)
文楽はこの噺を緻密な構成で演じ、長屋の人々が次々と欠席理由を述べる場面を丁寧に積み上げ、最後のオチへの流れを計算し尽くしていました。定吉が舞台を指差して「私の寝床でございます」というオチを、絶妙な間で決める名演でした。
六代目三遊亭円生(さんゆうていえんしょう)
円生はこの噺を社会風刺として演じ、旦那の権力濫用と長屋の人々の苦悩を鮮明に描きました。「芸惜しみ」で旦那がころっと変心する場面では、人間の虚栄心の脆さを見事に表現し、笑いの中に深い洞察を込めた口演でした。
十代目柳家小三治(やなぎやこさんじ)
小三治はこの噺を丁寧な人物描写で演じ、旦那の孤独と長屋の人々の生活の苦しさの両方を描き出しました。権力者でありながら誰にも理解されない旦那の悲哀と、生活のために従わざるを得ない人々の哀愁を、深い余韻とともに伝える名演でした。
関連する落語演目
粗忽長屋
『粗忽長屋』は長屋の住人たちの騒動を描いた噺です。『寝床』も長屋を舞台にしており、江戸の庶民の生活感と、長屋という集合住宅ならではの人間関係が描かれている点で共通しています。
初天神
『初天神』は父親の権威と子どもの欲望の対立を描いた噺です。『寝床』も旦那の権力と長屋の人々の苦悩という対立構造があり、権力者と弱者の関係を描く点で共通するテーマがあります。
時そば
『時そば』は江戸の庶民の知恵を描いた噺です。『寝床』の長屋の人々も、旦那を「芸惜しみ」と褒めて操る知恵を使っており、弱者が知恵を使って困難を乗り切るという点で共通しています。
文七元結
『文七元結』は貧しい人々の生活と人情を描いた人情噺です。『寝床』も長屋の店子たちの生活の苦しさが背景にあり、江戸時代の庶民の暮らしと、大家と店子の力関係を描く点で共通する要素があります。
この噺の魅力と現代への示唆
『寝床』は、権力を笠に着たパワーハラスメントと、それに振り回される人々の姿を、ユーモラスかつ辛辣に描いた作品です。表面的には笑い話ですが、実は深刻な社会問題を扱っています。
旦那は義太夫が好きで、人に聞かせたいという純粋な気持ちを持っています。しかし、自分の下手さに気づかず、権力を背景に他人に強制するという行為は、典型的なパワーハラスメントです。「店を明け渡せ」「暇を出す」という脅しは、生活がかかっている人々にとって絶対的な力を持ちます。
長屋の人々は、最初は様々な創意工夫で欠席しようとします。祭り、法事、病気など、それぞれがもっともらしい理由を考えますが、すべて旦那に見破られてしまいます。そして最後には「芸惜しみ」という褒め言葉で旦那を操るという、弱者の知恵を発揮します。
興味深いのは、旦那が決して悪人として描かれていない点です。義太夫が好きで、人に聞いてもらいたいという気持ちは純粋です。しかし、自己認識の欠如と権力の濫用が、周囲に苦痛を与えています。これは現代の多くの組織でも見られる構造です。
最後のオチで、定吉だけが泣いている理由が「旦那が語っているところ(床)が私の寝床」だったという展開は、単なる言葉遊びを超えた意味を持ちます。権力者の自己満足のために、最も弱い立場の小僧が自分の居場所(寝床)さえ奪われているという状況が、象徴的に表現されています。
現代社会においても、この噺が示す問題は健在です。上司の趣味に付き合わされる部下、社長のカラオケに強制参加させられる社員など、権力勾配のある関係での「押し付け」は、今も多くの職場で見られます。立川談笑が現代版にアレンジして演じているように、この噺のテーマは時代を超えた普遍性を持っています。
また、「下手の横好き」という現象そのものも、人間の本質的な特性です。自分の能力を客観視できず、熱意だけで他人を巻き込んでしまう人は、現代でも珍しくありません。この噺は、自己認識の重要性と、他人への配慮の必要性を、笑いの中に込めて教えてくれます。
さらに、「芸惜しみ」という褒め言葉で相手を操る技術は、現代でいう「お世辞」や「おだて」の原型です。弱者が強者を操るための言葉の力を示しており、コミュニケーション術の一つとして興味深い視点を提供しています。
『寝床』は、笑いながら権力の濫用、自己認識の欠如、弱者の知恵、そして言葉の力について考えさせてくれる、社会風刺に満ちた名作です。ドラえもんのジャイアンリサイタルという形で子どもたちにも知られるようになったこのテーマは、人間社会の普遍的な問題として、これからも語り継がれていくでしょう。







