なめる
3行でわかるあらすじ
お屋敷のお嬢さんの乳の下に巨大なおできができ、四歳年上の男になめてもらえば治ると聞く。
芝居見物で見つけた二十二歳の男を色仕掛けで騙し、おできをなめさせることに成功する。
翌日男が再訪すると屋敷は空き家で、隣人から毒が回って七日も経たずに死ぬと聞かされ卒倒する。
10行でわかるあらすじとオチ
お屋敷の十八歳のお嬢さんの乳の下に巨大なおできができ、医者も治せない。
ある医者が「四歳年上の男になめてもらえば治る」と言い、男探しが始まる。
芝居見物で「音羽屋」と声を掛ける二十二歳の男を見つけ、桟敷に招き入れる。
酒と料理でもてなし、業平の寮に連れ込んで色仕掛けで男をぐにゃぐにゃにする。
お嬢さんは婿養子にすると言って、乳の下の巨大で悪臭を放つおできをなめさせる。
男は亭主気取りで泊まろうとするが、女中が叔父が来たと嘘をついて追い返す。
翌朝男が友達と訪ねると屋敷は空き家になっており、隣の煙草屋で事情を聞く。
「おできをなめた男は毒が回って七日も経たずに死ぬ」と聞いて男は卒倒する。
友達が気付け薬として「宝丹でもなめろ」と勧めるが。
男は「もうなめるのはこりごりだ」とオチをつける。
解説
落語「なめる」は、別名「重ね菊」「菊重ね」とも呼ばれる艶笑噺の一つです。
元禄4年(1691年)の「露がはなし」に原話があり、四代目三遊亭円生から四代目橘家円蔵に伝わり、戦後は六代目円生が得意としました。
お嬢さんのおできを治すという民間療法を口実に、男を騙して利用する展開は、江戸時代の迷信や俗信を風刺しています。
芝居見物のシーンでは「音羽屋」という掛け声が登場し、これは歌舞伎の尾上菊五郎の屋号で、江戸の庶民文化を色濃く反映しています。
オチの「宝丹」は実在した江戸時代の薬で、「なめる」という言葉の繰り返しで締めくくる言葉遊びの妙があります。
現代ではあまり高座にかからない演目ですが、人間の欲望と騙し合いを描いた傑作として知られています。
あらすじ
さるお屋敷の今年十八のお嬢さんの乳の下にできたおできが、みるみるうちに大きくなってしまった。
医者に診せ、薬を塗ったり飲んだりしたが一向に治る気配はない。
ある医者が言うには、「四歳年上の男になめてもらえば治る」。
そこでなめてくれる男を生け捕る作戦に出る。
女中を連れ芝居見物に行って、ぴったりの男を探すのだ。
ある日、二人の桟敷の後ろに立ち見して、「音羽屋」なんて声を掛けている男がいる。
桟敷に上がらせ、酒、料理を食べさせて年を聞くと、ちょうど二十二.。
やっと格好の獲物が掛かったと、男をお嬢さんと女中が住んでいる業平の寮に引き入れる。
酒・肴と色仕掛けで男をぐにゃぐにゃにして、女中を隣の部屋に引き下がらせたお嬢さん。
肝心なことを切り出す。
恥ずかしそうに「・・・なめて欲しい・・・お乳・・・」、お乳と聞いて男はもうよだれを垂らしている。「お乳の下のおできをなめてください」、おできと聞いて尻込みする男に、ここで逃げられたら今までの苦労が水の泡、おできも治らない。
そこでお嬢さんは男にしな垂れかかり、なめてくれれば夫婦になると言う。
大家の婿養子と聞いて色と欲に目がくらんだ男はなめることを承知する。
着物をはだけ包帯を取ったお乳の下にはもう一つのお乳のようなでかいおできがどんと居座り、黒ずんだ先端からは悪臭を放っている。
お嬢さんはこれを見てたじろんでいる男の顔をぐいっと引き寄せおできの所へくっつけた。
もろにペロペロとなめた男、もう亭主気取り、婿養子にでもなった気分で、「今晩はここに泊まって行く」と言い出した。
これを隣の部屋で聞いていた女中は機転を聞かせ、「お嬢様の叔父様が見回りに来た。酒乱で暴れて何をするか分からないから今日のところは帰ってくだされ」。
男は、明日も来ると言って慌てて出て行った。
翌朝、男が友達を連れて訪ねて来ると屋敷は空になっている。
隣の煙草屋で聞くと、「こんな面白い話はない。
朝から笑いどおしだ。
お嬢さんのおできを治すために、間抜けな男を引き込んでなめさせたが、また来るというので夜中のうちに引っ越して行った。お嬢さんはこれで治るだろうが、馬鹿な男はおできの毒が回って七日も経たないうちに死んでしまうだろうよ」、これを聞いた男は目を回してひっくり返ってしまった。
友達が水をかけたりしてやっと男は気を取り戻した。
友達 「・・・気付けにこの宝丹でもなめろ」
男 「いや、もうなめるのはこりごりだ」
落語用語解説
おでき
皮膚にできる腫れ物。この噺では乳の下に巨大なおできができ、もう一つの乳のように大きく、悪臭を放つという設定です。
四歳年上の男
民間療法の条件。お嬢さんが十八歳なので二十二歳の男を探すという設定で、江戸時代の迷信や俗信を風刺しています。
音羽屋(おとわや)
歌舞伎役者・尾上菊五郎の屋号。芝居見物で掛け声をかける場面で登場し、江戸の庶民文化を表現しています。
桟敷(さじき)
芝居小屋の客席の一つで、仕切られた特等席。お嬢さんと女中が桟敷を借りており、立ち見の男を招き入れる設定です。
業平(なりひら)
東京都墨田区の地名。在原業平にちなむ地名で、お嬢さんと女中が住んでいる寮の場所として登場します。
婿養子(むこようし)
妻の家に入って家を継ぐ婿。お嬢さんが「大家の婿養子にする」と言って男を騙す重要な言葉です。
宝丹(ほうたん)
江戸時代から明治にかけて有名だった気付け薬。オチで友達が「なめろ」と勧め、男が「もうなめるのはこりごり」と返す言葉遊びに使われます。
重ね菊(かさねぎく)
この噺の別名。尾上菊五郎の屋号「音羽屋」と、おできをなめる行為から連想される名前です。
艶笑噺(えんしょうばなし)
性的な要素を含む滑稽噺のジャンル。この噺は艶笑噺の代表作の一つで、色仕掛けで男を騙す展開が特徴です。
色仕掛け(いろじかけ)
女性の色香を使って男を誘惑すること。お嬢さんが酒と料理に加えて色仕掛けで男を「ぐにゃぐにゃにする」場面が描かれています。
毒が回る(どくがまわる)
おできの毒が体中に広がること。煙草屋が「七日も経たないうちに死ぬ」と言って男を脅す展開になっています。
露がはなし
元禄4年(1691年)の笑話本。この噺の原話が収録されており、江戸時代初期から続く古い演目です。
よくある質問 FAQ
Q1: この噺は実話ですか?
A1: いいえ、創作です。元禄4年(1691年)の笑話本「露がはなし」に原話がある古い噺で、江戸時代の民間療法や迷信を風刺した滑稽噺です。
Q2: なぜ四歳年上の男でなければならないのですか?
A2: これは全く根拠のない民間療法の条件です。江戸時代には様々な迷信や俗信があり、この設定はそうした非科学的な療法を風刺しています。
Q3: なぜお嬢さんは男を騙したのですか?
A3: おできを治すためです。医者が「四歳年上の男になめてもらえば治る」と言ったため、男をなめさせることだけが目的で、婿養子の話は全て嘘でした。
Q4: なぜ男は死ぬと言われたのですか?
A4: これも事実ではなく、煙草屋が面白おかしく話した創作です。男を騙したことがバレないよう、おできの毒が回って死ぬと噂を広めることで、男が追いかけてこないようにした可能性もあります。
Q5: 「音羽屋」とは何ですか?
A5: 歌舞伎役者・尾上菊五郎の屋号です。江戸時代、芝居見物では役者の屋号を掛け声として叫ぶ習慣があり、「音羽屋」と声をかける男は歌舞伎好きだと分かります。
Q6: なぜこの噺は現代であまり演じられないのですか?
A6: 艶笑噺であることと、病気や身体的な描写が生々しいためです。また、色仕掛けで男を騙すという展開が、現代の価値観では受け入れにくい面もあります。ただし、古典落語の貴重な演目として記録は残されています。
名演者による口演
六代目三遊亭円生
円生は戦後この噺を得意としており、艶笑噺でありながら品格を保つ演じ方で知られました。お嬢さんの色仕掛けの場面を露骨にせず、男が騙される過程を丁寧に描くことで、笑いの中にも人間の欲望の哀れさを表現しました。
四代目橘家円蔵
円蔵から円生へと伝わったこの噺は、上方の原話を江戸に移植したものです。円蔵は芝居見物の場面を詳細に描き、江戸の庶民文化を色濃く反映させた演出で知られていました。
三代目桂米朝
米朝は上方落語の立場から、この噺の原話に近い演じ方をしました。艶笑噺としての面白さを保ちながらも、民間療法への風刺という側面を強調し、人間の騙し合いの滑稽さを描きました。
五代目古今亭志ん生
志ん生は男の間抜けさを前面に出し、色と欲に目がくらんで騙される姿を人間臭く演じました。最後の「もうなめるのはこりごりだ」というオチを、絶妙な間で決める名人芸を見せました。
八代目林家正蔵(彦六)
正蔵は煙草屋の役を印象的に演じ、「朝から笑いどおし」と面白おかしく語る場面を強調しました。男の悲劇を喜劇として捉え直す視点が、この噺の風刺性を際立たせました。
関連する落語演目
時そば

騙しと機転の噺。「なめる」と同様に、騙される側の間抜けさが笑いを生む古典落語です。
文七元結

誠実さを描いた人情噺。「なめる」の騙しとは対照的に、正直な人間の美徳が描かれています。
不孝者芝居

芝居見物を題材にした噺。「なめる」と同様に、芝居小屋での出来事が物語の舞台になります。
明烏

色仕掛けと男の愚かさを描いた艶笑噺。「なめる」と同じく、女性の策略に男が翻弄される展開が面白い作品です。
目黒のさんま

騙しと勘違いの噺。「なめる」と同様に、人間の欲望が生む滑稽さが描かれています。
この噺の魅力と現代への示唆
「なめる」は、人間の欲望と騙し合いを描いた風刺的な噺です。
男が騙される理由は「色と欲」です。婿養子になれるという欲と、色仕掛けで理性を失った結果、巨大で悪臭を放つおできをなめるという屈辱的な行為をしてしまいます。現代でも、詐欺や悪徳商法の多くは、被害者の欲望につけ込むものです。
お嬢さんの手口は計画的です。芝居見物で適切な年齢の男を探し、酒と料理でもてなし、色仕掛けで判断力を奪い、婿養子という餌で釣ります。現代の詐欺の手口と本質的に同じで、この噺は詐欺の構造を300年以上前に描いていたと言えます。
民間療法への風刺も重要なテーマです。「四歳年上の男になめてもらえば治る」という根拠のない療法を信じる姿は、現代のニセ医療や健康詐欺に通じます。科学的根拠のない治療法への警鐘として、この噺は今も意味を持ちます。
最後の「もうなめるのはこりごりだ」というオチは、言葉遊びでありながら、男の後悔と絶望を表現しています。欲望に目がくらんだ結果の悲惨さを、ユーモアで包んだ名オチです。
この噺は艶笑噺として笑いを提供しながらも、人間の欲望、騙しの構造、非科学的な療法への警告という、普遍的なテーマを含んでいます。
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