中村仲蔵
3行でわかるあらすじ
歌舞伎役者の中村仲蔵が忠臣蔵五段目の定九郎役に悩み、妙見様へ願掛けをする。
満願の日の雨宿りで見た濡れた浪人の姿から新しい定九郎像を着想。
初演で客席が静まり返り失敗と思いきや、実は江戸中の評判となる大成功だった。
10行でわかるあらすじとオチ
名題役者となった中村仲蔵が忠臣蔵五段目の斧定九郎役を演じることに。
従来は山賊風のどてら姿で演じられる端役だったが、仲蔵は疑問を持つ。
妙見様へ日参して新しい演じ方を模索し、満願の日に法恩寺橋で雨宿り。
そこで見た黒羽二重の着物を着た色白の浪人の姿に「これだ」と着想を得る。
初日、濡れた姿で登場した仲蔵の定九郎に客席は水を打ったように静まり返る。
掛け声もなく、楽屋でも誰も口をきかないため完全な失敗と思い込む。
旅支度をして江戸を離れようとすると、町では「大した役者が出た」と評判に。
慌てて家に戻ると師匠の中村伝九郎から呼び出しが来ている。
叱られると思いきや「定九郎はあれでなくちゃならない」と大絶賛。
仲蔵はその後も精進を重ね、名優として歴史に名を残すことになる。
解説
「中村仲蔵」は実在の歌舞伎役者・初代中村仲蔵(1736-1790)の逸話を基にした落語です。
忠臣蔵五段目の斧定九郎役は従来、山賊風の扮装で演じられる端役でしたが、仲蔵は五万三千石の家老の息子という設定に相応しい姿を追求しました。
雨に濡れた浪人の姿から着想を得て、黒羽二重の着物に色気のある若侍として演じ直したことで、「弁当幕」と呼ばれた五段目を名場面に変えました。
客席の静寂を失敗と勘違いする展開は、実は観客が息を呑むほどの名演技だったという劇的な反転を生み、芸道に生きる者の真摯な姿勢と、革新的な演技が認められる瞬間を描いています。
実際の仲蔵もこの定九郎役で名を上げ、後に「仲蔵型」として現在まで継承される型を確立しました。
あらすじ
相中から名題になった中村仲蔵についた役は、忠臣蔵五段目の斧定九郎の一役。
山崎街道で夜具縞のどてらにたっつけをはいて草鞋(わらじ)姿、山岡頭巾を被って与市兵衛の追っかけて出て来るという、どう見ても山賊の出で立ちだ。
元来、名題のやる役どころではない。
そこは芸熱心な仲蔵、かねてから五万三千石の家老職、斧九太夫のせがれの定九郎の着付け、演じ方に疑問を持っていた。
なんとか工夫して新しい定九郎にしたいと考えるが、いい知恵が浮かんでこない。
苦しい時の何とかやらで、柳島の妙見様へ願掛けに日参する。
ちょうど満願の日、法恩寺橋まで来ると急な雨、そばの蕎麦屋で雨宿り。
考えるのは初日も近づいたがまだ工夫が浮かばない定九郎の役のことばかり。
そこへ、「ゆるせ」と入って来たのが浪人風の武士。
年頃、三十二、三、背が高く、細身で色白、五分月代、黒羽二重の紋付に茶献上の帯、大小を落とし差しにして、尻をはしょり、破れた蛇の目傘をポーンとそこへ放り出した。
月代から垂れるしずくをぬぐい、濡れた着物の袂のしずくを切っている。
妙見様の引き合わせか、仲蔵は「これだ」と喜び、妙見様へお礼参りをして帰って支度に取り掛かった。
いよいよ明日が初日という前の晩に仲蔵は女房に、「もし、今度の定九郎の役をしくじったら江戸を離れて2.3年修行をして来る」と、打ち明けた。
さて初日の幕が開いてとんとんと、二段目、三段目から四段目の判官切腹の場、六段目はお軽の身売りから勘平の腹切りで客も熱心に見るが、五段目はどてら姿の定九郎なんか見ても面白くもないと、客が飲み食いする「弁当幕」だ。
ざあざわと話しながら飲み食いしていた客たちがひょいと舞台を見ると、いつもとは違う身形(なり)の定九郎が水をぽたぽた垂らしながら駆け出して来た。
あまりの意外、迫力に客席は静まり返り、掛け声を掛けるのも忘れている。
褒め言葉の一つでも掛かるのを期待していた仲蔵はてっきりしくじったと思ったが、段取りどうり最後まで演じきって楽屋へ引き下がる。
楽屋の誰一人も口を聞かない。
仲蔵は呆れ返って口もきかないんだと思い込み家に帰る。
旅支度をして女房と別れの酒を汲みかわし表へ出る。
すれ違う人の間から、「・・・どうだい、今日の定九郎・・・」、「・・・大した役者が出たもんだ・・・」、「・・・あれを見なきゃ江戸っ子の恥だ・・・」、なんていう声が聞こえて来た。
仲蔵は「・・・まんざら悪いんでもなかったんだ。
逃げ出すこたぁない。家へ帰ろう」と、ばつが悪いので裏口から帰って来た。
ちょうど師匠の中村伝九郎からの使いが来ていて、すぐに来るようにとのこと。
叱言(こごと)を覚悟して師匠の前に出た仲蔵に、「・・・定九郎はあれでなくちゃならない。お前は大した役者になる・・・」と師匠。
喜んだ仲蔵は一層芸の道に精進して、名優の名を残した。
落語用語解説
中村仲蔵(なかむらなかぞう)
初代中村仲蔵(1736-1790)は実在の歌舞伎役者。忠臣蔵五段目の斧定九郎役を革新的に演じ、現在まで継承される「仲蔵型」を確立した名優です。
名題(なだい)
歌舞伎役者の階級の一つ。番付に名前が載る格の役者で、相中(あいちゅう)から昇格します。仲蔵は名題になったばかりの時期でした。
相中(あいちゅう)
歌舞伎役者の階級で、名題より下の位。番付では中段に名前が載る役者たちを指します。
忠臣蔵五段目
『仮名手本忠臣蔵』五段目の山崎街道の場面。定九郎が与市兵衛を襲う場面で、従来は「弁当幕」と呼ばれる間延びした場面でした。
斧定九郎(おのさだくろう)
五万三千石の家老・斧九太夫の息子という設定。従来は山賊風の扮装で演じられていましたが、仲蔵が身分に相応しい姿に変革しました。
弁当幕(べんとうまく)
歌舞伎で客が弁当を食べる時間帯の幕。つまり面白くない場面という意味。五段目は従来この扱いでしたが、仲蔵の革新で名場面に変わりました。
妙見様(みょうけんさま)
柳島妙見(現・東京都墨田区の法性寺)のこと。北極星を神格化した仏教の守護神で、江戸時代から信仰を集めました。
願掛け(がんかけ)
神仏に願い事をして、一定期間参拝すること。仲蔵は新しい演技の着想を得るために日参しました。
満願(まんがん)
願掛けの期間が満ちること。この日に雨宿りで浪人を見たことが、仲蔵の定九郎像を決定づけました。
黒羽二重(くろはぶたえ)
高級な黒絹の織物。武士の正装に用いられ、仲蔵が見た浪人が着ていた着物です。この姿が新しい定九郎の扮装の元になりました。
五分月代(ごぶさかやき)
髪の毛を剃り残した月代(額の部分)。数日剃っていない状態で、浪人らしさを表現しています。
仲蔵型(なかぞうがた)
中村仲蔵が確立した定九郎の演じ方。現在の歌舞伎でも継承されており、色気のある若侍として演じられます。
よくある質問 FAQ
Q1: 中村仲蔵は実在の人物ですか?
A1: はい、初代中村仲蔵(1736-1790)は実在の歌舞伎役者です。この噺は彼が忠臣蔵五段目の定九郎役を革新的に演じた実話を基にしています。現在も「仲蔵型」として彼の型が継承されています。
Q2: なぜ定九郎は従来、山賊風の姿で演じられていたのですか?
A2: 五段目は与市兵衛を襲う場面で、山崎街道という山道が舞台です。そのため定九郎を山賊風に演じるのが慣例でしたが、仲蔵は五万三千石の家老の息子という設定に疑問を持ち、身分に相応しい姿を追求しました。
Q3: 客席が静まり返ったのはなぜですか?
A3: いつもと全く違う扮装の定九郎が登場し、その迫力と意外性に観客が息を呑んだからです。従来の「弁当幕」として飲み食いしていた観客が、釘付けになって見入ったため静まり返りました。
Q4: なぜ仲蔵は失敗と思い込んだのですか?
A4: 江戸の歌舞伎では、良い演技には掛け声がかかるのが普通でした。しかし新しい定九郎があまりに衝撃的だったため、観客は掛け声も忘れて見入っていました。仲蔵はこの静寂を失敗と勘違いしたのです。
Q5: 雨宿りの浪人との出会いは偶然ですか?
A5: 噺では妙見様の引き合わせとされています。満願の日に雨が降り、法恩寺橋の蕎麦屋で雨宿りした際、黒羽二重の着物を着た濡れた浪人を見たことが、新しい定九郎像の着想源となりました。
Q6: この噺が伝えたいことは何ですか?
A6: 芸道における真摯な姿勢と革新の大切さです。従来の型を疑問に思い、工夫を重ね、新しい表現を追求する仲蔵の姿勢は、あらゆる分野での創造性の本質を示しています。また、真の芸は必ず認められるという希望も描かれています。
名演者による口演
三代目三遊亭円生
円生はこの噺を得意とし、仲蔵の芸への真摯な姿勢を丁寧に描きました。雨宿りで浪人を見た瞬間の「これだ」という閃きの表現や、失敗と思い込んで落胆する場面の演技は、芸人としての共感が込められていました。
五代目古今亭志ん生
志ん生は仲蔵の人間臭さを前面に出し、悩み苦しむ姿をリアルに演じました。特に旅支度をして江戸を離れようとする場面や、町の評判を聞いて慌てて帰る場面での演技は、人間の弱さと強さを同時に表現していました。
十代目柳家小三治
小三治は雨宿りの場面を詳細に描写し、濡れた浪人の姿の美しさと迫力を言葉で表現しました。「黒羽二重の紋付に茶献上の帯」といった衣装描写や、「月代から垂れるしずくをぬぐい」という仕草の描写が、聴衆に鮮明なイメージを与えました。
八代目桂文楽
文楽は師匠の中村伝九郎が仲蔵を讃える場面を丁寧に演じました。「定九郎はあれでなくちゃならない」という師匠の一言に込められた、弟子の革新を認める度量の大きさを表現し、芸道における師弟関係の美しさを描きました。
六代目三遊亭円窓
円窓は客席の静寂の意味が徐々に明らかになる展開を見事に演じました。仲蔵が失敗と思い込む不安と、実は大成功だったという反転のドラマを、緩急をつけた語り口で表現し、観客を物語に引き込みました。
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偶然の出会いから生まれる発見。「中村仲蔵」の雨宿りでの出会いと同様に、思わぬところからヒントを得る面白さがあります。
この噺の魅力と現代への示唆
「中村仲蔵」は、芸道における革新と真摯な姿勢を描いた傑作です。
仲蔵が従来の定九郎の扮装に疑問を持ったことは、現代のイノベーションの本質と同じです。「五万三千石の家老の息子が山賊風の姿というのはおかしい」という素朴な疑問から、革新が始まります。既存の型を無批判に受け入れず、本質を問う姿勢は、あらゆる分野で重要です。
妙見様への願掛けと雨宿りでの出会いは、準備された者にチャンスが訪れることを示しています。ただ悩んでいるだけでなく、日々精進し、アンテナを張っていたからこそ、濡れた浪人の姿に着想を得られました。現代でも、準備と偶然の出会いが成功を生むことは同じです。
客席の静寂を失敗と勘違いする場面は、革新者が最初に直面する不安を表現しています。新しいことに挑戦すると、周囲の反応は必ずしもすぐには分かりません。しかし真に価値あるものは必ず認められるという希望を、この噺は示しています。
師匠の中村伝九郎が弟子の革新を讃える姿は、現代の組織にも必要な度量です。従来のやり方を変える勇気を持つ者を潰すのではなく、認めて育てることの大切さを教えてくれます。
この噺は、芸道の物語でありながら、創造性、革新、準備、そして真摯さという、普遍的な価値を伝える名作なのです。
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