百川
3行でわかるあらすじ
田舎者の百兵衛が料亭百川で奉公を始めるが、訛りがひどく聞き間違いばかり起こす。
魚河岸の客に常磐津の師匠「歌女文字」を呼びに行かされるが、名前を忘れてしまう。
「か」の字のつく名高い人と聞いて、医者の「鴨池玄林」を間違えて呼んできてしまう。
10行でわかるあらすじとオチ
田舎者の百兵衛が日本橋浮世小路の料亭「百川」に奉公することになった。
訛りがひどく、二階の魚河岸の客に「主人家の抱え人」と言ったのを「四神剣の掛け合い人」と聞き違えられる。
客は祭りの四神剣を質に入れた件で隣町から掛け合いに来たと勘違いし、百兵衛にくわいのきんとんを丸呑みさせる。
次に客は常磐津の師匠「歌女文字(かめもじ)」を呼びに行かせる。
百兵衛は途中で名前を忘れ、「か」の字がつく名高い人と聞いて歩く。
外科医者の「鴨池玄林(かもじげんりん)」の家に飛び込み、「若い者が袈裟がけに斬られた」と誤解させる。
医者は喧嘩だと思い、治療道具を持って百川へやってくる。
客たちは三味線ではなく薬箱を見て困惑し、医者も怪我人がいないことに驚く。
百兵衛の間違いだと分かり、客が「全部抜けてる」と怒ると。
百兵衛は「かめもじ」と「かもじ」で一字しか違わないと反論する。
解説
落語「百川」は、田舎訛りによる聞き間違いが連鎖的に起こることで笑いを生む言葉遊びの傑作です。
舞台となる料亭「百川」は、明和頃から明治元年まで実在した日本橋浮世小路の超有名料亭「百川楼」がモデルとされています。
天明年間(1781-89)には最盛期を迎え、文人墨客が集う文化サロンとしても知られていました。
この噺は六代目三遊亭圓生の十八番として有名で、圓生の巧みな演技により、百兵衛の田舎訛りと江戸っ子たちの早とちりが絶妙に絡み合う様子が見事に表現されます。
オチの「かめもじ」と「かもじ」の一字違いは、それまでの大騒動を全て百兵衛の小さな間違いに帰結させる秀逸な構成となっています。
あらすじ
葭町の桂庵の千束屋(ちづかや)の紹介で日本橋浮世小路の料亭百川(ももかわ)に奉公することになった田舎者の百兵衛さん。
二階で手が鳴り早速、用を聞きに行かされる。
二階の客は魚河岸の連中だ。
百兵衛さんが自分のことを「主人家の抱え人」と言ったのを、早呑み込み、早合点の初五郎が「四神剣の掛け合い人」と聞き違える。
去年の祭りで金を使いすぎて、祭具の四神剣を質に入れてしまって、そのままになっているのを隣町から掛け合いに来たのだと早とちりしたのだ。
百兵衛さんを隣町の大物と勘違いし初五郎は、下手に出て、事情をよく呑み込んでくれと言って、百兵衛さんにくわいのきんとんを丸呑みさせ帰す。
下に戻った百兵衛さんが大きなくわいを呑み込まされ、柱にもたれて涙ぐんでいると二階でまたお呼びの手が鳴る。
二階へ上がった百兵衛さんを見て、魚河岸の連中もやっと店の奉公人だと分かる。
連中は、百兵衛さんを長谷川町の三光新道の常磐津の師匠の歌女文字(かめもじ)を迎えに使いに出す。
途中で名前を忘れた百兵衛さんは、「"か"の字がつく名高い人」と聞いて歩き、鴨池玄林(かもじげんりん)という外科医者の家へ飛び込んでしまう。
取次ぎに出た者に、
百兵衛 「河岸の若い方が、今朝(けさ)がけに四、五人来られやして、先生にちょっくらおいでを願えてちゅうでがすが・・・」、取次ぎ人はこれ聞き違え、鴨池先生に、「若い者が四、五人袈裟がけに斬られた」と取り次いだ。
先生はまた喧嘩だと思い、手遅れになるといけないから卵を二十、焼酎を一升、白布(さらし)を五、六反用意するように言いつけ、百兵衛さんに薬箱を持たせて先に帰した。
百川へ帰ると、河岸の連中が薬箱を見て三味線を入れるにしては小さすぎるし、百兵衛さんの言う、手遅れ、卵、焼酎、白布、見舞いに行く、などの意味が分からないでいると、またもや早呑込みの初五郎が、箱は小さいが小さな折れ三味線だろう。
焼酎と生卵を飲んでさらしを巻いてやるんだろうなんて、こじつけて、もっともらしいことを言い始める。
そこへ鴨池先生が上がって来て、「怪我人はどこにおる」
河岸の客 「おや、鴨池先生、なにかの、お門違いでは」
鴨池先生 「いや、門違いではない。薬籠が来ておる」、なんてやり取りがあるうちに、百兵衛さんが間違えたことだと分かり、連中は百兵衛さんを呼び出す。
河岸の客 「手めえぐれえ間抜はねえや、抜け作」
百兵衛 「抜けてる? どれくれえ抜けてますか?」
河岸の客 「てめえなんざ、みんな抜けてらい」、百兵衛さん指を折って数えながら、
百兵衛 「か・め・も・じ・・・か・も・じ・・・いやたんとではねえ、たった一字だけだ」
落語用語解説
この演目に登場する落語ならではの言葉や、江戸時代の文化について解説します。
- 百川(ももかわ):明和頃から明治元年まで実在した日本橋浮世小路の超有名料亭「百川楼」。天明年間に最盛期を迎え、文人墨客が集う文化サロンだった。
- 抱え人(かかえにん):料亭や商家で正式に雇われている奉公人のこと。百兵衛が「主人家の抱え人」と自己紹介した。
- 四神剣(しじんけん):祭りで使われる祭具。魚河岸の連中が金を使いすぎて質に入れたままになっていた。
- 袈裟がけ(けさがけ):肩から脇腹にかけて斜めに斬ること。百兵衛の「今朝(けさ)がけに」が「袈裟がけに」と聞き違えられた。
- 常磐津(ときわず):浄瑠璃の一派。この噺では「歌女文字(かめもじ)」という常磐津の師匠が登場する。
- 鴨池玄林(かもじげんりん):架空の外科医者の名前。「かめもじ」と音が似ているため、百兵衛が間違えて呼びに行ってしまう。
- くわいのきんとん:慈姑(くわい)を使った料理。大きな塊を丸呑みさせられる百兵衛の苦しみが描かれる。
- 薬籠(やくろう):医者が薬や治療道具を入れて持ち歩く箱。鴨池先生が持ってきたため、門違いではないと主張した。
- 抜け作(ぬけさく):間抜けな人のこと。魚河岸の客が百兵衛を罵った言葉で、百兵衛は文字が一字抜けているだけと反論する。
- 魚河岸(うおがし):魚市場で働く人々。江戸っ子気質で気が短く、早とちりする性格として描かれる。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ初五郎は「四神剣の掛け合い人」と聞き違えたのですか?
A: 百兵衛の田舎訛りがひどく、「主人家の抱え人」という言葉が聞き取りにくかったためです。さらに初五郎は、祭りの四神剣を質に入れたままで隣町から文句を言われることを気にしていたため、自分の心配事と結びつけて聞き違えてしまいました。思い込みによる聞き間違いの典型例です。
Q2: なぜ初五郎は百兵衛にくわいのきんとんを丸呑みさせたのですか?
A: 百兵衛を隣町の大物だと勘違いし、四神剣の件をうまく取り計らってもらうために機嫌を取ろうとしたからです。しかし大きなくわいを丸呑みさせるという行為は、結果的に百兵衛を苦しめることになり、滑稽さを生んでいます。
Q3: なぜ百兵衛は歌女文字の名前を忘れたのですか?
A: 田舎者の百兵衛にとって、江戸の常磐津の師匠の名前は馴染みがなく覚えにくかったためです。「か」の字がつく名高い人という情報だけを頼りに探し回り、結果的に同じく「か」の字がつく鴨池玄林という医者の家に辿り着いてしまいました。
Q4: 「今朝がけに」が「袈裟がけに」と聞き違えられたのはなぜですか?
A: 百兵衛の訛りで「今朝(けさ)がけに四、五人来られやして」と言ったのを、取次ぎ人が「袈裟がけに四、五人斬られた」と聞き違えたからです。音が似ているだけでなく、「袈裟がけに斬る」という武芸の用語が存在したため、喧嘩と誤解されました。
Q5: なぜ医者は卵と焼酎と白布を用意させたのですか?
A: 江戸時代の外科医療では、卵は栄養補給、焼酎は消毒、白布は止血や包帯に使われました。鴨池先生は「袈裟がけに斬られた」と聞いて重傷者の治療を想定し、手遅れにならないよう急いで準備をさせたのです。医者の真摯な対応が、後の誤解をより大きくする効果を生んでいます。
Q6: オチの「たった一字だけだ」とはどういう意味ですか?
A: 「か・め・も・じ」と「か・も・じ」を指折り数えて比較し、「め」の一字が抜けているだけで、それほど大きな間違いではないという百兵衛の反論です。しかし常磐津の師匠と外科医者という全く違う人物を呼んでしまった大騒動を、たった一字の違いで片付けようとする間抜けさが笑いを誘います。
名演者による口演
この演目は多くの名人によって演じられてきました。
- 三遊亭圓生(六代目):百兵衛の田舎訛りと魚河岸の客の早とちりを見事に演じ分けた名演。十八番として知られる。
- 古今亭志ん生(五代目):聞き間違いの連鎖を愛おしく描き、百兵衛の純朴さが際立つ口演。
- 柳家小三治:訛りの表現を丁寧に行い、聞き間違いが自然に起こる様子を繊細に演じた。
- 桂米朝(三代目):上方版として演じ、関西弁での聞き間違いに独特の味わいを加えた演出。
- 春風亭柳朝(五代目):魚河岸の客たちの性格を明確に演じ分け、騒動の展開がテンポよく進む名演。
関連する落語演目
聞き間違いや田舎者を描いた演目をご紹介します。
https://wagei.deci.jp/wordpress/inakashibai/
田舎者を描いた噺。訛りと江戸っ子とのギャップが共通テーマです。
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粗忽な医者を描いた噺。医者と勘違いという点で関連性があります。
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聞き間違いと勘違いを描いた噺。誤解による展開という点で類似しています。
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父と子の会話を描いた噺。コミュニケーションギャップという共通点があります。
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江戸の人情を描いた噺。料亭を舞台にした古典落語の名作です。
この噺の魅力と現代への示唆
「百川」の最大の魅力は、田舎訛りによる聞き間違いが連鎖的に起こることで、次々と誤解が拡大していく構成にあります。百兵衛の「主人家の抱え人」が「四神剣の掛け合い人」と聞き違えられ、「今朝がけに」が「袈裟がけに」と誤解され、「歌女文字」が「鴨池玄林」と取り違えられます。
特に秀逸なのは、それぞれの聞き間違いに必然性があることです。初五郎は質に入れた四神剣を気にしていたため、自分の心配事と結びつけて聞き違えました。医者の取次ぎ人は「袈裟がけに斬られた」という武芸用語を知っていたため、喧嘩と解釈しました。百兵衛は「か」の字がつく名高い人という情報だけで探し、医者の家に辿り着きました。
そして最後のオチは見事です。魚河岸の客が「みんな抜けてらい」と罵ると、百兵衛は「か・め・も・じ」と「か・も・じ」を指折り数えて、「たった一字だけだ」と反論します。常磐津の師匠と外科医者という全く異なる人物を呼んできた大騒動を、たった一字の違いで片付けようとする間抜けさが、この噺の笑いの核心です。
現代社会でも、聞き間違いや思い込みによるコミュニケーションエラーは日常的に起こります。特に方言や訛り、専門用語による誤解は珍しくありません。この噺は、言葉の正確さとコミュニケーションの難しさを、笑いと共に教えてくれる名作と言えるでしょう。
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