もぐら泥
3行でわかるあらすじ
敷居の下から侵入しようとした泥棒が、店主に腕を縛られてしまう。
通りかかった与太郎に助けを求め、自分のがま口にあるナイフを取らせようとする。
しかし与太郎は5円入ったがま口ごと持って逃げ、泥棒が「ドロボー!」と叫ぶ。
10行でわかるあらすじとオチ
夜更けに帳簿をつけていた店主は、2円不足していることに悩んでいた。
そこへ敷居の下から腕を出して侵入しようとする「もぐら泥」が現れる。
店主は素早く泥棒の腕を柱に縛り付け、明日警察に突き出すと宣言。
泥棒は家族を養っているとか、子分が報復するとか必死に懇願・脅迫する。
しかし店主夫婦はまったく相手にせず、そのまま寝てしまった。
真っ暗な中で途方に暮れる泥棒のところへ、与太郎が通りかかる。
泥棒は与太郎に助けを求め、がま口からナイフを取り出すよう頼む。
与太郎はがま口に5円入っていると聞くや、それを持って逃走。
腕を縛られたままの泥棒は「あっ、畜生ー、ドロボー」と叫ぶ。
泥棒が泥棒に盗まれるという、皮肉な結末で幕を閉じる。
解説
この噺は、泥棒が主人公でありながら最後は自分が被害者になるという逆転の構図が見事です。
「もぐら泥」とは、昼間に下見をして夜中に敷居の下を掘って侵入する泥棒の手口を指します。
腕を縛られた泥棒が必死に懇願する場面では、「八十二歳の母親」から「八十人の子分」まで、どんどん話が大きくなっていく誇張の面白さがあります。
また、与太郎の登場により物語が急転回し、最後の「ドロボー!」という叫びが、泥棒自身から発せられるという秀逸なオチになっています。
この噺は与太郎噺の中でも特に人気が高く、与太郎の天然ボケと計算高さが絶妙に描かれている作品です。
あらすじ
日本の泥棒で有名なのは、石川五右衛門、熊坂長範、袴垂保輔、鼠小僧次郎吉、弁天小僧に稲葉小僧・・・なんてのは歌舞伎、講談、浪曲、落語にも登場する。
この噺に出て来るのはもっと格下の泥棒。
夜更けに帳場で店の帳面をそろばんではじいている主人。
どうしても二円足りない。
そばでコックリ、コクッリ居眠りしているおかみさんに聞くと、「あっ、うっかりて話すの忘れちゃった。ちょっと帳場のお金拝借して買い物したんですよ」と、涼しい顔。
明日は晦日でいろんな支払いがある。
どうしたもんかと腕組みして考えていると、台所の土間の方で、何やら音がする。
よーく見ると敷居の下から腕が出て何か探している。
これはもぐら泥と言って、昼間は乞食のなりであちこちをうろついてあたりをつけ、夜中にもぐらのように敷居の下を掘って、そこから手を突っ込んで掛け金をはずして侵入する泥棒だ。
主人はまた居眠りを始めたかみさんをそっと起こし、あれを見ろと指さす。「ああらいやだ、気味が悪い。あんなとこから腕が生えてる」なんて、まだ寝ぼけている。
主人は細引きを持って泥棒の腕に近づき、腕を柱に縛ってしまう。
痛がって悪気はない出来心だ許してくれと懇願する泥棒に、「ふざけた野郎だ。
明日警察に突き出してやる。ほうびに二円くらいもらえれば、やりくりがつくというもんだ」
泥棒は、「家には八十二になるおふくろに、病気のかみさんと八人の子どもがいて養えない」、と泣きついたり、「俺には八十人の子分がいて黙っちゃいない」とか、「仲間が大勢やって来て家に火をつけるぞ」と、脅したりと必死だ。
主人は「かみさんや子どもを養えない奴に八十人の子分がいるはずはねえや」、「借家だから、火つけられたってどうってこともない」と冷静だ。
そのうちに主人とかみさんは奥へ行って寝てしまった。
泣けど喚(わめ)けど梨のつぶて、近づいて来たのは野良犬で、オレの通り道に怪しげな奴が寝ていると、片足上げて小便ひっかけて行ってしまった。
泥棒が途方に暮れている真っ暗なところへ通り掛かったのが、いつも頭の中はうす暗い与太郎さん。
兄貴分を誘ってなじみの店だからまかせろと、上がった店で大盤振る舞い。
あてがはずれてすっかりボラれて、金は足りず兄貴分から五円借りて支払う始末。
兄貴分は明日絶対に返せと言って帰って行った。
与太郎がぼやきながら真っ暗な道を歩いていると下の方から声がかかった。「後で一杯(いっぺい)おごるから、ちょっと手え貸してくれ。中で腕をふん縛られているんだ」、縛られていると聞いて安心した与太郎「おめえ泥棒か。アハハハハ、面白れえなあ」
泥棒 「・・・腹掛けの襷(たすき)の中にがま口が入(へえ)ってるから、そこからナイフを出して俺に持たしてくれ。それで紐切って逃げるから」、与太郎は言われる通りがま口を取り出して、「・・・こん中にナイフが入ってんのか。・・・へへへ、だいぶ景気がよさそうだな」
泥棒 「たいして、入っちゃねえや。五十銭が六つ、一円札が二枚でたったの五円よ」
与太郎 「ふーうん、五円か・・・おめえ、手ぇ縛られてんだな」、与太郎さんがま口を持ってスタコラサッサと駆け出した。
泥棒 「あっ、畜生ー、ドロボー」
落語用語解説
この演目に登場する落語ならではの言葉や、江戸時代の文化について解説します。
- もぐら泥(もぐらどろ):昼間に下見をして夜中に敷居の下を掘り、そこから手を突っ込んで掛け金をはずして侵入する泥棒の手口。地下から侵入するモグラに例えた呼び名。
- 与太郎(よたろう):落語に登場する間抜けで天然な若者のキャラクター。しかしこの噺では、天然ボケながら結果的に泥棒から金を奪う計算高い一面も見せる。
- 帳場(ちょうば):商家の帳簿をつけたり金銭を管理する場所。店主が夜更けまでそろばんで帳簿を合わせていた場所。
- 細引き(ほそびき):細い麻縄のこと。店主が泥棒の腕を柱に縛り付けるのに使った縄。
- 晦日(みそか):月末のこと。特に大晦日を指すことが多い。店主は翌日が晦日で支払いがあるため2円の不足に悩んでいた。
- 腹掛け(はらがけ):職人が腹につける作業着。泥棒はその襷の中にがま口を入れていた。
- がま口:口金がついた小銭入れ。泥棒が5円を入れて持っていたが、与太郎に奪われてしまう。
- 梨のつぶて(なしのつぶて):返事や反応がまったくないこと。泥棒がいくら懇願しても、店主夫婦は奥へ行って寝てしまった。
- ボラれる:騙されて金を払わされること。与太郎は兄貴分を誘った店で大盤振る舞いしたが、金が足りず借金をした。
- 石川五右衛門:安土桃山時代の大泥棒。歌舞伎や講談で有名な義賊で、この噺の冒頭で名前が挙がる格の高い泥棒。
よくある質問 FAQ
Q1: なぜ店主は2円不足していたのですか?
A: おかみさんが帳場の金を拝借して買い物をしたのに、店主に話すのを忘れていたからです。このエピソードは、翌日が晦日で支払いがあるという切迫した状況を説明すると同時に、泥棒を捕まえることで警察から2円のほうびがもらえるという後の展開につながります。
Q2: 泥棒の「八十二歳の母親」と「八十人の子分」という話の変化は何を意味していますか?
A: 泥棒が必死になって懇願から脅迫へと手を変え品を変えている様子を表現しています。最初は同情を誘おうと家族の話をし、次は脅しで相手を怯えさせようとします。しかし店主に「かみさんを養えない奴に八十人の子分がいるはずはない」と論破される滑稽さが笑いを生みます。
Q3: なぜ店主は借家だから火をつけられても平気なのですか?
A: 江戸時代は借家住まいが一般的で、火事で家が燃えても家主の損失であり、店子である店主には直接的な被害が少ないという理屈です。この冷静な返答は、泥棒の脅しがまったく効かないことを示し、店主の冷静さと泥棒の情けなさの対比を強調しています。
Q4: 野良犬が小便をひっかけたのはどういう意味ですか?
A: 泥棒の惨めさを極限まで表現する演出です。腕を縛られて身動きが取れず、誰も助けてくれない状況で、野良犬にまで馬鹿にされる情けなさが描かれています。この場面が、後に与太郎が現れて一縷の望みが見えたかに思える展開を際立たせます。
Q5: 与太郎が兄貴分から5円借りたのはなぜですか?
A: 与太郎が兄貴分を誘って「なじみの店だからまかせろ」と大盤振る舞いしたものの、実際には金が足りず、恥をかいて5円借りたのです。この5円を明日絶対に返さなければならないという切迫した状況が、泥棒のがま口に5円入っていると聞いた瞬間、与太郎が持って逃げる動機になります。
Q6: オチの「ドロボー」という叫びの意味は何ですか?
A: 泥棒自身が「ドロボー」と叫ぶという、究極の皮肉を表現したオチです。侵入しようとして縛られ、助けを求めた相手に金を盗まれるという二重の失敗。泥棒稼業をしている者が、自分が盗まれる側になって「ドロボー」と叫ばざるを得ない状況の滑稽さが、この噺の醍醐味です。
名演者による口演
この演目は多くの名人によって演じられてきました。
- 柳家小三治:泥棒の必死の懇願と店主の冷静な対応、与太郎の天然ぶりを丁寧に演じ分けた名演。
- 古今亭志ん生(五代目):泥棒の情けなさと与太郎の間抜けさを愛おしく描き、最後のオチの間が絶妙。
- 春風亭一朝(八代目):泥棒の言い訳が次々と大きくなっていく様子をテンポよく演じ、笑いを誘った。
- 三遊亭圓生(六代目):店主夫婦の冷静さと泥棒の焦りの対比を緻密に表現した演出。
- 桂米朝(三代目):上方版として演じ、関西弁での与太郎噺に独特の味わいを加えた口演。
関連する落語演目
泥棒や与太郎を描いた演目をご紹介します。
https://wagei.deci.jp/wordpress/hettsuinusutto/
へっつい盗人。泥棒を描いた噺で、盗みの失敗という共通テーマがあります。
https://wagei.deci.jp/wordpress/busshiyanusutto/
仏師屋盗人。泥棒噺の名作で、知恵比べの要素が共通しています。
https://wagei.deci.jp/wordpress/nezumi/
鼠。泥棒小僧を題材にした噺で、盗みという共通テーマを持ちます。
https://wagei.deci.jp/wordpress/shibahama/
夫婦の情愛を描いた人情噺。家族の絆という対照的なテーマを持つ名作です。
https://wagei.deci.jp/wordpress/sokotsunagaya/
粗忽長屋。勘違いを描いた噺で、意外な展開という点で類似しています。
この噺の魅力と現代への示唆
「もぐら泥」の最大の魅力は、泥棒が泥棒に盗まれるという究極の皮肉を描いた構成にあります。冒頭で石川五右衛門や鼠小僧など有名な大泥棒の名前が挙がりますが、この噺の主人公は「もっと格下の泥棒」です。格好良い義賊ではなく、敷居の下から手を突っ込むという地味な手口の小悪党です。
泥棒の必死の懇願と脅迫の変化も見事です。「八十二歳の母親と病気のかみさん、八人の子ども」という同情を誘う話から、「八十人の子分」「家に火をつけるぞ」という脅しへと変わっていきます。しかし店主は冷静に論破し、奥へ行って寝てしまいます。野良犬にまで小便をひっかけられる惨めさは、泥棒の完全な敗北を象徴しています。
そして与太郎の登場で物語は急転回します。天然ボケの与太郎は泥棒を笑い、がま口からナイフを取り出すよう頼まれます。しかし5円入っていると聞いた瞬間、「おめえ、手ぇ縛られてんだな」と確認して、がま口ごと持って逃走します。この一瞬の判断は、与太郎が単なる間抜けではなく、自分の利益を見極める計算高さも持っていることを示しています。
最後の「あっ、畜生ー、ドロボー」という叫びは、泥棒が自分自身を指して「ドロボー」と叫ばざるを得ない状況の滑稽さを表現しています。現代社会でも、悪事を企んだ者が逆に被害を受けるという「因果応報」の事例は珍しくありません。この噺は、悪事は必ず報いを受けるという教訓を、笑いと共に伝えてくれる作品と言えるでしょう。
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